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第四章

【第四話】瀬田のお友達とワタシ④

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「すまん、待たせたか?」
 Tシャツの上にパーカーを羽織っただけのラフな格好で公園のベンチに座る瀬田に声をかけたのは、彼と待ち合わせをした友人の水谷だ。
 瀬田の首には黒い蛇に姿を変えたウルカが巻きついているが、上手いこと服に隠れて身を潜めている。たとえ姿が少し見えたとしても、かなりの細身の為、ネックレスくらいにしか思われないだろう。
「いや、こっちも寝起きだったから準備に少しかかってな、今さっき来たところだ」
「お前が寝坊って、明日は台風でも来るんじゃ無いのか?…… まさか何かあったのか?お前が外で、んなにラフな格好ってのも珍しいし。学生時代以来じゃないか」
 髪も一切セットしておらず、前髪が少し目にかかっている。グレーのパーカー姿にジーンズ、履き潰した感のあるスニーカーという着こなしの瀬田を前にして、水谷はちょっと嬉しそうだ。
 ニコニコと笑いながら水谷が瀬田の隣に腰掛ける。水谷の気持ちはもう、すっかり学生時代に戻っていた。

 水谷は瀬田と同じ教育大学出身で、現在は体育教師をしているが勤め先の学校は別だ。理系の割には細マッチョタイプの瀬田とは違い、ゴリマッチョ系に入る水谷は教師というよりはプロレスラーっぽく見える。硬さのある黒髪は極端に短く、垂れ目の瞳がちょっと可愛い。革製のジャットを羽織っていても尚目立つ胸筋は、シャツ越しであってもなかなかの見ものだった。

「嫁とすごしていたら朝になっていてな、実はほとんど寝てないんだ」
 座る膝に肘を置き、瀬田があくびをしたせいで少し涙目になった。

「ふーん、そっかそっか。…… ん?…… よめ…… ——よ、嫁ぇぇ⁉︎」

 水谷の、笑顔だった表情が一気に焦りに変わる。
 聞いてない!なんだよそれ!と、叫びたい気分だ。
「あぁ。結婚したんだよ、俺」
 サラッとした報告をされ、水谷の顔色が目に見えて悪くなる。
「い、い、いつ⁈そんな気配、今まで一つも無かったよな?」
 学生時代からずっと、ほぼ毎週末は水谷と瀬田は一緒に会っていた。その目的は合コンだったり婚活パーティーの参加がメインで、純粋に二人きりで遊ぶという事はほぼ無かったのだが、その間微塵も瀬田には女の気配が無かったので驚くのは当然だろう。
「出逢いは一週間くらい前かな?多分」
 コクコクと頷きながら、小さくって細い黒蛇がにょきりと瀬田の首元から少し顔を出す。突然の出現に、水谷の視線がウルカへ釘付けになった。
「うお!蛇ぃぃぃ!」
 水谷が蛇の姿に驚き、焦って下がったせいでベンチの背もたれに背中を打ちつけてしまった。
「あぁ、嫁だ」

「よ、嫁ぇぇぇ?…… ん?嫁?…… コレが?」

 きょとんとした顔をした水谷の顔を見て、黒蛇の姿をしたウルカが水谷とは反対側の耳元に顔を寄せ、『浩二さん、私の事はペットとして紹介した方がいいかと思いますよ。人外と結婚しただなんて、到底信じてなんかもらえませんからね』と囁いた。
 それもそうか、と納得した瀬田が軽く咳払いをする。
「えっと、コレは…… 嫁の——ペットだ」
「嫁のペット…… 。そ、そうかぁ…… お前が、結婚…… マジかぁ…… 」
 苦し紛れの言葉だったが、単純な所のある水谷はどうやら信じたようだ。
 一瞬だけ『嫁ってペットの事かよ!なんだぁ心配して損したな』と安堵しかけた所できた言葉のせいで激しく凹み、水谷が項垂れる。
 そんな彼の姿を見て、瀬田がぽんぽんと背中を叩いた。
「えっと…… 俺だけ先を越して悪かったな」
 瀬田がそう言って、六年間一緒に嫁探しをしていた水谷を慰める。だが、水谷の方は、正直そんな事はどうでも良かった。
「…… 合コンにはもう、来ないって、理由はやっぱ嫁をもらったから、だよな?」
「あぁ、そうだ」
 キッパリと言い切られ、水谷はもう今にも泣きだしそうな顔だ。
 ずっと自分が瀬田の一番近くに居たはずなのに、どこの馬骨が友人を掻っ攫って行ったのかわからずイライラもする。
「…… その嫁ってのは、浩二の妄想だったりは、しないのか?」
 僅かな期待を込め、水谷が問い掛ける。
「何故そうなる。俺の嫁はちょっと変わってはいるが、ちゃんと触れるし、抱けるぞ?」

「あーあー聞きたくない!抱けるとか、んな単語お前からは、聞きたくない!」

 両耳を手で塞ぎ、水谷が苦虫でも噛み潰したような顔になる。
「喜んではくれないのか?一緒に婚活してきた仲だろ?」

「俺は…… 俺は、別に結婚したくって、一緒に婚活していた訳じゃない!」

 水谷の言葉が寝耳に水だった瀬田の目が見開かれる。『何を言ってるんだ?コイツは』と、ハッキリ表情が語っていた。
「…… っ」
 そんな瀬田の顔を見て、水谷が心底困った。
 理由を言えば全てが終わるから言いたくはないが、この後は絶対に『じゃあ何故一緒に婚活をしてきたんだ?』と訊かれるだろう。
「じゃあ、何で俺と一緒に婚活を?六年以上ほぼ毎週とか、友達だとはいえ、いくらなんでも付き合いが良過ぎるだろ」

(うん、ソレやっぱ訊くよなー。俺だって訊くもん、逆の立場なら)

 耳を塞いでいようが、どうしたって真隣の声では全部見事に聞こえている。だからって馬鹿正直に、今までずっと隠し通してきたことを話す気にもなれない。なれないが…… 言うなら今しか無いような気もしてきた。
 瀬田が結婚したというのなら、この先会う機会は激減するだろう。どうせ会えなくなるのならば、いっその事胸の奥に溜め込んできた想いを解放してやるのも悪くないのかもしれない。

「…… なぁ、浩二」

 塞いでいた耳から手を離し、水谷が硬く拳を作って膝の上にのせる。背筋を綺麗に正し、瀬田の方へ大きな体を向けた。
 改まった態度になった水谷を不思議に思いながらも、瀬田がベンチの背もたれに背中をゆったりと預けて、彼に顔を向ける。
 真顔をする瀬田と目が合った水谷は、心臓がバクンッと跳ねるのをハッキリと感じた。握る手には汗がじわりと出てきて気持ち悪いのに、その手を握るのをやめることが出来ない。膝は少し震え、言葉の代わりに内臓が今にも口から飛び出そうだ。

「俺は…… お前が、好きだ。だから、ずっと、一緒に婚活してきた、んだ…… 」

 ゆっくりと、でも丁寧に。
 水谷は永年胸の奥に閉じ込めてきた感情を吐き出せて、ちょっとスッキリした。だが、ソレを瀬田の首元で聞いていたウルカは、焦りと驚きの入り混じった感情が頭を支配するせいで、開いた口が塞がらなくなってしまった。
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