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第3話
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「……(え?)」
チュンチュンッという可愛い鳥の鳴き声で目が覚めた凉葉がベッドの上で呆然としている。上半身だけを起こし、カーテンの隙間から差し込む太陽の光りのおかげで朝になった事まではわかっているのだが、頭の中が働かぬまま彼女はゆっくりと首を傾げた。
(昨夜のって、ガチで幽霊?霊障?それとも……夢、だったのかなぁ)
自分の体を確認したが、ちゃんとパジャマは着ているし何処か変な感じは残っていない。霊障的なものがあった様子は何も無いし、部屋の物を動かされたといった形跡すらも見て取れない。となると段々『夢だったのか』と凉葉は思えてきた。
(発言内容も相当意味不明だったし、夢だったってオチが一番しっくりくるし……)
だけどちょっと怖いから念の為に盛り塩くらいはしておこうかなと思いながら着替えをし、脱いだパジャマは洗おうと腕に抱え、凉葉は一階に降りて行った。
◇
「——兄ちゃん、あの部屋くれ!」
咲真にとって四番目の弟に当たる末っ子の翔真が朝一番で辻家に来ている。週末なのだが凉葉の母親は今日も仕事で既に不在にしており、居間に居るのは咲真と翔真の二人だけで辻家の者はまだ誰も居ない。
「……別にいいぞ。好きにしろよ」
「返答はやっ!もっと悩めよ!」
ついこの間十八歳になったばかりの翔真は、終始ローテンションである咲真とは違って元気一杯だ。服や髪型に無頓着な兄とは違って、装いも『最近の若い子』といった風貌である。
「……じゃあ、『断る』の方が良かったか?今から断ろうか?」
「いえ。譲って下さい、お願いします」
咲真と共にソファーに座る翔真が、兄に向かって土下座をするみたいに頭を下げた。いい加減そろそろ個室が欲しい年頃なのでその表情はとても必死なものだった。
「まぁ、もう使ってないに等しいから、別にいいけど……」
弟が相手でも咲真はボソボソと吐き捨てるみたいに小さな声で話している。だけどそんな声を聞き取る事にはすっかり慣れたものなのか、翔真は聞き返す事なく「おっしゃぁ!」と両手をあげて喜んだ。
「んじゃ、お前はもう帰れ。じゃあな」
「——ま、待って、兄ちゃん!」
直様立ちあがろうとした咲真の服を翔真が掴んで引き留める。面倒くさそうな顔をしながらも、咲真は元の位置に座り直した。
「……何?」
咲真の発した重低音が部屋に響き、心底面倒くさそうな顔を弟に向けた。
「実は、さ」と言い、翔真が照れくさそうな顔をする。「この間から付き合ってる人がいてさぁ」と嬉しそうに話しているが、咲真の方は上の空といった雰囲気で珈琲の入るカップに手を伸ばした。
「聞いて!マジで聞いて兄ちゃん!」
「煩いなぁ……」
体を揺らされ、持とうとしていたカップから咲真が手を離す。仕方なく「……んで?」と訊くと、『よくぞ訊いてくれました!』と言わんばかりに翔真が瞳を輝かせた。
「あ、あのさ……そのさ、もう付き合って三ヶ月目くらいになるし、そろそろかなぁ?とか思うわけですよ。だけど本当にそろそろなのか、初めてなもんだからわからんくてさぁ」
照れくさそうに頬を染め、手遊びをしながら話す翔真に返す咲真の返事は、「へぇ……」と実に冷めたものだった。
「んでだ!に、兄ちゃんはどうした?まさか未経験とかはないよな?歳的に」
「オレか?」
「うん。どうした?雰囲気とか、いつ頃だったとか」
「んー……。精通してすぐだから、中学ぐらいかな?雰囲気とかは、別に普段通りだったけど」
「——は!?え?はい?」
翔真が驚きに声をあげた。そして必死に頭の中で計算を始める。
(兄ちゃんが中学生の時?その頃って凉葉さんはまだ小学生だから絶対に違うよな。……え?じゃあ何?相手は当時の同級生?いや、無い無い!そっちの方があり得ない。んならまさか、兄ちゃんの交際相手って……辻のおばさんの方だった、のか?)
どっちの家の子よってくらいに辻家にばかり入り浸っている兄を見続け、翔真はずっと『兄ちゃんと凉葉さんは付き合っているんだろうな』と思っていた。なのに今の話を聞いて、これまでの考えを必死に改める。
自分達の母親よりかは若いが、辻のおばさんはややぽちゃっとしていて実年齢の割には『オカン』的な印象の強い女性だ。それに加え、とてもじゃないが中学生のお子さん、しかも隣に住む少年に手を出す魔性のショタ好き女には到底見えないし、随分前に亡くなった旦那さんの自慢話をよくする人でもある。そのせいか、翔真は段々と新たな情報が処理しきれずに混乱し始めた。
「……え、えっと、それって向こうから、積極的にとか、だったの?」
訊きながら冷や汗が流れ出る。口にしながらちょっとその状況を想像して、少し怖くもなった。
「いや、オレから」
(うっそだろぉぉぉ!)
叫びたい気持ちを翔真が必死に堪える。一番上の兄がまさかの熟女趣味だったのかと察した事へのショックが隠せず、自分の相談事なんかすっかりどうでもよくなってきた。
「……スムーズに、いったの?」
「抵抗なんかされてないから、まぁ、そうなるな」
これまた意外過ぎる答えを聞き、今度は頭を抱えたくなってきた。この先一生辻のおばさんをまともに見れる気がせず、困惑もしてしまう。
「え、えっと……凉葉さんとは、今後どうすんの?」
「どうするも何も、今まで通りだが?」と言い、咲真は首を傾げた。弟の質問の意図がわからないが、問い掛けの真意を訊き返す程には気にしてない。
(マジかよ……。それって、めっちゃ残酷じゃね?今まで二人の仲が良さそうだったのって、『いずれは自分の娘になる子だから』ってやつだったのかよ)
翔真が唸り声をあげ始めた。だが咲真の方は、『話が済んだんなら早く帰ればいいのに』くらいしか考えていない。
「えっとさ……。今後はちょっとくらい、凉葉さんに、(別に好意を持っている訳じゃないぞって)ちゃんと態度で示した方が良いぞ?」
咲真の両肩を翔真が掴み、真剣な声でそう告げる。
「態度で、か?……うーん、まぁ、わかった」
今更そんな事が必要か?と内心思いつつも、弟が今までの話をどう受け止めたのか全然わかっていない咲真は素直に頷いた。
一方その頃。
二人の会話を偶然廊下で聞いてしまった凉葉が持っていたパジャマをぎゅっと抱きしめていた。複雑な心境をどうにか整理しようと必死に深呼吸を繰り返す。
何故かウチにある彼の私室の意味を悟り、彼女の眉間にシワが寄る。仕事で忙しい母に代わって食事を用意してくれたり、一緒に留守番をしてくれていたりといった彼の行動の全てが、『母の為だったのか』と思った瞬間、凉葉の胸の奥がズキリと痛んだ。
(あ……コレが、失恋ってやつかぁ……)
涙は出なかったが心がすっかり乾いた感じがする。自分が抱えていた恋心に今やっと気が付いたと同時に失恋したのだと自覚し、『こんなドラマみたいな経験を自分がするなんてなぁ』と凉葉は考えながら、そっとその場を音も無く後にした。
チュンチュンッという可愛い鳥の鳴き声で目が覚めた凉葉がベッドの上で呆然としている。上半身だけを起こし、カーテンの隙間から差し込む太陽の光りのおかげで朝になった事まではわかっているのだが、頭の中が働かぬまま彼女はゆっくりと首を傾げた。
(昨夜のって、ガチで幽霊?霊障?それとも……夢、だったのかなぁ)
自分の体を確認したが、ちゃんとパジャマは着ているし何処か変な感じは残っていない。霊障的なものがあった様子は何も無いし、部屋の物を動かされたといった形跡すらも見て取れない。となると段々『夢だったのか』と凉葉は思えてきた。
(発言内容も相当意味不明だったし、夢だったってオチが一番しっくりくるし……)
だけどちょっと怖いから念の為に盛り塩くらいはしておこうかなと思いながら着替えをし、脱いだパジャマは洗おうと腕に抱え、凉葉は一階に降りて行った。
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「——兄ちゃん、あの部屋くれ!」
咲真にとって四番目の弟に当たる末っ子の翔真が朝一番で辻家に来ている。週末なのだが凉葉の母親は今日も仕事で既に不在にしており、居間に居るのは咲真と翔真の二人だけで辻家の者はまだ誰も居ない。
「……別にいいぞ。好きにしろよ」
「返答はやっ!もっと悩めよ!」
ついこの間十八歳になったばかりの翔真は、終始ローテンションである咲真とは違って元気一杯だ。服や髪型に無頓着な兄とは違って、装いも『最近の若い子』といった風貌である。
「……じゃあ、『断る』の方が良かったか?今から断ろうか?」
「いえ。譲って下さい、お願いします」
咲真と共にソファーに座る翔真が、兄に向かって土下座をするみたいに頭を下げた。いい加減そろそろ個室が欲しい年頃なのでその表情はとても必死なものだった。
「まぁ、もう使ってないに等しいから、別にいいけど……」
弟が相手でも咲真はボソボソと吐き捨てるみたいに小さな声で話している。だけどそんな声を聞き取る事にはすっかり慣れたものなのか、翔真は聞き返す事なく「おっしゃぁ!」と両手をあげて喜んだ。
「んじゃ、お前はもう帰れ。じゃあな」
「——ま、待って、兄ちゃん!」
直様立ちあがろうとした咲真の服を翔真が掴んで引き留める。面倒くさそうな顔をしながらも、咲真は元の位置に座り直した。
「……何?」
咲真の発した重低音が部屋に響き、心底面倒くさそうな顔を弟に向けた。
「実は、さ」と言い、翔真が照れくさそうな顔をする。「この間から付き合ってる人がいてさぁ」と嬉しそうに話しているが、咲真の方は上の空といった雰囲気で珈琲の入るカップに手を伸ばした。
「聞いて!マジで聞いて兄ちゃん!」
「煩いなぁ……」
体を揺らされ、持とうとしていたカップから咲真が手を離す。仕方なく「……んで?」と訊くと、『よくぞ訊いてくれました!』と言わんばかりに翔真が瞳を輝かせた。
「あ、あのさ……そのさ、もう付き合って三ヶ月目くらいになるし、そろそろかなぁ?とか思うわけですよ。だけど本当にそろそろなのか、初めてなもんだからわからんくてさぁ」
照れくさそうに頬を染め、手遊びをしながら話す翔真に返す咲真の返事は、「へぇ……」と実に冷めたものだった。
「んでだ!に、兄ちゃんはどうした?まさか未経験とかはないよな?歳的に」
「オレか?」
「うん。どうした?雰囲気とか、いつ頃だったとか」
「んー……。精通してすぐだから、中学ぐらいかな?雰囲気とかは、別に普段通りだったけど」
「——は!?え?はい?」
翔真が驚きに声をあげた。そして必死に頭の中で計算を始める。
(兄ちゃんが中学生の時?その頃って凉葉さんはまだ小学生だから絶対に違うよな。……え?じゃあ何?相手は当時の同級生?いや、無い無い!そっちの方があり得ない。んならまさか、兄ちゃんの交際相手って……辻のおばさんの方だった、のか?)
どっちの家の子よってくらいに辻家にばかり入り浸っている兄を見続け、翔真はずっと『兄ちゃんと凉葉さんは付き合っているんだろうな』と思っていた。なのに今の話を聞いて、これまでの考えを必死に改める。
自分達の母親よりかは若いが、辻のおばさんはややぽちゃっとしていて実年齢の割には『オカン』的な印象の強い女性だ。それに加え、とてもじゃないが中学生のお子さん、しかも隣に住む少年に手を出す魔性のショタ好き女には到底見えないし、随分前に亡くなった旦那さんの自慢話をよくする人でもある。そのせいか、翔真は段々と新たな情報が処理しきれずに混乱し始めた。
「……え、えっと、それって向こうから、積極的にとか、だったの?」
訊きながら冷や汗が流れ出る。口にしながらちょっとその状況を想像して、少し怖くもなった。
「いや、オレから」
(うっそだろぉぉぉ!)
叫びたい気持ちを翔真が必死に堪える。一番上の兄がまさかの熟女趣味だったのかと察した事へのショックが隠せず、自分の相談事なんかすっかりどうでもよくなってきた。
「……スムーズに、いったの?」
「抵抗なんかされてないから、まぁ、そうなるな」
これまた意外過ぎる答えを聞き、今度は頭を抱えたくなってきた。この先一生辻のおばさんをまともに見れる気がせず、困惑もしてしまう。
「え、えっと……凉葉さんとは、今後どうすんの?」
「どうするも何も、今まで通りだが?」と言い、咲真は首を傾げた。弟の質問の意図がわからないが、問い掛けの真意を訊き返す程には気にしてない。
(マジかよ……。それって、めっちゃ残酷じゃね?今まで二人の仲が良さそうだったのって、『いずれは自分の娘になる子だから』ってやつだったのかよ)
翔真が唸り声をあげ始めた。だが咲真の方は、『話が済んだんなら早く帰ればいいのに』くらいしか考えていない。
「えっとさ……。今後はちょっとくらい、凉葉さんに、(別に好意を持っている訳じゃないぞって)ちゃんと態度で示した方が良いぞ?」
咲真の両肩を翔真が掴み、真剣な声でそう告げる。
「態度で、か?……うーん、まぁ、わかった」
今更そんな事が必要か?と内心思いつつも、弟が今までの話をどう受け止めたのか全然わかっていない咲真は素直に頷いた。
一方その頃。
二人の会話を偶然廊下で聞いてしまった凉葉が持っていたパジャマをぎゅっと抱きしめていた。複雑な心境をどうにか整理しようと必死に深呼吸を繰り返す。
何故かウチにある彼の私室の意味を悟り、彼女の眉間にシワが寄る。仕事で忙しい母に代わって食事を用意してくれたり、一緒に留守番をしてくれていたりといった彼の行動の全てが、『母の為だったのか』と思った瞬間、凉葉の胸の奥がズキリと痛んだ。
(あ……コレが、失恋ってやつかぁ……)
涙は出なかったが心がすっかり乾いた感じがする。自分が抱えていた恋心に今やっと気が付いたと同時に失恋したのだと自覚し、『こんなドラマみたいな経験を自分がするなんてなぁ』と凉葉は考えながら、そっとその場を音も無く後にした。
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