マスコット・ロールプレイ ―人外珍道中なんて聞いてない―

結城あずる

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霊峰珍道中

第7話 "白麓の主 ミストラ"

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「服とか今はどうでもいいんだがなぁ」
「ダメだから。よくないから。精神衛生上よろしくないから。主に俺のね」


溢れ出そうな何かを抑え沈めさせようとする倫太郎が、真剣な口調で幼女を諭す。


しかし、ラビ太の姿ではその真剣さに厚みも出ない。


幼女は気が乗らないような素振りを見せつつ、倫太郎の元いた世界で言うところのインドのサリーのような純白の服に着替えた。


着替えたと言っても、律儀に着衣したわけではなく指パッチン一つで早変わり。


魔法少女のような夢ある変身ではなく、実にビジネスライクな変身であった。


ここで本題に戻る。


純白の服よりも透き通った白肌。キラキラとなびく銀髪。見た者を捕らえて離さないような蛇目。


白い大樹の下で倫太郎と対面している彼女の名はミストラ。


エルラの霊峰"白麓はくろく"の支配主である。


エルラの霊峰には"白麓""黒凱""紫園"の3つの支配領域が存在しており、それぞれに支配主がその領域を支配・統治している。


『災いを超えた災い』
いつからか、支配主はそう世界で称された。


ウン十万の軍を集結させても、ハイランクの勇者を10人以上集めたとしても勝負にすらならないほどの絶対的怪物。


かつて、領地開拓を掲げて霊峰に足を踏み入れた世界でも指折りの軍事国があったが、支配主のその逆鱗に触れ半日経たずして国はその姿を消した。


それは世界の戒めとなって、それから数百年は霊峰に足を踏み入れる輩など存在していない。


1体の珍妙なピンクのウサギを除いて。


数百年振りの侵入者というのは世界的に見ると大事件であるのだが、その侵入者が人の姿をしていないせいもあってか世界が危惧するような事態になる素振りはこの時点で無かった。


むしろ胡坐をかいてその珍妙なウサギをまじまじと見つめるミストラは、ついさっき倫太郎に働いた所業とは裏腹に実に友好的であった。


「わしはミストラ。ここの支配主である。まぁくつろげ」
「くつろげって……でっかい木がある以外は野原なんだけど」
「ここはこの白麓の結界領域、すなわちわしの家だ。もてなすぞ人外の者よ!」
「じ、人外……」
「意思疎通が出来る人外はそう滅多におらぬが、それがまさか外からの侵入者とはな」
「え!?なんで外から来たって知ってるの?」
「お主のような種族は見た事がないし、元よりここはわしの支配領域だぞ?異分子が入れば即座に分かる」


ドヤ顔を見せつけるミストラ。


侵入者という自分の立場を認識した倫太郎は状況の整理のために質問を返す。


「って事は、俺が許可なくその領域っていうのに足を踏み入れてしまったからあれだけの制裁ボコボコにされるを受けたって事か……?」
「ん?違うが?」


え?じゃあなんでボコボコにされたの?と首を傾げる倫太郎。


その答えはあっさりと告げられた。


「死なない体に興味があったから物の試しじゃ」
「も、物の試し!?え?物の試しであんな冗談にもならない攻撃食らったの!?」
「力はそれなりに込めたつもりだったんだが、なかなかおもしろい体じゃな」


悪びれる様子もなくウンウンと頷いて感心するミストラ。


なんとも理不尽な理由に倫太郎は驚きを隠せない。


ここに日本のような法律や倫理観が無いとはいえ、即死レベルの攻撃を有無も言わさず三度もクリティカルヒットは悪魔もドン引きする所業である。


しかしそれは、規格外という言葉がふさわしいエルラの支配主からすればスキンシップ程度のレベルであり、そもそもこの世界の倫理観ですら枠外な存在なのであるから仕方がない。


存在の強大さが分からない倫太郎も、薄々「目の前の相手はヤバイのでは?」と感じ取っているが、見た目が幼女の姿という事が倫太郎の危機感を緩くさせる。


態度や雰囲気や喋り方も決して幼女ではないのだが、こっちの世界に来て一度決壊してしまったリビドーは相手が幼女という姿だけでも反応してしまう。


すなわち。倫太郎の変態度ロリコンが上がったということである。


「ありがたや」
「ありが……?なんじゃそれ?」
「あ。いや何でも」
「ふーん。まぁよい。本題に移ろう」
「本題?」
「確認をしなければならんのだが、主は魔族領の者か?」
「魔族領……?いや違うけど」
「お主のその死なぬ体、いや、死なぬ力に思い当たる節があったのじゃが、本当に魔族ではないのか?」
「よく分からないけど違います」
「ふむ……」


そこからしばらく凝視される倫太郎。


その間、視姦されてると細やかな高揚感を得ていた事はさておき、冷たく鋭く自分を射抜くその蛇目は幼女とは思えない威圧感を放っていた。


蛇に睨まれたカエルならぬウサギ(着ぐるみ)。


ほどなくしてミストラの表情筋が緩む。


「まぁ、見た目も全然違うしの。空似か。今のは軽く受け流してくれ」
「え?あ、はい」
「話を戻すんだが、今お主には二つの選択肢がある」
「選択肢?」
「まず一つ目は、今この場でわしに処分されること」
「え!?なんで!?」
「侵入自体はなんでもないが、ちっと配下の者どもを討ち過ぎじゃな。支配主として見過ごせないくらいに」
「そ、それは不可抗力というか何というか……!自発的な行動は一切してないよ!?」
「お主にその気がないと言っても、それを判断する術がこちらにないからのー」
「ぬぐっ……」
「お主が死なぬ者とはいえ、それに対処する術はある。例えば転移でどこぞの深海に沈めるとかな」
「怖い!!」
「そこで二つ目」


ニンマリとミストラが笑う。


「今からわしの手駒になる」
「て、手駒……?」
「あの馬鹿のせいでかなりこっちはやられたからの。下手に数を減らすより、少しでも戦えそうな駒が今はほしい」
「ちょっと待ってくれ。戦うって何?何と戦う気なの?」
「何って。さっきやり合ったであろう?」
「さっきって……あの炎の化物?」
「それしかおらんじゃろ」
「それしかって……」


倫太郎は、ついさっきまでの地獄のような情景をフラッシュバックさせる。


いかに〈ダメージ無効〉で無事であったとしても、あの業火に包まれる瞬間はヤバイ以外の感情しか倫太郎には湧いて来なかった。


幼女スイッチが入ってなければ、文字通りただ震えるだけのウサギとなっていたであろう。


それだけ、対峙したあれは一言で化物と形容するしかない。


つまりは、出来る事ならもう出会いたくないというのが倫太郎の本音である。


しかし。


「お主に残された道はその二つのみ。さぁどうする?」


幼女は臆面もなく倫太郎に決断を迫る。


前門の虎後門の狼状態であるが、元よりこの場で断ってむざむざゲームオーバー深海送りの道を選ぶ者など常識的にいないので、実質倫太郎の選べる選択肢は一つしか残されていない。


倫太郎は投了したかのようにガクッと肩を落とす。


「やらせて頂きます……」
「賢明な判断だな!」
「俺に何が出来るのかは疑問でしかないけど……」
「謙遜するな。バリオスの獄炎をあれだけ食らってピンピンしている奴など、世界探してもそうはいないぞ」
「そんなオンリーワンあまり嬉しくないなぁ。正直、死なないとはいえあんな化物相手に太刀打ち出来る自信なんてないぞ」
「あれでも"黒凱"の支配主だからな。太刀打ち出来る奴の方が少ないであろう」
「えっと、無理にやり合う必要もないんじゃない……?ほら、なんか上手く話し合いとかで解決とか」
バリオスあれが話を聞くたまに見えたか?」
「いえ見えませんでした……」
「じゃろ?あの馬鹿は支配主の立場など意にも介さず毎回毎回領地荒らしをして秩序を乱しておって。それを諌めるわしの苦労を嘲笑っておるかと思うと毎度腸が煮えくり返るっちゅーんじゃ。あれか?同じ領地なら紫園よりもこっちの方が落としやすいってか?やかましいわ。でも今回はダメじゃろ。完全にダメじゃろ。超えてはならない一線を踏み越えておるわ。それをする馬鹿ではないと思っておったのだが。あー自分の耄碌が腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい腹立たしい…………」


「腹立たしい」の一言が重なっていく度に空気が張り詰めていく。


ピリピリがやがてビリビリに。


揶揄ではなく大気が震えるそれは、ミストラの堪え切れない力の漏出によって起こっているのはさすがの倫太郎でもすぐ理解した。


膨張していく空気振動。


もはや大気の震えなのか自分の身震いのせいなのか分からない状態である。


「どーどー!落ち着こう?一旦落ち着こう?」
「オノレバカイヌガ……」
「抑揚がない……!落ち着い―――」
「フンッ!!!」
「ぐはっ!?!?」


繰り出される八つ当たり正拳。


それは見事に倫太郎の水月(みぞおち)を捉え、空気を裂くようにそのまま後方へと吹き飛ばす。


受け身も許されない勢いと衝撃で体ごと地面を跳ねながら、最終的に顔面スライディングを決めて倫太郎は地に伏した。


「なぜこうなる……」
「……はっ!しもた!!」
「……我に返った?」
「あー。すまんの」


ミストラが地面とお見合いする倫太郎にあっさりとした謝罪をする。


再三のことだが、ミストラが幼女の姿をしていなければ倫太郎の怒りの臨界点は突破していてもおかしくない。


「殴り心地がいいなお主」
「喜べないなーそれ……」
「この調子であの馬鹿をるぞ!」
「へい……」


この調子ってどの調子?
と思いながら、余計な言葉は取りあえず飲み込む倫太郎。


前途多難の幕が上がる。
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