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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

軽くなった背負い袋

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(背負い袋が軽くなったな)

 俺は背中を軽く揺すってみて、深く実感した。

 竜になったイヌガミの背の上で、俺は背負い袋を背中から下ろした。

 行きには酒・味噌・醤油・米などでパンパンになっていた背負い袋だが、今はしおれた花のようにしわしわになっている。途中で砂嵐や猛吹雪にも遭ったので余計によれよれに見えた。

 けど。

 胸の中は、背負い袋と正反対に、――いろいろな思い出でいっぱいになっていた。
 魔族の双子と出会い、その両親にも会った。
 リザードマンたちの悩みを知り、一緒に潮干狩りをして海藻を取った。
 ドワーフたちを温泉と酒で接待した。
 ハイエルフと深く話し合った。

「……いい旅だったな、イヌガミ」

 南に向かって一直線に飛ぶイヌガミに、俺は話しかけた。
 このスピードなら魔の山まであっという間だろう。シノビノサト村の広場に直接乗りつけるつもりだ。魔族領の他種族を探して右往左往していた行きと違って、帰りはまさに一っ飛びという印象だった。

「はっ! たまには、散歩もいいものと知りました!」

「ははっ! 散歩か!」

 イヌガミにとっては、この長旅も散歩のような感覚だったらしい。
 俺としては、胃が痛くなるような瞬間も何度もあったんだが……。
 シャフィールとの会話などを思い出した。

「また、是非来たいです!」

「お?」

 俺はイヌガミの意外なセリフに目を見開いた。
 こいつがこんなことを言うなんて珍しい。
 何か気にいることでもあったんだろうか?

「どうしてだ?」

「ゆくゆくは稲だけでなく、いろいろと栽培するご予定なのでしょう? 是非ご相伴にあずかりたいであります!」

 食い物絡みだと、なかなか直感が鋭いな。
 イヌガミの言う通り、手始めにリザードマンたちとの稲作を考えているが、それで終わるつもりはない。

「ああ! 是非また一緒に行こう!」

「今度はハイエルフのもとに行く時は、砂糖をいっぱい持っていくであります!」

「え?」

「かき氷が食べ放題なのであります!」

「あー……だったら、ちゃんとシロップを作って行ったほうがいいか……いろいろな味があった方が楽しめるだろうし」

 シャフィールやその仲間たちもきっと大喜びするだろう。もちろんイヌガミも。

 ゆっくりと故郷の魔の山のシルエットが見えてきた。
 どこか薄暗く感じられる鬱蒼とした山。見る人によっては不吉とさえ感じるその三角形のシルエットが、今の俺にはひどく懐かしく思えた。
 旅に出て初めて自分が故郷を愛していることを深く実感した。
 同時に、あんな山を開拓した曽祖父の偉大さも改めて知った。
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