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第三章

【第三話】企画者の正体(リアン・談)

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 随分と前は、この世界はもっと単純なものだった。森や山脈、川に湖などが数多とあって広大ではあるものの、全体的な創り自体は単純で、玩具の箱庭を目にしたような気分になるくらいに。人間達の暮らす街や村が点々とあって、自然には多種多様な生き物が溢れ、北方にある森には魔物達が息を潜めて生息していた。

 そんな世界で自分の存在を自覚した時、最初『これは夢だ』と思った。

 辛気臭い森の中で目を覚まし、周囲を見回した時に広がっていた光景が、のラフ画とあまりにも酷似していたからだ。だけどまだまだ着手し始めたばかりといった雰囲気で、中心部分から少しずつ外側へ向かって世界が広がっていっている最中である事にも、すぐに気が付いた。

 …… なんだ、夢か。
 夢ならば、自分もこの世界を創りあげてみたいなぁ。

 この夢は自分が作ろうと思っているゲームの世界だとわかってしまえば、後は簡単だ。
 ステータス確認の為に半透明の操作パネルを目の前の空間に出現させ、自分の持っている能力をチェックする。どうやら俺は、最初から魔法も剣士系の能力も一通り満遍なく兼ね備えた、万能系のキャラクターの様だ。『元々持っている本人の能力をスタート時に影響させた仕様に出来たら面白いだろに』と机上の空論時に思っていたが、ちゃんとそう出来ているみたいで…… 嬉しいような失敗したような、何とも微妙な気分に。
 未振替の経験値をそれぞれの能力値に割り振りしてレベルを上げていく。“力”を上げれば“知力”の上限が下がったり、“体力”を上げれば“魔力”が下がったりとなって、本来ならどんなにレベルを上げても全能力値を最大値にする事は出来ないはずなのに、固有スキルに“企画者権限”というものがあって、レベルも能力値もクラフト系スキルさえも全部が全部最大値にまで上げられてしまった。

『…… ははは。よくある俺最強系のゲームキャラになってるな、コレ』

 そんなゲームキャラクターなんか生まれない様にするために、現実の能力値を影響させる事が出来たら面白いのにと思っていたのに、自身が現実でもそういうタイプだったせいで、すっかりチートキャラの出来上がりだ。こんなスタートでは何をしたって楽しく無いだろうと思うと、この夢を楽しめるのか不安になってきた。

 現実でも何だって簡単にすぐ出来てしまうせいで、人との関わりに関しては希薄な人生を送っている。運動だろうが勉強だろうが、何をやっても達成感が無い。無難に人付き合いをこなしてはいるが、親友と思える程の仲の良い友人や恋人もおらず、実家は神社なので下手に派手な行動も出来ない。
 唯一楽しいと思って挑める事なんて、仕事でゲームプログラムを組んでいる時と、趣味で同人ゲームの企画を考えている時くらいなものだ。

 常に心の中に何かが足りない。何かが不足していて、渇きを感じる。
 でもその正体がわからず、徐々に積み重なるストレスはもうピークに近かった。

『じゃあいっちょ実行に移しますか』

 腕まくりをして、大空を目指してジャンプしてみると、難なく空をも飛ぶ事が出来てしまう。流石夢だ、鳥のように自由に空を飛べるのが楽しくってしょうがない。今まで体の中で燻っていた力をやっと解放出来た様な気にすらなってくる。

『じゃあ、やってみるか』

 両手を広げ、固有スキルの一つである“天地創造”を発動させて、頭の中のイメージをこの世界の四方八方へ広げていくと、完成度が一気に加速していく。その間中、陰陽師や雅楽士みたいな衣装を着ている自分の体が太陽の様に輝き、まるで自分が八百万の神々の一人にでもなった気にさえなっていった。


 時間が経って夜になり、綺麗な月が空に上がったのにまだ自分は夢の中のままだ。
 力を使い過ぎたのかちょっと疲れを感じたので、日没と同時にスキルの使用は止め、今は最初に目を覚ました森の中をとぼとぼとした足取りで彷徨っている。
 世界の創造を加速させようとおこなった行為のせいで、『太陽が空に二つあがった』と人間達の街では大騒ぎになっていた。夢だろうが、軽率な行動はどうやら控えた方が良さそうだ。今度はもっと地道にこの世界を創っていくか。

 ガサッ——

 生き物の気配と同時に、物音が突如暗闇の中から聞こえ、ビクッと体が跳ねた。
『…… 何だ?』
 月明かりしか無いせいで、物音一つに過剰反応してしまう。正体が何であれ対処出来るだけの力を持っている自覚はあれど、それを実際に試した訳じゃないから緊張感は拭えない。実は此処がゲーム世界の夢であるなんてただの思い込みで、俺最強と勘違いした馬鹿者って可能性だって捨てきれないのだから。

 いい加減正体を表せよ!

 ドキドキしながら暗闇に向かって目を凝らしていると、ガサガサッと音をたてながら出てきたのは、一匹の魔物の子供だった——


       ◇


 ログハウスの様なデザインをした拠点を慌てて飛び出し、朝陽のおかげで明るい森の中を一人で歩いていると、もう何年前の事だったか思い出せないくらい昔の出来事を思い出した。

 あの後俺は、偶然出会った魔物達とその場の流れで共に生活をし始めた。
 その間中、『俺は一体いつになったらこの夢から覚めるんだ?』と思っていたのに、『これってまさか、自分は異世界ってやつに居るんじゃねえのか?』と気が付いた時は本当にショックだった。思わんだろ、自分の書いていた企画書通りの世界が、実は異世界でしただなんて、普通。

 そうなると、自分は異世界転移ってやつを経験しているのか?
 いやいや、本体は今頃病院で昏睡状態になっていて、長い夢の中に落ちているだけかもしれない。
 最後の記憶、記憶…… あぁそうだ、実家の神社の鳥居の上で何か人っぽいモノを見て、驚いてそれで…… えっと…… ——

 此処へ来る直前の記憶が曖昧で、何度考えても堂々巡りで答えは出ない。この世界の事ならほとんど何でも知っていたのに、自分の事になると途端にわからないとか、ホント笑えてくる。

 キーラ達と出逢ってからは、彼等が揃いも揃って企画外の行動をするせいで、先読みが出来なくなった。勇者が育たないせいで城まで誰も来なくて魔王がお飾りになるとか、企画の段階ではそんな設定は一切無かったのに。

「…… この世界はもう自分の手を離れていて、好き勝手に育っていってるんだろうなぁ」

 白いシャツ一枚に茶色いズボンという“村人その1”みたいにラフな格好をしながら、青い空を見上げる。この先どうなっていくのか、わからない事が楽しくって、口元が自然と綻んだ。

 異世界転生者や転移者はどれもこれもがキーラ達並みにイレギュラーな存在で、予測不能な行動をしてくれるが、俺を呼び出した召喚士の焔は、その中でも最たる存在だ。そんな選択肢を選べる仕様にはしていないのに、何でか見た目が鬼だし。鬼なのに、可愛いし…… 隣に居るだけで満たされる。触れることが出来ると、尚一層生きていて初めて心が充足感で充ち満ちる。
 あの時この世界で出逢った最初の生き物が魔物であった事が俺の立ち位置を決定づけたが、もしも森の中で遭遇していたのが人間だったら、自分は今頃人間側について、勇者を支援する師匠にでもなっていたかもしれない。そうなっていたら、召喚士である焔に呼ばれ、彼の精液を貪っていたのが別の何かだったのだと思うと、それだけで背筋が凍る。召喚士と魔王の恋は自分の企画通りの展開だから、自分が魔王に祭り上げられていて本当に良かった。


 足元に落ちている小石を数個拾い、そのうちの一個を右手に握り周囲を見渡す。名前を得た効果もあるのか、ノトスの森は生き物や実りに溢れたものとなってきている。初めて此処へ呼ばれて来た時とは大違いだ。
 そのおかげで、ちょっと探すだけで兎が走り去って行こうとしている姿を見付ける事が出来た。

「いっちょ始めるか」

 腕を振り上げ、兎に向かって小石を投げる。きちんとしたフォームではなくっても、“力”の能力値も“俊敏”も、どちらも最高値のおかげで兎程度は一撃だ。投げつけたのはただの小石なのに、まるで弾丸でも打ち込んだみたいに貫通していた。
「おしっ」
 倒せる確信があってもやっぱり当たるとちょっと嬉しい。倒れた兎には申し訳ないが、所詮はデータ上だけの生き物と大差は無い。側にしゃがみ、腰から下げている剥ぎ取り用のナイフを兎に突き立てると、遺体はフッと消えて無くなり、持ち物の中に“毛皮”と“生肉”が数点勝手に追加された。

「さて次は——」

 何体もの兎をこの後も倒し、毛皮などを大量に仕入れていく。単純な作業に近いので、その間ずっと考えるのは焔達と直前までしていた会話の内容だった。
 知らなかった事を新しく知っていくというのはとても楽しい。愛おしいと思える相手の事ならば、尚更だろう。だけど、絶対に知っている筈の無い事を知っているというのは気持ちのいいものではない。何故わかるのかわからないというのは、魚の骨が喉につっかえたみたいに嫌な気分になる。だからといって、なんで自分が彼の瞳の色を自信を持って赤だと断言出来るのか、何か思い当たる理由は無いかと焔自身に訊くというのは、相手も困るだろう。

 元の世界での知り合い同士、だとか?

 いや、知り合いならば黒か茶色だよな。赤いはずがない。
 益々もって理由がわからなくなり、投げる石の速度が無駄に早くなる。順調に兎狩りが進み、もうログハウス周辺での再ポップスピードを簡単に上回ってしまい、兎が一匹も居なくなってしまった。

「もう少し奥まで行ってみるか」

 言うが同時に森の奥へのんびり進んで行く。
 ちょっと歩いていくだけで鳥の囀りが聞こえ、ネズミが走り、遠方には蛇が——

 …… 蛇⁉︎

 ドクンッと心臓が跳ね、頭でどうするべきかを考えるよりも先に、一秒にも満たない刹那のうちに俺は、蛇を含む周辺に結界を張っていた。

 蛇はナーガの眷属だ。

 もし俺の存在に蛇が気が付けば、即座に彼へと連絡がいく可能性が高い。いや、まず間違い無くいくだろう。
 自分が此処に居る。その事が部下達にバレたら、すぐに焔と引き離されてしまう。それは嫌だ、一緒に居たい、まだ一度も最後まで抱いてもいないのに、焔の命を危険になど晒せるか。

 気配を完全に消し、結界内をそっと蛇へと近づいて行く。瞬時に仕留めるのは容易いが、今はまず尋問して、伝達済みか否かを確かめなければ。
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