眠り姫の憂鬱

月咲やまな

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番外編(むしろここからが本編じゃ?って内容となっています_(:3 」∠)_)

発病時は安静に①

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 今まで多くは語らずにいた事がある。
 昼間のヒョウガと私の関係についてだ。

 夜は毎晩の様に、あれやこれやと何かと激しく貪る事しかしない獣である彼だが、昼間は人間的な性質が前面に出てくるのか、意外にゆっくり距離を縮める努力をしてくれている。
 二人揃って彼の魔法で変装をして街へデートに出かけたり、ヒョウガの縄張りである森まで馬に乗って連れて行ってもらったりした日もあった。
 私がどんなに冷たい態度を取ろうとも、花束や小物、服や家具などを贈ってくれたり、ただ黙って拗ねる私の隣で寄り添ってくれたりした事も。
 町娘にでも生まれなければ経験出来ぬまま終わったであろう平凡な楽しみを積み重ねてくれるとか、私は彼から、どうやら本当に愛されているっぽい。

 もしかして、あんな始まり方をした事を多少は彼なりに反省してくれているのだろうか?とも思うが、実の所どうなのかは知らない。思い出したくも無い一日だったので、改めて話題に出してまでは訊きたくもないのだ。


       ◇


 昼間は穏やかに、夜は激しく日々が流れていったある日の事。
 健康そのものであるヒョウガが風邪をひき、倒れてしまった。日々の些細な積み重ねのせいで、絆されてきていたアステリアはつい『アステリアに看病して欲しい』というお願いを嫌々、渋々っぽい顔をしたまま聞き入れ、添い寝までして——案の定、見事に風邪をうつされてしまった。
 キスまではしなかったが、真隣で咳をされたり触られまくったりしたのだ、うつらない筈がない。元々アステリアはすごく丈夫な体という訳でもなく、平均的な体力の持ち主なのだから当然だ。

 次の日の朝。
 やけにスッキリした顔で寝入っているヒョウガの様子も気になったが、彼女は『まさか寝ている間に何かしたの?』とは、怖く訊くことが出来ぬままでいる。体中のどこもかしこもちょっとベタベタしていたので尚更だった。

『添い寝なんかするべきじゃなかったわ』

 ベッドの上で眠る自分の体の横に腰掛け、精神体になったアステリアがふぅとため息を吐いた。体から抜け出してこの姿になるのは、百年の眠りの中にあった日々以来の事だ。ロクな思い出が無かったのでこの状態になる気など今まで全く起きなかったのだが、体が高熱で酷く怠いため、抜け出たい気持ちの方が強くなってしまった。
 体の感覚と精神体はどうしたって一体なので抜け出ようが怠いには変わりなかったが、深い眠りに入る事で体をしっかり休ませる事は出来る。なのできっと治りが早いはず、という流れからきた選択である。
 実際悪い選択では無かった様で、ベットの中で真面目に寝ていた時よりは体が辛く無い。ならばさっさと王妃としての職務をしろと言われると流石にそこまでは無理だが、そもそもこの姿を目視出来る者はほぼ居ないので、今は久しぶりの自由な時間だとも言える。

『頑張れば物を触る事が出来るのも確認済だし、たまにはちょっと色々してみちゃう?』

 顎に手を軽くあて、アステリアがちょっとした悪巧みをした丁度その時——コンコンッと部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

『こんな時に誰かしら?』

 本体の頭にのせたままになっているタオルはもう冷たく無いので、そろそろ侍女達の誰かが交換に来たのかもしれない。そう思ったアステリアではあったが、体を抜け出てちょっと悪戯でもしちゃおうかななどと年甲斐もなく思ってしまっていた罪悪感から、彼女は咄嗟に姿を隠した。

ならば絶対に見付からないだろう』

 精神体なので不必要なのに、隠れた先で息を殺し、アステリアがじっと身を潜める。子供の頃にやったかくれんぼを思い出し、段々とちょっとだけ楽しくなってきた。
「入りますよ」
 聞こえた声がヒョウガのもので、アステリアの肩がびくりと震えた。

『なななな、何故、貴方が?仕事中のはずでは?』

「えぇ。でも妻の悪巧みが聞こえてきたので、じゃあ看病でもしに行ってあげようかなと思いましてね、即座に切り上げてきました。明後日までお休みをもらったので、しっかりねっとり看病して差し上げますよ」
 そう言って、ヒョウガがにやりと笑う。

『ね、ねっとりって何⁉︎看病じゃないの?』

「失礼、ちょっと本心がぽろっと。その話題はまぁひとまず他へ置いておくとして、体調は問題無いですか?“声”を聞く限りでは案外元気そうですけど…… 。あぁ、いや。そんな事も無さそうですね」
 腕には水桶を抱えたまま、ヒョウガがベットで眠るアステリアの体の隣に座った。額に置かれているタオルを取り、手を当てて熱がどのくらいかを確認する。まだかなり高熱で呼吸も少し苦しそうではあるが、深い眠りに入っている為この程度で起きる気配はなかった。
 高熱のせいで寝汗が酷く、アステリアの額や首がじっとりとしている。ヒョウガの好きな匂いがいつもよりキツく、彼は少しだけ目眩を起こした。

(…… マズイな、美味しそうなこの香りだけでイキそうだ)

 口元を手で強く押さえ、ゴクリとヒョウガが唾を飲み込む。ひとまず今は桶を棚の上に置き、汗を拭いてあげねば、と思いながら彼は立ち上がった。
「額のタオルを交換する前に、まずは汗を拭きましうか。その後は薬を入れましょうね」

『…… 薬は、飲むものでは?』

 湧いた疑問を放置出来ず、アステリアが問いかける。
「まぁまぁ。それは後でわかりますよ。——さて、と」
 棚に布を一枚敷き、その上に水桶をのせる。ヒョウガがそっと手をかざすと、ただの冷たい水が温かなお湯へと変化した。
「香りは柑橘系にしますね」
 ポケットから小瓶を取り出し、数滴垂らす。仄かな香りのするお湯の中にタオルを浸し、それを絞った。お湯が揺れるたびにスッキリとした香りが部屋を包み、アステリアがほっと息をつく。どうやら本当に看病の為に来てくれたみたいでちょっと嬉しかった。

 片手に温かなタオルを持ち、アステリアの側に寄り添って、体にかかる掛け布をヒョウガが除ける。手足を綺麗にスッと伸ばし、少し顎を引いた状態で眠る彼女の寝姿を見て、彼がクスッと笑った。
「寝姿まで綺麗とか、貴女って人はもう…… 」
 額を押さえ、ヒョウガが妻の姿に萌えている様子を隠れ先から覗き見て、アステリアの背筋に寒いものが走った。精神体でしか無い身では悪寒が走っても錯覚だと分かってはいるのだが、そう感じたのは事実だ。
「初めて眠る姿を生で見た時の様に、ドキドキしてきちゃったじゃないですか」

『ひいぃぃ!』

「いや、だからどうして毎度毎度、褒めたら悲鳴があがるんです?」
 酷く高揚した眼差しをアステリアの眠る体に向けながら、ヒョウガが濡れタオルでそっと頰を伝っていた汗を拭き取る。額、首筋と温かなタオルが当たり、精神体の方であるアステリアが気持ち良さから目を閉じた。
「…… 気持ちいですか?」

『…… うぐっ』

 素直になれず、アステリアから変な“声”が出てしまう。
「あぁ、ちゃんと気持ちいんですね、ふふ」
 ヒョウガが体を真面目に拭きつつ、嬉しそうに微笑んだ。が、アステリアの規則正しい呼吸音に気が付き、「あれ?もしかして、今この体って今寝てませんか?」と問い掛けた。
 だがアステリアからは返事がない。バレた!と言いそうになる気持ちを必死に堪え、瞑想の境地を目指す。バレてしまっては『ちゃんと体に戻って休め』と怒られそうだったからだ。
「ふーん…… 。久しぶりですねこの状態は」
 今はどこにいるのかな?とヒョウガが周囲を見渡す。すぐ側に精神体の姿は無いが、“声”が近かったのでこの室内には居るみたいだ。

 体に悪戯でもしておびき出すか、本人を探すか——

 普段の彼ならば迷う事なく前者を選んだろうが、今回は後者を選ぶ事にした。今日は彼女の前でがあるからだ。

「アステリア、どこにいるのですか?」

 声をかけられ、精神体である方のアステリアが口を両手で押さえる。意味は無くとも気持ちの問題で、つい。
「ここかな?」と、『部屋かよ!』とツッコミを入れたくなる程広いクローゼットの扉を開けて、ヒョウガが中を確認する。

「アステリアー」

 何度も妻の名前を呼びながら、綺麗に整頓されている大量の服の隙間も覗き見る。
 ここには居ないとわかれば、今度はベットの隅や下までも彼は覗き込んだ。楽しそうに探してくれればまだいいものを、低い声で名を呼び、かつ暗い笑みまで浮かべながら探されてはちょっとしたホラーだった。

 隠れた先で、考えが即座にヒョウガへ伝わってしまう仕様であるアステリアは、見付かったらどうなるの?とすら考える事も出来ず、カタカタと精神体を震わせている。
「アステリアー居ないのですか?まさか、もう部屋を出たとか?」
 扉を開ける音が聞こえ、すぐに閉まる。その後しばらくアステリアが耳を澄ましていたが、何も音がしなかった為、口を覆っていた手を離してほっと息を吐く。

 だがその次の瞬間、「みぃつけたぁー♡」という声がすぐ側でしたもんだから『ぎゃああああ』と盛大に悲鳴をあげてしまった。

「油断大敵ですよ、私の愛しい人。まーさかこんな古典的な手にあっさり引っ掛かるだなんて、可愛過ぎでしょう全く…… 私を悶えさせて殺す気ですか?次はそんな手で翻弄するとか、やりますねぇ」
 口元だけがニコニコと、だが影の入った笑顔を撒き散らすヒョウガの方へ、ちょっと動くだけでギギギィと音が鳴る壊れた玩具の様な動きをしながら、アステリアが顔を向ける。布製の天蓋の上に隠れていたので、ここならば絶対に見付からないだろうと踏んでいた為、ショックは大きかった。

『な…… ど——』

「『なんでここだと?』『どうして分かったの?』かな」
 ヒョウガの問いに対し、出来るだけ目立たぬ様にと天蓋の上では寝そべった状態でいたアステリアが、怯えた顔をしながらも素直に頷いた。
「可愛い吐息が聞こえたからに決まっているでしょう。私達獣人は耳がいいですからね」
 ニタリと笑われ、アステリアの体がびくりと跳ねる。

『何でこの獣はこんな顔で笑ってるの⁉︎』

 彼の企みが見えず、アステリアが完全に怯えている。精神体を猫みたいに丸めてカタカタと震え出したので、流石に気の毒に感じ始めたヒョウガがいつもの優しい笑顔で手を差し出した。
「下でちゃんと休みましょう、アステリア」
 ヒョウガの目にはハッキリと、彼女に猫耳と尻尾が生えて見える。懐かない猫が怯えてる姿と完全に被った。

『…… 私を気遣ってくれているのですか?』

「当然じゃないですか、私は貴女の夫ですよ。——さぁ、ね?」と、改めて手を差し出され、アステリアがおずおずとその手を取る。重さの無い身は難なく彼の胸の中に堕ち、ギュッと抱きしめる様な仕草をヒョウガがした。
「さぁ、フリだけでもベットで横になりましょうね。精神も休めなければ、体も回復しませんから」
 もっともな事を言われ、アステリアが素直に首肯する。いくら体から離れていても怠さはどうしたって伝わってくるので、彼女はヒョウガに身を任せたのだった。


【続く】
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