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最終章 白雪姫

150話 誰の為に貴女は願う

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「はやく彼女の「白紙の頁」に王妃の役割を書くのです」

 鎖を引くたびに首元につなげられた鎖のせいでマロリーの体は乱暴に動かされていた。

「やめなさい!」

 サンドリオンは彼女を助けようとどうにかして縄を解こうとするが両手両足に固く結ばれた縄は振りほどけそうになかった。

「……ローズ、どうしてこんなことを……」

 サンドリオンと同じ問いを少女はローズに向けた。サンドリオンにとってはまだ出会ってそう長い付き合いでもない関係だったが、彼女と騎士二人はこれまで長い旅をしてきたことは分かっていた。彼の態度にマロリーはサンドリオン以上に困惑していた。

「……もう一度言います。彼女に王妃の役割を書きなさい」

 マロリーの質問を無視してローズは彼女に命令する。

「……嫌です、彼女は白雪姫の役割を担うことを承諾してくれました……王妃では約束が異なります」

 騎士の命令に少女は歯向かった。その目をみるなりローズは眉間にしわを寄せた。

「……ほぅ、それなら……」

 ローズは手に持っていた鎖を勢いよく地面に向けて振り下ろした。鎖に繋がれた少女は引っ張られるように地面に顔を叩きつけられる。

「なっ……」

 サンドリオンはその行為を見て再び言葉を失ってしまう。

「あなたが私の命令に従うまで何度でもこうします。死にたくなければ大人しく書きなさい」

「……嫌です」

 少女の反抗を聞いたローズは鎖を振り回す。少女は地面を擦る形で引きずられる。

「やめなさい!」

「あなたは黙っていなさい!」

 サンドリオンの叫びにローズは言葉を返す。その間も彼女を痛めつける行為はやまなかった。

「はやくしないと、傷が残りますよ……いいんですか?」

「…………」

 少女は従う意思はないといった様子で歯を食いしばってこらえていた。なかなかいう通りにしない彼女に怒りを覚えたのかローズの攻撃は更に激化した。

 今度は鎖をマロリーとは反対側に勢いよく降ると少女の体は浮いてそのまま壁に激突する。近くの棚に置かれていた薬品などが衝撃で地面に落ちる。

「……がっ!」

「はぁ……はぁ……このままでは本当に死にますよ……」

 騎士は肩で息をしながら頭から血を流す少女に言葉を投げる。すでに少女の体は痣と滲んだ血で見るも絶えない姿になっていた。

「…………」

「この……」

 少女が何も答えない様子に我慢できなくなったローズは鎖を振り上げる。同じように反対側の壁に叩きつけようとしていたのはすぐに分かった。

「待ちなさい!」

 サンドリオンが大声でローズに叫ぶ。今度はピタリとその動きをやめて騎士はサンドリオンの方を目だけで追った。

「私はわ……だからそれ以上彼女を傷つけないで」

「……ほぅ」

 サンドリオンの言葉を聞いてローズは笑う。傷だらけになった少女は何かを言おうとしていたが、言葉が聞こえなかった。騎士は気づいていなかったが、すでに彼女は言葉を話せないほどに傷を負っていたのだ。

「私は大丈夫……だからマロリーさん、お願い」

 サンドリオンは少女の名前を呼ぶ。これ以上目の前で一人の少女が傷つくのを見るのは耐えられなかった。

 鎖を引かれた少女はサンドリオンの目の前までやってくると震えた手でサンドリオンの胸元に手を当てる。すると彼女の伸ばした手はサンドリオンの胸の中に入り込み、やがて1枚の「白紙の頁」を胸元にまで取り出した。

「…………」

 少女の目とサンドリオン目が交わった。
少女を不安にさせまいとサンドリオンはにこりと笑う。

「よろしくね、素敵な王妃にしてちょうだい」

 サンドリオンの強がりを聞いたマロリーはどこから取り出したか羽根の付いたペンを手にもうとサンドリオンの「白紙の頁」に文字を書き始めた。

「…………あ」

 文字が綴られると同時にサンドリオンは意識が混濁する。意識を失うとはまた異なる感触、自分自身が別の何かに変わってしまうような感覚に包み込まれる。

「……これでいい……これでこの世界の人間と彼女は救われる」

 意識が何かに飲み込まれる直前、サンドリオンは笑った。最初思い描いたこの世界を救う手段とは異なるが、それでも結末に変わりはない……そう信じたのだった。


(彼のように……グリムのように、私も……今度は私がこの世界を救って見せる)


 自身の体と心を襲う何かに支配される前に抱いた最後の意思だった。


    ◇◇


「…………終わり……ました」

 少女は言い終えると筆を「頁」から切り離した。「頁」はもともとの所有者の体内に自然に収まっていく。

「ご苦労様……おやおや、これはこれは……」

 ローズは「頁」の戻った女性を見て笑う。その笑みは彼女が最後に見せた笑顔とは対極に位置するような下品なものだった。

「「頁」に役割を与えられた人間はその役割に沿った容姿になりますが……まさかこうなるとはね」

 ローズは彼女を見て満足げな様子だった。

「あなたは誰ですか?」

 ローズの問いを聞いてピクリと目の前の黒髪になったサンドリオンは反応を示す。

「私は……この国の王妃……です」

 その目にはつい先ほどまでのまっすぐな意思が宿ったような輝きはなかった。

「グリムという男を覚えていますか?」

「グ……リム?」

 黒髪の女性は初めて聞いた言葉のような反応を示し、それを見たローズは口角を上げた。

 この能力を使ってしまえば以前の記憶を失ってしまうことなどわかりきっていた。それでもわずかでもそうならないことを望んで彼女の「頁」に役割をつづったが、その結果が実ることはなかった。

「素晴らしい……さすがは与える能力です」

 ローズは記憶を失った彼女とマロリーを見て惚れ惚れするような態度をとった。

 与える能力とはよく言ったものだとマロリーは唇を噛んで手を震わせた。

 他者の記憶を奪い、自由に生きる権利までも奪うこの能力のどこに与える力があるというのかわからなかった。

 グリムと出会った時、彼は他者から「頁」を取り出すことが出来ると言っていた。彼はその能力を使うことをひどく嫌っていた。グリムの方が目の前の騎士よりもよっぽどマロリーの気持ちに共感してくれそうな存在だった。

「ところで……この世界の王妃の結末をあなたはご存じですか?」

 少女は何も答えなかった。それでもかまわないとローズは言葉を続ける。

「熱した鉄板の上で熱の籠った死ぬまで踊り続けるのですよ……にとって、とても素敵な結末だと思いませんか」

 その言葉を聞いてマロリーはローズをにらみつけた。彼の言葉には何一つ同意しかねた。

「あなたにはまだやってもらうことがあります……そうですね、まずは「白雪姫の頁」を作ってもらいましょうか」

 鎖を引っ張りながら騎士は少女に命令を下してくる。その顔を見て少女はこの部屋でサンドリオンが王妃と会話を交えていた時に見せた彼の顔が見間違いではなかったことにようやく気が付いた。


 物語はたった一人の外から現れた騎士によってかき乱されようとしていた。


(お願いです……誰か……)

 少女は願った。誰でもいいからこの世界を……目の前の女性を救ってほしい
 と……
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