白銀の恋人

月咲やまな

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第2話

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 駅前まで二人で歩いて行く。特に話す事もない俺は黙ったまま、隣も見ずに歩いた。
 これじゃ一人で帰っているのとなんら変わらないが、それでコイツは満足なのか?なんて事を考えていたら、葛葉が俺に声をかけてきた。
「昴さんはもう、昔みたいに何かが見えたりはしないんですか?」
「は?」
 その言葉に驚き、ピタッと歩く足が止る。意味が、真意がわからなかった。
「もう、人には見えないものが見えたりはしないんですか?って訊いたんですよ」
「何を言っているんだ?お前は」
 葛葉はニコッと笑ったが、返事がない。
 少し……動揺してきた。俺の一番の秘密なはずなのに、親にも言ってない事を何故半年前に会ったばかりのお前が知っている?当てずっぽうで言うには内容がおかしい——……

 コイツの言うとおりだ。
 俺は、幼い頃は色々なモノが見えていた。いわゆる『おばけ』『アヤカシ』といった類の者達がだ。そのせいで、葬儀場や病院といった場所が異常に嫌いで、よく親を困らせたりもした。
 幸い俺は奴等に嫌われているのか、こちらには一切近寄って来ないのだが、それでも水子が廊下を這いずる様子や自殺した人間が事故現場に佇む姿は、見ていて気持ちのいいものでは無かった。
 それらの見える生活にも慣れ、他人には見えていないんだとしっかり理解したくらいの頃から不思議と少しずつ見えなくなり、今では完全に視覚には映らなくなった。
 だが、何かがいる感覚だけは未だに消えず、自殺で有名な場所などにはとてもではないが行けない。病院なんかも……まぁ、やはり無念が残ったまま死んだ患者も居る為か、正直時々気持ち悪くなる事もあるんだが、それでも俺はこの仕事を選んだ。もう、目の前で大事な人は失いたくないから。
「……またあれか?朝の天気予報みたいに、カンで言っているのか」
「カン?いいえ、あれは教えてくれたんです」
「誰がだ?」
 俺がそう訊くと、葛葉が空を指差した。何かあるのか?と思い、上を見るも……当然何もない。雲もすっかり消えた、綺麗に澄んだ空だけが広がっているだけだ。
「お友達がいるんです、今日は一時的に通過するから、ちょっと濡れるかもって教えてくれました」
 通過って、何言ったんだこの女は。
「……お前はアレか?おかしな発言ばっかりして、気を引こうとするタイプのバカか?それとも狂言癖があるのか」
 それともまさか——本当に、昔の俺の様に何かが見えるのか?
「最後のが正しいですよ、昴さん」
 葛葉の言葉に、肩が震えた。
 何を言ってる?俺は絶対に口にだして言っていないのに。
 黙ったままでいる俺に向かい、葛葉が場違いな笑顔で向けてくる。
「さぁ、晩御飯は何が食べたいですか?『今日は忙しいから勝手に食べてくれ』って伝えろと、お母様に言われてたんです」
 いきなり話題を変えるなよ!でもまぁ、前々から揃って出かけるとか言ってたよな、そういえば。
「仁さんも、今日は用があって一晩お出かけするんですって」
「な、なにぃ⁈」
 ちょっと待て、じゃあまさか——
「今夜は二人っきりですね、ふふふ」
 ふふふって、お前は何で無駄に嬉しそうなんだ!
「私がご飯作りましょうか?」
「作れるのか?」
「ええ、宮川のお母様に褒めてもらいましたよ。私の味にそっくりねって」
 そっくり、ねぇ。本当なら何か食べて帰りたい所だが、ついて来るとか言われそうだしな。仕事で疲れてるから、ここは大人しく家に帰るか。コイツの料理を食べるかどうかは、別として。

 駅前に着いた俺は真っ直ぐに改札を目指そうと思ったが、途中で足が止まった。
 そういえば葛葉は定期を持っている訳がないよな。
「おい。ここで待ってるから、さっさと切符買って来い」
「え?……あ……でも……」
 キョロキョロと周囲を見て、葛葉が困った顔になった。
「まさか、切符も知らないとか言わないよな?」
「えっと……すみません。まず何をどうしたらいいのかすら、わからないです」
 しゅんっとした顔で俯く姿は、少し幼く見える。嘘じゃ無い、本当に知らないみたいだ。
「お前はいったい、どんな田舎の奥地に住んでたんだよ」
 額を押えながら、俺は呆れ顔になってしまった。
 もう面倒だ、ここからだと少し高いがタクシーに乗るか。一から説明するのもめんどくさい。

 タクシー乗り場に移動し、順番待ちの列に並ぶ。
「これで帰るぞ」
「え?車ですか」
 また困った顔をされた。
 すぐに俺達の番になったので「早く先に乗れ」と言うと、「は、はい」と答えながらも怯えたような顔をする。ちょっとビクビクした態度で、乗ってからは終始硬直状態だ。
 冷や汗までかきながら、葛葉が一言も話さない。
 ……変な奴。乗り物恐怖症だとかなんだろうか?


「——お客さん着きましたよ」
 タクシーの運転手の声でフッと意識を取り戻した。いつの間にか寝ていたみたいだ。
 料金を払い、タクシーを降りる。予定外の出費になってしまった。金にはひとまず困ってはいないが、それでも何か損したような気分にはなった。
「はぁ……」
 葛葉がため息をつく。今にも倒れそうなくらい、疲労困憊しているように見える。ただたくしーに乗っていただけだというのに何故ここまで疲れるんだ。
「車は嫌いなのか?」
「嫌いですね、なんていうか……自由がきかない空間に閉じ込められるのが、どうもイヤです」
「閉所恐怖症なんじゃないのか?」
「……へい……えっと、それかはわかりませんが、車の中にいると、暗くて狭い空間に入れられたみたいな気持ちになりませんか?」
「ならんな。そんな経験もないし」
「……そうですよね……うん」
 葛葉が力無く頷く。……何故だろう、少し悲しそうだ。

「ただいま」
 誰もいないのはわかっているんだが、家に着くとつい言ってしまう。
「ただいまです。すぐにお風呂の用意と、ご飯を作りますね」
 長い石段を上がり、境内に入った瞬間から葛葉がやけに元気になった。スキップしながら家の中に入り、鼻歌を歌いながら風呂場へ向って行く。
「変な奴だな」
 ボソッと言い、着替えようと俺は自室に向った。

 鞄を開け、今日もらった新しく導入される薬の説明が書かれた資料を取り出す。
「結構あるな」
 一枚一枚きちんと目を通し、効果などを覚える。導入されるも、あまり処方しないで終わってしまうものもあるが、今回の物はわりと使えそうな物が多そうだ。価格の問題は少しありそうだが……。
「昴さん、ご飯とお風呂どちらを先にしますか?」
 廊下の方から、葛葉の声が聞こえた。襖を開けて、顔を出し「ご飯を先にもらっていいか?」と返事する。
「はい、ではもう居間の方へ来ていただけますか?すぐにお出ししますので」
 そう言うと、白いエプロンをつけた姿で、葛葉が小走りしながら台所へ戻って行く。
「……もうできたのか?随分早いな」
 机の前へと戻り、手に持った資料を改めて見る。十二ページくらいまでは読み進んでいた事から、体感してる以上に時間が経っていたようだ。
 資料を見てからと思っていた為、まだ着替えも済んでなかった。急いで背広を脱ぎ、それをハンガーにかけ、楽な格好に着替えてから俺は部屋を出て居間に向かった。

 居間に入ると、テーブルに二人分の食事が並んでいる。おにぎり、豆腐の味噌汁、焼き鮭、漬物にほうれん草のおひたし。夕食と言うには不似合いな物ばかりだ。
「……これだけか?」
「え?もしかして、足りないですか⁈」
「あ、いや……なんていうか、これだと朝食って感じだから」
 笑えるくらい葛葉がすごく困った顔をする。不覚にも、その顔がちょっと可愛いなと思ってしまった。
「前に頂いてとても美味しかったのでこれにしてみたんですが……もう一品他に作りましょうか」
 そう言って立ち上がったのを、俺が止める。
「いや、もう時間も遅いしこれでいい」
 まぁ、あまり多く食べ過ぎるもの体に良くないしな。好意を無下にするのも悪いと思い、俺は食卓テーブルの椅子に座った。
「んじゃ、いただきます」
 手を合わせ、味噌汁から始めに口をつけた。
 あれ……?
「これ、母さんの作り置きか?」
「いいえ、私が作ったんです。そっくりでしょう?」
 確かに。全く同じと言ってもいい。子供の頃から飲んでいる味と、何ら変わりない。
 まぁ、使っている材料が同じならそうなる事もあるんだろう。
「美味しいですよね、宮川のお母様の料理」
「ああ、そうだな」
「私ももっと覚えておきますね、昴さんは何がお好きなんですか?」
「俺の好きな料理でなく、仁の好物でも覚えてやるんだな」
「……そうですね、そっちも覚えないとですね」
 寂しそうに笑ってそう言うもんだから、少し悪い事をしたかなと感じてしまった。
 付き合ってるのは弟となのだ。いたって普通の事を言っただけだと思うんだが、なんで葛葉は傷ついたような顔をするんだか。

 ご飯も終わり、風呂場へ向う。
 本来なら片付けくらい手伝うべきなんだろうが、家事をやり慣れていない俺が加わった所で足手まといになるだけだろう。葛葉が片付けを手伝っていた所を見た事がある。料理も出来たくらいだ、任せても一人でやれるだろう。

 脱衣場で服を脱ぎ、眼鏡を外す。視力のあまりよくない俺は、毎度のように手探り状態になりながら風呂場の中へ入って行った。
 古いが、檜で作られた広めの風呂場は、ちょっとした旅館くらいはあるんじゃないだろうか。昔は近所の人達に貸すこともあったとかで、こんな大きさになったのだとか。
 今となっては無駄に広くて、水道代も異様にかかるお荷物的存在だ。たまの親孝行に、改築でもしてやるかな。三十五になっても、家事が出来ないせいで実家で暮らしている肩身の狭さもあるしな。
 髪を洗い、次は体をと思った時だ。風呂場の引き戸越しに「背中流しましょうか?」と、葛葉が声をかけてきた。
 な、何を考えてるんだあいつは!
「そんな必要は無い!お前は馬鹿か⁈」
「……わかりました」
 シュンッとした声が、ガラス製の引き戸の奥から返ってきた。
 断るに決まっているだろうが!まさか本気で俺に『じゃあ頼む』と言ってもらえるとでも思っていたのか?だとしたら、予想以上の大馬鹿だな。

 カリ……カリカリカリ……
 気持ちを切り替えて体を洗っていると、急に変な音が何処からか聞こえ始めた。何かを引っかいているみたいな音だ。脱衣場の方から聞こえる。
 おいおい、何だよまったく。まさか、葛葉がやってるんじゃないだろうなぁ。そう思いながら曇りガラスになっている引き戸に目をやったが、人らしき影は無かった。
 ドクンッ——
 心臓が少し跳ね上がった感じがする。葛葉なのだったら文句を言って終わりなのだが、そうではなさそうだ。
 黙って聞いていたが、異音は相変わらず続いている。
 カリカリカリ……
 まるで爪で何かを引っかいているようなその音に、ゾクッとしたものが背中を走った。昔、人には見え無いはずのモノが見えていた時に感じた悪寒に非常に近い。
 ゴクッと唾を飲み込む。
 見えてた時期も、俺には近寄ってこなかった。もし、今そこに何かがいたとしても、きっと平気なはず。そう思った俺は、ゆっくりと引き戸に近づき、音の正体を、開けて確認してみる事にした。
 カリカリカ。
 ピタリと音が止まった。こっちの気配に気がついたんだろうか?
 それでも気になり、引き戸を開けた瞬間、隙間から見えたのは——
「……犬?」
 犬の鼻先みたいなものだった。
 隙間に強引に体を押し込み、引き戸を無理やり開け、ソイツは風呂場に入ってきた。
「おい!ちょっと待て、お前どこから入ってきた!」
 そう言うも相手は犬だ。言っても止まるはずもなく、当然という態度で湯船の中にジャンプした。
 バシャン!
 お湯が跳ね、俺に少しかかる。
「んなっ!俺だってまだ入ってなかったのに!」
 白く大きい姿の犬は首を傾げ、ずぶ濡れになった可愛い顔をこちらへ向けた。ぼんやりとしか見えないものの、その雰囲気が十分伝わり、少しほんわかした気分になってしまった。
 犬は昔から好きだった。従順で、大人しく、人によく懐く。
 俺が大切な人を亡くした時、側で癒してくれたのも犬だったしな。
「困ったなぁ……」
 ぼやきながらその犬の側に行き、浴槽のふちに腕を置いて、よく見ようと顔を近づける。
「え……」
 ハッキリ顔の見える位置まで行った時、声が出なくなった。
 よく知ってる顔の犬。
「はくおう?」
 その顔は、昔俺のせいで死んだ犬にそっくりだったんだ……。
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