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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
王国史情報室の介入 2
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俺に呼ばれたラインハルトがこっちを振り向いた。
その泣き顔が女っぽくて驚いた。
だが、そもそもよく見れば――。
「お前……女だったのか? いや、そんなことはどうでもいい。さっさと服を着ろ」
「……えっ? ……何者だ、貴殿は!?」
最初は声をかけられたものの、ぼうっとした様子だったが、すぐに正気に戻ったらしい。
勇者っぽい口調は長い間の努力の結果なのか、まったく違和感がない。
「俺は冒険者ギルドから『天涯』の攻略を依頼された冒険者だ。これが証拠の羊皮紙……ついでにS級の証はこれだ。あ、そうそう君がラインハルトという偽名を使っていること、農民であることは知っている。無論、勇者でないこともね。――っと、そろそろお客さんたちの到着らしい」
森を抜けて現れたのは、予想通りリリィと男たち数名だった。
(うん。……もう二度と他人なんて信じないぞ……)
リリィはさすがにバツが悪そうな顔をしている。宿で待つと言っていたのに、ぞろぞろと謎の男たちと一緒に現れたのだ。
連れている男たちはどう見ても堅気じゃない。目の前にいるラインハルトよりよっぽど強そうだ。
「貴殿は! どこの誰ともわからない連中がいるのに、私の秘密をバラしたのか!?」
「君が本気で『天涯』を攻略しようとしているのは理解した。深夜までの仲間たちの口論とすすり泣きで十分だ……。あとは任せろ」
俺は彼女が脱ぎ捨てた服を拾って手渡してあげる。
ラインハルトはしばらく沈黙して、その服を見つめていたが、小さくお礼を言って受け取った。
おそらく無言で近づいてくる六人の男と一人の女を不気味に思ったためもあるだろう。
裸の女がいるというのにまったく気にした様子もなく、ごく普通の武装した旅人風の男たちの一人が声をかけてきた。
「やあ。いい夜だね」
年は三十くらい。ほくろやアザなどの目立つ特徴が何一つない。
けど、この感じは、よく知っていた。
「王国史情報室の人間か?」
俺の問いに、七人の男女の代表者らしき男は答えた。
「その通りだ。名はフクロウとでも呼んでくれ」
「何をしに来た?」
「スカウト……と言ったら、どうするかね?」
「……もう、王国史情報室は終わりだ」
「――いいや。これは始まりだよ」
フクロウと見え透いた偽名を名乗った男は、破顔した。
「お優しい君が、わざわざ空席を設けてくれた! お陰で私は、現在、解体中の王国史情報室のトップにいる!」
「解体中……って……」
「いずれ解体されるだろうが、またどうせ再編される」
深夜だからだろうか。
男の黒眼が嫌に黒く見えた。
狂気に侵されているようにさえ。
「ほら、よく言うだろう? 必要なものというのは、勝手に作られるものさ。名前は『王国史情報室』ではなくなるだろう。けど、それだけだ。名を変え、組織図が変更される。ただそれだけ。ちなみに次は『人類史編纂室』にでもしようと思っている。目標は王国の支配だけでなく、人類そのものの支配だからね」
「……はぁ」
俺は思わずため息をついた。
誇大妄想も大概にしてほしい。
どうしてこの世界のトップクラスにいる連中は、こんな奴らばかりなのだろうか。
ちらりと見ると、ラインハルトはちゃんと服を着て、投げ出した武器も装備していた。
彼女は、大層混乱しているのだろう。俺と相手の奴らを交互に何度も見ている。彼女にとって絶対に守らねばならない秘密だったはずの偽勇者であるという事実そっちのけで、別の話が進んでいるのだ。
「で、返事はどうかな?」
偽勇者ラインハルトなどまったく気にしたようすもなく、フクロウは問いかけてきた。
フクロウというかハゲタカとかのがいいと思う。
「断る」
「なぜ?」
「説明も断る」
「理由くらい説明してくれても……」
「断る」
言下に拒絶した。
「ふむ」
フクロウは悩んだ様子だが、彼の取り巻きたちは違うようだ。
剣を抜いたり、弓を構えたりしている。
リリィは、なんか呆れたようにため息を吐いていた。
案外、リリィは乗り気ではないのかもしれない。
(まあ、そりゃそうか。……多少腕が立つとはいえ、たった数人。しかも夜間、人目のないところで俺を襲うとか正気と思えない)
シノビの技は秘匿する必要が一応ある。
けど、目撃者が当事者とせいぜいラインハルトくらいしかいないのなら、シノビスキル使い放題だ。
「止めないのか?」
一応、フクロウに聞いてやる。
フクロウはわざとらしく、悲しげに眉を寄せた。首を横に振る。
「んー……残念ながらね、血の気の多い者たちで、私が言っても、ここまで失礼な態度を取られて、激怒したら止められないんだよ」
嘘くさい。
俺が「断る」とすげなく言う前から、やる気満々だったくせに。
(そもそも「激怒」とか言って起きながら、冷静すぎだろ……)
奴らの足運び、視線、取り囲むような動き……。
どう見ても、冷静そのものだ。
その泣き顔が女っぽくて驚いた。
だが、そもそもよく見れば――。
「お前……女だったのか? いや、そんなことはどうでもいい。さっさと服を着ろ」
「……えっ? ……何者だ、貴殿は!?」
最初は声をかけられたものの、ぼうっとした様子だったが、すぐに正気に戻ったらしい。
勇者っぽい口調は長い間の努力の結果なのか、まったく違和感がない。
「俺は冒険者ギルドから『天涯』の攻略を依頼された冒険者だ。これが証拠の羊皮紙……ついでにS級の証はこれだ。あ、そうそう君がラインハルトという偽名を使っていること、農民であることは知っている。無論、勇者でないこともね。――っと、そろそろお客さんたちの到着らしい」
森を抜けて現れたのは、予想通りリリィと男たち数名だった。
(うん。……もう二度と他人なんて信じないぞ……)
リリィはさすがにバツが悪そうな顔をしている。宿で待つと言っていたのに、ぞろぞろと謎の男たちと一緒に現れたのだ。
連れている男たちはどう見ても堅気じゃない。目の前にいるラインハルトよりよっぽど強そうだ。
「貴殿は! どこの誰ともわからない連中がいるのに、私の秘密をバラしたのか!?」
「君が本気で『天涯』を攻略しようとしているのは理解した。深夜までの仲間たちの口論とすすり泣きで十分だ……。あとは任せろ」
俺は彼女が脱ぎ捨てた服を拾って手渡してあげる。
ラインハルトはしばらく沈黙して、その服を見つめていたが、小さくお礼を言って受け取った。
おそらく無言で近づいてくる六人の男と一人の女を不気味に思ったためもあるだろう。
裸の女がいるというのにまったく気にした様子もなく、ごく普通の武装した旅人風の男たちの一人が声をかけてきた。
「やあ。いい夜だね」
年は三十くらい。ほくろやアザなどの目立つ特徴が何一つない。
けど、この感じは、よく知っていた。
「王国史情報室の人間か?」
俺の問いに、七人の男女の代表者らしき男は答えた。
「その通りだ。名はフクロウとでも呼んでくれ」
「何をしに来た?」
「スカウト……と言ったら、どうするかね?」
「……もう、王国史情報室は終わりだ」
「――いいや。これは始まりだよ」
フクロウと見え透いた偽名を名乗った男は、破顔した。
「お優しい君が、わざわざ空席を設けてくれた! お陰で私は、現在、解体中の王国史情報室のトップにいる!」
「解体中……って……」
「いずれ解体されるだろうが、またどうせ再編される」
深夜だからだろうか。
男の黒眼が嫌に黒く見えた。
狂気に侵されているようにさえ。
「ほら、よく言うだろう? 必要なものというのは、勝手に作られるものさ。名前は『王国史情報室』ではなくなるだろう。けど、それだけだ。名を変え、組織図が変更される。ただそれだけ。ちなみに次は『人類史編纂室』にでもしようと思っている。目標は王国の支配だけでなく、人類そのものの支配だからね」
「……はぁ」
俺は思わずため息をついた。
誇大妄想も大概にしてほしい。
どうしてこの世界のトップクラスにいる連中は、こんな奴らばかりなのだろうか。
ちらりと見ると、ラインハルトはちゃんと服を着て、投げ出した武器も装備していた。
彼女は、大層混乱しているのだろう。俺と相手の奴らを交互に何度も見ている。彼女にとって絶対に守らねばならない秘密だったはずの偽勇者であるという事実そっちのけで、別の話が進んでいるのだ。
「で、返事はどうかな?」
偽勇者ラインハルトなどまったく気にしたようすもなく、フクロウは問いかけてきた。
フクロウというかハゲタカとかのがいいと思う。
「断る」
「なぜ?」
「説明も断る」
「理由くらい説明してくれても……」
「断る」
言下に拒絶した。
「ふむ」
フクロウは悩んだ様子だが、彼の取り巻きたちは違うようだ。
剣を抜いたり、弓を構えたりしている。
リリィは、なんか呆れたようにため息を吐いていた。
案外、リリィは乗り気ではないのかもしれない。
(まあ、そりゃそうか。……多少腕が立つとはいえ、たった数人。しかも夜間、人目のないところで俺を襲うとか正気と思えない)
シノビの技は秘匿する必要が一応ある。
けど、目撃者が当事者とせいぜいラインハルトくらいしかいないのなら、シノビスキル使い放題だ。
「止めないのか?」
一応、フクロウに聞いてやる。
フクロウはわざとらしく、悲しげに眉を寄せた。首を横に振る。
「んー……残念ながらね、血の気の多い者たちで、私が言っても、ここまで失礼な態度を取られて、激怒したら止められないんだよ」
嘘くさい。
俺が「断る」とすげなく言う前から、やる気満々だったくせに。
(そもそも「激怒」とか言って起きながら、冷静すぎだろ……)
奴らの足運び、視線、取り囲むような動き……。
どう見ても、冷静そのものだ。
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