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第1章 VRMMORPG アルマゲドン

第15話:『アシュラ・ストリート』の八部衆

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 ――アシュラ・ストリート。

 オープンワールドタイプのVR格闘ゲームである。

 阿修羅街あしゅらがいという架空の街を舞台に、プレイヤーが格闘家となって覇を競う。

 阿修羅街その物が広大なバトルフィールドになっており、プレイヤー同士が出逢った瞬間、どこであろうとバトルができる。

 格闘ゲームらしく一試合のタイムとラウンド制を決めて対戦することもでき、時間無制限でルール無用のデスマッチを取り組むことも可能。タッグマッチやチーム戦など試合形式も思いのまま。

 つまり、本格的なストリートファイトが楽しめるというわけだ。

 アルマゲドンと異なり、最初からアバターを作り込むことができる。

(※そもそもアバター設定を最初は操作できず、後々できるようになっても要求されるものが大きく課金でも不可能なアルマゲドンが異質。大概のVRゲームはアバターを自由に変えられるのが普通)

 初期値は一定で全プレイヤー共通。ゲーム内で対戦を繰り返すことにより経験値を重ねてアバターを強化していく方式だ。

 ただし、他のeスポーツで鳴らしたプレイヤーや、リアルで格闘経験のある者はそれなりのセンスがあるので、それが有利に働くことはあるようだ。

 たとえば格闘術やスポーツを学んでいれば、その経験をかせる。

 また、常日頃から運動神経を使うようなことをしていれば、反射神経や動体視力、肉体の反応速度などは電脳世界内でも十分に使えることが判明した。

 現実で鍛えた筋肉にもとづく腕力や脚力をVRに持ち込むのは不可能である。

 だが、脳や神経が習得したものは反映されるらしい。

 こうしたリアリティな面も受けて、アシュラ・ストリートは人気を博した。

 一般プレイヤーが超人的な格闘を楽しめるだけではなく、現実でも武術をたしなむ者でも本格的に遊べることが受け、多くのファンが獲得することに成功したのだ。

 とある事件・・・・・により、1年前に惜しまれながらサービス終了した。

 プレイヤーは対戦の勝利数によってランキングされ、上位100名まではランカー報酬が与えられる。ランキングが上がるほど報酬は豪華になる。

 そのランキングだが──トップ8は不動だった。

 天魔ノ王てんまのおう、ウィング、D・T・G、オヤカタ──。

 獅子翁ししおう姫若子ひめわこミサキ、ガンゴッド、ほむらえん──。

 この8人で順位が入れ替わることがあっても、この8人を押し退けてトップ8に食い込むことは、ついに誰にも敵わなかったほどである。

 いつしかネットでは彼らのことを、阿修羅街の元ネタになった阿修羅王あしゅらおうの八部衆になぞらえて、『アシュラ・ストリート』の八部衆と恐れるようになった。

 ツバサはその1人──ハンドルネーム“ウィング”である。

   ~~~~~~~~~~~~

「じょ、冗談じゃねえ! 八部衆に勝てるわけねぇだろ!」

 外野のプレイヤーから罵声が飛んできた。

 どうやらアルマゲドンにはアシュラ経験者がいるらしい。

 考えてみれば、ツバサもアルマゲドンの操作性にハマったプレイヤーの1人。

 彼らのことをとやかく言えない立場である。

 アルマゲドンは格闘ゲーマーに親和性があるようだ。

「アシュラ・ストリート全盛期、どんだけのプレイヤーが八部衆に挑んだと思ってんだよ!? そんで結局、誰も勝てなかったんだぞ!!」

「あいつら、チートとかズルとか、そんなちゃちなレベルじゃねぇ……」

「一度戦ったが……奴ら、次元が違いすぎる」

「バケモノなんだよ! 怪物──モンスターなんだッ!!」

 散々な言われようだが、褒め言葉と受け取っておこう。

 しかし、これはいけない。

 ツバサを八部衆と知ったプレイヤーが尻込み、逃げ出そうとしている。その恐怖は他のプレイヤーにも伝染し、あろうことかエネミーまで後退あとずさっていた。

 ツバサがほんの少し前へかしいだだけで、みんな逃げ腰になる。

 このままでは──せっかくの獲物が逃げてしまう。

 ちょっと煽ってみるか、ツバサは挑発を試みた。

「俺が八部衆の誰なのか? それは秘密にさせてもらう」

 腰に手を当てて偉そうな姉貴分を演じると、彼らににじり寄っていく。

 敵性プレイヤーたちの注意を誘いつつ、もう片方の手は背後にいるミロとマリナに向けており、体力&負傷&疲労を回復する魔術をかけておいた。

「……まだ、できるよな?」

 小声でミロとマリナに問い掛けると、どちらも小さく頷いた。それを横目で確認してからプレイヤーたちを本格的に煽る。

「しかし、おまえら……仮にも“アシュラ”経験者だろう?」

 それでいいのか? とあざけりを込めて問う。

「せっかくの大物が目の前にいるんだ、挑まないでどうする? アシュラで敵わなかったからと言って、アルマゲドンでも敵わないとは限らないだろう。もしかするとお前たちの誰かは、俺より強くなっているかも知れない」

 大物ジャイアント食い・キリング──成し遂げたくはないか?

「今なら……ちょっとした役得もあるぞ?」

 そういってツバサはジャケットの襟に指をかけ、ただでさえ開けっぴろげにしてある豊満な胸を、更に見せびらかすというサービスをしてやった。

 この挑発が聞いたのか、連中の目の色と気迫が変わる。

「アシュラ……大物……挑む……侠気おとこぎ……ッ!」
「大物食い……八部衆に勝てば……一躍いちやくスターダム……ッ!」
「乳……尻……太股……おっぱい……おっぱい…………ッッッ!」

 ――男って悲しい生き物だな。

 ツバサは半眼で表情を失ったまま、同じ男として同情する。

「「「よおっしゃあああああああああああああああーーーッッッ!!」」」

 ツバサが人差し指でチョイチョイと招けば、アシュラ経験者のプレイヤーが先陣を切って立ち向かってくる。その行動に誘発されて、他のプレイヤーどころかエネミーまでもが雪崩なだれのように襲いかかってきた。

 狙い通り──ツバサは鬼気迫る形相で微笑んだ。

 拳が、蹴りが、様々な武器が、ツバサに迫ってくる。

 ツバサはそれらの攻撃を悉く受け流し、0.001秒の余裕もあれば殴って蹴ってどついておく。ついでとばかりに接触した瞬間、雷の魔術で致命傷になる高圧電流を流し込んでおいた。

「や、やっぱ……次元が違ぇぇぇぇーッ!?」

 ツバサの背後に吹き飛ばされていくプレイヤーの群れ。

「ミロ、マリナ──トドメ」

 その一言でこちらの意図を理解したミロとマリナは、即座に長剣と魔法を構えると、半殺し状態のプレイヤーたちを1人残さず処理していく。

「よーし、それじゃあSP稼ぎと行こうか♪」

 ツバサはウキウキとした高揚感を隠すことなく言った。

「ツバサさん、やっぱ……ノリノリだよね? 楽しんじゃってるよね?」

「ミ、ミロさん、センセイが怖いです……!」

 マリナはツバサではなく、ミロにしがみついて震えていた。

 ミロはマリナを抱き寄せて撫で回しながら慰める。

「受け入れなきゃダメだよ、マリナちゃん……いつもの優しいママンなツバサさんがデフォルトだけど、こっちの鬼子母神も裸足で逃げ出すようなおっかないツバサさんもツバサさんだからね……どっちかってーとこっちが本性?」

「誰がママンで鬼子母神きしもじんだ」

 いつもの返事をしながらもツバサの動きは止まらない。

 次から次へとやられに来てくれるプレイヤーやエネミーを薙ぎ払い、半死半生にしてからミロとマリナに後始末を任せる。

 これならツバサは元より、ミロやマリナにも相当のSPが入る。

 そして、SPのタネになってくれる敵には事欠かない。

 どれくらい倒し続けたか──500くらい?

「ちょっと数が減ってきたな……そろそろ河岸かしを変えようか」

「移動するにしても一苦労じゃない?」

 ミロは辺りを見回すが、プレイヤーとエネミーで混み合っている。

「まるでコミケ3日目の東館って感じだし」
「なんで引きこもりがそんなマニアックなこと知ってんだよ」

 なんにせよ、動きにくいのは間違いない。

 そんな時、ミロが見覚えのある人物を見つけた。

「ノワッハッハッハッー! LV91のこの聖騎士王ヴァルハイムに挑む者はおらんのかー! さあ、我が聖剣の贄になりたい者はかかって……」

「よ、ヴァルさん、久し振りー♪」

 大剣を振り回す全身鎧の大男に、ミロは気さくに話し掛ける。

 声を掛けられたヴァルハイムは石化したみたいに固まった。

「げぇっ!? き、貴様らは……ッ!」

 硬直して隙だらけのヴァルハイム、その間合いにツバサは入り込む。

 天使の微笑みで近付き、鎧の肩へ親しげにポンと手を乗せる。

「ちょうど良かった──君、今から武器で盾な」

「は? え? な? ノッ……ノォオオオオオオオオオオオォォォーッ!?」

 ツバサは問答無用でヴァルハイムを投げ飛ばす。

 投げたヴァルハイムを空中で掴んでまた投げる。そして、投げる。投げて投げて投げて……自分の前面でジャグリングみたいに投げ回し続ける。

「んじゃ移動するぞ」
「ノォオオオーッ? や、やめるであぁぁぁるぁぅぅぁぁーっ!?」

 ヴァルハイムを前面で投げ回しながら走り出す。

 敵からの攻撃はヴァルハイムの全身鎧が防いでくれるし、襲ってくる敵はヴァルハイムが握る大剣が薙ぎ払ってくれた。

 そういう風に調整しつつ、ツバサはヴァルハイムを振り回しているのだ。

 ヴァルハイムを大型耕耘機のように扱い、乱戦の人混みを突っ切っていく。

 モーゼの十戒よろしく人混みが割れていった。

 ミロはツバサのことをよく知っているので平気だが、ツバサのこういう一面を初めて目にするマリナは困惑していた。

「センセイって……本当はすっごく怖い人なのでは……?」
「知っておこう! 優しい人は怒らすと怖いんだよー、ね、ツバサさん?」

 割と心外なことを言われたので文句を返しておく。

「失礼な、俺はいつでも優しいだろうが」

 ヴァルハイムにしたって死なないように壊れないように、最善の注意を払って投げ回しているのだ。「そもそも優しい人間なら他人にこんなことはしない」という意見は受け付けておりません。

 大平原をかなり移動したので、ここでまたSP稼ぎをしようかと足を止めたその時だった。ミロが大きく目を見開いて頭上を見上げた。

「──! 何か……来る」

 ミロはいつの間に習得したのか、直観や直感や第六感といった勘働きに優れた常時発動型技能パッシブスキルをいくつも持っていた。

 なので彼女の勘は十中八九──当たる。

 ツバサも上空を見上げると、確かに何かが落ちてきていた。

 あれは──強い?

 ツバサも本能というセンサーで強敵の接近を感じ取る。

 先手必勝ではないが、威嚇としてブン回していたヴァルハイムをブーメランのように投げつける。少しでもダメージを与えられれば……。

「あ、当たる前に蒸発した」

「仮にも中身スカスカでも、LV90が牽制にもならないとは……」

 ヴァルハイムのブーメランを歯牙しがにもかけず、そいつは彗星の如くメギド大平原に落下してくる。着地と同時に地震と衝撃波ソニックブームが巻き起こる。

 のみならず、爆心地には塔のような爆煙が立ち上った。

 何かが落ちてくるのはわかっていたので、マリナがあらかじめ発動させていた大型の防御結界のおかげで、ツバサたちに被害はない。

 しかし、感知が遅れた大勢のプレイヤーやエネミーは、その衝撃波だけで吹き飛ばされていく。衝撃波は地津波となって大平原の地形さえ変えていた。

 爆心地に立っていたのは──1人の巨漢だった。

 3m近い巨体。額には2本の短い角があるので上位種族のオーガだ。その種族変更のおかげで人間を超える巨体アバターに変化したのだろう。

 図体の割に顔立ちはイケメン寄りの男前、しかし鬼種族特有の野太い牙がはみ出ている。整えられた頭髪の上にはまげげらしきものが結われていた。

 白地に海や波をあしらった浴衣に、勇魚いさなや大魚を染め抜いた単衣を肩からマントのようにかけている。脚には下駄げたを履いていた。

 どう見ても相撲取り──しかし、アンコ体型ではない。

 まるでボディービルダーのように逆三角形のナイスバルク。浴衣の袖から伸びる腕は丸太数本分はありそうなほど太い。

「死にたくなくば弱者は去れ──そなたらは眼中にない!」

 オーガの巨漢は堂々とした声でそう告げた。

 だが、何人かのプレイヤーはその忠告を聞き入れず、巨漢の背後から不意打ちを狙って襲いかかる。隙アリ、と踏んだのだろうが──。

「笑止──!」

 巨漢が肩を揺すっただけで衝撃波が発生し、それを浴びただけで跡形もなく吹き飛ばされてしまった。デスペナルティの光の泡さえ見えない速度でだ。

 これで誰も不用意に、オーガの巨漢へと手を出さなくなった。

「強いな、あの人……いや、久々に会えた気がする」

 ツバサと同等の強さを誇る者と──。

 彼もツバサの視線に気付いたのか、こちらに振り向いて指差してきた。

「ツバサ・ハトホル君──君と一手、仕合しあいたい!」

「ご指名と来たか、これは本格的だな」

 しかも、向こうはこちらのことを少なからず知っているようだ。ミロの実況動画もあるせいか、それなりに名前が売れてきたのも事実である。

 すると、近くに倒れていたプレイヤーが顔を上げて叫んだ。

「あ、あいつぁ……轟腕ごうわんのドンカイじゃねえかっ!?」

「およ? アンタ、あのでかい人知ってんの?」

 ミロがしゃがんで聞くと、モブ風のプレイヤーは口早に語る。

「知らねぇ方がモグリだろ!? ワールドの北にあるドラゴンだらけの山で、最強と謳われるボスエネミー、エンシェントドラゴンの『向こう傷』スカーフェイスをたった1人で倒したっていう猛者もさだぞ!?」

「あー、何日か前にSNSで噂になった……そっか、あの人なんだ」

 そのボスエネミーはツバサたちも狙っていた。

「なら、あのドンカイってのを倒せば『向こう傷』を倒したも同然だな」

 ツバサは半ばクレーターと化した爆心地へと歩いていく。

 ミロとマリナには「下がっていろ」と手で合図する。

 こいつとは一対一サシでやる──態度でそう言いつけた。

 爆心地に踏み込む者はツバサ以外におらず、ミロやマリナを初め、多くのプレイヤーが遠巻きに眺めている。完全に観客ギャラリーとなっていた。

 いつしかそこは、ちょっとした闘技場に早変わりしていた。

 爆心地の中央でツバサはドンカイと対峙する。

「俺に会うために、わざわざ足を運んでくれたのか?」

 ドンカイは硬い表情のまま「うむ」と頷いた。

人伝ひとづてには聞いておったし、あそこのお嬢さんの実況動画を見たのでな……見てしまった以上、確認せずにはおられなんだ」

 さあ! とドンカイは空手にも似た構えを取った。

「君の力量、試させてもらおうか!」

 対するツバサは構えることなく自然体のままで応じる。

「──上等」

 一方、ミロとマリナは──。

「轟腕のドンカイ……なんかカッコイイ! 二つ名って中二心をくすぐるよね!」

「センセイにも二つ名つけちゃいましょうか?」

 どんなのにしよう? と少女と幼女はない知恵を絞る。

 やがて閃いたのか、2人の頭上に豆電球が灯るエフェクトが現れた。

「ツバサさんといえばおっぱい、あのホルスタインみたいな乳……」

豊乳ほうにゅう……はどうですか? 豊乳のハトホル」

 いいね! とミロがグッとサインでOKを出してしまった。

「豊乳のハトホルVS轟腕のドンカイ!! 次の実況動画のタイトルはこれで決まりだね! ツバサさ~~~ん、頑張ってね~~~!」



「――そのリングネームはやめて!?」



 ツバサは爆心地の中心から半泣きで訂正を求めた。


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