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第4章 いばら姫編
122話 サンドリオンとして
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「……以上がこの世界と私の願いの理由よ」
いばら姫はふうとため息を吐くとティーカップに紅茶を入れて口をつけた。
「……あの優しそうな王様がそんな事を」
「人は見かけによらないのよ……今でこそ物語が完結することを確信している父だけど、魔法使いが死んだことを知ったときはすさまじかったわ」
彼女曰く、森の中で首をつって死んだことを知った王様は国中の魔法使いに12番目の魔法使いの変わりはできないかと問い詰め、できないと答えた魔法使いは全員王様の命令によって魔法が使えるように拷問を受けたらしい。
「いくらなんでも暴君が過ぎるな」
「もしマロリーさんたちがきてくれなかったら、今頃この国の人間は私以外全員殺されていたかもしれない」
冗談ではない彼女の発言にグリムは唾をのんだ。
「とにかくもう残された時間は少ないわ……なんとしてでも彼をこの世界から逃がすの」
いばら姫は言い終えるとティーカップをおいて席を立った。
「もう手段は選んでいられないの……彼のためならなんだってするわ」
外を見ながらいばら姫はそうつぶやいた。前日にこの部屋からカーテンを伝って降りてくるという危険な行動をしたのも藁にもすがる思いだったのかもしれない。
「……わかった、とりあえず俺はこの話を彼女に……サンドリオンに伝えてみる」
「ありがとう、よろしくお願いします」
振り返り礼儀正しくお辞儀をするいばら姫を背にグリムは部屋を出て行った。
◇
いばら姫の部屋を出た後グリムはまっすぐに王様から与えられた部屋に戻った。
「また扉が開いている……?」
昨日と同じ状態、部屋の中に入るとまたしてもそこにはローズがベッドで横になっているサンドリオンのそばにいた。
グリムは一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。目の前の男は前回彼女を助けてくれた人間であり、今のところ危害は何も加えていない。そんな人間につっかかるのは間違いである。
「おや、だれかと思えばグリムでしたか」
こちらに気が付いたローズはサンドリオンに小声で何かを話すと立ち上がりグリムの横を通って部屋から出て行った。
すり去り際に蛇のような視線を感じ取った気がしたグリムだが、彼に対してグリムが良い印象を抱いていないだけで思い込みにすぎないと意識を彼から振り払い、サンドリオンのもとに歩んだ。
「体調はどうだ?」
「だいぶ元に戻ったかな……心配をかけた」
「そうか……それはよかった」
顔色は昨日までに比べると随分と良くなり、不安定になっていたしゃべり方もアーサー王の世界で出会った頃に戻っていた。グリムの言葉を聞くとなぜか彼女は不思議そうな目で見つめてくる。
「……俺の顔に何かついているのか?」
「いや、私の口調が元に戻っていることに対して何も思わないのかと」
「サンドリオンはもとからその口調だろ?」
「そうだが……ローズのあては外れたな」
彼女はぼそりとそうつぶやいた。ローズという単語が出てきてグリムは気になってしまう。
「あいつに何か言われたのか?」
たいしたことではないと前置きをしながらサンドリオンは言葉を続ける。
「グリム的には私がリオンのような口調であったほうが喜ばしいのと彼は言ったからな」
「…………何を言っているんだか」
グリムはわざとらしく深いため息をはく。内心では彼女の事をリオンではないかと期待していたのは事実である。
思っていることを見透かされていてと何とも言えない気持ちになっていた。
「マロリーから借りたシンデレラの本を読んでから……私は少しおかしくなっていた」
サンドリオンは体制をベッドの上から足を下す形でグリムの前に座りなおすと自身の両手を見つめながらそう語り始めた。
「笑わないで聞いてほしいのだが、あの本に出てきた意地悪なシンデレラの姉の役割を与えられた女性……リオンがとても他人には思えないんだ」
「見た目は似ているな」
「見た目もそうなんだが……あの本を読んでいた時、彼女が次に何をするのか、どのような心境を持っていたのか続きを読む前から私の頭に入ってきたんだ」
それはまるで、と彼女は言葉を区切るとサンドリオンが言いたかったことを言葉に具現化する。
「私の前世はリオンだったのではないかと思えてしまう」
「…………!」
彼女のその言葉にグリムは一歩彼女に近づきかける。その足が進むよりも先に「けれど」と彼女は会話を再開する。
「けれど……そんなことはありえないとローズが教えてくれたよ」
「ローズが?」
「貴方はリオンではなく、「白紙の頁」を持って生まれてきた女性だと、ただ一時的に自分の容姿に似た女性が登場する本を読んで思い込んでいるに過ぎない……とね」
「その話に根拠はあるのか?」
「落ち着いて考えればありえない話だと彼は言ったよ。もし仮に本当に私が意地悪なシンデレラの姉の転生者だとするのならなぜ今まで過去の事を思い出さなかったのか、説明がつかないだろう?」
「……違う」
グリムはローズの受け売りの言葉を否定する。アーサー王伝説の世界でも彼女は時折リオンとしての態度や雰囲気の片鱗を見せていた。決してあの本を読んだせいで思い違いをしているだけではない。
「それに……私は……自分を見失いたくはない」
「…………」
彼女の言いたいことはグリムにも伝わっている。今の彼女は決してリオンではなく、アーサー王のかわりに世界を救おうとした一人の騎士であり意地悪なシンデレラの姉ではなかった。
「私自身、グリムからもらったアーサー・サンドリオンという名前は気に入っているんだ」
無言になったグリムを気遣うようにサンドリオンは笑った。
彼女の他人を気遣う笑顔はシンデレラの世界でリオンがみせた表情にそっくりだった。
「…………」
グリムは目をつむる。目の前の女性はリオンではなく、サンドリオンとして接することを望んでいる。それならばこれ以上別の女性を重ねるべきではないと決意する。
「サンドリオン、話があるんだ」
「どうしたんだ急に?」
サンドリオンの体調も戻ってきていることを確認したグリムは部屋に戻ってきた本来の目的について触れようとする。
「この世界の状況は理解しているよな?」
「いばら姫に呪いをかける魔法使いがいなくなって、代わりにシツジという少年に役割を与える予定……だったか」
前提を把握していることを確かめたグリムは本題に移る。
「結論から先に言うが……そのシツジをこの世界から逃がしたい」
「…………どういうことだ?」
サンドリオンは眉をひそめた。
それからグリムはいばら姫に出会ったこと、彼女から頼まれていること、これまでにこの世界で得た情報と知識を彼女に共有した。
いばら姫はふうとため息を吐くとティーカップに紅茶を入れて口をつけた。
「……あの優しそうな王様がそんな事を」
「人は見かけによらないのよ……今でこそ物語が完結することを確信している父だけど、魔法使いが死んだことを知ったときはすさまじかったわ」
彼女曰く、森の中で首をつって死んだことを知った王様は国中の魔法使いに12番目の魔法使いの変わりはできないかと問い詰め、できないと答えた魔法使いは全員王様の命令によって魔法が使えるように拷問を受けたらしい。
「いくらなんでも暴君が過ぎるな」
「もしマロリーさんたちがきてくれなかったら、今頃この国の人間は私以外全員殺されていたかもしれない」
冗談ではない彼女の発言にグリムは唾をのんだ。
「とにかくもう残された時間は少ないわ……なんとしてでも彼をこの世界から逃がすの」
いばら姫は言い終えるとティーカップをおいて席を立った。
「もう手段は選んでいられないの……彼のためならなんだってするわ」
外を見ながらいばら姫はそうつぶやいた。前日にこの部屋からカーテンを伝って降りてくるという危険な行動をしたのも藁にもすがる思いだったのかもしれない。
「……わかった、とりあえず俺はこの話を彼女に……サンドリオンに伝えてみる」
「ありがとう、よろしくお願いします」
振り返り礼儀正しくお辞儀をするいばら姫を背にグリムは部屋を出て行った。
◇
いばら姫の部屋を出た後グリムはまっすぐに王様から与えられた部屋に戻った。
「また扉が開いている……?」
昨日と同じ状態、部屋の中に入るとまたしてもそこにはローズがベッドで横になっているサンドリオンのそばにいた。
グリムは一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。目の前の男は前回彼女を助けてくれた人間であり、今のところ危害は何も加えていない。そんな人間につっかかるのは間違いである。
「おや、だれかと思えばグリムでしたか」
こちらに気が付いたローズはサンドリオンに小声で何かを話すと立ち上がりグリムの横を通って部屋から出て行った。
すり去り際に蛇のような視線を感じ取った気がしたグリムだが、彼に対してグリムが良い印象を抱いていないだけで思い込みにすぎないと意識を彼から振り払い、サンドリオンのもとに歩んだ。
「体調はどうだ?」
「だいぶ元に戻ったかな……心配をかけた」
「そうか……それはよかった」
顔色は昨日までに比べると随分と良くなり、不安定になっていたしゃべり方もアーサー王の世界で出会った頃に戻っていた。グリムの言葉を聞くとなぜか彼女は不思議そうな目で見つめてくる。
「……俺の顔に何かついているのか?」
「いや、私の口調が元に戻っていることに対して何も思わないのかと」
「サンドリオンはもとからその口調だろ?」
「そうだが……ローズのあては外れたな」
彼女はぼそりとそうつぶやいた。ローズという単語が出てきてグリムは気になってしまう。
「あいつに何か言われたのか?」
たいしたことではないと前置きをしながらサンドリオンは言葉を続ける。
「グリム的には私がリオンのような口調であったほうが喜ばしいのと彼は言ったからな」
「…………何を言っているんだか」
グリムはわざとらしく深いため息をはく。内心では彼女の事をリオンではないかと期待していたのは事実である。
思っていることを見透かされていてと何とも言えない気持ちになっていた。
「マロリーから借りたシンデレラの本を読んでから……私は少しおかしくなっていた」
サンドリオンは体制をベッドの上から足を下す形でグリムの前に座りなおすと自身の両手を見つめながらそう語り始めた。
「笑わないで聞いてほしいのだが、あの本に出てきた意地悪なシンデレラの姉の役割を与えられた女性……リオンがとても他人には思えないんだ」
「見た目は似ているな」
「見た目もそうなんだが……あの本を読んでいた時、彼女が次に何をするのか、どのような心境を持っていたのか続きを読む前から私の頭に入ってきたんだ」
それはまるで、と彼女は言葉を区切るとサンドリオンが言いたかったことを言葉に具現化する。
「私の前世はリオンだったのではないかと思えてしまう」
「…………!」
彼女のその言葉にグリムは一歩彼女に近づきかける。その足が進むよりも先に「けれど」と彼女は会話を再開する。
「けれど……そんなことはありえないとローズが教えてくれたよ」
「ローズが?」
「貴方はリオンではなく、「白紙の頁」を持って生まれてきた女性だと、ただ一時的に自分の容姿に似た女性が登場する本を読んで思い込んでいるに過ぎない……とね」
「その話に根拠はあるのか?」
「落ち着いて考えればありえない話だと彼は言ったよ。もし仮に本当に私が意地悪なシンデレラの姉の転生者だとするのならなぜ今まで過去の事を思い出さなかったのか、説明がつかないだろう?」
「……違う」
グリムはローズの受け売りの言葉を否定する。アーサー王伝説の世界でも彼女は時折リオンとしての態度や雰囲気の片鱗を見せていた。決してあの本を読んだせいで思い違いをしているだけではない。
「それに……私は……自分を見失いたくはない」
「…………」
彼女の言いたいことはグリムにも伝わっている。今の彼女は決してリオンではなく、アーサー王のかわりに世界を救おうとした一人の騎士であり意地悪なシンデレラの姉ではなかった。
「私自身、グリムからもらったアーサー・サンドリオンという名前は気に入っているんだ」
無言になったグリムを気遣うようにサンドリオンは笑った。
彼女の他人を気遣う笑顔はシンデレラの世界でリオンがみせた表情にそっくりだった。
「…………」
グリムは目をつむる。目の前の女性はリオンではなく、サンドリオンとして接することを望んでいる。それならばこれ以上別の女性を重ねるべきではないと決意する。
「サンドリオン、話があるんだ」
「どうしたんだ急に?」
サンドリオンの体調も戻ってきていることを確認したグリムは部屋に戻ってきた本来の目的について触れようとする。
「この世界の状況は理解しているよな?」
「いばら姫に呪いをかける魔法使いがいなくなって、代わりにシツジという少年に役割を与える予定……だったか」
前提を把握していることを確かめたグリムは本題に移る。
「結論から先に言うが……そのシツジをこの世界から逃がしたい」
「…………どういうことだ?」
サンドリオンは眉をひそめた。
それからグリムはいばら姫に出会ったこと、彼女から頼まれていること、これまでにこの世界で得た情報と知識を彼女に共有した。
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