15 / 20
たとえばおれがよわくなっても
しおりを挟む
体がシンクロした感覚があった。
同じタイミングで目をさましたような気がしたのだ。
偶然にも、世良にも美玖にも朝寝坊の経験がなくて、彼らは起きようと思う時間にパチッと目が覚め、なおかつ二度寝ができないという体質だった。
(んー……、いいにおい。これ……私の好きなシャンプーのにおいだよぉ……)
くすぐったい。顔にかかる長い髪を、そっと手ではらう。
美玖はそのまま寝返りをうって、窓のほうを見た。
うすいピンクのカーテンごしに届く、朝のやさしい光。
(ふふっ。女の子みたいな色してる。こんなの、あいつの部屋には似合わな―――――!!!!!)
がばっ、とベッドから飛び起きた。
一方、
(なんだこのにおい)
しゃかしゃかと頭をかいて、自分の手を鼻にあてる。
(姉貴のだ。たしかバカ高ぇ値段のヤツ。っかしいな……)
のそっ、とベッドの上で上半身を起こす。
濃いブルーのカーテンのスキマから、キラキラした早朝の陽光。
世良はあくびをした。
「ふわぁぁぁ~~~~あ、と。ん?」
ベッドサイドに足をおろしたとき、かすかな違和感があった。
パジャマのズボンの両足のつなぎめあたりに、つっぱる感じが。
「おい、これって……」
世良の目がかがやいた。好奇心いっぱいの瞳。小学校高学年あたりで失ってしまった、あのなつかしいドキドキ。
「勃ってるっ! おれ、勃ってるぞ!!! おっしゃー!!」
急いでスタンドミラーの前に立つ。
両手を腰にあてて、少し股間を前につきだしてみる。
ちょっと手でさわってみる。かたい。カッチカチだ。最高。男らしいぜ。
が、世良はため息をついた。
くちびるを斜めにあげる。
「はは……っていう、夢なんだろ? わかってんだよ。ぬか喜びの夢は、何回もみてるから……」
カタカタカタとテーブルの上のスマホがバイブした。
相手は、新名美玖。
「え、永次!? 起きてるっ!!?」
その電話で、世良はこれが正真正銘の現実であることを確認できた。
あわただしい確認のあとで通話を終え、二人は朝のルーティンをすまして――
「よう」
「……おはよ」
タワーマンションを出たところで挨拶を交わした。
「これ……元どおりになったの?」
「知らねーよ」
「知らねーじゃなくて。自分の体のことじゃない。ちょっとは真剣に考えてよ」
「考えたってわからねー。おれぁバカだからな。おまえにまかせるわ」
さらっと「おまえ」とか言うし……と、美玖はゆるふわの髪を耳にかき上げた。
さわやかな秋の風が太ももの間を吹き抜けてゆく。この制服のスカートの着心地も、美玖にはなつかしい。
細い指をあごにあてる。
世良にまかされずとも、もともと美玖は〈考える〉タイプの女子だった。成績は優秀で、一時期は推理小説にハマっていたことだってあるのだ。
(えーと、昨日のお昼ごろにも、私たち元にもどってたよね……あのときは、すぐ元に――つまり私が永次の体に――もどった。そこに〈きっかけ〉があったとは思えない。自動的にそうなった感じだった)
バス停までの並木道を歩きながら、さらに考える。
(じゃ、〈きっかけ〉って何? はじまりは……)
私が幼なじみの悠馬に告白した日。
待ち合わせの〈ハートマークができる橋の下〉に行こうとして、反対側から橋をわたってて……
あれ?
思い出せない。
モヤがかかったように、学校からそこに移動するまでの記憶がボヤけてる。
気がつけば、私は〈世良永次〉の姿で、自分の体がそうなっていることにも気づかずに悠馬に告白を――――
(そうだ)
たちまち、その二文字で美玖の頭はいっぱいになった。
(体が元にもどったってことは、今日にだって思いを伝えられるじゃないっ!)
ささっ、と急に前髪を気にしはじめる美玖。あからさまに、足取りも軽くなっている。
その様子を少しうしろからみていた世良は、すぐにピンときた。
(ちっ。さっそく悠馬のヤローのことを考えてやがんな)
二人で歩く、バス停までのイチョウの並木道。
黄色い葉っぱが世良の視界を横切って落ちた。
世良は自分の手をみつめた。
(うまく言えねーが、もう元にはもどらねー気がするぜ……)
何度もグー、パー、とする。
昨日までの、肌理のこまかい白魚のような手ではない。ごつごつしているし、指毛も生えている。
(いやいやいやいや! こっちが〈元〉だろっ! おれはもともとこうだったし、この漢の体こそがおれなんだ!)
ぶんぶんと頭をふる。
遠心力で、前髪にいれた一筋の金メッシュがゆれる。
世良は立ち止まった。
(これでまた、ケンカもできらぁ。はは……。おヒナのヤツには怒られるだろうがな)
停留所につくと、ちょうどバスがやってきた。
そしてバスに乗っている間に、世良は決心した。
新名美玖とは、これっきりだ。
おれは不良だしケンカもする。停学もくらうだろうし退学にもなるかもしれねぇ。外には敵も多い。まわりに危険がおよぶ可能性がある。
おれなんかと関係があるのは、あいつにとっていいわけがない。
いいわけがないんだ。
げんに美玖は、おれのせいで不良たちにつけ狙われてる。
そこをきっっっちりと清算してから、ぜんぶ終わりにしよう。清算っつーのは、一人残らずぶっとばすってことだ。
(でも、ま……、なかなか楽しい女だったな)
にっ、と世良は口元に笑みを浮かべる。
美玖につづいてバスからおりるとすぐ、
「おっはよ~~ぅございまぁ~~~~す!」
「え、えーっ⁉」
長身でガタイのいい、アフロの男がこっちに突進してくる。
両手を思いっきり広げ、目を線のように細くした笑顔で。
美玖が美玖なら、この突進をいなすのはたやすいだろう。しかし今、美玖は美玖。ただのか弱い女子だ。
このままだと、抱きつかれるのはほぼ確。
「美玖さんオブ美っ玖さあぁぁぁ~~~~ん!!!!」
「……おう」
すっと両者の間に入り、両手をズボンのポケットにいれた姿勢でニラミをきかせる。
「むっ」ききき、と急ブレーキ。「世良か。人の恋路を邪魔しやがるとは、どういうつも……」じろじろと顔をながめる。「なんかおまえ、雰囲気が……」
「なんだよ」
いやべつに、と倉敷はお茶をにごす。
正直に言えば、
(顔つきに迫力がねー。つーか、強いヤツのオーラを感じねー。ここ最近、ギラついてエモノをあさるような目つきじゃなくなった気はしてたが、それとはまたベツなような……)
はっ、と倉敷は気がついた。
そういえばこいつは――世良は美玖さんの義理のお兄さま――だったはず。
「ちっ、だまってんじゃねーよ」世良は倉敷の肩を押した。「よぉ、もう二度とこいつにつきまとうな。いいな?」
「お兄さま! そんな!」
あん? と首をかしげた世良の袖を美玖がひいた。小声でささやく。
「……前に私たちのこと、義理のきょうだいって説明してたでしょ」
「あー、そういやそうだったな」
「ねぇ、そもそも、〈私〉ってなんでこの人にこんな好かれてるわけ? アンタ、ヘンなことしたんじゃないでしょうね?」
カッ、とみじかい映像がフラッシュバックした。
あの橋の下の不良のたまり場で、美玖の体で倉敷をノックアウトした光景が。
「してねーよ」数年前を思い出すようなまなざしで、世良は遠くを見つめた。「何もな」
「ところでっ!」にゅっ、と世良と美玖の間に真っ黒なキノコが割り込んだ。「不肖クラシキ、ただあなたをお待ちしていたわけではありません」
「ちっ、うっぜーな、この髪型」アフロをつかんで、横によける。
「美玖さん! はっきり言いましょう。あなたの身にキ――――――」
ごっほん、と世良は特大の咳ばらいをした。
あまりにその音が大きくて、周囲の登校中の生徒が何事かとこっちを見てくる。
「美玖」
「ん? 何?」
「ちょっとこいつと男同士の話がある。先に行ってくれ」
美玖の表情がかがやいた。
彼女は、親友のモカとまたおしゃべりできることや、悠馬にふたたびこの姿で会えることなどで、かなり浮かれていた。多少、彼が何を言いかけたのかは気になったが、それよりも一刻もはやく教室へ行きたかった。
「うん!」
ニコニコの笑顔で世良に元気よく手をふる。
世良のとなりで、ぽわ~ん、という表情の倉敷。だいぶ距離が遠くなったところで、「やっぱ美玖さんはいいな~!」とこぶしをにぎりしめる。
世良は、少しさびしかった。
胸にぽっかり穴があいたような。
スマホに連絡先はあるが、おれからはもうあいつに連絡することはない。学年もちがう。住むところが同じだからといって、彼女と顔を合わせる機会はぐっとすくなくなるだろう。
そんな彼の気持ちを、美玖は知らない。
世良との関係は、ずっと続くと思っているのだ。
「なるほどな。なるほどなるほど」
「一人で納得するんじゃねー。気っ持ちわりぃ」
「美玖さんに危険を知らせずに、あくまで日常を守ってやろうってわけか」ぱちっと倉敷はウィンクして、世良はくしゃっと眉間にシワを寄せた。「だがな世良。ま・じ・であぶねーぞ。知ってるか?」
ウワサぐらいはな……と世良はつぶやく。
繁華街にたむろする、不良少年のチーム。
彼らは〈リンクズ〉と呼ばれていた。最初は英語のLinkの複数形でLinksだったのだが、いつしか〈ス〉の音がにごってそう呼ばれるようになったという。おそらく〈屑〉とかけたのだろう。
正体は、いろいろな高校のヤンキーの集まり。在校生のみならず卒業生も複数いる。
これだけなら、ただの暴走族や半グレのたぐいなのだが、
「あいつらには〈頭〉がねぇ。世良よ。いちばん厄介なのはそこだ」
そう。
〈リンクズ〉のトップの人間は、正体不明なのだ。
「おい倉敷。さっさと教えろや。いつ、どこで美玖は狙われるんだ?」
「今日」
倉敷は手のひらを世良に向ける。
「それしかわからん。ほれ、美玖さんの弟が殴られるってことがあったろ? その件で犯人を追いかけてて、たまたまつかめた情報なんだ。だがシンピョーセーはあってな。ほぼほぼ実行されるってよ」
「それだけわかりゃじゅうぶん」
「まてって世良」
「ついてくんじゃねー」
「さすがのおまえでも、今回は人手がいんだろ? 最強のトニー・バレント様の出番だ」しゅっしゅっ、と軽快にシャドーボクシングをしてみせる。「な?」
「倉敷」横を通り抜けて、世良はいう。「おまえの手はかりねーよ。あいつはおれが守る」
(さぁて)
教室でイスにすわって、世良は腕を組んだ。
(こうなりゃ、放課後はあいつにベタづきするしかねーな。三……いや五人までなら、おれ一人でなんとかなる)
目をつぶって迎撃のシミュレーションをしていると、背中に感触。
ゆっくり、〈の〉の字を書かれている。
ふりかえる。
「グッドモーニング。世良氏」
世良の席のうしろに陣取るこの女子は宇堂璃々亜。
目の下まで垂らした髪で視線をシャットアウトする、ダーク系のメカクレの女の子だ。
「宇堂……あのな」
「ほうほう」
「おれと絶交してくれ」
フリーズした。
その声が耳に入ったそばの生徒たちも止まった。
教室に緊張感が走った。
「そういうことで、たのむ」
世良は前に向きなおった。で、頬杖をつく。わかってる。こんな冷たいセリフは、おれだって口にしたくねえ。こいつには、おれの体に入ってた美玖が世話になった恩もある。ちょぃと苦手なタイプだが、きゃぴきゃぴしたオンナよりはこういうほうが好感がもてるし、けっして嫌いとかじゃない。だがな、やっぱり、おれみたいなヤツとツルむのはリスクがありすぎ――――――
「こ・と・わ・る」
「あぁ?」
ふりかえった世良と、ピンクの髪の女の子の目が合った。
ラノベの表紙だ。
「これ、そなたに貸そうと思ってもってきた。読むがいい。ヒロインに悶絶必至」
「え……? いや、宇堂。おれは」
「言葉は不要じゃ」宇堂は目元の髪をかきあげた。うっ、と世良は息をのむ。その目のきれいさにではなく、その目の真剣さに。「世良氏……やはりおぬしは〈青鬼〉だったな」
「なんの話だよ」
「いやいや、こっちの」
ちっ、と舌打ちする。
そして、奪いとるように宇堂から本をとりあげた。
「つまらなかったら、タダじゃおかねーぞ……」
「むふ。〈本好き〉という世にもめずらしい番長の爆誕である」
ん?
と、世良に何かひっかかった。
(番長…………! それだっ!!!)
「宇堂! 礼を言うぜ! 絶交は取り消しだ。つまんねーこと言ってわるかったな!」
教室をでた。
もう授業どころではない。
ひらめいたのだ。
(ナンさんだ。この学校の元番長。あの人ならきっと〈リンクズ〉のことも知ってる)
――その30分後。
「あ……」
世良は、地べたに横たわっていた。
まぶたが半分ほど落ちて、いまにも意識が飛びそうなほどに弱々しい。
「く、くそったれ…………!」
「ずいぶんケンカが弱くなったもんだな、世良」ソフトリーゼントを、細いクシでととのえる。「まるで別人のようだぞ」
「まて……まだ、負けて、ねー……」
「おまえの推測どおりさ。たしかにおれは〈リンクズ〉のメンバーだ」
ずどっ、と鋭いキックが世良の脇腹に入る。
「おまえの女――新名美玖とかいったな――は、今日の学校帰りにラチられる。そのあとは、おまえの想像の斜め上をいくメにあわされるはずだ。くくっ……くく……」
だんだん笑い声が遠ざかってゆく。
そこで世良は、気を失った。
「あ~、しんど~、カロリー使うわぁ~~~」
ツインテールの女子が美玖の顔をのぞきこむ。「よくいうよ、みくぴ。まるで人が変わったみたいにおしゃべりになっちゃって、朝からめっちゃマシンガントークするし」
「だって、久しぶりにモカと……」
「久しぶり? 毎日会ってるじゃん」
学校の近く。
ならんで歩いている二人の女子。片方は美玖。片方は親友のモカ。
その背後から、すーっと低速で近づく黒いワンボックスカー。
「おかしなみくぴ」モカはくすっと笑った。「ところでさ、ほんとに私でよかったの? 昼休みに悠馬クンが『いっしょに帰ろう』って誘ってきてたじゃない」
「あ。それは、その」
美玖にも意外な出来事だった。
とつぜん下校デートに誘われたことも、そして、自分の反応も。
オッケーしようと決める寸前で、自分の中の自分が「だめ!」ってストップをかけたのだ。
「ま……まあ、悠馬にはいつでも会えるからね」
「ふーん」
「あのさ、モカ。ちょっと……言いにくいんだけど」
「ん?」
「忘れ物したみたい。とってきても、いいかな?」
ピコーン、と電球がモカの頭上で光った。
なんだなんだ、や~っぱりみくぴってば悠馬クンと帰りたいんじゃないの。
それでいいのよみくぴっ。自分に正直に生きないと。
「いってこい。このうっかりさんめ」
「ごめんね」
モカに背中を見送られて、美玖は学校のほうへもどっていく。
その心に浮かんでいるのは――
(まだあいつ、学校にいるかな)
一人の男の姿だった。つい昨日まで〈自分〉だった、あの男。
私……悠馬よりも、もしかしたら……
「みくぴ!!!」
一瞬だった。
徐行する車から男たちがでてきて、両サイドから美玖を拘束して車内にほうりこむ。
「いやーーーっ!!!! 誰かーーーーーーーーっ!!!!!」
静かな住宅街に、モカの悲鳴がひびいた。
同じタイミングで目をさましたような気がしたのだ。
偶然にも、世良にも美玖にも朝寝坊の経験がなくて、彼らは起きようと思う時間にパチッと目が覚め、なおかつ二度寝ができないという体質だった。
(んー……、いいにおい。これ……私の好きなシャンプーのにおいだよぉ……)
くすぐったい。顔にかかる長い髪を、そっと手ではらう。
美玖はそのまま寝返りをうって、窓のほうを見た。
うすいピンクのカーテンごしに届く、朝のやさしい光。
(ふふっ。女の子みたいな色してる。こんなの、あいつの部屋には似合わな―――――!!!!!)
がばっ、とベッドから飛び起きた。
一方、
(なんだこのにおい)
しゃかしゃかと頭をかいて、自分の手を鼻にあてる。
(姉貴のだ。たしかバカ高ぇ値段のヤツ。っかしいな……)
のそっ、とベッドの上で上半身を起こす。
濃いブルーのカーテンのスキマから、キラキラした早朝の陽光。
世良はあくびをした。
「ふわぁぁぁ~~~~あ、と。ん?」
ベッドサイドに足をおろしたとき、かすかな違和感があった。
パジャマのズボンの両足のつなぎめあたりに、つっぱる感じが。
「おい、これって……」
世良の目がかがやいた。好奇心いっぱいの瞳。小学校高学年あたりで失ってしまった、あのなつかしいドキドキ。
「勃ってるっ! おれ、勃ってるぞ!!! おっしゃー!!」
急いでスタンドミラーの前に立つ。
両手を腰にあてて、少し股間を前につきだしてみる。
ちょっと手でさわってみる。かたい。カッチカチだ。最高。男らしいぜ。
が、世良はため息をついた。
くちびるを斜めにあげる。
「はは……っていう、夢なんだろ? わかってんだよ。ぬか喜びの夢は、何回もみてるから……」
カタカタカタとテーブルの上のスマホがバイブした。
相手は、新名美玖。
「え、永次!? 起きてるっ!!?」
その電話で、世良はこれが正真正銘の現実であることを確認できた。
あわただしい確認のあとで通話を終え、二人は朝のルーティンをすまして――
「よう」
「……おはよ」
タワーマンションを出たところで挨拶を交わした。
「これ……元どおりになったの?」
「知らねーよ」
「知らねーじゃなくて。自分の体のことじゃない。ちょっとは真剣に考えてよ」
「考えたってわからねー。おれぁバカだからな。おまえにまかせるわ」
さらっと「おまえ」とか言うし……と、美玖はゆるふわの髪を耳にかき上げた。
さわやかな秋の風が太ももの間を吹き抜けてゆく。この制服のスカートの着心地も、美玖にはなつかしい。
細い指をあごにあてる。
世良にまかされずとも、もともと美玖は〈考える〉タイプの女子だった。成績は優秀で、一時期は推理小説にハマっていたことだってあるのだ。
(えーと、昨日のお昼ごろにも、私たち元にもどってたよね……あのときは、すぐ元に――つまり私が永次の体に――もどった。そこに〈きっかけ〉があったとは思えない。自動的にそうなった感じだった)
バス停までの並木道を歩きながら、さらに考える。
(じゃ、〈きっかけ〉って何? はじまりは……)
私が幼なじみの悠馬に告白した日。
待ち合わせの〈ハートマークができる橋の下〉に行こうとして、反対側から橋をわたってて……
あれ?
思い出せない。
モヤがかかったように、学校からそこに移動するまでの記憶がボヤけてる。
気がつけば、私は〈世良永次〉の姿で、自分の体がそうなっていることにも気づかずに悠馬に告白を――――
(そうだ)
たちまち、その二文字で美玖の頭はいっぱいになった。
(体が元にもどったってことは、今日にだって思いを伝えられるじゃないっ!)
ささっ、と急に前髪を気にしはじめる美玖。あからさまに、足取りも軽くなっている。
その様子を少しうしろからみていた世良は、すぐにピンときた。
(ちっ。さっそく悠馬のヤローのことを考えてやがんな)
二人で歩く、バス停までのイチョウの並木道。
黄色い葉っぱが世良の視界を横切って落ちた。
世良は自分の手をみつめた。
(うまく言えねーが、もう元にはもどらねー気がするぜ……)
何度もグー、パー、とする。
昨日までの、肌理のこまかい白魚のような手ではない。ごつごつしているし、指毛も生えている。
(いやいやいやいや! こっちが〈元〉だろっ! おれはもともとこうだったし、この漢の体こそがおれなんだ!)
ぶんぶんと頭をふる。
遠心力で、前髪にいれた一筋の金メッシュがゆれる。
世良は立ち止まった。
(これでまた、ケンカもできらぁ。はは……。おヒナのヤツには怒られるだろうがな)
停留所につくと、ちょうどバスがやってきた。
そしてバスに乗っている間に、世良は決心した。
新名美玖とは、これっきりだ。
おれは不良だしケンカもする。停学もくらうだろうし退学にもなるかもしれねぇ。外には敵も多い。まわりに危険がおよぶ可能性がある。
おれなんかと関係があるのは、あいつにとっていいわけがない。
いいわけがないんだ。
げんに美玖は、おれのせいで不良たちにつけ狙われてる。
そこをきっっっちりと清算してから、ぜんぶ終わりにしよう。清算っつーのは、一人残らずぶっとばすってことだ。
(でも、ま……、なかなか楽しい女だったな)
にっ、と世良は口元に笑みを浮かべる。
美玖につづいてバスからおりるとすぐ、
「おっはよ~~ぅございまぁ~~~~す!」
「え、えーっ⁉」
長身でガタイのいい、アフロの男がこっちに突進してくる。
両手を思いっきり広げ、目を線のように細くした笑顔で。
美玖が美玖なら、この突進をいなすのはたやすいだろう。しかし今、美玖は美玖。ただのか弱い女子だ。
このままだと、抱きつかれるのはほぼ確。
「美玖さんオブ美っ玖さあぁぁぁ~~~~ん!!!!」
「……おう」
すっと両者の間に入り、両手をズボンのポケットにいれた姿勢でニラミをきかせる。
「むっ」ききき、と急ブレーキ。「世良か。人の恋路を邪魔しやがるとは、どういうつも……」じろじろと顔をながめる。「なんかおまえ、雰囲気が……」
「なんだよ」
いやべつに、と倉敷はお茶をにごす。
正直に言えば、
(顔つきに迫力がねー。つーか、強いヤツのオーラを感じねー。ここ最近、ギラついてエモノをあさるような目つきじゃなくなった気はしてたが、それとはまたベツなような……)
はっ、と倉敷は気がついた。
そういえばこいつは――世良は美玖さんの義理のお兄さま――だったはず。
「ちっ、だまってんじゃねーよ」世良は倉敷の肩を押した。「よぉ、もう二度とこいつにつきまとうな。いいな?」
「お兄さま! そんな!」
あん? と首をかしげた世良の袖を美玖がひいた。小声でささやく。
「……前に私たちのこと、義理のきょうだいって説明してたでしょ」
「あー、そういやそうだったな」
「ねぇ、そもそも、〈私〉ってなんでこの人にこんな好かれてるわけ? アンタ、ヘンなことしたんじゃないでしょうね?」
カッ、とみじかい映像がフラッシュバックした。
あの橋の下の不良のたまり場で、美玖の体で倉敷をノックアウトした光景が。
「してねーよ」数年前を思い出すようなまなざしで、世良は遠くを見つめた。「何もな」
「ところでっ!」にゅっ、と世良と美玖の間に真っ黒なキノコが割り込んだ。「不肖クラシキ、ただあなたをお待ちしていたわけではありません」
「ちっ、うっぜーな、この髪型」アフロをつかんで、横によける。
「美玖さん! はっきり言いましょう。あなたの身にキ――――――」
ごっほん、と世良は特大の咳ばらいをした。
あまりにその音が大きくて、周囲の登校中の生徒が何事かとこっちを見てくる。
「美玖」
「ん? 何?」
「ちょっとこいつと男同士の話がある。先に行ってくれ」
美玖の表情がかがやいた。
彼女は、親友のモカとまたおしゃべりできることや、悠馬にふたたびこの姿で会えることなどで、かなり浮かれていた。多少、彼が何を言いかけたのかは気になったが、それよりも一刻もはやく教室へ行きたかった。
「うん!」
ニコニコの笑顔で世良に元気よく手をふる。
世良のとなりで、ぽわ~ん、という表情の倉敷。だいぶ距離が遠くなったところで、「やっぱ美玖さんはいいな~!」とこぶしをにぎりしめる。
世良は、少しさびしかった。
胸にぽっかり穴があいたような。
スマホに連絡先はあるが、おれからはもうあいつに連絡することはない。学年もちがう。住むところが同じだからといって、彼女と顔を合わせる機会はぐっとすくなくなるだろう。
そんな彼の気持ちを、美玖は知らない。
世良との関係は、ずっと続くと思っているのだ。
「なるほどな。なるほどなるほど」
「一人で納得するんじゃねー。気っ持ちわりぃ」
「美玖さんに危険を知らせずに、あくまで日常を守ってやろうってわけか」ぱちっと倉敷はウィンクして、世良はくしゃっと眉間にシワを寄せた。「だがな世良。ま・じ・であぶねーぞ。知ってるか?」
ウワサぐらいはな……と世良はつぶやく。
繁華街にたむろする、不良少年のチーム。
彼らは〈リンクズ〉と呼ばれていた。最初は英語のLinkの複数形でLinksだったのだが、いつしか〈ス〉の音がにごってそう呼ばれるようになったという。おそらく〈屑〉とかけたのだろう。
正体は、いろいろな高校のヤンキーの集まり。在校生のみならず卒業生も複数いる。
これだけなら、ただの暴走族や半グレのたぐいなのだが、
「あいつらには〈頭〉がねぇ。世良よ。いちばん厄介なのはそこだ」
そう。
〈リンクズ〉のトップの人間は、正体不明なのだ。
「おい倉敷。さっさと教えろや。いつ、どこで美玖は狙われるんだ?」
「今日」
倉敷は手のひらを世良に向ける。
「それしかわからん。ほれ、美玖さんの弟が殴られるってことがあったろ? その件で犯人を追いかけてて、たまたまつかめた情報なんだ。だがシンピョーセーはあってな。ほぼほぼ実行されるってよ」
「それだけわかりゃじゅうぶん」
「まてって世良」
「ついてくんじゃねー」
「さすがのおまえでも、今回は人手がいんだろ? 最強のトニー・バレント様の出番だ」しゅっしゅっ、と軽快にシャドーボクシングをしてみせる。「な?」
「倉敷」横を通り抜けて、世良はいう。「おまえの手はかりねーよ。あいつはおれが守る」
(さぁて)
教室でイスにすわって、世良は腕を組んだ。
(こうなりゃ、放課後はあいつにベタづきするしかねーな。三……いや五人までなら、おれ一人でなんとかなる)
目をつぶって迎撃のシミュレーションをしていると、背中に感触。
ゆっくり、〈の〉の字を書かれている。
ふりかえる。
「グッドモーニング。世良氏」
世良の席のうしろに陣取るこの女子は宇堂璃々亜。
目の下まで垂らした髪で視線をシャットアウトする、ダーク系のメカクレの女の子だ。
「宇堂……あのな」
「ほうほう」
「おれと絶交してくれ」
フリーズした。
その声が耳に入ったそばの生徒たちも止まった。
教室に緊張感が走った。
「そういうことで、たのむ」
世良は前に向きなおった。で、頬杖をつく。わかってる。こんな冷たいセリフは、おれだって口にしたくねえ。こいつには、おれの体に入ってた美玖が世話になった恩もある。ちょぃと苦手なタイプだが、きゃぴきゃぴしたオンナよりはこういうほうが好感がもてるし、けっして嫌いとかじゃない。だがな、やっぱり、おれみたいなヤツとツルむのはリスクがありすぎ――――――
「こ・と・わ・る」
「あぁ?」
ふりかえった世良と、ピンクの髪の女の子の目が合った。
ラノベの表紙だ。
「これ、そなたに貸そうと思ってもってきた。読むがいい。ヒロインに悶絶必至」
「え……? いや、宇堂。おれは」
「言葉は不要じゃ」宇堂は目元の髪をかきあげた。うっ、と世良は息をのむ。その目のきれいさにではなく、その目の真剣さに。「世良氏……やはりおぬしは〈青鬼〉だったな」
「なんの話だよ」
「いやいや、こっちの」
ちっ、と舌打ちする。
そして、奪いとるように宇堂から本をとりあげた。
「つまらなかったら、タダじゃおかねーぞ……」
「むふ。〈本好き〉という世にもめずらしい番長の爆誕である」
ん?
と、世良に何かひっかかった。
(番長…………! それだっ!!!)
「宇堂! 礼を言うぜ! 絶交は取り消しだ。つまんねーこと言ってわるかったな!」
教室をでた。
もう授業どころではない。
ひらめいたのだ。
(ナンさんだ。この学校の元番長。あの人ならきっと〈リンクズ〉のことも知ってる)
――その30分後。
「あ……」
世良は、地べたに横たわっていた。
まぶたが半分ほど落ちて、いまにも意識が飛びそうなほどに弱々しい。
「く、くそったれ…………!」
「ずいぶんケンカが弱くなったもんだな、世良」ソフトリーゼントを、細いクシでととのえる。「まるで別人のようだぞ」
「まて……まだ、負けて、ねー……」
「おまえの推測どおりさ。たしかにおれは〈リンクズ〉のメンバーだ」
ずどっ、と鋭いキックが世良の脇腹に入る。
「おまえの女――新名美玖とかいったな――は、今日の学校帰りにラチられる。そのあとは、おまえの想像の斜め上をいくメにあわされるはずだ。くくっ……くく……」
だんだん笑い声が遠ざかってゆく。
そこで世良は、気を失った。
「あ~、しんど~、カロリー使うわぁ~~~」
ツインテールの女子が美玖の顔をのぞきこむ。「よくいうよ、みくぴ。まるで人が変わったみたいにおしゃべりになっちゃって、朝からめっちゃマシンガントークするし」
「だって、久しぶりにモカと……」
「久しぶり? 毎日会ってるじゃん」
学校の近く。
ならんで歩いている二人の女子。片方は美玖。片方は親友のモカ。
その背後から、すーっと低速で近づく黒いワンボックスカー。
「おかしなみくぴ」モカはくすっと笑った。「ところでさ、ほんとに私でよかったの? 昼休みに悠馬クンが『いっしょに帰ろう』って誘ってきてたじゃない」
「あ。それは、その」
美玖にも意外な出来事だった。
とつぜん下校デートに誘われたことも、そして、自分の反応も。
オッケーしようと決める寸前で、自分の中の自分が「だめ!」ってストップをかけたのだ。
「ま……まあ、悠馬にはいつでも会えるからね」
「ふーん」
「あのさ、モカ。ちょっと……言いにくいんだけど」
「ん?」
「忘れ物したみたい。とってきても、いいかな?」
ピコーン、と電球がモカの頭上で光った。
なんだなんだ、や~っぱりみくぴってば悠馬クンと帰りたいんじゃないの。
それでいいのよみくぴっ。自分に正直に生きないと。
「いってこい。このうっかりさんめ」
「ごめんね」
モカに背中を見送られて、美玖は学校のほうへもどっていく。
その心に浮かんでいるのは――
(まだあいつ、学校にいるかな)
一人の男の姿だった。つい昨日まで〈自分〉だった、あの男。
私……悠馬よりも、もしかしたら……
「みくぴ!!!」
一瞬だった。
徐行する車から男たちがでてきて、両サイドから美玖を拘束して車内にほうりこむ。
「いやーーーっ!!!! 誰かーーーーーーーーっ!!!!!」
静かな住宅街に、モカの悲鳴がひびいた。
0
あなたにおすすめの小説
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎第3部より毎週月・木・土曜日の朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる