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第5章 想世のケツァルコアトル

第112話:GOGO! ジャングル!

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 おおよそ2週間ほどで落ち着いた。

 ネコ族やヒレ族同様──ハルピュイア族もこの地に根付いてくれた。

 彼女たちの住まいは、猫族が暮らす谷やヒレ族が住んでいる川辺よりも山の上に設けられた。猫族の村がある緩やかな丘陵よりもっと谷らしい斜面が続き、いつも強めの風が吹いている地帯だ。

 ぶっちゃけ──山のてっぺんである。

 猫族の聖地がある岩山を中心に、この辺りにはいくつかの低い山が連なっているので、そのひとつの頂上を彼女たちのために切り拓いたのだ。

 ダイン、ドンカイ、セイメイの野郎どもが──。

「ったく、何だっておれが木樵きこりの真似事せにゃならんのだ……」
「つべこべ言わずに黙って働かんかい、こん穀潰しニートが」
「うっせぇよ、ハーレム力士が……羨ましいったらありゃしねえ」
「誰がハーレム力士じゃ! 貴様にも可愛い嫁さんおるじゃろが!」
「あのー、お二方……口よりも手ぇ動かしちょうよ」

 男性陣は男性陣で、女性ばかりで肩身の狭いハトホルファミリーでそれなりの結束を築いているようだ。

 口論しか聞こえてこないが……。

 基本セイメイは離れで酒を飲んでは寝ているだけなので、ファミリー内では「酔っ払いの穀潰しニート」とされている。

 そんなセイメイに斧を持たせ、伐採作業をやらせたのだ。

 どんな大木でも斧の一払いで斬り倒すのは、さすが剣豪である。
 弘法筆を選ばず、とはまさにこのことだろう。

 山全体をツバサが過大能力で整地して、ダインが簡単な小屋の作り方を実演しつつ手伝い、こうして彼女たちの住処すみかはひとまず完成した。

 報告は遅れたが──ヒレ族の住処もほぼ同じ流れだ。

 彼らの村は猫族の暮らす谷のほぼ隣、川辺に作られていた。元は洞窟暮らしだというが、今では自分たちで建てた小屋で暮らしている。

 川で漁をする他、アザラシになって川を下って海へ出て、海産物を獲ってきたりしている。彼らは義理堅く、その2割をツバサたちに捧げてくれた。

 最初は恩返しから6割も献上してきたが、ツバサたちが固辞したのだ。

 紆余曲折を経て2割という数字に落ち着いた経緯があった。

 一方、ハルピュイア族は──山の上に村がある。

 彼女たちのために選んだ山は、いつも頂上に向けて風が吹き上がっており、ハルピュイアたちはこの風に乗って空へと舞い上がる。

 自慢の翼で空を飛び、その脚のかぎ爪で獲物を狩るのだ。

 猫族のケット・シーやヒレ族のセルキーもそうだが、彼女たちもまだ狩猟で生活が賄える人数しかいない。農耕を教えるのは早そうだ。

 もっとも、翼のような腕で農業は難しいかも知れない。

 農耕に関する技術を教えるのはいつ頃にするべきか?

 このタイミングは、ファミリーの知恵袋であるフミカに任せていた。彼女は先に挙げた3種族をいつも興味深げに観察している。

 人口が増えた頃を見計らい、適切な時期を見計らってくれるだろう。

 博物学大好き女子の本領発揮である。

「ふ~む……実に面白いッス!」

 ある日、フミカはデータを並べて楽しげに唸っていた。

「何がそんなに面白いんだ、フミカ?」

 ツバサが尋ねると、フミカは喜んで熱弁を奮った。

「ケット・シーもセルキーも新しく来たハルピュイアも、全く別の種族なのに人間によく似た種族ッスよね? それが不思議だったんで、ちょっと彼らに協力してもらって血液や遺伝子を検査してみたんスよ」

 その結果、このようなことが判明した。

「彼らは祖先を辿れば──そのまんまみたいッスね」

 ケット・シーは猫、セルキーはアザラシ、ハルピュイアは鳥。

 それぞれの祖先は各々のモデルとなった動物に近かったそうだ。それが長い年月の間に進化を重ねて、今のような姿へと変わったらしい。

 まるで人間へ近付くように──。

「進化って……みんな人間に近い身体をしてるんだぞ?」

 そんな都合のいい進化があるだろうか?

 違う種の生物でも、同じような環境下ではよく似た形態や生態を獲得していく進化を辿る「収斂しゅうれん進化」という現象はある。

 よく知られた例ではイルカ、サメ、魚竜の収斂進化。

 それぞれ哺乳類、軟骨魚類、太古の爬虫類と、まったく違う種なのに、海の中で暮らしていたら同じようなフォルムの体型になった。

 また、スミロドンとティラコスミルスという例もある。

 どちらもサーベルタイガーという名称で知られる、異様とも言えるほど長い牙を獲得した肉食哺乳類だが、前者は哺乳類で後者は有袋類。生息した地域や時代も離れているが、驚くほどよく似た形態を獲得していた。

 まあ、サーベルタイガーで括られる動物は100種近くいるそうだが……。

 種族や時代に生息域、こうしたものが違っても同じ進化を遂げる。

 ――それが収斂進化だ。

 しかし、ケット・シーたちの進化はあまりにも出来過ぎだ。

 みんな人間へ進化するなんて有り得ない、とフミカも納得いかない様子。

「常識で考えたらありえないんスよね。人間の肉体ってのは生物学的に見ればデメリットのが多いし、真なる世界ファンタジアの生態系を考慮してみても……人型に進化する意味なんてこれっぽっちもないッス」

 そうなると──人為的な外的圧力があったとしか思えない。

「この場合、神為的・・・と言い換えるべきかもッスね」
「……かつての神族たちの仕業か」

 あるいは魔族という可能性もなくはない。

 セルキーは魔族と関係があったと言うし、魔族が関与した種族もいるのだろう。聞けば魔族も神族も(一部を除けば)人間に近い姿をしていたという。

「神は自分に似せて人間を作った、なんて神話もあるッスからねぇ」
「地球の人類も創ったみたいだからな、ここの神族は……」

 地元でも似たようなことを繰り返して、彼らのような多種族を作っていたのかも知れない。今やそのほとんどが絶滅寸前だが──。

「いつかウチらも似たようなことを始めるんスかねぇ……」
「真っ先にやるのはおまえみたいなタイプだな」

 ツバサが冗談半分で言ったのに、フミカはニヤリと笑った。

「よくご存知で──バサ兄が許してくれるなら、【魔導書】グリモワールの力で新種の100匹や200匹、すぐに創ってみたいってのが本音ッス」

「おい、やめろよ? やるにしても俺に内緒ではやるなよ?」

 わかってるッスよ~、とフミカは生返事で答えた。

 この娘──マッドサイエンティスト気質だったらしい。

「目下のところ気になるのは、ドンカイさんがハルピュイアに子供を産ませたら、ちゃんとハルピュイアが生まれるかどうかッスね」

 神族(地球産)と現地種族──その交配は可能か?

「いや~、楽しみッスね~♪」

「……おまえの裏の顔を垣間見たよ」

 思った以上にマッドサイエンティストだった。

「ああ、それとこれも報告しといた方がいいッスかね。みんなの生活を観察してて気付いたんすけど、いい感じで交流が成り立ってきてるッスよ」

 基本、ツバサたちは多種族に対して放任主義だ。

 文化的なことや技術的なこと、それらを教導する授業めいたことは日を決めて行っているが、それ以外の時間は彼らの好きにさせている。
(教師役は主にツバサ、ドンカイ、クロコ、ダイン、フミカが務める)

 教えた技術を復習するも良し、村を発展させるも良し、今日の御飯を得るための狩猟するも良し、疲れたら休むも良し……彼らの自由である。

「交流が成り立っている──とは?」

「たとえば……猫族は森に入って狩りもできるけど、山菜やらキノコやら果実やらを採ってこれるでしょ? でもヒレ族はそういうのが苦手ッス」

 山野に生きる種族と、水辺で生きる種族。
 生活圏の違いによる得手不得手があるのは仕方あるまい。

「その代わり、ヒレ族は川で漁だけじゃなくカニやエビなんかも捕れるし、海まで泳げば海藻やら貝やら取り放題だろ。アザラシなんだから」

 そういうのを物々交換してるッス──フミカは言った。

「ここにハルピュイア族も加わって……あ、彼女たちはあの翼のおかげで行動範囲が広いんで、この近辺じゃ獲れにくい動物や、背の高い木にしか生えない木の実なんかを採ってくるんスけどね」

「それぞれの収穫物を交換しているのか……」

 猫族が集めてきた山菜をヒレ族が海産物と交換し、ハルピュイア族が狩ってきた獲物を猫族が採ったキノコや果実と交換する。

「村の関係も概ね良好ッス。“ここは地母神ハトホル様のお膝元、みんな兄弟!”って感じで仲良くやってくれてるみたいッスよ」

 遠回しに褒められたようで、ちょっとこそばゆい。

 地母神として崇められるのが嬉しくもあり恥ずかしくもあり、先日の一件で取り戻した男心が「地母神なんて嫌だ!」と脳内で叫んでいる。

 しかし、仲良きことは良きことかな──。

「喧嘩しないでいてくれるならそれでいいさ……」

 素っ気なくいうツバサだが、その表情は慈愛に満ち溢れていた。

   ~~~~~~~~~~~~

 庇護下においた3種族──その生活が落ち着いた頃。

 ツバサたちは南方へと赴いた。

 例のハルピュイア族を襲った──巨大蝙蝠な異形。

 奴が出現した密林地帯にある巨大な穴を調査しに行くのだ。

 もしも別次元への裂け目があれば、早急に封じなければならない。

 気は逸ったがハルピュイア族がこの土地に馴染むまで放っておけず、なんだかんだで2週間かかってしまった。
 
 ──偵察で誰かを派遣するべきだったか?

 しかし、迂闊なことをして家族を失いたくはない。

 それに巨大蝙蝠も2匹目が飛んでくる気配がなく、様子見の2週間でも周辺地域に異変がなかったので、つい先延ばしになってしまった。

 あの1匹だけがハルピュイアを追ってきたらしい。

 ハルピュイア族の族長エアロが言うには──。

「ここより南の密林で遭遇して、2日間逃げ惑いました」

 そこから推察するに、縄張りがそれほど広くないのだろう。
 群れを作るほどの数もいないとありがたい。

 あんなのが大軍で来たら──ツバサたちでも手に余る。

 出遅れた感はあるが、その調査に向かうのだ。

「──と言っても、また威力偵察だけどな」
「何かあったらすぐ引き返す、お決まりのパターンだね!」

 ミロ覚えた! とアホ娘は賢そうな顔で知ったかぶりをした。

 ツバサとミロを中心に少数メンバーで偵察に出向き、その人数で対処できたら異形を殲滅して別次元への裂け目も封じる。

 手に負えない状況であれば、できるだけ敵対存在に損害を与えつつ一時撤退。戦闘能力の高いセイメイやドンカイにトモエ、殲滅能力に秀でたダインの追加武装と航空母艦ハトホルフリートで再挑戦リトライする。

 ──ハトホルファミリー総掛かりで決戦を挑むのだ。

「そこら辺は新しい技能スキルやら魔法やらを習得しておいたから、対策はできているけどな……ひょっとしたら戻らなくてもいい・・・・・・・・かも知れん」

「ズラかるにせよバトるにせよ、行ってみてないとわからんもんねー」

 ツバサとミロの偵察隊は、飛行系技能で空を行く。

 エアロの記憶を覗き見した情報を頼りに南下していくと、次第に緑が増えてきて熱帯雨林っぽい風景が広がってきた。

 手頃な丘を見つけたツバサは合図をすると、その場に降り立つ。

 小高くも密林の木々に覆われた丘。

 そこから見下ろす密林はありえないほど緑が密集しており、立ち入る者を拒む自然の要塞として立ちはだかっていた。

 正体不明の獣の鳴き声が聞こえると、色鮮やかな鳥の群れが飛び立ち、密林の上を渡っていく。そして、森の生き物たちが騒ぎ出す。

 ツバサの自然を司る過大能力オーバードゥーイングが感じる──濃密な生命の気配。

 ありとあらゆる生命活動の情報、その膨大な量に目眩めまいを覚えそうになる。深呼吸をして気持ちを鎮めると、豊潤な土と水と木々の香りが鼻腔をくすぐる。

 こうすると、更なる生命の息吹を感じられる。

 此処ここはまだ──別次元からの略奪を受けていない。

 在りし日の真なる世界ファンタジアを残しているかのようだった。

「……あの巨大蝙蝠モドキはここから来たのか」
「このジャングルのどっかにある、大穴から出てきたんだよね?」

 ツバサの横に立ったミロが、額に手を当てて遠くを見遣る。

「ん~~~ッ……こっからじゃ見当たらないなー? もうちっと先かな? そうそうあの巨大バットマン、フミちゃんが“シャゴス”って名付けてたよ」

「シャゴス? またクトルゥフ神話ネタか?」

 フミカ曰く──。

『うーん、ニャルラトホテプの配下であるシャンタク鳥みたいな感じもするけど、ユゴス星から来た菌類なのに甲殻類みたいな奴にも似てるし……面倒くさいから、2つの名前を合わせて“シャゴス”ってことで』

「……って感じで名付けたらしいよ」
「いつもにも増して適当だな」

 しかし、そのシャゴスがこの密林のどこかにある大穴から出てきたのだ。エアロの証言もあるし、ツバサも彼女の記憶を覗いたから間違いない。

「だがこの通り。密林は枯れている気配はないし、生き物の気配もたくさんある。別次元の侵略者がいるとは思えん盛況振りだな」

 ハルピュイア族には襲いかかったはずだが──。

 するとミロが以前の出来事を思い出す。

「なんだっけ、アトラクアの女王? あいつも別次元の侵略者だったけど、心のある者しか襲わなかったじゃん。あれと同じじゃないの?」

「そういえば奴は偏食家・・・だったな」

 少し前に撃退したティンドラスたちも、人間の魂を好んで喰らう異形だ。見境がなかったのは触手のアブホスぐらいのものである。

「連中にも選り好みするセンスはあるわけだな……」

 それが良いのか悪いのかは知らないが──。

「しかし、今回はまともに戦えるのはツバサおれミロおまえだけだ。威力偵察というより本当の偵察に近い。おまえたち・・・・・も無茶はするなよ」

 ツバサが言い付けると、「はーい」と素直な返事が聞こえてくる。

 今回の偵察隊メンバーは──マリナ、クロコ、ジャジャ。

 返事をしたマリナとジャジャは前に出てくる。

「ふぁぁぁ……すっごいです! ワタシ、ジャングルって初めて見ました! アルマゲドンの時よりもずっとリアルですね!」

 ツバサの左側にしがみつき、マリナが感嘆の声を上げる。

「そりゃあ、アルマゲドンは曲がりなりにもゲームだったからな」

 戦闘用のドレスと王冠型の帽子はいつも通りだか、今日は大きなリュックを背負ってピクニック気分だ。亜空間の道具箱インベントリがあるのに──。

 マリナの反対、右側にもジャジャが甘えるみたいに縋りついてくる。

「おお、これは壮観でゴザルな……我らの里がある山も母上とママ上のおかげで緑が豊富ですが、こちらは本当にジャングル……アマゾン川みたいでゴザル」

「ママ上って……ああ、ミロのことか」

 ジャジャにとって、ツバサは“母”でミロが“ママ”なのだ。

 クロコが涎をたらして喜ぶ百合親子である。

 こちらも戦闘用の忍者装束だが、やっぱりファッション感覚でリュックを背負っている。マリナとクロコが「似合う!」と選んだ幼児用のものだ。

 美幼女2人に左右から挟まれる──悪くない。

 それが愛娘ともなれば尚更だ。ツバサだけのハーレム(娘)である。

 本来、マリナとジャジャを連れてくるつもりはなかった。

 どちらもファミリー内で最年少というのもあるが、マリナは防衛能力に特化している上にツバサたちの拠点を守護する防衛の要であり、ジャジャは転生してから間もないため能力的に不安定な部分が目立つ。

 何より──ツバサの母心が「危ない目に遭わせたくない」と訴えていた。

 しかし、そんな母心が裏目に出たらしい。

『ワタシたちばっかり、いつもお留守番です!』
『そうでゴザル! たまには自分たちもお供をさせてください!』

 偵察メンバー選出の際、娘2人が猛抗議してきた。

 これにかドンカイやトモエが「たまにはいいんじゃない?」と言い出し、ダインやフミカまで「可愛い子には旅をさせろと言うし」と助け船を出して、ジョカが「僕が代わりに結界を張っとくよ」と後押ししてきたのだ。

『ここまでされたら後には引けんよなぁ……ツバサお母さん・・・・・・・?』

 最期にセイメイに嫌味を言われて──許してしまった。

 厳しい母親のつもりだったが、ツバサは娘に甘いようだ。

 許された時のマリナとジャジャの喜びようと言ったらもう…………。

「……まあ、念のために緊急避難用のシェルターも連れてきたしな」

「私のことでございますね。心得ております」

 ツバサの背後に控えるクロコ、こちらは相も変わらずメイド衣装だ。
 さすがにリュックは背負っていない。

 彼女の役目は──娘2人の子守にして護衛だ。

クロコおまえの過大能力は、本来なら入れない道具箱インベントリ内を出入り自在の舞台裏バックヤードにするもの……いざって時は娘2人を引きずり込んで守ってくれ」

 ツバサが念を押すと、クロコは丁寧にお辞儀する。

「承知いたしました──引きずり込んで・・・・・・・よろしいんですね?」

 その部分を強調したクロコは、蛇のように舌なめずりをする。

 のみならず、瞬きしない瞳を大きく見開いて爛々と輝かせると両手の指をワキワキさせて、鼻息も荒くマリナやジャジャに近寄ってきた。

 寒気を覚えた娘たちが後退る。ツバサも反射的に背中に庇う。

「……変な真似をしたら拷問じゃ済まんぞ?」
 ツバサが本気で脅すと、クロコは喜々としておねだりしてくる。

「拷問以上のことをしてくださるのですか!?」
「喜ぶな! 妄想するな! えぇい、悶えるな! この駄メイド!」

 シッシッ、とツバサは這い寄るクロコを脚で追い払う。

 ツバサたちが遊び半分でバカなことをやっているのに、こういうことが大好きなはずのミロが参加してこない。珍しいこともあるものだ。

 振り向けば、ミロは密林の彼方を見つめている。

 その表情は徐々に険しくなり、いつにない緊張感を漲らせていた。

 ミロが持つ直感と直観──2つの技能スキルは凄まじい相乗効果シナジーを生み出す。

 クロコ曰く「どちらかを習得したプレイヤーは多いですが、ミロ様のように2つ同時に習得した方は珍しい……というか、ミロ様しかおりません」とのこと。

 もはや未来予知に匹敵する勘をミロは持っているのだ。

 その彼女が──危険を感じ取ったらしい。

「ミロ、何か来るのか?」

 不本意ながら(当人たちも嫌そうな顔をしているが)マリナとジャジャをクロコに預けると、ツバサは既に剣を抜いているミロの横に並んだ。

 神剣を下段に構えたミロは、眼を細めて耳を澄ましている。

「なんか……聞こえる。これは…………獣の鳴き声?」

 ミロの言葉につられてツバサも聴力を研ぎ澄ませると、密林の彼方へと意識を集中させた。その獣の鳴き声とやらを探ってみる。

「確かに、他の野獣とは違う声が聞こえるな……」

 ジャングルの奥からは、いくつもの雄叫びが聞こえてくる。

 密林からの遠吠えを聞くとジャガーなどの大型肉食獣が吠えているところを連想しがちだが、実際には吠え猿という大声で鳴く猿の声がほとんどだという。

 無論、ここは未知が散りばめられた真なる世界ファンタジアという異世界。

 どんな動物やモンスターが叫び声を上げているか知れたものではない。

 だが、明らかに異なる咆哮が響いてきた。

 鳴き声というより泣き声──まるで慟哭どうこくのような咆哮ほうこう

 その咆哮が徐々に近付いてくると一気に距離を縮め、ツバサたちどころか全員の耳にも聞こえる大音量になった。

 声の主が間近に迫ってきたのだ。

 突然、森を破って巨大な何かが空へと飛び上がり、小高い丘にいるツバサたちも見上げるほどの上空に舞い飛んだ。

 ──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!

 それは物悲しい雄叫びを上げながら翼を広げる。

「あれが……鳴き声の正体か!?」

 獣の王──真っ先に浮かんだ印象がそれだ。

 大きな翼と化した腕を広げて、何本ものねじくれた角を王冠の如く頭上に掲げた、竜のように長い尾を振り回す、王者のたてがみをたくわえた巨大な獣。

 ──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!

 獣の王は大きく羽ばたき、再び慟哭するように吠える。



 その慟哭は──物質的な破壊力となってツバサたちに降り注いだ。



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