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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

戦争の気配

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「おいおい……」俺は呆れたように呟いた。「それって、治癒神とハイエルフの契約に違反してるんじゃ……」

「しています。明確に。――ですから、私もここに来ました」

 シャフィールの真剣な目に、俺は息を呑む。
 それは一戦も辞さないという覚悟が表れていた。

「『勇者パーティー』という名称であり、〈治癒神の御手教会〉や王家が広報しているのは、四人組ですが、実際は軍隊です。万の軍勢で、魔族領に侵攻する計画が立てられているのです」

「万の軍勢って……」

 それはもうパーティーとは呼ばないだろう。冒険ではなく、まさしく進軍だ。

「一応、勇者パーティーの勇姿を見て、自らの規範とするために集まった兵士たちだの、ただの見送りだの、といろいろと言い訳をつけていますが、目的は明らかです」

「そうだな」

 万の軍勢を動かすなら、食糧だけでも莫大な量になる。
 度重なる戦いで、疲弊した今の王国がそこまでのことをするとなると、なんの見返りもメリットもなしなどあり得ない。

「互いに協力し合う大組織や新勇者パーティーは、それぞれ求めているものがあります。王家や赤魔道士組合などは土地と奴隷と地下資源、〈治癒神の御手教会〉は彼らだけが人間側では唯一存在を知っている〈天雷の塔〉の模造品です。特に、〈治癒神の御手教会〉は、〈天雷の塔〉の模造品が手に入れば、結局修復が不可能だった〈天雷の塔〉さえも、きちんと復元できると考えているようです」

「……相変わらず変わらないな」

 以前、霜の降りた朝に、リノと話したことを思い出した。
 いろいろなものは移り変わる。だが、同時に変わらないものもある、と。
 そして、イヌガミが言っていた「牙で戦うか、剣で戦うか、素手で戦うかという違いは些細なこと」というようなセリフも。

 そのとおりだ。
 
 山岳都市ヘブンの都市長だろうと、やることは何一つ変わらないのだ。

「わかった。こっちでなんとかしてみる」

「よろしくお願いします。……私は、ハイエルフを率いて、念のため軍隊を作り上げます」

「軍隊を……?」

「疑問にお思いかもしれませんが、個々に対応させて暴発されるのが最も危険です。例えば、こちらから人間領に先に攻め込むなど。けど、きちんと規律ある軍隊を作り上げ、作戦として攻め込むタイミングを考えていると言われれば、血気盛んな者たちも従うでしょうし、逆にただ不安がっているだけの者たちも落ち着きを取り戻すでしょう。きちんと、ハイエルフが主導して対応していると思ってもらえれば」

 こういう時のためのハイエルフでもあるんですよ、とシャフィールは微笑んだ。
 会議室の中の重苦しい空気が、その一瞬だけ晴れたような気がした。
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