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第ニ章 冴ゆ季節、心に積もる
四
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――シャワーから戻ったグランは、椅子で膝を抱えてうずくまっているリュエルに目を丸くした。
「腹でも痛いのか?」
また何かあったのだろう。ツンツンしたリュエルは可愛げがないが、だからといって、こういう姿を見たいわけではない。
「ちげぇよばか」
くぐもった声に威勢はなかった。それでも、言葉を返してくれたから。
「たまには俺にも話してみろよ」
受け入れられているんだと思って、グランは美しい銀色の髪をサラリと撫でた。
「……なんで紡いでたのか、やっとわかった」
「ん?」
小さな声に全神経を集中させる。
「おれはカムナギに向いてない」
グランは思わず目を見開いた。
「なぜだ」
「おれは、自分のために紡いでた。……カムナギはそういうもんじゃないだろ。おれはアルシャのようにはなれない。……思ったんだ。ここでウタを学べて、本当は、それでもう満足なんじゃないかって…」
グランは濡れた前髪を掻き上げ、自分の机に寄りかかる。
「目指す理由なんて人それぞれだろ」
リュエルは根が真面目なのかもしれない。そんなことをいちいち考えるのだから。グランは考えたこともない。
「やりたいと思うなら、やってみればいいんじゃないか?」
せっかく、なれる可能性がある場所にいるのだ。
「やってみても、なれるかどうかはわからないがな。諦めたらなれないってことだけは決まってる」
俺は侍衛になる。この気持ちがあれば必ず叶うと、グランは信じていた。
「俺は急がない。時間はかかるかもしれないが、メルは必ずカムナギになるさ。それでいいんだ」
自分が「これぞカムナギ」と思った相手の侍衛になること。それがグランの夢だった。夢に向かって歩む道は楽しいものだ。
「なんで言いきれる?」
グランは目をぱちくりさせた後、ふむと腕を組んだ。
「なんでだろうな。そんな気がするんだ」
「呆れた」
リュエルは鼻で笑う。
「言っとくけどな。俺は、おまえはカムナギになると思うぞ」
グランは熱く語る。思いもよらない言葉だったのか、リュエルは表情をなくした。
「本当だ。だからラルジュさんが侍衛に名乗り出たとき震えた。おまえは流れ星みたいにスゴい勢いで輝いて、カムナギになると思ったんだ」
こいつはひょっとして成しえるかもしれない。披露会でウタを聞いて思った。噂に聞くラルジュなら、本当にそこまで導いてしまうだろうとも思った。俺はスゴいやつと出会ったと、思った。
「あんまり深刻になるなよ」
ぽふぽふ頭を撫でれば、リュエルは唖然と見上げてきた。
「ま、好きにすればいいさ」
グランがあんまり軽やかに言うので、肩の力が抜けたのだろう。
「……寝る」
「おう。おやすみ」
モソモソとベッドにもぐりこんでいる。
「おやすみ」
小声ながら返答があり、グランはガタリと椅子から立ち上がってしまった。
「ぱっぽう」
「ハッ」
「おはよう、リュエル」
――その日、目覚めると眼前にダイレクトにラルジュの顔があった。クッションとなるぱっぽう鳥がいない。あれ、そういえばうっすら聞こえたぱっぽうは、
「ぱっぽう」
ラルジュの声だった。いやいや、唖然としている場合ではない。おれの左腕を頭の上で押さえつけ、覆い被さるようにして、ラルジュは目の前にいる。
「ぱっぽう」
「、はよう」
(だから朝からその声やめろ!)
はたして、声にならない言葉は届いただろうか。徐々に近づいていた糸目が動きを止めたのは確かだが。
「聞いたよ。自分がカムナギに向いてないと思うんだって?」
おれは頭の中で思いきりグランを殴り飛ばした。
「っ、た」
「グラン? どうしたの?」
「いや、なんか今、頬に衝撃が…」
というお決まりは置いておいて。ラルジュが開眼したのを久しぶりに見た。相変わらず、思わず意識が羽ばたくインパクトだ。
「……ちょっと思っただけで、」
「リュエル、君はカムナギになりたくないのかい?」
なりたいか、なりたくないかといえば。
「……なりたい、っ」
突如、体重をかけてきた開眼ラルジュ。おれをふかふかベッドに沈ませて、唇がくっつきそうな距離で微笑を浮かべる。首筋を切断するように指を這わせるのを忘れずに。
「理由なんていらないよ」
紅に彩られた視界にて、全能の神がごとく宣う声はやけに腰にくる。おれは顔を赤くして息を止めていた。端正な鬼畜神は近すぎて、離れろと口にするのも憚られた。いや、おそろしくて口にできない。
「リュエル、答えは首を横へ振るか縦に振るかだ。君はカムナギになりたいんだろう?」
首はまだ、奴に掴まれている。選択肢を間違えたら握りつぶされそうなスリルの中、こくりと首を縦に振る。
「それなら、なればいい」
――そうだろう?
首を傾げて問われ、再び頷く。
「理由はいらない。君はカムナギになるんだ。『俺はカムナギになる』。ほら、言ってごらん」
なんだろう、妙な宗教に首を突っ込んでしまったようなこの感じ。
「リュエル?」
「……おれは、カムナギになる」
ああ、酸欠でクラクラしてきた。
「聞こえないよ。息が足りないのかな? 人工呼吸してあげようか」
「、おれはカムナギになるッ」
おれは最後の力を振り絞って叫んだ。するとようやく視界が解放されて、息が吸えた。なんとか生き長らえたと思ったのもつかの間のこと。
「その言葉、忘れさせないよ」
再度視界を占領したやたら端正な開眼ラルジュは、やけにゆっくりとしたいい声で言い、おれの髪にキスをした。
――おかしい。開眼ラルジュが無駄に格好よく微笑んでいるように見える。
「君は知るほど愛しくなる」
言いながら耳を甘噛みされて、じんわりと痺れる感覚。髪を撫でる手も心地好く、無意識のうちに吐息が漏れた。
「もう “我が君” は、君以外考えられなくなってしまったよ」
紅の瞳がこわくない。むしろ、熟した果実のように甘やかだ。
「この責任は、きちんと取ってもらうからね」
甘さを含んだ声が紡ぐ言葉を理解しようと頭を回し始めたとき、バサリと勢いよく布団をはぎ取られ、頭にあった思考もどこか彼方へ飛んでしまった。
「腹でも痛いのか?」
また何かあったのだろう。ツンツンしたリュエルは可愛げがないが、だからといって、こういう姿を見たいわけではない。
「ちげぇよばか」
くぐもった声に威勢はなかった。それでも、言葉を返してくれたから。
「たまには俺にも話してみろよ」
受け入れられているんだと思って、グランは美しい銀色の髪をサラリと撫でた。
「……なんで紡いでたのか、やっとわかった」
「ん?」
小さな声に全神経を集中させる。
「おれはカムナギに向いてない」
グランは思わず目を見開いた。
「なぜだ」
「おれは、自分のために紡いでた。……カムナギはそういうもんじゃないだろ。おれはアルシャのようにはなれない。……思ったんだ。ここでウタを学べて、本当は、それでもう満足なんじゃないかって…」
グランは濡れた前髪を掻き上げ、自分の机に寄りかかる。
「目指す理由なんて人それぞれだろ」
リュエルは根が真面目なのかもしれない。そんなことをいちいち考えるのだから。グランは考えたこともない。
「やりたいと思うなら、やってみればいいんじゃないか?」
せっかく、なれる可能性がある場所にいるのだ。
「やってみても、なれるかどうかはわからないがな。諦めたらなれないってことだけは決まってる」
俺は侍衛になる。この気持ちがあれば必ず叶うと、グランは信じていた。
「俺は急がない。時間はかかるかもしれないが、メルは必ずカムナギになるさ。それでいいんだ」
自分が「これぞカムナギ」と思った相手の侍衛になること。それがグランの夢だった。夢に向かって歩む道は楽しいものだ。
「なんで言いきれる?」
グランは目をぱちくりさせた後、ふむと腕を組んだ。
「なんでだろうな。そんな気がするんだ」
「呆れた」
リュエルは鼻で笑う。
「言っとくけどな。俺は、おまえはカムナギになると思うぞ」
グランは熱く語る。思いもよらない言葉だったのか、リュエルは表情をなくした。
「本当だ。だからラルジュさんが侍衛に名乗り出たとき震えた。おまえは流れ星みたいにスゴい勢いで輝いて、カムナギになると思ったんだ」
こいつはひょっとして成しえるかもしれない。披露会でウタを聞いて思った。噂に聞くラルジュなら、本当にそこまで導いてしまうだろうとも思った。俺はスゴいやつと出会ったと、思った。
「あんまり深刻になるなよ」
ぽふぽふ頭を撫でれば、リュエルは唖然と見上げてきた。
「ま、好きにすればいいさ」
グランがあんまり軽やかに言うので、肩の力が抜けたのだろう。
「……寝る」
「おう。おやすみ」
モソモソとベッドにもぐりこんでいる。
「おやすみ」
小声ながら返答があり、グランはガタリと椅子から立ち上がってしまった。
「ぱっぽう」
「ハッ」
「おはよう、リュエル」
――その日、目覚めると眼前にダイレクトにラルジュの顔があった。クッションとなるぱっぽう鳥がいない。あれ、そういえばうっすら聞こえたぱっぽうは、
「ぱっぽう」
ラルジュの声だった。いやいや、唖然としている場合ではない。おれの左腕を頭の上で押さえつけ、覆い被さるようにして、ラルジュは目の前にいる。
「ぱっぽう」
「、はよう」
(だから朝からその声やめろ!)
はたして、声にならない言葉は届いただろうか。徐々に近づいていた糸目が動きを止めたのは確かだが。
「聞いたよ。自分がカムナギに向いてないと思うんだって?」
おれは頭の中で思いきりグランを殴り飛ばした。
「っ、た」
「グラン? どうしたの?」
「いや、なんか今、頬に衝撃が…」
というお決まりは置いておいて。ラルジュが開眼したのを久しぶりに見た。相変わらず、思わず意識が羽ばたくインパクトだ。
「……ちょっと思っただけで、」
「リュエル、君はカムナギになりたくないのかい?」
なりたいか、なりたくないかといえば。
「……なりたい、っ」
突如、体重をかけてきた開眼ラルジュ。おれをふかふかベッドに沈ませて、唇がくっつきそうな距離で微笑を浮かべる。首筋を切断するように指を這わせるのを忘れずに。
「理由なんていらないよ」
紅に彩られた視界にて、全能の神がごとく宣う声はやけに腰にくる。おれは顔を赤くして息を止めていた。端正な鬼畜神は近すぎて、離れろと口にするのも憚られた。いや、おそろしくて口にできない。
「リュエル、答えは首を横へ振るか縦に振るかだ。君はカムナギになりたいんだろう?」
首はまだ、奴に掴まれている。選択肢を間違えたら握りつぶされそうなスリルの中、こくりと首を縦に振る。
「それなら、なればいい」
――そうだろう?
首を傾げて問われ、再び頷く。
「理由はいらない。君はカムナギになるんだ。『俺はカムナギになる』。ほら、言ってごらん」
なんだろう、妙な宗教に首を突っ込んでしまったようなこの感じ。
「リュエル?」
「……おれは、カムナギになる」
ああ、酸欠でクラクラしてきた。
「聞こえないよ。息が足りないのかな? 人工呼吸してあげようか」
「、おれはカムナギになるッ」
おれは最後の力を振り絞って叫んだ。するとようやく視界が解放されて、息が吸えた。なんとか生き長らえたと思ったのもつかの間のこと。
「その言葉、忘れさせないよ」
再度視界を占領したやたら端正な開眼ラルジュは、やけにゆっくりとしたいい声で言い、おれの髪にキスをした。
――おかしい。開眼ラルジュが無駄に格好よく微笑んでいるように見える。
「君は知るほど愛しくなる」
言いながら耳を甘噛みされて、じんわりと痺れる感覚。髪を撫でる手も心地好く、無意識のうちに吐息が漏れた。
「もう “我が君” は、君以外考えられなくなってしまったよ」
紅の瞳がこわくない。むしろ、熟した果実のように甘やかだ。
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