21 / 30
目と目と、目
しおりを挟む「ドーパミン。オキシトシン。それとフェニルエチルアミンね」
こつん、と手の甲でホワイトボードを三回たたく。
上のほうには〈一目ぼれの正体〉とていねいな字で書かれていた。
「……以上」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
おれはイスから立ち上がった。
同じ部屋にいる白衣を着た人たちが、じろり、とおれに冷たい眼を向ける。
ここは科学部の部室で、ここにはめっちゃ頭がいい人しかいない。
「なんなんですか、それは?」
「正。あなたにも血が流れているでしょう?」
両手をうしろで結んで、おれのほうにゆっくり歩いてくる。
もちろん彼女も制服の上から白衣を着てる。
元カノ。
一目ぼれってあるんですか? とスマホで彼女にメッセージを送ったら『放課後、科学部にきなさい』と返信されて今にいたっている。
「その血の中にある物質よ。ここに書いてる3つがそろったら、一目ぼれの出来上がり。まあ、一目ぼれというよりは、恋愛感情が高まって興奮状態にあるときというほうが正確だけど」
「おれは一目ぼれの理由を――」
「誰かに一目ぼれ、したんだ?」
「よくわからないけど、したっぽいような……」
おれはまたイスに座り直した。
すると、彼女が前かがみになって、おれのおでこを人差し指でかるく押した。
「いけない子。みじかい間とはいえあなたの彼女だった私に、『ほかの女に一目ぼれしたよ』とか、ふつう相談にくる?」
「ごめん。でもほかに聞ける人がいなくて。自分でネットで調べても、全然ピンとこないし……」
はぁ、とため息をつきながら髪をかきあげる。
セミロングで、前髪はつくってなくてサイドと同じように長く伸ばし、それが片っぽの目だけをかくしていて、やたらとセクシーだ。
彼女は、広尾さん。おれと同じ二年生。科学部の部長。
おれは下の名前でユナさんと呼んでいる。
「こまった元カレだこと。ま、たよられてわるい気はしないけどね。じゃあ、そのときの状況をくわしく教えてもらえる?」
「えーと……簡単にいうと、はじめて見る女の子と目が合って、そのまま目がはなせなくなったんだ」
ユナさんがおでこに片手をあてる。
考え事をするときに、彼女がよくするポーズだ。
「容姿は好みだった?」
「たぶん」
「芸能人とか女優とか、または、あなたがこれまで会った女性に似てる人はいる?」
「いない……かな」
質問を変えましょう、と言いながら近くのイスを引き寄せてすわる。
「あなた、どうして困ってるの?」
それは予想外の角度からの問いかけだった。
「正を見てたら……『おれ一目ぼれしちゃったよ、どうしよう』みたいな感じがしてね。べつに気にすることないじゃない。好きになったんだったら、アタックあるのみ――でしょ?」
「アタック」と、おれは単語をくり返す。
「あなたと何回かデートしたときも」ふわさっ、とユナさんは髪をかきあげる。「同じ感じがしたよ? 『おれ今この子といっしょだけど、どうしよう』って。どことなく、とまどってるっていうか、まるで〈絶対的な本命の子〉が――」
かくれてないほうの片目だけで、じーーーっと見つめてくる。
妙に迫力があって、目線をはずすことができない。
「いるみたいに」
「……すみません」
「あやまらなくてけっこう。私はそこがひっかかったから、あなたをフッただけ。泣く泣くね」
「泣く泣く?」
は! と切れ長の二重の目が、まん丸になった。
あわてて横を向き、
「い、いや失言。ていうかリップサービス……ね。ほんとよ? あなただって、むかしの彼女にミレンを持たれてたほうが、気分がいいでしょ?」
「全然」おれは言う。「ユナさんには、新しい彼氏とかみつけて、しあわせになってほしいです」
「ふー」長い息をはきながら、彼女はなんども小さく首をふった。「そんな恥ずかしいセリフを、まっすぐな目でいえちゃうんだから……つくづくツミな男だよね、あなたは」
「ウソじゃないですよ」
「わかってる」
じゃあ、とおれは立ち上がった。
ユナさんに話を聞いてもらえてよかった。なんかふっきれた。
そうだよ。好きになったなら、アプローチして、そのうえで想いを伝える。これっきゃない。悩んだり迷ったりしなくていい。
「それで? 正、これからどうするつもり? あの幼なじみの子にアタックするの?」
「え? いや……あいつには、彼氏がいるんで」
きっ、とほんの一瞬、ほんとに一瞬だけ、ユナさんがきびしい表情になった。
何かに怒ってる、ような。
もしかして、おれに対してキレてる?
「ユナさん?」
「……なるほどね。それがあの子の選択……か。どうしてもっと……素直になれないかな……」
ぶつぶつと、ひとり言のように言ってる。
なんかイライラしてる雰囲気。
気づかれないように、そーっと部屋を出ていこうとすると、
「正!」
うしろから呼び止められた。
「待って! あとひとつだけ!」
長い白衣をひるがえして、彼女が小走りでやってくる。
ほかの科学部の人たちは、とくにこっちを気にしていない。みんな自分の世界にボットウしているみたいだ。
「一目ぼれの子に恋をするのもいいけど、その前に」
ぐっ、と制服のそでをつかまれた。
なんだか知らないが、ユナさんは真剣だ。
「ひとつ、あなたに魔法をあげるよ。本当の……正しい恋をみつける魔法。ね?」
「魔法ですか?」
ユナさんの口から、こんなファンタジーなワードがでるなんて。
科学部っぽくないですね、とツッコミそうになった。
が、あまりにも彼女の目はマジで、冗談をいえる空気ではない。
「いい? あの幼なじみの子に、あなたは言葉の意味もなんにも考えずに、今から私がおしえるたった一言だけを口にすればいいから――――」
◆
その日の帰り道。
電車がとまってドアがあき、赤いブレザーの女子が乗ってきた。
(もしかして優ちゃん?)
赤い制服と、ポニーテールの髪型だったから、反射的にそう思った。
反対側のドア付近に立つおれのほうへ、スタスタ歩いてくる。
「……あ」
ちがう。
でも、ちがわない。
おれが、すごく会いたかった子だから。
(家の窓から見かけた、あの子だ!)
目の前にきた。つり革はもたず、しまったドアに背中をあずけている。
もちろん、とっくにおれには気づいている。
また見つめ合うことになるのかな、と思っていたら、
(……あれ?)
くるっと回って背中を向けてしまった。
(こっちに気づいてない……? いや目は合ったんだけど……)
と、またくるっと回って、
「また会いましたね」と、はにかんだような顔で言った。
音で表現すれば、ズキューーーン‼
一撃でやられた。
か、かわいい。
あのドキドキがよみがえる。
ちょっと待て、あせるな。
おれだって12人の女子とつきあってきたんだ。恋愛経験値はおれのほうが上のはず。
ここは気さくに、
「また会えると思ってたよ」
こう返すんだ。100点のキメ顔で。
電車が発車した。
やさしく笑ったまま、彼女は目を細めた。
「……ほんとに、そう思ってました?」
「もちろん」
「あの家の人ですよね? 私、近所に引っ越してきたんです」
「そうなんだ。まさか中学生とは思わなかったよ」
「中学生? ふふ……そんなコドモっぽくみえます? ショックだなー」
「え? でも、その制服って有名な女子中の……」
「高校もあるんです。中高一貫ですよ、あそこは」
「そうなんだ」
楽しい時間は、はやく流れる。
おれはすっかり浮かれてしまって、そこから会話の内容をあんまりおぼえていない。
彼女は寄るところがあるらしく、次にとまった駅で電車をおりてしまった。
(やっぱり一目ぼれ……してたか)
自分の気持ちを確認することができた。
大きな収穫だ。
連絡先も交換できた。
彼女の名前は――
星乃 翔
同じ名前だね、と彼女はよろこび、おれもよろこんだ。
同じ音で「ショウ」。こんな偶然あるんだな。
「運命ですね」
と、彼女はなにげなく言ったけど、もしかしたら、ほんとにそうかもしれない。
運命のパートナー。
おれの家は帰宅したら親にスマホをあずけるシステムだから、もう今日は星乃さんと連絡し合うことはできない。
また明日だ。
楽しみでしょうがない……ん? なーんか、忘れてるような気が……なんだっけ?
「正、どうしたの? 腕組んで考えこんじゃって」
下からおれの顔をのぞきこむ勇。
マンガを手に、一口サイズのチョコレートをつまんで、横に寝そべって――ようするにリラックスしまくってる。人の部屋なのに。
黄色いショーパンからのびる健康的な足に、ゆるくなったTシャツのえりの奥からチラッとしてる胸。
よく知らないけど、一般的な〈いもうと〉ってこんな無防備なのか?
「忘れてるんだ」
「えっ?」
「大事なことを……一目ぼれじゃなくて、えーと」
「それちがうよ。正確にはね、ホレ直すっていうの」勇は自分を指さした。「私のことでしょ? これだけつきあいが長いんだから、もう一目ぼれでもなんでもないじゃん」と、ニコニコした顔で言う。「魔法で記憶を消したんなら、話はべつだけど」
「魔法……あっ‼」
「どうしたのよ、いきなり大声だして」
ベッドのふちから立ち上がる。
つられて、勇も立ち上がった。
「それだ。魔法だよ。ユナさんから――」
「ユナサン? それって、前につきあってた科学部の子?」
「それは、今はいいんだよ」
おれは勇の肩をつかんだ。右も左も。
あいつが逃げていかないように、しっかりとホールドして。
「正?」
「えーと……」
思い出したコトバを、頭ん中でリピートする。
ほんとに、この魔法で正しい恋が見つかるのか?
おれはバカなんだから考えても仕方ない。
「いくぞ?」
ん? と勇が無言で首をかしげる。
「お……『おまえの彼氏からぜんぶ聞いた』よ」
あっ。
勇の表情が変わった。
目を大きく見ひらいたあと、がっかりしたような顔になる。
「そっか……外っち、とうとう……言っちゃったか」
予感がある。
よけいな口をはさむな、という予感。
このまま、勇にしゃべってもらえ、という予感。
何かが大きくうごきだす予感。
「そうだよ。私たちじつは……つきあってないから」
つきあってない? あいつと?
じゃあ、勇は、最初から彼氏もちでもなんでもなかったのか?
どうしてそんなウソを――
(!)
いつのまにか勇が近い。
ショートカットで明るくて強気な性格のこいつが、静かにだまって寄り添って、おれの胸におでこをあてている。
「どうして? って言いたいんでしょ? それは、私はずっと正のことが――」
「あのー」
おれと勇、同時に体がビクンとした。
聞きなれない声、すくなくとも家の中では耳にしたことない声が、ドアのところからきこえる。
勇といったん目を合わせ、そこからシンクロしたように声の主のほうをいっしょに見た。
「……私、お邪魔でした?」
赤いニットにベージュのスカートの女の子。
星乃さんが片手で口をおさえて、おれたちを見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
降る雪は沈む蒼の心を優しく包む〜冴えない根暗な陰キャぼっちの成り上がりリア充化プロジェクト〜
朔月カイト
恋愛
三年前に起きたある事件により心に大きな傷を負って、家族と近しい者以外には心を閉ざしてしまい、周りから遠ざけられるようになってしまった緋本蒼介。
高校二年生になってもそれは変わらず、ひっそりと陰に潜む様にして生活していた蒼介だが、ネット上で知り合ったある人物とオフ会をする事になり、その出会いが、彼の暗い高校生活を一変させる転機となる。
果たして彼は、見事に成り上がって立派なリア充になる事が出来るのか──。
冴えない根暗な陰キャぼっちのサクセスストーリー。
我慢しないことにした結果
宝月 蓮
恋愛
メアリー、ワイアット、クレアは幼馴染。いつも三人で過ごすことが多い。しかしクレアがわがままを言うせいで、いつもメアリーは我慢を強いられていた。更に、メアリーはワイアットに好意を寄せていたが色々なことが重なりワイアットはわがままなクレアと婚約することになってしまう。失意の中、欲望に忠実なクレアの更なるわがままで追い詰められていくメアリー。そんなメアリーを救ったのは、兄達の友人であるアレクサンダー。アレクサンダーはメアリーに、もう我慢しなくて良い、思いの全てを吐き出してごらんと優しく包み込んでくれた。メアリーはそんなアレクサンダーに惹かれていく。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる