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しおりを挟む「凪ちゃんの抱えてる事情も知らないで、一方的にあの子より俺はマシだ、あの子に比べたら………って。勝手に比較対象にして、自分を安心させてたわけ」
後ろめたさの現れか、帯刀さんは私の方を見ずに続ける。
「不思議なもんでね、凪ちゃんを見た日は薬を飲まなくても眠りにつけた。だから、勇気を出して話し掛けてみた。そしたらその日、毎日うなされていた悪夢を見なかった」
帯刀さんは「変だよねぇ」と私に同意を求めてきた。
それに対して私は首を振る。
「癒しを求めて……というか、自分の安眠の為に嫌がる凪ちゃんにしつこく絡んでたのよねぇ」
「ごめんねぇ」と笑ってから、帯刀さんは一度深呼吸をした。
「………俺なんかを好きになってくれてありがとう。でもね凪ちゃん、俺みたいな奴、好きになる価値なんてないんだよ?」
「…………帯刀さん」
「俺はただ凪ちゃんを利用してただけ。青柳さんよりよっぽど質が悪い……最低な奴なのよね…」
こんな時でも帯刀さんは笑っていて。
困ったような……でもどこか悲しみを帯びていて、胸が締め付けられてしまいそうなぎこちない笑顔。
「……じゃあ、そろそろ戻るから。色々と迷惑掛けてごめんね………ありがとう」
帯刀さんが椅子から立ち上がる。
そのまま部屋を出ようとドアノブに手を掛けた彼を「待って」と引き止めた。
「………言いたい事はそれで全てですか?」
帯刀さんは、私に背を向けたまま。
「以上が本当の俺ってやつなんですか?」
彼からの返答はない。
さっきから大人しく彼の話を聞いていたけど、ここからは私の番だ。
立ち上がろうと足に力を入れた拍子に、パイプ椅子が鈍い音を立てた。
「帯刀さんが私を見下してたのは別に何とも思いません」
平静を保つよう心掛けるも、言葉の端々に緊張が見え隠れしている。
「自分より劣った人間を見て優越感に浸る………そんなの誰にだってある感情です」
恐る恐る、帯刀さんの背中に近付く。
「逆に、私の存在が帯刀さんの心の平穏を保つのに役立っていたのなら、それはとても嬉しい事です」
「…………凪ちゃん」
ここで漸く帯刀さんが私の方を向いてくれた。
視界が滲んでいくのを感じて、懸命に涙を堪える。
ここで泣いたら、帯刀さんにまた泣いたって呆れられてしまう。
「私だって、帯刀さんに何度救われたか分かりません」
暴漢らしき男から守ってくれたり、洗剤を溢して泣きそうになってた時に手を差し伸べてくれたり…
青柳さんとの件で落ち込んでた時も、傍に居てくれた。
あの時、帯刀さんが居たからすぐに気持ちを切り替えられた。
帯刀さん本人は意図したものじゃないのかもしれないけど、私は何度となく彼の優しさに救われた。
「……私は、やっぱり帯刀さんが好きです。帯刀さんにどう思われていようと好きなんです」
彼の本音を聞いた所で、私の気持ちは何も変わらない。
「本当の帯刀さんを知った所で嫌いになんてなれない……だから、中途半端な優しさは要りません。回りくどい言い回しも止めて下さい」
堪え切れずに涙が頬を伝う。
それを帯刀さんに見られたくなくて、すぐに袖口で拭った。
「私の気持ちが迷惑なら、はっきり迷惑だと言って下さい。お前なんか嫌いだって突っぱねて……でないと…」
涙の他に鼻水まで邪魔をしてきて、もう垂れる寸前。
思いっ切りズズッと啜り上げた。
「でないと私………いつまでも帯刀さんを引き摺っちゃう…」
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