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第4章 いばら姫編
114話 シツジの思い
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「…………」
グリムは小さく息を吐いて気持ちを切り替える。そしてシツジをこの世界から避難させるための方法を考えることにした。
この国は中央の城と東西に塔が分かれて建築されていた。
両方の塔に向かうには先ほどいばら姫に会いに行ったように城内の通路を通るか、最上階の日差しのあたる回廊を通るかの二つしかない。
東西の塔は共に5階ほどに分かれていて東の塔は各階に客室が設置され、西の塔はいばら姫専用の場所となっていた。
改めて散策を続けて分かった事としていばら姫がいた部屋のある場所は4階だった。
城の兵士の許可をもらいながらグリムは東の塔の最上階に訪れる。階段を下りればすぐいばら姫の部屋にたどり着けるそこには空っぽの部屋が1つあった。
「…………ここは」
部屋の中に入って見渡してみるが何も置かれていない、この部屋だけ意図的に何も置かれていないような場所になっていた。
その異質さに気が付いたグリムはこの場所の目的を理解する。
「いばら姫が呪いにかかる場所か……」
本来場所が指定されることは多いわけではない。しかしこの空間だけはあらかじめ世界が用意したように感じた。それはつまり物語の中で必要な場所である。
「…………」
いばら姫の願いを叶えるのならばこの場所は不要になる。しかし、この部屋はこの世界の人間にとっては物語を完結させるために重要な場所だった。
「グリムさん?」
入ってきた扉の方から声が聞こえてくる。
「シツジか」
振り返るとそこには箒を持ったシツジが立っていた。
「こんなところで何をしているのですか?」
「特にやることもなくてな……城の中を探索させてもらっている」
不思議そうに尋ねてくる少年に対してグリムは適当にはぐらかす。
シツジは特に疑うこともなく「そうですか」と一言いうと部屋の掃除を始めた。
「この部屋から離れた方がいいか?」
掃除の邪魔になってしまうのも悪いと感じたグリムは少年に聞いてみる。
「いえ、気にしないでください」
シツジはササっと地面のごみを掃き終えるとすぐに部屋から出ようとした。
「待ってくれ」
「?」
この場を離れようとするシツジをグリムは引き留める。
「少し付き合ってもらっていいか?」
「……いいですよ?」
シツジは疑問形で返答を返してくる。グリムは彼と話す理由はなかった。むしろ会話をすることでいばら姫の目的がばれてしまうリスクがともなうのにも関わらず、グリムは彼を引き留めた。
「……いばら姫とは仲が良いのか」
「そうですね」
「彼女の事、好きなのか」
「………えっと、それは」
シツジは顔を赤くして視線を逸らす。その反応が答えになっていた。
「白紙の頁」所有者である以前に彼はまだ幼い少年である。その純粋な反応を見てグリムは二人がお姫様と執事以上の関係であることを察する。
「グリムさんはサンドリオンさんの事が好きなんですか?」
同じ質問を今度はグリムに向けてシツジは聞いてくる。
「……そうだな」
あっさりと返答したことに対してシツジは口を開けてぽかんとした表情をする。
彼のような反応をすると想像していたのかもしれない。
サンドリオンの事が好きかどうか、まず間違いなく嫌いではない。それは断言出来た。
「…………」
しかし、果たしてグリムは彼女の事が……サンドリオンの事が本当に好きなのか。彼女にリオンの事を重ねて見ているだけではないのか……グリムは思考の海におぼれかけた。
「……ムさん、グリムさん聞いていますか?」
「すまない、考え事をしていた。シツジはこの後何をするんだ?」
グリムは頭の中に浮かんだ靄のような思考を振り払うようにして話題を変える。
「この後は特に予定もないので、城の外に出て四つ葉のクローバーを探そうと思います」
「四つ葉のクローバー?」
なぜクローバーを探すのか、わからないといった反応をするグリムに対してシツジはあたりを軽く見まわして人がいないことを確認するとグリムの耳元に顔を寄せる。
「ターリア……いばら姫の今年の誕生日プレゼントにしたいのです」
言い終えてグリムから離れたシツジは耳元まで赤くしていた。よほど恥ずかしかったらしい。
「なるほどな……でもどうして四つ葉のクローバーなんだ?」
お姫様といえばドレスや宝石、高価なものがプレゼントとしては相場であると思ったグリムは少年に理由を聞く。
「……昔、もっと幼かったころに彼女と僕は四つ葉のクローバーを探したことがあります。その時は結局見つかりませんでした」
シツジは落ち着きを取り戻して説明をしてくれる。何でもいばら姫が幼少の時に四つ葉のクローバーの実物を見たいと強く所望したらしい。
「彼女と顔を合わせられるのはもう10日もありません」
10日というのはいばら姫が魔法使いの呪いによって100年眠り続ける事を指しているのはすぐに分かった。
「もしかしたら彼女はもうそんな思いで覚えていないかもしれない。もしもまだ彼女に思い残していたら……僕は後悔したくありません」
シツジの眼は真剣そのものだった。
「そうか」
グリムは彼の振る舞いと言葉に対して目を閉じて聞き入れる。
「……少し別の不安要素はあるんですけどね」
「不安要素?」
「いばら姫に呪いをかける役割を持った人間が自ら命を絶ったと」
国中の人々が噂をしていたのなら彼の耳に届くのも当然だった。
「王様にも聞いてみたのですが、最初は慌てふためいていましたが、ここ最近は「もう大丈夫だ、お前は無理をするな」としか言わなくて……何が何だかよくわからないのです」
シツジは眉間にしわを寄せて困惑した表情を浮かべる。
「ターリアも……いばら姫も僕には気にするなの一点張りで……まるで何かを隠している……そう感じます」
「……シツジはいついばら姫の世界から離れるんだ?」
真実を知るグリムは話題をそらそうとする。
「彼女と誕生日の前の日に離れると約束していました……」
でも、とシツジは言葉を続ける。
「もしもこの世界が完結しないなら……彼女が燃えてしまうなら、僕は彼女を見捨ててまでこの世界から離れたくありません」
彼の言葉は本心から出ているものだと、その毅然とした態度から伝わってきた。
「……この世界に残ったとして何かできるのか?」
「それは………ないかもしれません。それでも僕だけが生き残るなんて、許せない」
いばら姫が考えていたように、もしもシツジがいなくなった魔法使いの代役をこなせると知ったのなら、間違いなく彼は魔法使いの役割を受け入れてしまうだろう。
いばら姫の願いを叶えるのであればやはりシツジには真実を告げるべきではない事を彼との会話の中で確信する。
「すまない、会話に付き合ってもらって」
「いいえ、ボクの方こそ客人のあなたに好き勝手話し続けて失礼しました」
シツジは頭を下げた後、箒を手に持って城の中側へと走っていった。
「……許せない、か」
シツジの言葉をグリムは誰もいなくなった東の塔の最上階でぽつりとつぶやいた。
彼の意志は本物だった。それはアーサー王伝説の世界で主人公の代役をこなそうとした彼女のように、そして白雪姫の世界で最初の白雪姫に会いに行ったグリム自身のように、本人は決してその意志を変えようとはしないだろう。
「…………」
いばら姫の願いは叶えるべきなのだろうか。彼女を除いたこの世界の全ての人間はシツジが魔法使いになることを望んでいる。この世界にとってもそうなることが望ましいのはグリムも当然分かっている。
なぜ分かっているのにそれでもいばら姫の願いを叶えようと、協力しようとしているのか、グリムは目をつむり考える。
記憶と容姿が変わった人間は果たして同じ人間と言えるのか。
どうして少女は世界と引き換えにしても一人の少年をこの世界から逃がそうとしているのか。
マロリーから能力の詳細を聞かされていなければグリムはいばら姫の願いを叶えようとはしなかったかもしれない。
『あなたは誰かの願いを叶える為に生まれてきたのよ』
それは赤髪の女性の言葉だった。今のグリムを支えているのは彼女の存在だった。
シンデレラの世界では意地悪なシンデレラの姉を、赤ずきんの世界ではオオカミの役割を与えられた者の為にグリムは世界に抗った。
この世界で主役の役割を与えられた少女は願った。恋した相手が生きる事を。
「……そうだな」
なぜいばら姫の願いを叶えようとしているのか。答えは既にシンデレラの世界で得ていた。
グリムは一人の少女の為に、この世界の全ての人間に相対することを決意した。
グリムは小さく息を吐いて気持ちを切り替える。そしてシツジをこの世界から避難させるための方法を考えることにした。
この国は中央の城と東西に塔が分かれて建築されていた。
両方の塔に向かうには先ほどいばら姫に会いに行ったように城内の通路を通るか、最上階の日差しのあたる回廊を通るかの二つしかない。
東西の塔は共に5階ほどに分かれていて東の塔は各階に客室が設置され、西の塔はいばら姫専用の場所となっていた。
改めて散策を続けて分かった事としていばら姫がいた部屋のある場所は4階だった。
城の兵士の許可をもらいながらグリムは東の塔の最上階に訪れる。階段を下りればすぐいばら姫の部屋にたどり着けるそこには空っぽの部屋が1つあった。
「…………ここは」
部屋の中に入って見渡してみるが何も置かれていない、この部屋だけ意図的に何も置かれていないような場所になっていた。
その異質さに気が付いたグリムはこの場所の目的を理解する。
「いばら姫が呪いにかかる場所か……」
本来場所が指定されることは多いわけではない。しかしこの空間だけはあらかじめ世界が用意したように感じた。それはつまり物語の中で必要な場所である。
「…………」
いばら姫の願いを叶えるのならばこの場所は不要になる。しかし、この部屋はこの世界の人間にとっては物語を完結させるために重要な場所だった。
「グリムさん?」
入ってきた扉の方から声が聞こえてくる。
「シツジか」
振り返るとそこには箒を持ったシツジが立っていた。
「こんなところで何をしているのですか?」
「特にやることもなくてな……城の中を探索させてもらっている」
不思議そうに尋ねてくる少年に対してグリムは適当にはぐらかす。
シツジは特に疑うこともなく「そうですか」と一言いうと部屋の掃除を始めた。
「この部屋から離れた方がいいか?」
掃除の邪魔になってしまうのも悪いと感じたグリムは少年に聞いてみる。
「いえ、気にしないでください」
シツジはササっと地面のごみを掃き終えるとすぐに部屋から出ようとした。
「待ってくれ」
「?」
この場を離れようとするシツジをグリムは引き留める。
「少し付き合ってもらっていいか?」
「……いいですよ?」
シツジは疑問形で返答を返してくる。グリムは彼と話す理由はなかった。むしろ会話をすることでいばら姫の目的がばれてしまうリスクがともなうのにも関わらず、グリムは彼を引き留めた。
「……いばら姫とは仲が良いのか」
「そうですね」
「彼女の事、好きなのか」
「………えっと、それは」
シツジは顔を赤くして視線を逸らす。その反応が答えになっていた。
「白紙の頁」所有者である以前に彼はまだ幼い少年である。その純粋な反応を見てグリムは二人がお姫様と執事以上の関係であることを察する。
「グリムさんはサンドリオンさんの事が好きなんですか?」
同じ質問を今度はグリムに向けてシツジは聞いてくる。
「……そうだな」
あっさりと返答したことに対してシツジは口を開けてぽかんとした表情をする。
彼のような反応をすると想像していたのかもしれない。
サンドリオンの事が好きかどうか、まず間違いなく嫌いではない。それは断言出来た。
「…………」
しかし、果たしてグリムは彼女の事が……サンドリオンの事が本当に好きなのか。彼女にリオンの事を重ねて見ているだけではないのか……グリムは思考の海におぼれかけた。
「……ムさん、グリムさん聞いていますか?」
「すまない、考え事をしていた。シツジはこの後何をするんだ?」
グリムは頭の中に浮かんだ靄のような思考を振り払うようにして話題を変える。
「この後は特に予定もないので、城の外に出て四つ葉のクローバーを探そうと思います」
「四つ葉のクローバー?」
なぜクローバーを探すのか、わからないといった反応をするグリムに対してシツジはあたりを軽く見まわして人がいないことを確認するとグリムの耳元に顔を寄せる。
「ターリア……いばら姫の今年の誕生日プレゼントにしたいのです」
言い終えてグリムから離れたシツジは耳元まで赤くしていた。よほど恥ずかしかったらしい。
「なるほどな……でもどうして四つ葉のクローバーなんだ?」
お姫様といえばドレスや宝石、高価なものがプレゼントとしては相場であると思ったグリムは少年に理由を聞く。
「……昔、もっと幼かったころに彼女と僕は四つ葉のクローバーを探したことがあります。その時は結局見つかりませんでした」
シツジは落ち着きを取り戻して説明をしてくれる。何でもいばら姫が幼少の時に四つ葉のクローバーの実物を見たいと強く所望したらしい。
「彼女と顔を合わせられるのはもう10日もありません」
10日というのはいばら姫が魔法使いの呪いによって100年眠り続ける事を指しているのはすぐに分かった。
「もしかしたら彼女はもうそんな思いで覚えていないかもしれない。もしもまだ彼女に思い残していたら……僕は後悔したくありません」
シツジの眼は真剣そのものだった。
「そうか」
グリムは彼の振る舞いと言葉に対して目を閉じて聞き入れる。
「……少し別の不安要素はあるんですけどね」
「不安要素?」
「いばら姫に呪いをかける役割を持った人間が自ら命を絶ったと」
国中の人々が噂をしていたのなら彼の耳に届くのも当然だった。
「王様にも聞いてみたのですが、最初は慌てふためいていましたが、ここ最近は「もう大丈夫だ、お前は無理をするな」としか言わなくて……何が何だかよくわからないのです」
シツジは眉間にしわを寄せて困惑した表情を浮かべる。
「ターリアも……いばら姫も僕には気にするなの一点張りで……まるで何かを隠している……そう感じます」
「……シツジはいついばら姫の世界から離れるんだ?」
真実を知るグリムは話題をそらそうとする。
「彼女と誕生日の前の日に離れると約束していました……」
でも、とシツジは言葉を続ける。
「もしもこの世界が完結しないなら……彼女が燃えてしまうなら、僕は彼女を見捨ててまでこの世界から離れたくありません」
彼の言葉は本心から出ているものだと、その毅然とした態度から伝わってきた。
「……この世界に残ったとして何かできるのか?」
「それは………ないかもしれません。それでも僕だけが生き残るなんて、許せない」
いばら姫が考えていたように、もしもシツジがいなくなった魔法使いの代役をこなせると知ったのなら、間違いなく彼は魔法使いの役割を受け入れてしまうだろう。
いばら姫の願いを叶えるのであればやはりシツジには真実を告げるべきではない事を彼との会話の中で確信する。
「すまない、会話に付き合ってもらって」
「いいえ、ボクの方こそ客人のあなたに好き勝手話し続けて失礼しました」
シツジは頭を下げた後、箒を手に持って城の中側へと走っていった。
「……許せない、か」
シツジの言葉をグリムは誰もいなくなった東の塔の最上階でぽつりとつぶやいた。
彼の意志は本物だった。それはアーサー王伝説の世界で主人公の代役をこなそうとした彼女のように、そして白雪姫の世界で最初の白雪姫に会いに行ったグリム自身のように、本人は決してその意志を変えようとはしないだろう。
「…………」
いばら姫の願いは叶えるべきなのだろうか。彼女を除いたこの世界の全ての人間はシツジが魔法使いになることを望んでいる。この世界にとってもそうなることが望ましいのはグリムも当然分かっている。
なぜ分かっているのにそれでもいばら姫の願いを叶えようと、協力しようとしているのか、グリムは目をつむり考える。
記憶と容姿が変わった人間は果たして同じ人間と言えるのか。
どうして少女は世界と引き換えにしても一人の少年をこの世界から逃がそうとしているのか。
マロリーから能力の詳細を聞かされていなければグリムはいばら姫の願いを叶えようとはしなかったかもしれない。
『あなたは誰かの願いを叶える為に生まれてきたのよ』
それは赤髪の女性の言葉だった。今のグリムを支えているのは彼女の存在だった。
シンデレラの世界では意地悪なシンデレラの姉を、赤ずきんの世界ではオオカミの役割を与えられた者の為にグリムは世界に抗った。
この世界で主役の役割を与えられた少女は願った。恋した相手が生きる事を。
「……そうだな」
なぜいばら姫の願いを叶えようとしているのか。答えは既にシンデレラの世界で得ていた。
グリムは一人の少女の為に、この世界の全ての人間に相対することを決意した。
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