美しい世界を紡ぐウタ

日燈

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終章 余寒、運命の後期

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 ――銀髪同士の二人がじゃれあう姿は、すでに見慣れたものである。生徒たちはそんな二人を目の保養とばかりに、あるいは笑って見ていた。銀髪やフラム家、リュエルへの抵抗感は、いつの間にか消えつつあった。
 すっかり学び舎に馴染んでいるリュエルを快く思わないのがダリヌだ。フラムを嫌厭する声はもう聞こえてこない。それどころか、リュエルがカムナギになるのを期待するような声まで上がっている。
 たしかに、後期のリュエルは別人のようである。相変わらずタイはしていないが、それ以外はきちっとしているし、所作や言葉遣いも周りに浮くことはない。イヴオンのおかげか、取っつきにくい印象もだいぶ薄れていた。

(あの、凛としたセレストの瞳)

 自信や決意を宿して煌めく色は、見る者を惹きつけてやまない。

(フラムがッ)

 再び聖界に彼らがのさばるようになったらと思うと、ダリヌはゾッとした。脈々と家系に受け継がれてきたフラムへの憎悪は、そう簡単にはなくならない。
 今のリュエルは、ダリヌに危機感や焦燥感を抱かせるほど、周りに受け入れられていた。じわじわと追い上げている成績。前期をおさらいする小テストの出来もよかった。ウタも申し分ない。

(このままでは…!)

 廊下を早足で進むダリヌの目に、教室へ向かうリュエルの姿が映った。人気者のメルや首席のブリランテと歩いている。一年聖音科の生徒に囲まれて、時折笑みまで見せていた。
 ダリヌは衝動のままに足を進ませ、リュエルの前に立ちはだかる。唖然と見上げてきたセレストの瞳に顔を歪めて、口を開いた。

「リュエル・フラム。お話があります。いらっしゃい」
「……はい、先生」

 リュエルは目を瞬いてメルに視線をやり、ダリヌに従った。


 後期は真面目に学生生活を送っている。教師から呼ばれる理由など、おれには何も浮かばない。

「先生、どこへ向かってらっしゃるんですか」

 ダリヌは人のいない方へどんどん歩いていく。おれが声をかけるとピタリと足を止め、ぐるりと振り返った。怒りを通り越して憎しみすら感じられる表情だ。思わず息を呑む。

「リュエル、フラム……私は忘れませんよ……かつてフラムが我欲のために行った仕打ちを…」

 おれが眉をひそめて口を開きかけたとき、突如伸ばされた手に首を鷲掴みにされた。

「っ、」
「そちらは良いでしょう。好いた者と結ばれて? 狭い世界から逃れ、幸せにやって来た」

 首を締める手の力が徐々に強まる。必死にその手を退かそうとしたが、ビクともしない。

「ああ、おまえさえ産まれてこなければ…。なぜ今頃になって精靈たちはフラムをお許しになったのでしょう」

 見た目からは想像もつかない力だ。その表情といい、ゾッとする。

「遠いどこかにいるならまだしも、こんなところまでやって来て……この銀髪……ッ! 視界に映るたび腸が煮えくり返る思いがしますよ」

 いつの間にか首に絡む手が両手になっていた。ダリヌは呪詛のように同じ言葉を繰り返す。

「おまえさえ…! ああいっそ―――――――――――」
「カハッ」

 酷い耳鳴りだ。
 遠ざかる意識の中、ダリヌの言葉はおれの胸に鉛のようにのしかかった。

(眩しい光を見ていた)

 伸ばされた手を掴む。引っ張られ、身体がどんどん光に近づいてゆく。
 不意に首へ絡みつく指の感覚。
 振り払おうとしても離れない。足元から闇が迫り来る。もがいてもがいて、それでも購えず、気付けは真っ暗闇の中。


「気がついたか」

 ホッとしたようなイヴオンの顔。見慣れない天井だ。おれは横たえられていた身体をむくりと起こす。

「君が教師に首を絞められているのを見たときには胆が冷えたぜ」

 そうだ、ダリヌに声をかけられて、人気のない場所まで行って、そこで――。
 ゾクリとした。思わず首に手をやる。

「まだ赤くなってる。痛みは取れてると思うが…、違和感あるか?」

 たしかに痛みはない。ただ、指がまとわりつくような感覚が残っていて気持ちが悪かった。おれは口を開いて、そのことを伝えようとしたのだが。

「――っ、――…」

(声が出ない)

 何度やってみても駄目だった。言葉を発しようとしても、この口は息を吐くだけでなんの音も紡いでくれない。

「リュエル…? まさか、声が」

 訝しんで様子を窺っていたイヴオンが目を見開いた。おれは茫然とその顔を見上げてしまう。するとイヴオンは何事もなかったかのように見慣れた微笑を浮かべ、肩をすくめた。

「ショッキングなことだったからな。ちょっとまだ、心が戸惑ってるんだろう」

 ――喉に損傷がないのは確認済みだ。強いショックで声が出なくなることがある。そんな症例があることをイヴオンは知っていた。早ければ数日で治る。焦らず落ち着いて、自身の心と向き合うことができれば大丈夫。

「こういうことはたまにあるんだ。そんな不安そうな顔すんなって」

 イヴオンはさも大したことはないというふうにおれの頭を撫でる。

「な? あ、ココア飲むか? 今作ってやるから、ちょっと待ってろ」

 そう言って、イヴオンはちょっとしたキッチンスペースへ向かおうとした。
 思わず白衣の裾を掴んだおれを振り返る。

 "ここにいて"

 かすかに動いた口が紡ぐのは、音のない言葉。動揺や不安が渦巻いて、おれは思考もままならない。

「……わかった。ここにいる。ちゃんとここにいるから、少し眠れよ」

 優しい翡翠に促され、おれは素直に寝る体勢になる。寝て起きたら、全部なかったことになればいいのに。

「よいゆめを」

 白衣を掴んだままの手に、重なる体温。おれの頬を撫で、イヴオンは囁くように口にする。
 少しでも安心できたのか、すぅっとゆめに落ちてしまった。
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