マスコット・ロールプレイ ―人外珍道中なんて聞いてない―

結城あずる

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魔法国珍道中

第15話 頼りない起死回生

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『!?!?!?』


クエスチョンマークに頭の中が埋め尽くされる少女。


それもそのはず。自分の目の前に現れた恐怖の対象が突如として意味不明な動きを開始したのである。


襲い掛かって来る訳でもなく、なぜかその場で体を目いっぱい使ってなにか法則性のある動きを繰り返す。


〈呪術〉や〈祈祷〉と言ったスキルでは儀として動きを用いながら力を発揮するものもある。しかし。これはそうした力を孕むような動きではない。


時に跳ねたり、時に回ったり、逆に間を取ってみたり。一連していくその動きは次第に熱を帯びていく。


しかしながら。一心不乱に動き回るその姿はハッキリ言ってシュールであり、これが現代なら通報されててもおかしくない奇怪さがある。


これを人は変質者と呼ぶ。


ただ。そんな奇怪な動きをする変質者から目を離さない少女。気付けば食い入るように見ている。


興味を引かれ、無性に惹かれる。少女の心は無意識に踊っていた。


倫太郎が全力でしている動きの正体は、子供に大人気の某女児向けアニメシリーズのエンディングダンス。


見よう見まねではない完コピしたその動きは、〈身体操作〉も手伝って洗練かつダイナミックなキレの良さを生み出している。


しかも。全シリーズのダンスを即席で繋げたオリジナルメドレー。


キャラクターの動きの細部を再現しながら、不自然にならないように各シリーズを繋げる。


『うわぁ……!』


キラキラする少女の目。ダンスの概念もない世界で動きの意味など分かってはいないが、異世界人と言えど女の子。次第に釘付けである。


日曜アニメの魅力は万国共通、いや万世界共通と言えるかもしれないほど少女には響いている。


倫太郎は何を隠そうにも隠せないほどのヘヴィーユーザーである。


視聴の主な理由は言うまでもないのだが、単純に作品も好きになり何度も繰り返してアニメを見ていた結果がこのダンスの完コピにまで至った。


「子どもの前で披露出来ればウケが良いのでは?」という打算があったのも嘘ではないのが、緊迫するまさかのこの場面でダンス披露というのは型破りな選択であると言える。


ここで確認しておかなければいけないのは、倫太郎は平常心で踊ってはいないという事。内心はずっと緊迫しっ放しである。


とにかく少女に自分には敵意も危険もないことを伝えたいと取った行動であるのだが、思い切り過ぎたという自覚はしっかりとある。


それでも思いついたのがこれしか無かったのだから、倫太郎はもう腹を括って全力で踊り続ける。


正直な話、これが人間の姿であれば羞恥心に負けていたかもしれないが、ラビ太の姿であることがそれを最大限に緩和していた。


ラビ太ボディの数少ない利点と言えるかもしれない。


そして、脳内のメロディーと映像をダンスとリンクさせて渾身のフィニッシュをお届けした。


「……」
『……』


ジーッと見つめる少女とポーズを決めたまま静止する倫太郎。


すでに途中から「これじゃなくない?」と猛烈に失敗したと感じながらも、破れかぶれで踊り切ってポーズを決め続ける倫太郎は一縷の望みに賭ける他なかった。


アニメは世界を繋ぐという不確定な希望に。


『……』


沈黙のプレッシャーにもはや圧殺されそうになる倫太郎。限界も近い。


『パチ、パチパチパチパチ』
「!!!」


少女からの控えめな拍手が倫太郎に贈られる。


「うっし!!!」


何かに優勝したかのようにガッツポーズで歓喜する倫太郎。確認しておくが、女児向けアニメのダンスをただ躍っただけである。


『……かわいい』
「ホント?それは照れるぜ」
『え……?ことば、はなせる……?』
「え?……あ!待って!怖がらないで!珍しいかもしれないけど俺は喋れる魔物なの!そんで悪い魔物でもないよ!人畜無害のウサギだよ!」
『うぅ……』
「ホントにホント!!マジで俺は君たちの敵じゃない。むしろ助けたいんだ」
『え?たすけたい……?』
「うん。君も。後ろのお姉さんも。俺に出来ることで助けたい」
『……ほんと?』
「ホント。君を騙すようなことを俺は死んでもしない」


それを聞いてチラッとシスターの方を見る少女。そしてキュッと唇を噛む。


『…………クレラが、しんじゃう……たすけて……!!』
「おう。任せんしゃい!」


堪えていたものが溢れるように目を潤ます少女。その小さな体で恐怖と戦っていた事が容易に想像できる。


その恐怖の対象に自分が入ってしまっていた事を己自身で強く糾弾しつつ、少女のSOSに応える為力なく木にもたれるシスターに近寄る。


最初に纏っていた気迫はなく、あれだけ攻撃が飛んで来ていた間合いに入っても敵意も警戒心も向けられない。


余力も残らないほどにただひたすら少女を守ることに徹したその姿は、まさに風前の灯火であった。


「マジでヤバイだろ……。なんでもいいから体が回復するようなスキルをプリーズ!」
《スキルを検索―――――スキル〈ゴットハンド〉〈足裏の支配者〉〈アロママスター〉の取得が可能です〉
「いや!そういう回復じゃねぇ!!傷とかHP的なのを回復する方!」
《固体名【ラビ太】は魔力を保有してないため治癒系スキルの取得が出来ません》
「取れないの!?しかも俺に魔力無いとか新事実までさらっとぶっこんで来た!?」


当てが外れた倫太郎。


細胞活性や再生力に働きかける自己回復のスキルとは違い、治癒系のスキルは全て『魔法』の分類に位置する。


魔力については先天性のもので、持つ者と持たざる者に分かれる。


積もるところ、倫太郎は持たざる者なのである。


「なんでこうもままならないんだ……!どうする?どうしたらいい?」


直面するピンチに加速していく焦り。ここまでスキルでどうにかなってきた倫太郎であるが、それらはほとんど結果論であってただ運が良かったに過ぎない。


スキルが頼みの綱であった倫太郎に自力で窮地を脱する術はない。


万事休す―――――に思われたが、運がまたも倫太郎に味方をする。


「あれ?そういえばこれ、使えるか……?」


倫太郎がイベントリから取り出したのはアルテミスから女神特典として貰った湖水の入った小瓶。通称『女神の命水』。


〈ダメージ無効〉によってそれを使う機会が無かった倫太郎には効果の程度が分からないが、女神自ら万能薬と称したアイテムである。


倫太郎に迷いはなかった。というより、選択肢は他になかった。


シスターの顎を持ち上げ気道を確保すると、小瓶を口元に持っていきそのまま『女神の命水』を流し込むように飲ませる。


小瓶はユ〇ケルくらいのサイズなのであっという間に中身は無くなる。


女神印とは言え、こんな少量で果たして効果があるのか不安は拭い切れない倫太郎。固唾を飲んでシスターを見守る。


「……」
「……」ドキドキ
「……」
「……」ドキドキ
「……」
「……」ドキドキ
「……」
「(え……?ダメなの……?)」
「ん……」
「お……?おぉ?」


シスターの反応が変わる。


浅く短かった呼吸がゆっくりと落ち着いていき、顔にも血色が戻る。


「心臓に悪いぜぇ……」


強張った体が一気に脱力する。


倫太郎の心配は杞憂に終わり、『女神の命水』はその効果をいかんなく発揮した。


「さすがに服をめくって傷口見るわけにはいかんけど、でも大丈夫そうだ」
『クレラ、へいき……?』
「おう。もう平気だと思うぞ」
『ほんと……?』
「ホントホント」
『よかった……!』


ほどけるような笑顔で安堵する少女。うっすらと目元に滲んだ涙が不安や怖さと戦っていた事を訴える。


それを見て自然と少女の頭を撫でる倫太郎。少女の頑張りを労わらずにはいられなかった。


「んん……」
『あ!』


少女の声が跳ねる。その視線の先には、目を覚まして重怠く体を起こすシスターの姿があった。


「私は……」
「よかった。無事に気が付いたか」
「!」


倫太郎ラビ太を見るや否や、瞬時に立ち上がって攻撃の構えを取るシスター。しかし、回復したとはいえまだ万全にはほど遠い彼女の体は自分の反応についていけずによろめく。


「くっ……」
「うおい!?いきなり動いちゃダメだって」
「なっ!?喋っ……た?」


睨みを効かせながら無理矢理体を動かそうとするシスター。まだ力もうまく入らないがダガーを抜いて再び構える。


「(下手に刺激したら逆効果っぽいぞこれ……)」


どうにかして戦意も敵意もないことを伝えたい倫太郎であるが、先ほどのシスターの反応では動いても喋っても彼女の気を逆撫でしてしまうと確信する。


ここで下手をうって抗戦なんかされてしまえば、また彼女に傷を負わせる二の舞にもなりかねない。


倫太郎は困惑に雁字搦めされていた。


出方を窺う両者。そんな居心地の悪い空気の間に少女が入り込む。


「え?」


驚いたのはシスターの方。少女は倫太郎を庇うようにシスターの方を向いてその両手を目いっぱいに広げている。


そして、訴えかけるように首を横に振る。


「どういうこと……?」


状況が飲み込めないシスターは必死に首を横に振り続ける少女に意識が奪われる。その隙を見逃さなかった倫太郎がある一手を繰り出す。


「えぇ……?」


状況の整理が全く追い付かないシスター。その視線の先には両手を広げて少女と一緒に首を振るウサギの姿があった。


完全な便乗。もう倫太郎には、少女の勇気に乗っかるほかなかったのである。


懸命に首を振り続ける一人の少女と一体の珍妙なウサギ。


それを目の当たりにするシスターは困惑で思考が止まりかけているが、ばらくするとシスターから呆れたようなはたまた諦めたような深いため息が吐かれる。


「分かりました……分かりましたよ。全く状況は飲み込めてないですが、戦う必要はないってことですね」


ダガーを持つ手を下すシスター。それを見て二人の首振りも自然に収まる。


そのままシスターに駆け寄って抱き着く少女。シスターもそれに応えるように少女の頭を優しく撫でる。


「はぁ~~~~~~。取り合えず、どうにかなったかな?」


二人の様子を見て肩の力が抜ける倫太郎。


達成感と脱力感が入り混じった感情は、なんとも言えない疲労感になって体を駆け巡るのだった。
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