たたない不良⇄たたせる乙女

嵯峨野広秋

文字の大きさ
17 / 20

たたないおれをたたせたおまえ

しおりを挟む
 ケンカは、一対一。
 たとえ相手が大勢いても自分は一人だけで戦う。
 そんな信念をもつ世良は、彼のことがうっとうしかった。

「……助太刀すけだちいらねぇって」
「……」
「きこえねーのかっ!」

 高校初日。
 おろしたての制服に身をつつんだ世良は、さっそく学校の不良たちを相手にケンカをはじめた。
 校舎の裏で七対一。
 ふつうなら、まず勝てる見込みはないだろう。一方的なリンチになるだけだ。事実、世良は苦戦していた。そこにフラっと、どこからともなく赤い髪をした彼があらわれたのだ。

「……」
「はぁ……はぁ、やっぱ、高校は……中学とはちがうな」地面に大の字に寝ころぶ世良。すでに不良たちはノックアウトされていて、起き上がれた者からすごすごと退散していっている。「おれが五人でおまえが二人か。……礼はいわねーからな。べつに一人だって、勝てたんだ」
「……」

 世良のすぐそばで体育座りをしている真木は、コクッと無言でうなずいた。
 そこでようやく、世良も異変に気がつく。

「しゃべれねーのか?」
「……」
「名前は?」

 そっとブレザーのポケットから取りだした名札に書かれていた文字は〈真木まき〉。
 それが二人の出会いだった。
 そのとき風にふかれてゆれていた髪の色と同じく、今、くらやみの中に浮かんでいる光も赤い。

(事故だと……?)

 山沿いの道の一部が真っ赤に染まっている。
 目的地の廃墟ホテルはひとつ向こうの山の中腹ちゅうふくあたりにあって、あの道は避けて通れない。先行したマキとクラシキもあそこを通っているはずだ、と世良が考えたとき、イヤな予感がした。

(くそ! やっぱりかっ!)

 おりた自転車を横にほうり投げて、世良は猛ダッシュで駆けつける。

「――ちょっときみっ!!」
「うるせぇーーー!」つかみかかってきた救急隊員の手をはらいのけた。「マキ!! マキ!! しっかりしろ!!!!」

 ちょうど、ストレッチャーにのせられた彼が救急車に運びこまれようとしていたところだった。
 近くには消火剤で真っ白になった横転したバイクと、アスファルトに残る蛇行したタイヤこん。警察官もいて、車の誘導や、事故現場の写真をとったり落ちているものをあらためたりしている。

美玖みくも心配だが、マキを捨てていくわけにはいかねぇ!」きっ、とするどいまなざしを救急隊員に向けた。「こいつはおれの大事な……たった一人のダチなんだ! だから、おれも病院までいっしょに――――」
「  ……」

 すっ、と右手が少しあがった。

「マキ!」
「  …… ……」

 その手がゆっくりと右、左へとうごく。

「おまえ……まさか『いい』っていってるのか?」
「……」あお向けのまま、目だけで世良をみた。ひたいから目の横にかけて赤い血の筋がひいている。「……」
「そうか……。けどなマキ、美玖のほうにはクラシキのバカがいってる。あいつはおれに勝ったことこそないが、そのへんの不良におくれをとるようなタマじゃねぇ。美玖にもホレてるみたいだし、火事場のバカぢからでなんとかやってくれるさ」

 ぐっ、と世良は真木の手を強くにぎった。
 その途端とたん
 予想もしなかったほどのすばやさで、にぎった手がふりはらわれた。


「マキ……?」
「   く、ら、し、き」


 くちびるがうごいた。弱々しいながら、しっかり声も出ている。

「おまえ口が……!」
「や、つ、 は」
「なんだと? 倉敷が、いったいどうしたっていうんだ?」
「て、き。 ………………」空中をさがすように手がさまよって、世良の二の腕をつかんだ。「永次……」
「そうだったのか……あの野郎――」
「……」

 真木はゆっくりと目をつむった。
 世良も、なにかを決意するように目をつむり、ふかい呼吸のあとで、またあけた。

「なぁっ!」

 そばで二人のやりとりを見守っていた救急隊員の肩がビクッとあがる。

「こいつの具合は、どうなんだ? 教えてくれ!」
「え? えーと……頭に傷があるから検査が必要だけど、体のほうは奇跡的に大けがはないみたいだね」
「助かるよな? な!」
「最善はつくすけど……」

 たのむ、と手をとって両手でつかむ世良。
 たのむ、ともう一度、かすれるような声でいう。
 ばたん、と救急車のドアがしまった。

(マキ……かならずカタキはとる)

 自転車を起こし、停まっているパトカーのわきを抜けてふたたび立ちこぎで前進する。
 事故の影響で道路は通行止めになっていて、まっくらな山道に世良の自転車のライトだけがホタルのように光っていた。

(倉敷にハメられたんだな……マキはああ見えて、いつだって安全運転だった。こんなときに事故なんか起こすはずがねぇ)

 世良はもう一度心の中でくり返す。


「かならずカタキは――とりますよ、美玖さん‼‼」


 じゃり、と小石をふみしめた音をならして、せまく暗い廃墟ホテルの一室に大男が入ってきた。

「倉敷さん!」
「おおっ、なんと不肖ふしょうクラシキのことを〈さん〉づけで呼んでもらえるなんて。とっっっても光栄ですよ、うるわしの美玖さん」
「あの……た、助けて下さい!」
「もちろんもちろん。おれはあなたに永遠の忠誠を誓う、ナイトですからねっ!」

 アフロヘアーの男が、もっとも有名なカンフースターのようなファイティングポーズでかまえる。

「さあ、かかってきやがれ!」
「倉敷か」ズボンのポケットに片手をつっこんだまま、ソフトリーゼントの南雲なぐもがいう。「このへんじゃ有名なヤツだ。ただし世良に連戦連敗の、残念なヤンキーとしてだがな」

 ポケットから手をだし、ぎゅっとこぶしをつくる。
 二人の視線が、そのこぶしを間にはさんで交差した。

「……あ?」

 南雲は片目をほそめた。
 突然、目の前に〈まった!〉のような手のひらが出たからだ。

「――いや、やっぱり、美玖さんの前で暴力をふるうのはシノビねぇ。ここじゃあ、せますぎるしな」
「おいおい。まさかビビってんじゃないだろうな?」
「となりの部屋に移動しろや南雲。そこでやってやるぜ!」

 見知った人間が来てくれて、すこし安心した美玖だったが――

(いま『ナグモ』って呼んでた……? 倉敷さんのほうも、あの人のことを知ってたのかな?)

 と、ちょっとしたことが気になっていた。
 ううん、たまたま他校のケンカが強いヒトってことで耳に入ってただけだよ。
 しかし、ほかにも美玖は違和感をおぼえていた。
 たとえば、部屋の外には三人の男たちがいたはず。なのになぜ、彼らと言い争うような物音もなく、すんなりと倉敷さんは入ってこれたのか。
 ううん……それは、じょうずにかくれて進んで、たまたま気づかれなかったから。
 なら、あの人はどうやってこの場所を知ったの?
 私をさらった車についてきていたのなら、あまり時間差はなく助けにきてくれたはず。ついてこれなかったのなら、場所を知ることさえできなかったはず。
 もしかして――あらかじめ場所を知っていた?
 そんなはずは……。
 大丈夫。

(あの人は味方だって!)

 心の中で美玖は自分を怒鳴りつけた。
 そうでもしないと、このマイナスのイメージは取りのぞけない。
 ひび割れたガラス窓に両手でセルフハグする姿が映っている。
 足がふるえている。制服のスカートからのぞく無防備な体を少しでもかくしたくて折りたたんで座っているのだが、それはふるえを押さえつけるためでもあった。

(――笑い声?)

 廃墟に不似合いな、談笑のような。
 とっさに美玖はうしろ、壁際までさがる。立とうと思っても、もう立てない。世良に電話をかけて以降、美玖はか弱くなっていた。まるで自分から〈度胸〉や〈強さ〉が抜けてしまったかのように。

(永次、永次、はやくきて! お願い!)

 いまの美玖では、とても男を相手に殴りかかってはいけない。あの日、河川敷でからんできたヤンキーを撃退できたときとは体も心もちがう。
 どうすることも……と思っていたとき、手になにかがふれた。
 スマホだ。
 そうだ。チャンス。このスキに警察に電話を――――

「ふー」

 もともとドアがあったと思われる入り口のわくに、ぬっ、と黒い物体。

「やれやれ。美玖さん。話はつきましたよ」
「え? 話って?」
「とりあえず土下座しろ」

 黒いアフロが斜め45度にかたむいて、倉敷が別人べつじんのような冷たい目つきで美玖を見下ろす。
 アゴをさすりながら、

「おまえ、あのときはよくもやってくれやがったなぁ~~~。女だと思ってナメてたら信じられねーフィジカルしやがってよぉ」

 声色も、さっきまでとは変わっていた。
 低くドスがきいている。

「……あのとき?」
「おいおい、おぼえてないとかヌカすなよ。あれだけのことをやったんだ。なぁ!?」
「……っ!」手首をつかまれた。悲鳴をあげれない。美玖は完全に恐怖でかたまっていた。
「ずーっとおまえのことを狙ってたんだぜ。絶対に痛い目にあわせてやろうってな。女に熱をあげる、一途なバカのふりまでしてつきまとって」
「は、はな、してよ……」
「おまえをラチった連中はおれの仲間だ。南雲は実行メンバーじゃなかったが、ま、これもなりゆきってやつだろう。あいつには〈チョコ〉と〈アイス〉おごってやるっつったらすぐに商談成立さ。さばけたら百万ってとこだ……な!!!」

 力まかせに美玖を地面に押し倒した。

 そのとき、

 うっ

 と、うめき声。美玖はたしかに聞いた。
 一回、二回と連続して、やっと倉敷の注意が向いたところで三回目。
 四回目の声は、一際ひときわ大きかった。


「あーーーーーーーーーーーーっ‼‼」


 ごっ、とかたいもの同士がぶつかった音がして、
 振動で地面がわずかにゆれた。
 その三秒後、入り口の横から長身の南雲が顔をだした。
 うす暗くて、顔はよく見えない。

「おい。どうした。なにかあったのか」
「……」
「返事しろや! おれは手前てめーが入ってる〈リンクズ〉のリーダーだろうが!」
「ぶんなぐりからの一本背負い」それは、美玖のよく知っている男のつぶやき。「おまえにも見せてやりたかったぜ倉敷」

 べちゃっ、とソフトリーゼントの頭の先から地面にくずれ落ちると、背後には黒い影が立っていた。
 世良永次だ。
 そして、ここに彼を立たせたのは、まぎれもなく新名あらな美玖である。

「一対一だ」静かな声で世良は言った。「おれの最後のケンカを、おまえに買わせてやる」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎第3部より毎週月・木・土曜日の朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

処理中です...