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ホットが恋
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すっかり暗くなった。
野崎さんに気になることを言われたあと、おれは演劇部で過去イチぐらいシゴかれた。まず有名な俳優さんの一人芝居の動画をみせてくれて、感想をくわしく聞かれ、そのうえで実際に一人で芝居して動画を撮り、どこがダメなのかをみんなに指摘してもらうっていう流れを何回かやって……とにかくつかれた。
でも気分がいい。
楽しかった。いい汗かいた。
めっちゃ不安だけどな……このおれがクリスマスに一人だけで芝居するなんて。
しかも――
(テーマが〈告白〉で、ちゃんと目の前に想いを伝える人がいるかのように演技する、か……)
キレーな女優さんを思い浮かべるっていうのは、たぶんちがうんだろう。
適当なクラスメイトの女子っていうのも、ちがうと思う。
まじに、おれが心から〈好き〉な子じゃないと、芝居に現実味が出ないから。
(つまり、はやく彼女をみつけろってことだな)
入院してる、ばあちゃんのこともある。
最高のパートナーといっしょにいる姿をみせて、ばあちゃんを元気づけないと。
駅の改札をでた。
ここから家までは歩きだ。けっこう距離があるけど、ショートカットできる道をいくつも見つけてるから、それほど苦じゃない。
駅前のコンビニの近くを通りかかった。
ガラスにうつるおれの姿をチェック。
よしよし。ばっちりカッコいいぜ。正面。右向き。左向き。また正面。最高だ!
これで彼女ができないはずが……って、見た目にたよっちゃダメか。そのせいでおれは、13人もの女の子にフラれてきたんだから。
地道にがんばろう。
(かえって勉強して、読書して、あたらしい趣味でもはじめるか)
買ったものの挫折した、ギターをやり直すとか……
「あ」
目が合った。
勇だ。
コンビニで立ち読みしてる。
「なにしてんの?」
外に出てきて、白い息をはきながら言う。
「おまえこそ」
「ふつーに買い物ですけど」と、白いコンビニ袋を見せつけるように上げた。「そっちは部活?」
「ああ」
勇は背中を向け、そばにある自転車のカゴにその袋を入れた。車体がシルバーの男っぽいチャリ。これは勇の自転車だ。
かしゃん、とスタンドを蹴ってあげる。
「わざわざこんな遠いコンビニじゃなくても……家の近くにもあっただろ?」
「いいの」
自転車を押す手には白い手袋をはめていて、コートも同じような白さのダッフルコート。
となりを歩くおれを45度ぐらいで見上げながら勇は言った。
「今日ね、パパとママが二人とも仕事がはやく終わったみたいでね、私もいっしょにリビングにいたんだけど……なんか二人がいい感じになってたから」
「空気を読んだのか」
「まあね。なんかジャマしたくなくて」
「いい感じっていうのは……」
ジト目になった。
ひゅー、と冷たい風がおれと勇の間をふき抜ける。
「…………パパはともかく、私のママでそういう想像しないでよね」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に書いてたじゃん。まさか17もはなれた弟か妹ができるのかっ⁉ って」
「赤い絵の具が、まだ残ってたか?」
「なにそれ?」
今日、演劇部であったことを話す。
もちろん野崎さんのあの〈一言〉はカット。ただ、いま部活を休んでいる勇をケアしたノートをあずかっているから、彼女と会ったことだけはしゃべった。で、ノートをわたす。
「わっ。すごーい」
それをひらいてすぐ、勇がそんな声をあげた。
目も、キラキラさせてる。
「ノサッちゃんには、頭が上がらないね」
「野崎さんと仲いいのか?」
「もちろん、いいよ。うん」と、野崎さんのモノマネを、ウィンクつきでする。なかなか似てた。勇は器用だから、こういうことが得意なんだ。
そこからバドミントン部の話になって、おれはしばらく聞き手に回った。
心なしか、勇の歩く速度がおそい。
足の痛みのせいか?
じゃあ……おれも、のんびり行こう。
「寒くてもよかったら、ちょっと寄るか?」
「えっ」
右手に児童公園。
光で照らされてみえる範囲には、ちょうど誰もいない。
勇は自転車を入り口におき、おれたちはベンチにすわった。
「よかったら、のむ?」
小さいサイズのホットのお茶を、おれにさしだしてくる。
「サンキュー」
「じゃ、乾杯」
勇はホットのミルクティーをあけて、ごちん、とおれが持つお茶にかるくあてた。
「なつかしいねー、この公園」
「おぼえてるか。そこの蛇口」
「ああ。アンタがころんだアレ?」
何才ぐらいだったか、4才か5才のときかな。
この公園で勇といっしょに遊んでて、おれがコケた。足をすりむいて、口にめっちゃ土が入った。もちろん、当時のおれは泣いた。
「正は、昔っから運動が苦手だったから」
「まあな……」
泣いてたら、気がついた勇が傷口を水ですすいでくれて、さらに手の中に水をためて、おれの口元にもってきてそれを飲ませてくれた。おかげで口の中を洗えて助かった。
この公園のあの蛇口には、そんな思い出がある。
「勇はつまずいたことがあるのか?」
「な~に? 重い話とかするの、ヤだよ」
「単純に、ころんだことがあるかって話」
「あー……ないかも」
まじか。
ころんだ記憶がないって、ころびまくってた――今でも何年かに一度はころぶ――おれからすれば、超人的だ。
ん?
スマホに着信。
児玉だ。クリスマス直前にでっかいコンパしねー? ってきた。
「おまえ彼女いるだろ」
「それはそれ。これはこれ」
「彼女が泣くぞ」
「正よ。泣いたあとの仲直りでやるとな、これがアチアチに燃えるんだよ!」
なんてヤツだ、まったく……。
勇もいるから、ラインのやりとりはそこでやめた。
「バカ。あいつ、大っ嫌い」
スマホをのぞいていた勇が言った。
おれはなにげなく、
「彼氏って、あんま連絡してこないタイプなんだな」
と口にした。
勇が、「嫌い」とくちびるをとがらせたまま、かたまった。
なぞの沈黙が数秒あったあと、
「……ん?」
「いや連絡だよ連絡。ラインとかSNSだったり。つきあってたらけっこう密にやるもんじゃないか?」
「えっ? あー」と、勇は今さらのようにスマホを出す。「私はエチケットかな~、と思ってね、ガマンしてしなかっただけ……だよ?」
ほんのわずかにドーヨーがみられる。
キョドってる感じ。気のせいレベルではあるけど。
「向こうは? してこないのか?」
「いやほら……、ねぇ? 野球部って練習がハードだから」
「彼氏とは、うまくいってるんだよな?」
「当たり前でしょ! ラブラブなんだから!」
そこまではっきり言われると、それ以上何も言えなくなる。
やれやれ。やっぱり、なれないことはするもんじゃないな。
(ひょっとして、ウソで彼氏とつきあってるのかと思って、カマっていうのをかけてみたんだけど……)
勇の返答だと「ラブラブ」。
なら、おれはこいつを信じなくてはいけない。
おれのポリシーは〈女の子を疑わないこと〉だからな。
「そろそろ帰るか」
「うん」
家に近づいたところで、
「あれ?」
おれたちが、同時に言った。
「勇の家……明かりがついてるな」
「もう私の家じゃないけど」
赤い屋根の、二階建ての家。
勇は今年の夏休みの終わりごろに、この家を出ておれの家に引っ越してきたんだ。
「あれって、だいたい半年前か。もう誰か新しく入ってきたんだな」
「住み心地バツグンの家ですからね」と、勇が自転車のハンドルをもったままで胸をはる。「ここには思い出だっていっぱいあるし」
ちらっと見たが、まだ表札はかかっていない。
どんな人が引っ越してきたのか気になったけど、そのまま通りすぎて帰宅した。
「あっ、勇」スリッパをパタパタとならして、玄関で靴をぬぐおれたちのところにやってくる勇のお母さん。「おかえり。よかった~。ちゃんと正ちゃんをお出迎えできたのね?」
勇はちょうど、おれの視界のうしろの死角にいる。
バッ、と空気がうごいて、勇がなんかアクションしたみたいだったけど……。
「もう」
と、つぶやいて、お母さんは背中を向けた。レンガ色のタートルネックに、ぴちっとしたスキニーの白いパンツ。こんなふうに、家の中でもだらしない格好はしない人だ。いつも白Tにゴムのゆるみかけたショーパンの勇とは大ちがい。年も、まだ30代で、スタイルがよくて、大人の色気もあって――――
後頭部に熱い視線を感じる。
「……正? それだけは、ぜ~~~ったいに許さないんだからね?」
ふりかえると、腕を組んでけわしい顔つきをした幼なじみがそこにいた。
人差し指の先をトントンさせているあたり、いかにもイライラしてるって雰囲気だ。
「お母さんとおれが、ってこと?」
「ゼロパーじゃないでしょ?」
「安心しろ。完全にゼロパーだよ。おれにとっては、それは正しい恋じゃないから」
(さて――)
夕食を終えて、ごろんとベッドに横になる。
(彼女でもさがすか……って、そんな簡単に見つからないけどな……)
いままで12人の女子とつきあえたのは、ほんとに偶然とラッキーのタマモノだった。
最初の子は、児玉につれていかれた合コンで出会ったんだっけ。
いま一度、あの悪友にたよってみるか?
(でも今までは、なんか流れに身をまかせてっていうか――成り行きでそうなったっていうか)
ガシッ‼ とハートをワシづかみされたような、熱い恋愛のスタートじゃなかった。
思えば、おれは〈一目ぼれ〉って、したことない。
してみたいもんだぜ。どっかに、ころがってねーかな……
(雪?)
カーテンのスキマから、白いつぶが落ちるのが見えた気がした。
カーテンをあけて、窓をあける。
(気のせいか……)
窓をしめようとして、
手がとまった。
そのまま。
ストップしてしまう。
家の前の道路に女の子がいる。
同い年か、もしかしたら年上かも。
赤いダウンジャケットを着ていて、そのポケットに両手をつっこんでいる。
その子と、目が合っている。
おれは見下ろして、彼女は見上げて。
目を、はなせなかった。
ほかのところじゃなく、ずっとそこを見ていたいという、不思議な気持ちになってる。
長い髪が風でゆれた。
あの子は誰だ? この近所じゃ、見たことないぞ。
おれを見つめて、なんとなく笑ってるような、やさしい表情。
おれも見つめ返している。
まるでチキンレース。
どっちが先に視線をはずすのか、はずしたら負け、みたいで。
「正~、いる~?」
ノーノックで部屋に入ってくる勇。
「さっむ! なにしてんの、窓なんか閉めなさいよ」
「え?」
と、部屋の中に顔を向けた。
「星空をながめるなんてタイプじゃないでしょ、アンタは」
「ちょ……ちょっと、きてくれ」
「ん?」
勇が窓際にきたので、
「あれって誰か知ってる?」
とたずねた。
「外? こんな寒いのに、外に誰かいんの?」
「いいから」
勇の背中を押して、強引に外を見てもらう。
「…………」
「どうだ?」
「正……彼女がほしすぎて、まぼろしの女の子でも見た?」
えっ、と確認したが、たしかに道路には誰もいない。誰も。
そんなバカな。
勇があやしむような表情になった。
「それとも、これも演技の練習?」
両手を腰にあてる勇のTシャツに、すこし透けるグレーのブラジャー。
おれは、わからない。
これを見てるせいなのか、さっきの女の子のせいなのか。
すごくドキドキしてて、胸が熱い。
野崎さんに気になることを言われたあと、おれは演劇部で過去イチぐらいシゴかれた。まず有名な俳優さんの一人芝居の動画をみせてくれて、感想をくわしく聞かれ、そのうえで実際に一人で芝居して動画を撮り、どこがダメなのかをみんなに指摘してもらうっていう流れを何回かやって……とにかくつかれた。
でも気分がいい。
楽しかった。いい汗かいた。
めっちゃ不安だけどな……このおれがクリスマスに一人だけで芝居するなんて。
しかも――
(テーマが〈告白〉で、ちゃんと目の前に想いを伝える人がいるかのように演技する、か……)
キレーな女優さんを思い浮かべるっていうのは、たぶんちがうんだろう。
適当なクラスメイトの女子っていうのも、ちがうと思う。
まじに、おれが心から〈好き〉な子じゃないと、芝居に現実味が出ないから。
(つまり、はやく彼女をみつけろってことだな)
入院してる、ばあちゃんのこともある。
最高のパートナーといっしょにいる姿をみせて、ばあちゃんを元気づけないと。
駅の改札をでた。
ここから家までは歩きだ。けっこう距離があるけど、ショートカットできる道をいくつも見つけてるから、それほど苦じゃない。
駅前のコンビニの近くを通りかかった。
ガラスにうつるおれの姿をチェック。
よしよし。ばっちりカッコいいぜ。正面。右向き。左向き。また正面。最高だ!
これで彼女ができないはずが……って、見た目にたよっちゃダメか。そのせいでおれは、13人もの女の子にフラれてきたんだから。
地道にがんばろう。
(かえって勉強して、読書して、あたらしい趣味でもはじめるか)
買ったものの挫折した、ギターをやり直すとか……
「あ」
目が合った。
勇だ。
コンビニで立ち読みしてる。
「なにしてんの?」
外に出てきて、白い息をはきながら言う。
「おまえこそ」
「ふつーに買い物ですけど」と、白いコンビニ袋を見せつけるように上げた。「そっちは部活?」
「ああ」
勇は背中を向け、そばにある自転車のカゴにその袋を入れた。車体がシルバーの男っぽいチャリ。これは勇の自転車だ。
かしゃん、とスタンドを蹴ってあげる。
「わざわざこんな遠いコンビニじゃなくても……家の近くにもあっただろ?」
「いいの」
自転車を押す手には白い手袋をはめていて、コートも同じような白さのダッフルコート。
となりを歩くおれを45度ぐらいで見上げながら勇は言った。
「今日ね、パパとママが二人とも仕事がはやく終わったみたいでね、私もいっしょにリビングにいたんだけど……なんか二人がいい感じになってたから」
「空気を読んだのか」
「まあね。なんかジャマしたくなくて」
「いい感じっていうのは……」
ジト目になった。
ひゅー、と冷たい風がおれと勇の間をふき抜ける。
「…………パパはともかく、私のママでそういう想像しないでよね」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に書いてたじゃん。まさか17もはなれた弟か妹ができるのかっ⁉ って」
「赤い絵の具が、まだ残ってたか?」
「なにそれ?」
今日、演劇部であったことを話す。
もちろん野崎さんのあの〈一言〉はカット。ただ、いま部活を休んでいる勇をケアしたノートをあずかっているから、彼女と会ったことだけはしゃべった。で、ノートをわたす。
「わっ。すごーい」
それをひらいてすぐ、勇がそんな声をあげた。
目も、キラキラさせてる。
「ノサッちゃんには、頭が上がらないね」
「野崎さんと仲いいのか?」
「もちろん、いいよ。うん」と、野崎さんのモノマネを、ウィンクつきでする。なかなか似てた。勇は器用だから、こういうことが得意なんだ。
そこからバドミントン部の話になって、おれはしばらく聞き手に回った。
心なしか、勇の歩く速度がおそい。
足の痛みのせいか?
じゃあ……おれも、のんびり行こう。
「寒くてもよかったら、ちょっと寄るか?」
「えっ」
右手に児童公園。
光で照らされてみえる範囲には、ちょうど誰もいない。
勇は自転車を入り口におき、おれたちはベンチにすわった。
「よかったら、のむ?」
小さいサイズのホットのお茶を、おれにさしだしてくる。
「サンキュー」
「じゃ、乾杯」
勇はホットのミルクティーをあけて、ごちん、とおれが持つお茶にかるくあてた。
「なつかしいねー、この公園」
「おぼえてるか。そこの蛇口」
「ああ。アンタがころんだアレ?」
何才ぐらいだったか、4才か5才のときかな。
この公園で勇といっしょに遊んでて、おれがコケた。足をすりむいて、口にめっちゃ土が入った。もちろん、当時のおれは泣いた。
「正は、昔っから運動が苦手だったから」
「まあな……」
泣いてたら、気がついた勇が傷口を水ですすいでくれて、さらに手の中に水をためて、おれの口元にもってきてそれを飲ませてくれた。おかげで口の中を洗えて助かった。
この公園のあの蛇口には、そんな思い出がある。
「勇はつまずいたことがあるのか?」
「な~に? 重い話とかするの、ヤだよ」
「単純に、ころんだことがあるかって話」
「あー……ないかも」
まじか。
ころんだ記憶がないって、ころびまくってた――今でも何年かに一度はころぶ――おれからすれば、超人的だ。
ん?
スマホに着信。
児玉だ。クリスマス直前にでっかいコンパしねー? ってきた。
「おまえ彼女いるだろ」
「それはそれ。これはこれ」
「彼女が泣くぞ」
「正よ。泣いたあとの仲直りでやるとな、これがアチアチに燃えるんだよ!」
なんてヤツだ、まったく……。
勇もいるから、ラインのやりとりはそこでやめた。
「バカ。あいつ、大っ嫌い」
スマホをのぞいていた勇が言った。
おれはなにげなく、
「彼氏って、あんま連絡してこないタイプなんだな」
と口にした。
勇が、「嫌い」とくちびるをとがらせたまま、かたまった。
なぞの沈黙が数秒あったあと、
「……ん?」
「いや連絡だよ連絡。ラインとかSNSだったり。つきあってたらけっこう密にやるもんじゃないか?」
「えっ? あー」と、勇は今さらのようにスマホを出す。「私はエチケットかな~、と思ってね、ガマンしてしなかっただけ……だよ?」
ほんのわずかにドーヨーがみられる。
キョドってる感じ。気のせいレベルではあるけど。
「向こうは? してこないのか?」
「いやほら……、ねぇ? 野球部って練習がハードだから」
「彼氏とは、うまくいってるんだよな?」
「当たり前でしょ! ラブラブなんだから!」
そこまではっきり言われると、それ以上何も言えなくなる。
やれやれ。やっぱり、なれないことはするもんじゃないな。
(ひょっとして、ウソで彼氏とつきあってるのかと思って、カマっていうのをかけてみたんだけど……)
勇の返答だと「ラブラブ」。
なら、おれはこいつを信じなくてはいけない。
おれのポリシーは〈女の子を疑わないこと〉だからな。
「そろそろ帰るか」
「うん」
家に近づいたところで、
「あれ?」
おれたちが、同時に言った。
「勇の家……明かりがついてるな」
「もう私の家じゃないけど」
赤い屋根の、二階建ての家。
勇は今年の夏休みの終わりごろに、この家を出ておれの家に引っ越してきたんだ。
「あれって、だいたい半年前か。もう誰か新しく入ってきたんだな」
「住み心地バツグンの家ですからね」と、勇が自転車のハンドルをもったままで胸をはる。「ここには思い出だっていっぱいあるし」
ちらっと見たが、まだ表札はかかっていない。
どんな人が引っ越してきたのか気になったけど、そのまま通りすぎて帰宅した。
「あっ、勇」スリッパをパタパタとならして、玄関で靴をぬぐおれたちのところにやってくる勇のお母さん。「おかえり。よかった~。ちゃんと正ちゃんをお出迎えできたのね?」
勇はちょうど、おれの視界のうしろの死角にいる。
バッ、と空気がうごいて、勇がなんかアクションしたみたいだったけど……。
「もう」
と、つぶやいて、お母さんは背中を向けた。レンガ色のタートルネックに、ぴちっとしたスキニーの白いパンツ。こんなふうに、家の中でもだらしない格好はしない人だ。いつも白Tにゴムのゆるみかけたショーパンの勇とは大ちがい。年も、まだ30代で、スタイルがよくて、大人の色気もあって――――
後頭部に熱い視線を感じる。
「……正? それだけは、ぜ~~~ったいに許さないんだからね?」
ふりかえると、腕を組んでけわしい顔つきをした幼なじみがそこにいた。
人差し指の先をトントンさせているあたり、いかにもイライラしてるって雰囲気だ。
「お母さんとおれが、ってこと?」
「ゼロパーじゃないでしょ?」
「安心しろ。完全にゼロパーだよ。おれにとっては、それは正しい恋じゃないから」
(さて――)
夕食を終えて、ごろんとベッドに横になる。
(彼女でもさがすか……って、そんな簡単に見つからないけどな……)
いままで12人の女子とつきあえたのは、ほんとに偶然とラッキーのタマモノだった。
最初の子は、児玉につれていかれた合コンで出会ったんだっけ。
いま一度、あの悪友にたよってみるか?
(でも今までは、なんか流れに身をまかせてっていうか――成り行きでそうなったっていうか)
ガシッ‼ とハートをワシづかみされたような、熱い恋愛のスタートじゃなかった。
思えば、おれは〈一目ぼれ〉って、したことない。
してみたいもんだぜ。どっかに、ころがってねーかな……
(雪?)
カーテンのスキマから、白いつぶが落ちるのが見えた気がした。
カーテンをあけて、窓をあける。
(気のせいか……)
窓をしめようとして、
手がとまった。
そのまま。
ストップしてしまう。
家の前の道路に女の子がいる。
同い年か、もしかしたら年上かも。
赤いダウンジャケットを着ていて、そのポケットに両手をつっこんでいる。
その子と、目が合っている。
おれは見下ろして、彼女は見上げて。
目を、はなせなかった。
ほかのところじゃなく、ずっとそこを見ていたいという、不思議な気持ちになってる。
長い髪が風でゆれた。
あの子は誰だ? この近所じゃ、見たことないぞ。
おれを見つめて、なんとなく笑ってるような、やさしい表情。
おれも見つめ返している。
まるでチキンレース。
どっちが先に視線をはずすのか、はずしたら負け、みたいで。
「正~、いる~?」
ノーノックで部屋に入ってくる勇。
「さっむ! なにしてんの、窓なんか閉めなさいよ」
「え?」
と、部屋の中に顔を向けた。
「星空をながめるなんてタイプじゃないでしょ、アンタは」
「ちょ……ちょっと、きてくれ」
「ん?」
勇が窓際にきたので、
「あれって誰か知ってる?」
とたずねた。
「外? こんな寒いのに、外に誰かいんの?」
「いいから」
勇の背中を押して、強引に外を見てもらう。
「…………」
「どうだ?」
「正……彼女がほしすぎて、まぼろしの女の子でも見た?」
えっ、と確認したが、たしかに道路には誰もいない。誰も。
そんなバカな。
勇があやしむような表情になった。
「それとも、これも演技の練習?」
両手を腰にあてる勇のTシャツに、すこし透けるグレーのブラジャー。
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