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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
夜に向けて、楽しい松明づくり
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「こんなにいただいて、よろしいのですか?」
リザードマンのリーダーが、味噌が入った小さな壺を大事そうに抱えて顔を輝かせた。
トカゲそのものの顔なのに、今ではその表情がよくわかるようになっていた。
同じ鍋の味噌汁を食べて、一緒に海水浴がてら海藻や貝を獲っただけなのに。
俺は、壺を取り出す際に下ろしていた背負い袋をまた担いだ。
「本当はもっといろいろ渡したいのですが、まだ他に回りたいところがあるので。魔族領にはドワーフが結構いるそうですし、ハイエルフもいると聞いたことがあるので会ってみたいんです」
「ドワーフは、ここから南にある山脈にいるそうです。我々は交流がないので、どの山にいるかまではわからないのですが……」
「あの山脈にいるとわかっただけでも十分ですよ」
俺はリザードマンのリーダーにお礼を言い、南に目を向けた。
魔族領と人間領の境の一部には山脈がある。沿岸部から内陸部に入った辺りまで続いている。
ここからだと青みがかって見えるほど遠いが、俺とイヌガミの足ならそれほど時間はかからない。
「ハイエルフがどの辺りに住んでいるか知りませんか?」
「いいえ。ハイエルフ様方の居場所については何も」
「ハイエルフ様?」
意外な敬称に、俺は驚きの声を上げた。
様付けに、リザードマンたちは不思議そうな様子は見られない。つまり、「ハイエルフ様」という呼び方は、彼らにとって一般的なものなのだろう。
「……リザードマンは、ハイエルフを崇拝しているのですか?」
リザードマンのリーダーは俺の質問を聞いて、一瞬キョトンとしたが、すぐに「ああ」と頷いた。
「ハイエルフ様方は『この北の大地の平和を担っている』と古くから言われているのです。これはリザードマンだけでなく、魔族もドワーフも、魔族領に住む者なら誰でも知っていると思いますよ。それこそ数百年前から言い伝えられていますから」
(数百年前か……)
アバウト過ぎて治癒神の時代の前なのか後なのかもわからない。
ただそれほど古くからある言い伝えなら、多くの種族に浸透していたとしても不思議ではない。
「俺は聞いたことなかったです。人間領には関係のない言い伝えだから、南部では広まっていないのかもしれませんね」
俺は記憶を振り返ってみたが、「ハイエルフが魔族領の平和を守る」というような言葉に心当たりはなかった。かなり意外性のある言葉の組み合わせなので、もし聞いていたら記憶に残っていただろう。
(「ハイエルフ」「魔族領」「平和」ね……)
全然イメージが繋がらない。
ただ火のないところに煙は立たないとジッチャンも言っていた。これもなんらかの真実に繋がっているのかもしれない。
(とはいえ、どこにいるのかもわからないなら、会うのも難しいな)
魔族領の広さを考えればハイエルフと偶然ばったり出くわすなどあり得ないだろう。ましてや上位竜並みに希少とまで言われる、半分精霊のようになっている種族になど。
「それでフウマさんはこれからどちらに?」
「確実に行くのは、ドワーフのいるという山脈ですね。ただその前にもうしばらく海を調べてみようと思っています」
「なるほど」
リザードマンのリーダーは深く頷いた。
「ですが、お気をつけください。海は大変危険な場所です。我らの種族でも少なくない数が、海に出て犠牲となりました。魚を探すと言って出掛けて、そのまま帰らなかった者が大勢いるのです」
「……そうですか」
日が暮れる前に準備を整えて、海に出るつもりだったが、忠告を素直に受け入れることにした。イヌガミの〈変化〉の使用回数の回復を待ってからにしよう。
「やはり筏で海に出られるのですか?」
「ええ。一応そのつもりです」
最悪の場合は、竜になったイヌガミの背に乗って移動するつもりだが、まずは正攻法で行きたい。
(もし上手く行くようならリザードマンたちにも教えてあげたいしな)
さすがにイヌガミを貸し出すわけにはいかないから、リザードマンでもできる方法にしたい。
「では、我らに協力させてください! 是非とも!」
「え?」
「料理は手伝えませんでしたが、筏作りなら我らでもできます」
「でも、もうそろそろ日が暮れますよ?」
暗視は、俺やイヌガミは余裕でできるが、逆にいえば大多数の者にはできない。十一人のリザードマンたち全員が暗視できる可能性はまずないだろう。
「大丈夫です。松明を用意しますから」
リーダーと俺の話を聞いていたらしいリザードマンたちが、浜辺にある松の木に歩いていった。
俺も興味があったのでついていく。
リザードマンは、それぞれ松から何かを剥がしていた。
よく見ると、蔦で枯れ葉や草などをくくっておいてあったらしい。
(なんだコレ?)
俺も近くにあった松の幹にくくられた枯れ葉や草を手にとってみた。
(粘り気がある……あ、樹液か)
手に持った枯れ葉や草を見て、俺は気づいた。
松の幹には、切れ目が入っている。そこから樹液が出ていた。
「松の樹液は松脂といって、松明の材料になるんです。それを取るために幹に傷をつけ、そこに枯れ葉や草をくくっておいたんです」
「へぇ……」
シノビノサト村では暗視できるものが多いし、できない者は夜間には出歩かない。そのため松明の作り方など初めて知った。
(考えてみればランタンのつけ方くらいは知ってても、松明の作り方なんて全然知らなかったな……)
自分では田舎者だと思っていたが、意外と文明の利器に馴染んでいたようだ。松明も売っているのを見たことはあったが、それがどうやって作られているかなど知らなかった。
「一つ聞きたいんですけど、普通に木の棒に枯れ葉や枝などをくくりつけて火をつけちゃ駄目なんですか?」
「ふふふ……試してみるとよいでしょう」
リーダーは俺に何かを教えることができて嬉しいらしい。
俺も初めての経験でちょっと楽しみだ。
適当な長さの木の棒を拾い、普通の枯れ葉や枝などを蔦でぐるぐる巻きにしていく。燃えて蔦がちぎれるといけないので、太くて燃えにくそうなものを使う。
イヌガミは最初は興味深そうに俺の後をついてきていたが、それが食べ物に関係ないためか、すぐに興味をなくしてしまった。
日が沈み、俺の持つ松脂なしの松明と、リザードマンたちの持つ松脂ありの松明を同時につけた。
「暗い」
すぐに俺は違いに気づいた。
松脂ありの松明の方が、圧倒的に明るいのだ。
「もし松脂なしで松明を作りたいのでしたら、もっと大きくする必要がありますね。ただ……」
リザードマンのリーダーがなんと続けたいのかすぐにわかった。俺は答えた。
「三倍の大きさにしたら、三倍の明るさになるでしょうけど、かさばりすぎて現実的じゃありませんね」
「そういうことです」
松明自体は知っていたが、意外と知らないことが多いことに新鮮な驚きと楽しさがあった。
リザードマンのリーダーが、味噌が入った小さな壺を大事そうに抱えて顔を輝かせた。
トカゲそのものの顔なのに、今ではその表情がよくわかるようになっていた。
同じ鍋の味噌汁を食べて、一緒に海水浴がてら海藻や貝を獲っただけなのに。
俺は、壺を取り出す際に下ろしていた背負い袋をまた担いだ。
「本当はもっといろいろ渡したいのですが、まだ他に回りたいところがあるので。魔族領にはドワーフが結構いるそうですし、ハイエルフもいると聞いたことがあるので会ってみたいんです」
「ドワーフは、ここから南にある山脈にいるそうです。我々は交流がないので、どの山にいるかまではわからないのですが……」
「あの山脈にいるとわかっただけでも十分ですよ」
俺はリザードマンのリーダーにお礼を言い、南に目を向けた。
魔族領と人間領の境の一部には山脈がある。沿岸部から内陸部に入った辺りまで続いている。
ここからだと青みがかって見えるほど遠いが、俺とイヌガミの足ならそれほど時間はかからない。
「ハイエルフがどの辺りに住んでいるか知りませんか?」
「いいえ。ハイエルフ様方の居場所については何も」
「ハイエルフ様?」
意外な敬称に、俺は驚きの声を上げた。
様付けに、リザードマンたちは不思議そうな様子は見られない。つまり、「ハイエルフ様」という呼び方は、彼らにとって一般的なものなのだろう。
「……リザードマンは、ハイエルフを崇拝しているのですか?」
リザードマンのリーダーは俺の質問を聞いて、一瞬キョトンとしたが、すぐに「ああ」と頷いた。
「ハイエルフ様方は『この北の大地の平和を担っている』と古くから言われているのです。これはリザードマンだけでなく、魔族もドワーフも、魔族領に住む者なら誰でも知っていると思いますよ。それこそ数百年前から言い伝えられていますから」
(数百年前か……)
アバウト過ぎて治癒神の時代の前なのか後なのかもわからない。
ただそれほど古くからある言い伝えなら、多くの種族に浸透していたとしても不思議ではない。
「俺は聞いたことなかったです。人間領には関係のない言い伝えだから、南部では広まっていないのかもしれませんね」
俺は記憶を振り返ってみたが、「ハイエルフが魔族領の平和を守る」というような言葉に心当たりはなかった。かなり意外性のある言葉の組み合わせなので、もし聞いていたら記憶に残っていただろう。
(「ハイエルフ」「魔族領」「平和」ね……)
全然イメージが繋がらない。
ただ火のないところに煙は立たないとジッチャンも言っていた。これもなんらかの真実に繋がっているのかもしれない。
(とはいえ、どこにいるのかもわからないなら、会うのも難しいな)
魔族領の広さを考えればハイエルフと偶然ばったり出くわすなどあり得ないだろう。ましてや上位竜並みに希少とまで言われる、半分精霊のようになっている種族になど。
「それでフウマさんはこれからどちらに?」
「確実に行くのは、ドワーフのいるという山脈ですね。ただその前にもうしばらく海を調べてみようと思っています」
「なるほど」
リザードマンのリーダーは深く頷いた。
「ですが、お気をつけください。海は大変危険な場所です。我らの種族でも少なくない数が、海に出て犠牲となりました。魚を探すと言って出掛けて、そのまま帰らなかった者が大勢いるのです」
「……そうですか」
日が暮れる前に準備を整えて、海に出るつもりだったが、忠告を素直に受け入れることにした。イヌガミの〈変化〉の使用回数の回復を待ってからにしよう。
「やはり筏で海に出られるのですか?」
「ええ。一応そのつもりです」
最悪の場合は、竜になったイヌガミの背に乗って移動するつもりだが、まずは正攻法で行きたい。
(もし上手く行くようならリザードマンたちにも教えてあげたいしな)
さすがにイヌガミを貸し出すわけにはいかないから、リザードマンでもできる方法にしたい。
「では、我らに協力させてください! 是非とも!」
「え?」
「料理は手伝えませんでしたが、筏作りなら我らでもできます」
「でも、もうそろそろ日が暮れますよ?」
暗視は、俺やイヌガミは余裕でできるが、逆にいえば大多数の者にはできない。十一人のリザードマンたち全員が暗視できる可能性はまずないだろう。
「大丈夫です。松明を用意しますから」
リーダーと俺の話を聞いていたらしいリザードマンたちが、浜辺にある松の木に歩いていった。
俺も興味があったのでついていく。
リザードマンは、それぞれ松から何かを剥がしていた。
よく見ると、蔦で枯れ葉や草などをくくっておいてあったらしい。
(なんだコレ?)
俺も近くにあった松の幹にくくられた枯れ葉や草を手にとってみた。
(粘り気がある……あ、樹液か)
手に持った枯れ葉や草を見て、俺は気づいた。
松の幹には、切れ目が入っている。そこから樹液が出ていた。
「松の樹液は松脂といって、松明の材料になるんです。それを取るために幹に傷をつけ、そこに枯れ葉や草をくくっておいたんです」
「へぇ……」
シノビノサト村では暗視できるものが多いし、できない者は夜間には出歩かない。そのため松明の作り方など初めて知った。
(考えてみればランタンのつけ方くらいは知ってても、松明の作り方なんて全然知らなかったな……)
自分では田舎者だと思っていたが、意外と文明の利器に馴染んでいたようだ。松明も売っているのを見たことはあったが、それがどうやって作られているかなど知らなかった。
「一つ聞きたいんですけど、普通に木の棒に枯れ葉や枝などをくくりつけて火をつけちゃ駄目なんですか?」
「ふふふ……試してみるとよいでしょう」
リーダーは俺に何かを教えることができて嬉しいらしい。
俺も初めての経験でちょっと楽しみだ。
適当な長さの木の棒を拾い、普通の枯れ葉や枝などを蔦でぐるぐる巻きにしていく。燃えて蔦がちぎれるといけないので、太くて燃えにくそうなものを使う。
イヌガミは最初は興味深そうに俺の後をついてきていたが、それが食べ物に関係ないためか、すぐに興味をなくしてしまった。
日が沈み、俺の持つ松脂なしの松明と、リザードマンたちの持つ松脂ありの松明を同時につけた。
「暗い」
すぐに俺は違いに気づいた。
松脂ありの松明の方が、圧倒的に明るいのだ。
「もし松脂なしで松明を作りたいのでしたら、もっと大きくする必要がありますね。ただ……」
リザードマンのリーダーがなんと続けたいのかすぐにわかった。俺は答えた。
「三倍の大きさにしたら、三倍の明るさになるでしょうけど、かさばりすぎて現実的じゃありませんね」
「そういうことです」
松明自体は知っていたが、意外と知らないことが多いことに新鮮な驚きと楽しさがあった。
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