それでも俺は貴女が好き

月咲やまな

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それでも俺は貴女が好き

最終話

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 次の日の午後。
「悪い、今日は緊急でこれから出ないといけないんだ。最後の授業は体育だったよな?終わったらそのまま帰っていいぞ」
 担任の先生が、昼休みに教室に居た俺達に言ってきた。
「んじゃ委員長に伝えておきますよ」
「ああ、すまないな日野。頼むよ」
 そう言って先生が慌てて職員室の方へ戻って行った。
 さてと、と教室を見渡すも委員長の姿がない。いつも教室で勉強ばかりしている奴なのに珍しい。
 少し待っていると、のそのそと戻ってきた委員長に「お、戻ったな」と声をかけた。
「お手洗いにも行ってはいけなんですか、僕は」
 キッと睨み「話し掛けないでもらえませんか?同類に見られたくない」と言われ、かなりムカツいた。
「先生からお前にって伝言を頼まれたんだ」
「先生に⁈何ですか、それを早く言って下さい」
 眼鏡をくっと上げて、なんだか誇らしげな顔をしている。先生に頼られるのが嬉しいんだなコイツは。
「緊急の用があるから『帰りのHRは無い』って、皆に、お前から、伝えておいて欲しいんだってさ。よかったな、頼りにされてて」
「ふん、当然です」
 席に座り、いつものように勉強を始める委員長。
「もうあっちへ行ってくれませんか?次の授業が始まる直前に、皆さんには言いますから」
 語気を強め、いちいち癇に障る言い方を敢えてされた。たかだかこんな程度の事で、何を威張ってるんだか。
「わかったよ、頼むな」
 腹は立ったが、当たり障り無く答えて流した。


 六時限目の体育はバレーボールだった。
 普段勉強ばかりしかしていない奴等は、サーブを打つ事すらもままならない始末だ。体育の時間だけは、俺達運動部系の奴等がもっとも生き生きと楽しんで授業が受けられる。
 俺の場合、格闘技と球技とでは勝手がまったく違うが、幸いにして運動神経はいい。小学から授業でもやっていたし、他の奴等より断然上手く立ち回れた。
 運動部の俺達が混じっているチームは、同じ時限に体育をやっている隣のクラスとの対抗試合も圧勝出来た。
 成績下位を集めたクラスに負けたとあって、体育の授業だろうが相当悔しそうだ。
 ざまぁみろってんだ。頭だけが全てじゃないんだよ。

「日野、佐々木、お前達でボール片付けておいてくれないか?それ、外の方から持ってきたやつなんで、そっちにな」
 体育の先生に頼まれ、大量にボールの入ったカゴをガラガラを用具室まで押す。体育館の中にある用具室は備品数のチェック中で使えないんだとか。

 外への扉を開けて、少し離れた用具室を目指す。古い用具室は新しい体育館の裏手にあり、すごく目立たない。パッと見にも古過ぎて、開校当時からあるんじゃないのか?って感じだ。
 こんなもん早く壊せばいいのに。
「あぁーとんだ貧乏くじだよなぁ。もうみんな帰ってるぜ?」
「他の奴等には頼めなかったんだろう?ひ弱そうだし」
「何も俺じゃなくったって、板垣もいただろうに」
「逃げるの上手いからな、奴は」
 用具室の前に辿り着き、俺達は佇む。
 木造の用具室はホラー映画にでも出てきそうな雰囲気で、侘び寂びなどと言って誤魔化せるレベルじゃない。漂う空気まで重たく感じるとか、何なんだここは。こういった古い建物には慣れていないからか、余計にそう感じる。

 ホント、何でこんな建物残してんの?

「…… つうか、コレん中…… 本当に入るのか?」
「先生が入って道具を片付けろって言うんだ、そうするしかないだろう」
「ったくなぁ…… 」

 ガラッガガガガガガ——

「なんだよっこれはっ!」
 引き戸が途中で止まり、上手く開けれない。それでも無理やり開けると、何かちょっと変な音がした。
 でもまぁ開いたんだ、よかったよかった。
 安堵し、中の空いてるスペースにカゴを押し込む。
「ふぅ…… んじゃ俺は先生に終わったって報告するわ。お前は先に帰ってていいぞ」
 佐々木はそう言うと、用具室の出口へと向かう。
「なんだよ、優しいじゃねぇか」
「ふふふ、たまにはな」
 そう言って佐々木は、逃げるように見えなくもない速さで用具室の前から立ち去る。ここが古過ぎて、オバケがいそうな雰囲気なので気持ちはわからなくもない。
 もで俺は、ちょっと怖い物みたさで中を見てみたくて、キョロキョロと見渡しながら奥へと入ってみた。
「うへー…… 本当に古い備品ばっかりだなぁ」
 だが、いつでも使えるようきちんと掃除はしてあるらしく、埃をかぶった感じはなかった。ただ、全てが古いだけ。
 建物も備品も、古くてもまだ使えるからと大事にしてるのかな、うちの理事長は。派手好きそうな理事長が、意外にも物を大事にする人のようで少し見直した。

 ガ…… ガガガガガガッ……

「なんだ?この音」

 ガガガガガガ…… バンッ!——ガチャンッ

「え?」
 慌てて引き戸の方へと戻る。だが引き戸を動かそうとしてもガチャガチャと音が鳴るだけで、完全に閉まっていた。
「うわー…… 勝手に閉まったのかよ」
 ぼやきながら、それでも引き戸を何度か開けようとするが、びくともしない。
「…… マジで?」
 何度も何度も開けようとしてみても、全然開く気配がなかった。
「嘘だろう?」
 ドアの隙間を覗くと、しっかり鍵が下りている。鍵が古過ぎて、閉じる衝撃でそうなったのだろう。
「うわぁ…… まいったなぁ」
 叫んでも誰かに聞こえるような場所ではないのは、さっきここまで歩いてきた時にわかってる。体育の授業中だった為、スマホも無いから助けも呼べない。
 佐々木が先生に報告すると言ってたんだ、先生が心配して見に来る事もないだろう。
 警備の人が見つけてくれるのを待つか…… 。


 ぼーっとしながら待つも、誰も来ない。上の方にある小さな窓からは夕焼け空が見えて、お腹も空いてきた。
「昼もっと食べておけばよかったなぁ」
 たぶん、まだ一時間程度しか待ってないのに既にこれでは先が思いやられる。いつもならもう鈴音さんの店にいる時間だ。
 俺が来ない事をせいせいしてるに違いない。電話で俺のこと『嫌いだ』って言い切ってたもんなぁ。

 …… 逢いたい。

 でも、俺だけがそう思ってるんだろうなと考えると、腹が減ってるせいもあるのか、だんだん寂しい気持ちになってきた。

 夕日も落ち、暗くなった用具室。体育館の裏なせいで、近くに外灯もない。どこかに電気のスイッチがあるのかもしれないが、暗いせいでよくわからなかった。
 動くのも面倒だ、腹が空き過ぎて動きたくもない。
 体育座りをして、膝に顔を埋める。俺は絶対に遭難とかしたら真っ先に死ぬタイプだな。もしくは何でも食べようとして腹壊すか。
 精神的に疲労してきたんだろうか、なんだかウトウトしてきた。このまま寝てしまった方が、空腹に耐えれるかもしれない。そう思った俺は、そのまま意識から手を離した。


       ◇


 ——ドンドンドン!

 引き戸を叩くような音で目が覚めた。
「誰かいないか?」
 引き戸ごしなせいで、くぐもって聞こえる女の人の声。
「…… 先生?」
「居た!ここだ!早く開けろ!」
「あ、は…… はいっ」
 怒ってる感のある女の人の声に続き、年配の男性の声もする。鍵をガシャガシャといじる音が微かに聞こえた。
「もういい!貸して下さい!遅過ぎる!」

 ジャラッ…… ジャラ…… ガチャ

 ギ…… ギギギ…… ガガガガガガッ…… バンッ!

 ずっと閉まっていた引き戸が開き、中を懐中電灯で照らされる。暗い空間に目が慣れていたせいもあって、目の奥が痛い。
「アホが!こんな時間までここで何やってんだ!大人を心配させるにも程があるぞっ」
「…… その声、もしかして…… す、鈴音さん?何でここに」
 鈴音さんの後ろでは、無線で警備の人らしい男性が発見した旨を報告している。
 キョトンと彼女の方を見ていた俺に向かい、鈴音さんがすごい形相でズンズンと近づいてきた。
 跳び箱の前にうずくまる様にしていた俺の前に座り、持っていたプラスチックのケースからおにぎりを取り、差し出してくれる。
「まずは食え。もう十時を過ぎてるんだ、腹も減っただろう?ご両親には理事から連絡がいくから、まずは落ち着いて、事情を話せ」
 心配そうな顔になり、鈴音さんの目がちょっと潤んでいるような気がする。
「ありがとう、探してくれたの?」
「いつもの時間に来ないんでどうしたんだろうと思っていたら、閉店間際に板垣君がアンタに借りたい物があるとかで店に来て、ウチに居なかった事を不思議がってたんだよ」
「毎日通ってたもんな、あそこに行けば俺が居るって思うよなぁ」
 一人納得しながらオニギリを頬張る。今までで一番美味しい鮭オニギリが胃に沁みる。
「それで慌てて二人で探したんだが、アンタが行きそうだって場所にはどこにもいなくて、電話にも出ないままだし、もしかしたらと思って理事に連絡して学校に入れてもらったんだ」
 なるほど、頷きながらもう一個オニギリを食べる。おかかのオニギリもすんげぇ美味い。こんな人嫁さんにできたら幸せだよなぁ。
「あの、私はちょっと理事長に呼ばれたんでもう行きますね。『彼が落ち着くまでゆっくりしてから帰るといい』と、伝えてくれと言ってました」
 警備員の男性が、おどおどと鈴音さんに伝える。鈴音さん相手に気迫負けしていて、警備なんか出来そうに無い状態になっているのがちょっと笑えた。
「ああ、ありがとう。悪かったな急かして」
「いえ、鍵の確認しかしなかった私も悪いですし」
「いいや、貴方は悪くない。悪いのは…… こんな場所に閉じ込められたコイツだ」
 頭を手加減なしにガッと叩かれた。
「いてっ!メシ食ってるのに叩かないで下さいよ」
 俺が文句を言うと、鈴音さんがスッとまだオニギリの入っているケースを目の前に差し出してくれた。
「足りないんだろう?全部食っとけ」

 くうううう、なんて優しいんだ!!

 一礼してその場を警備の人が去る。鈴音さんが近くにあった縄跳びの入った箱を持ち上げ、引き戸また閉まってしまわないようにと間に挟んだ。
「ここは修理を入れないとダメだな、明日頼んでおくか」
 引き戸の様子を確認しながら、鈴音さんがボヤいた。
「完全に壊れてますもんね、引き戸。勝手に閉まってホント焦りましたよ。閉じ込められたのが俺だったからまだいいですけど、他の生徒じゃ大問題になったでしょうね」
 お金持ちのお坊ちゃん、お嬢ちゃんも多い学校だ。『誘拐だ!』って警察を呼んでの大騒ぎになりかねない。ウチはまぁ色々大雑把な親だから『皆さんに心配かけさせるな!』って軽く叩かれて終わりだろうなぁ。
「あぁ、お前でよかったよ。ホント」
 困ったような、でもちょっと笑って見えなくもない顔を鈴音さんがする。そんな顔にさせてしまい、俺のせいでこうなった訳でも無いのに申し訳無さを感じた。


「ご馳走さまでした!」
 五個あった大きめのオニギリをペロッと全てを平らげ、やっと満足した。さっきまでの寂しい気持ちなんか、もう全然無くなった。
 隣に鈴音さんが居て、俺の事を必死に探してくれていたんだって知ったら、寂しいとか思い続けられる訳がない。
「こんな場所に閉じ込められて、怖くなかったのか?」
 顔を覗き込みながら、鈴音さんが俺に訊く。
「怖くないけど、腹は減って死にそうだったかな」
 頬をかきながら返事した。
「あははっ…… お前らしいな——」
 会話が途切れ、黙って見詰めあう。ちょっと…… ドキドキしてきた。
 このままキスとかしたら怒るかな。
 怒るんだろうなぁ…… あぁ、月明かりを背にする鈴音さんが、とても綺麗だ。
 彼女の頭の後ろにそっと手を伸ばしても、怒られなかった。気を良くした俺は、そのまま顔を近づけて、鈴音さんの唇にキスしてみた。
 抵抗する事無く、そのままの鈴音さんが逃げたりしない。
 どんどん心臓が早くなる。
 手が少し震えて、何か大きい衝動を感じた。
 感情と衝動に任せ、触れていただけの唇に吸い付き、舌を割り込ませ、鈴音さんの舌に絡ませる。
「…… んっ」
 鈴音さんが可愛い声をもらす。
 柔かい…… 人の舌がこんなに柔かいなんてビックリだ。
 クチュ…… チュ…… 。
 キスをする水音が、静かな空間に響く。鼓動が早くなり、互いの息があがってきた感じがした。ゆっくりと手を伸ばし、鈴音さんの胸に手をそっとあてる。ドクンッドクンットンッ…… と、早い鼓動を感じ取れて嬉しくなった。
 そっとだが、鈴音さんが俺の唇から離ていく。
「…… あまり調子に乗るな」
 俺の胸を両手で軽く押し、少し離れながら照れくさそうに小声で言う。
「調子に乗れる時に乗らないと、今度はいつ鈴音さんが素直になるかわからないから」
 口元だけで微笑みながら言った。
「…… バカかお前は」
「うん、そうかも。鈴音さんが好き過ぎてね、何も考えられないんだ」
「こんな年上がいいなんて、ホント変わってるよお前」
「歳なんて関係ないよ、大事なのは相手をどう思っているかでしょう?」
「どう思っているかを尊重するなら、アタシは——」
 鈴音さんの言葉が詰まる。
「アタシは…… 何?嫌い?ハッキリ言っていいよ。それでも、俺は諦めないけどね」
「…… アタシは」
「…… うん」
「…… わからない」
 困った顔をしながら、鈴音さんがプイッと横を向く。
「年下に興味は無いんだ。でも、お前が店に来るのは…… その…… イヤじゃないし、来ないと心配になる」
「嬉しいな」
「今日も…… どこを探しても見付からなくて…… すごく心配で…… 何かあったらどうしようって、怖くなった」
「…… ありがとう、心配してくれて」
 鈴音さんに近づき、ギュッと彼女を胸に抱き締める。抱き締めた体温がすごく高い。
「でも、それが姉のような気持ちでの心配なのか…… こ、恋人への気持ちなのかが、よくわからないんだ」
「それでも俺は今はいいよ、鈴音さんが少しでも俺を見てくれるんなら」
 抱き締める腕に力が入る。

 嘘だ…… 本当はもっとちゃんと見て欲しい。
 俺だけを見て、俺だけを感じていて欲しい。

 でも、今それを望んでもきっと無理なんだ。
 鈴音さんと俺の間にある壁はすごく高くて、ゆっくりと時間をかけてでないと崩せない。そんな気がする。
 …… そんな時間なんて、とっとと無くなればいいのに。


「——昔な」
 抱き締めたままでいると、鈴音さんがゆっくりと口を開いた。
「付き合っていた男がいたんだ」

 …… うん、そうだよね。こんな綺麗な人なんだから。

「年上の…… 十一歳上の男で、出会った当時私はまだ高校生だった」
 今の俺達と同じ年の差だ。偶然なんだろうけど、イヤな重なりを感じた。
「私はもう大学に進む事が決まっていたんだが、アイツは卒業まで待つから一緒になろうって言ってきた」
 一緒にって…… 結婚の事だよな、やっぱり。
 しかも状況まで少し似てる。きちんとしたプロポーズまではしていないけど…… したいけど。
「ずっと楽しみにしていたよ。早く卒業したくてたまらなかった。…… でもな、大学を卒業しても、アイツが私に何かを言ってくる事はなかったんだ」
「…… 何年も待ったけど、気が付いた気には自然消滅さ」
 鈴音さんがしんみりとした顔で俯いた。
「最近風の噂で、結婚して子供がいるって話を聞いた。…… 七歳の子がね。アタシがまだ待っていた間に、もうすでに奴は別の女と子供まで作っていたんだよ。約束した事なんて、すっかり忘れてな」
「…… 酷い」
「それからもう待つのは嫌いなんだよ、待ったって心は変わる。出会いの多い人間なんて、特にな」
 そうだったんだ…… だから俺が待って欲しいって言っても、嫌がったのか。
 長い事待ったのに、相手が違うとはいえ、また同じだけ待ってくれなんて…… 確かに酷だよな。
「よく、『君は強い人だから』とアイツにも言われたが…… 強い相手なら何をしてもいいって訳じゃないのにな……」
 鈴音さんから、ため息がこぼれる。
 まだ鈴音さんは傷ついたままなんだな…… そう思うと、悲しくなる。知らない男の事で、まだ苦しんでるんだって思うのすら、すごくイヤだ。
「俺が側にいますよ、まだガキかもしれないけど…… 鈴音さんは、俺が守るから」
 そう言って、鈴音さんの優しく頭を撫でた。
「もう待たないと言っているのに、アンタはめげない奴だな」
 クスクスと笑う鈴音さん。
「若さゆえの行動じゃないって、どうにかして教えたいですからね」
「…… その純粋さはすごいと思うよ。アタシにはもう無い。眩しいくらいだ」
「惚れた?」
「…… さあな」
 そう言いながら鈴音さんが俺と向かい合う形で膝を立てて座り、頬に両手を添えてきた。
 そして唇に優しく口付けてくれる。
 軽いものだったけど…… でも、鈴音さんから初めてしてもらった。
「…… このくらいは許せる程度には…… かな」
 言い様のない嬉しい気持ちが全身から湧いてくる。思いっきり抱き締めて、大好きだって大声で叫びたくなるような。もうとにかく本当に、すごく嬉しい。
「俺、すんごく鈴音さんが好きです!」
 頬に触れたままの手に、自分の手を重ねる。逃したくない、離してなんて欲しくない。
「…… ああ、わかってる」
 ニコッと笑う鈴音さん。
「待てなくてもいいから…… それでも、待っていてもらえませんか⁈」
 自分でも言っていて意味がわからない。
「あほか、何言ってんだよ」
「鈴音さんが誰かのモノになるのだけはイヤだ…… 。だけど待たせて辛い思いもさせたくないし、でも俺が大人になるまで待って欲しい…… 」
 自分でも、もうどうして欲しいのかわからなくなってきた。
 少し困った顔で鈴音さんがため息をつく。でも、嫌そうじゃない。さっきみたいな、悲しそうな顔でも無かった。
「じゃあこうしようか」
 俺の額に、鈴音さんが額を重ねる。
「互いに…… ここまでなら待てるって思えている間だけ、今のままの関係でどうだ?」
「今のまま…… ?それって、形だけかもしれないけど、付き合ってるこの関係のままって事?」
「あぁ…… まぁ…… 形だけって部分は省いてもいいが…… 」
 途中から、鈴音さんの声がどんどん小さくなる。
「本当に?」
「嘘はつかないよ。でも、待てる間まで…… そういう約束でもいいなら、だがな」
 そしてまた、少し困った顔にも見える笑顔を向けてくれた。
「あぁそれと、私を犯罪者にするようなマネだけはしないでくれよ?」
 これはきっと、鈴音さんにとってはものすごく譲歩してくれているんだと思う。
 譲歩してくれようと思ったって事は、少なくとも今は、俺に好意を持っていてくれているかもしれない。
 自分からキスもしてくれたし。

『 好き 』

 その一言はまだ聞けてないけれど……。
 それでも今は、これでもいい。
 時間をかけて、もっとちゃんと俺を知ってもらうチャンスが出来たんだから。

 十一歳の年齢の壁。
 それをも超えられる日はきっと、そう遠くないと思う。
 どんなに壁があろうが、それでも俺は貴女が好きだから。


【終わり】
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