忘れられた王子は剣闘士奴隷に愛を乞う

空月 瞭明

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第57話 憤激 (1)

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 王の怒りはすさまじかった。

 問いかけに目を泳がせながら「見間違いでは?」などと言う王子二人に、年齢に見合わぬ強烈なこぶしを打ちつけ、騎士達を呼びつけた。

 ジルソンとオルワードは地下牢に閉じ込められた。
 狭く、光も差さない、淀んだ空気の、悪臭漂う地下牢に。

 正装をして午前から本宮殿に赴いたリチェルとアルキバも、王宮内の騒然とした空気に気づいた。リチェルは昨日、国王から公務に参加するよう命じられていた。

 空の会議室前の廊下で、近衛騎士団長、イサイズ・ペルーチェはリチェルに、今日の会議が中止になった旨を伝えた。

「一体何が起きたのです?父上の姿が見えませんが」

 イサイズは困惑の表情だった。

「私もよく分からないのですが、陛下はジルソン殿下とオルワード殿下を地下牢に幽閉なさりました。近日中に処刑する、ともおっしゃっています……王妃共々」

「処刑!?昨日はそこまではおっしゃられなかったが。しかもなぜミランダス王妃まで!」

「王妃の件はくれぐれもご内密に下さい。王妃は昨日よりパルティアに行っておられます。王は早馬を出し、取り急ぎ王妃を呼び戻すようご命令になりました。首尾よく進めば王妃は夕刻には戻られるでしょう」

「父上、一体何が……」

 眉をひそめるリチェルに、イサイズは苦りきった顔を見せる。

「何があったのかは存じ上げませんが、今は正直、王宮内でごたついている時ではありませんのに」

「どういう意味だ?」

「各地で反乱奴隷の動きが活発化しています。王都でも反乱が起きるかもしれない。王は何事かにだいぶ錯乱しておられるご様子ですが、今は国政のほうに尽力していただきたいものです」

 そこまで言ってイサイズは、はっと気づいた顔をする。

「も、申し訳ございません、殿下の前で国王陛下に大変不敬なことを!」

 リチェルは笑って首を横に振った。

「いや、むしろありがたい。父上に言えない不平があったら、私に伝えてくれ。私はまだまだひよっこだが、力になれることもあるかもしれないからな。そなたの国を思う気持ち、とても頼もしい」

 イサイズは驚いた顔でリチェルを見た。

「あ、ありがとうございます、もったいないお言葉です!失礼いたします」

 イサイズは一礼して去って行った。
 イサイズの背中が遠くなるのを見計らい、後ろに控えていたアルキバが声をかける。

「王子様っぽくなってきたな」

 リチェルは苦笑した。

「大したことは言っていないのに驚かれる。みな本当に私のことを狂王子だと思っていたんだな」

 ははっと笑ったアルキバは、冗談とも本気ともつかないことを言う。

「しかし処刑か。いいじゃないか。俺に処刑人やらせてもらえないかな」

「なっ、何を言うんだ!」

「いや、はなっから馬鹿兄弟をぶっ殺すつもりで来てるしな、俺は。流刑程度だったら、流刑地まで追いかけていって殺す気でいた」

「な、何を物騒なことを……」

 だがリチェルはアルキバの目の奥の暗い炎を見て取って、本気だと分かった。アルキバはくっ、と凄味のある笑みを浮かべ、さらに物騒なことを言う。

「もちろん、あんたが自ら手を下すってのでもいいが。頼んでみたらどうだ、王様に」

「やめてくれ、私はそんなことはしたくない。ただ法に基づいて適切な処分をしてもらえればいい」

 アルキバは眉を上げる。

「公明正大だな王子様は」

 リチェルはちょっとむっとした顔をする。

「い、嫌味か」

「いいや、やっぱりあんたは王の器なんだろうなと思った」

 えっ、とリチェルはアルキバを見る。
 今度こそ冗談かと思ったが、リチェルを見下ろす奇妙なほど静謐な目は、またもアルキバの本気を伝えていた。
 リチェルは居心地悪くうつむき、髪をかきあげた。

「ありがとう……」

 リチェルの照れた仕草にアルキバは微笑する。

「さて会議中止で暇ができちまったが、どうする?街遊びでもするのか?」

「も、もう私は遊ばない。せっかく公務に参加させてもらえるんだ、ちゃんと政務に役立つ勉強をしなければ。まず文書庫に行きたい。最近の会議記録を読んで、この国の状況を把握しなければ。退屈かもしれないが、付き合ってくれるか」

「もちろんだ」

 二人は連れ立って文書庫に行った。
 王族や重臣だけが使える個室で、リチェルは会議記録を読み漁った。その表情はずっと曇ったままだ。

「三年前の増税も、二年前の奴隷保護法の廃止も、父上は反対していたんだ。でもジルソン兄上の意見が通ってしまったんだな。信じられない、兄上は廃棄奴隷の殺処分なんて検討していたのか。ハイラドの名前もある。危険人物と書いてある。あんな高潔な僧を捕らえる気だったのか」

「ハイラド、って王都の外れに廃棄奴隷の救護院を作ったっつう坊さんか。奴隷にも自由民にもえらい敬われてる坊さんだな」

「ああ、素晴らしい人物だ。私もサイルとして街に出たときは、何度か布施をさせてもらった」

「おお、いいこともしてんじゃないか。男のケツ掘ってるだけかと思ってたぜ」

 リチェルは赤くなってアルキバを睨みつける。

「も、もうその件は忘れてくれ!」

 アルキバは声を堪えて笑う。

「はいはい」

 頬をふくらませつつ、リチェルは熱心に会議記録を読み込んだ。一通り目を通したところで、書類をアルキバと共に書棚に戻していく。

「次は王宮図書館に行きたい。外国の政治や経済、歴史などについて学びたいんだ。この国のことはだいたい頭に入っているが、これから奴隷制を廃止するにあたっては、奴隷制を敷いていない国のことを学ばねばならない」

「放蕩息子が見違えたな」

「無精をし過ぎたから、今から挽回せねば、父上にも申し訳がたたない」

 そう言うリチェルの横顔は、静かな士気に満ちていた。

◇  ◇  ◇
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