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『でもね………本当の俺を知ったら……凪ちゃんは、きっと俺を嫌いになる…』




何度考えてもさっぱり分からない。

本当の俺って、どういう事?

私の知る彼は作り物なの?

私が帯刀さんを嫌いになるって……

それ程本当の彼は酷い人なんだろうか?


そんなの信じたくないし、信じない。

帯刀さんは、帯刀さんだ。



帯刀さんの言葉の意味を理解出来ないまま、本人にも確認出来ないまま………数日が経過した。





平年より気温がぐっと低い日だった。


「流石にそろそろ半袖じゃ辛くなってきましたね」

「そうねぇ、でも来週からまた少し暖かくなるみたいよ」

「そうなんですか?温度差があると体調崩しそうですね」


佐伯さんと世間話をしながら、業務に勤しんでいると…


「ちょっとオバハン、このゴミ捨てといて」


通り掛かった男性がコーヒーの缶を床に放った。

飲み残しが床に少し零れる。


「………申し訳ございませんが、そちらのゴミ箱へお願いします」


苛立ちを抑えながら、すぐ傍にある缶専用のゴミ箱の存在を知らせる。

忽ち、男性の表情が変わる。


「はぁ?ゴミを片付けるのもお前らの仕事だろうが!人に指図しないで、ちゃんと仕事しろよ!」


鼻息荒く捲し立てて、男性は足早に去って行った。


呆気に取られている私の代わりに、佐伯さんが缶を拾う。


「見ない顔ねぇ……」

「来客用のタグ付けていましたから、社外の人っぽいですよ」

「あらあら、他所の会社に来てこの振る舞いはよろしくないわぁ」

「誰が見てるか分かりませんからね」


腹立たしい気持ちをもて余しながら、床に零れたコーヒーを拭き取った。


「目の前に………こんなにすぐ近くにゴミ箱があっていうのにねぇ」

「全くです」

「いいお歳っぽかったけど、きちんと躾をされないまま育ったのかしら?お可哀想に……」


私の苛立ちを和らげるように、同情する振りして貶す佐伯さん。


「あはは、一定数いますよね、あーいう人」


お陰で不快な出来事を笑いに変えられた。





大体の目処が立って、佐伯さんからの「お茶にしましょ」を合図に道具を片付け始める。

時刻は4時半。

定時である5時までのこの30分の間に、従業員達のラストスパートがかかる。

慌ただしく、且つ忙しなく行き交う人々の中、異色のオーラを放つ存在があった。


「…………帯刀さん…?」


ニコニコ愛想の良い彼とは別人のような生気のない暗い表情。

目は虚ろで光がなく、口角は下がっている。

ふらつきながらこちらに向かってくる様はとても不気味で、ゾンビを連想させられた。

背筋に冷たいものが這う。

異様な彼の姿が怖くて、不安に駆られた。




「………帯刀さん?具合でも悪いんですか?」


私が駆け寄った瞬間、帯刀さんはいつもの笑顔になる。


「あ………凪ちゃん……何でもないよん」


いつも嘘臭い笑顔だと感じていたけど、今のは特別嘘臭い。

あまりの不自然さに引っ掛かりを感じる。


「お疲れなんですか?大丈夫ですか?」

「ん?大丈夫よん」


大丈夫そうには全然見えない。


「でも………顔色が凄く悪いです」


今にも倒れてしまいそうなくらい、青ざめた顔をした帯刀さんは「大丈夫だから」と繰り返し、私から離れた。

避けるように、逃げるように。


「帯刀さん…」


本当に大丈夫なのだろうか?

心配で堪らない。

でも、私に何が出来るのか……と考えても名案は浮かばず。

何も出来ずに彼の背中を見送るしか出来ないでいる状況が歯痒くて堪らない。

遠ざかる背中が心なしか小さく見えた。



「お、居た居た。見ーっけ。おっびなったく~ん」


どこからともかく聞こえてきた粘着質な声に、帯刀さんの肩が大きく揺れた。

私の前を通過して帯刀さんの元へ駆け寄ったのは、先程の缶コーヒー男。

ついさっき味わった不快感を思い出し、まだ社内に居たのか………と心の中で毒づいた。


「積もる話があるのよ~」

「……………忙しいんで、すみません」

「つれない事言うなよ~ちょっとくらいいいだろ~」

「…………」

「元先輩の言う事が聞けないのかなぁ~?」


馴れ馴れしく帯刀さんの肩を抱く男性。

帯刀さんはかなり引き気味。

………というより、私の目には彼が怯えているように映った。
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