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第17章 ローカ・パドマの咲く頃に

第408話:五つの超過~FIVE OVER

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極戦態フォルム――アスタロト・グランデューク」

 呪文よろしく唱えた瞬間、ミサキは変身する。

 変身を許可する音声入力パスワード、無闇に力を解放させない自衛策じえいさくだ。要するに、変身ヒーローがコスチュームチェンジするために「変身!」と力強く叫びたくなるのと同じ心理が働いていた。

 ミサキ的には「景気づけの掛け声」のつもりもある。

 しかし、この変身形態が仲間に知れ渡ると、思った以上に高評価であれやこれやといじくり回される羽目はめになった。

 どこぞの変態工作者クラフターは専用ガジェットを作ろうとした。

 ミサキの許諾きょだくなしで勝手にだ。

『この特殊なバックラー付きのベルトにね、お好きなガジェット挿入すると効果音がピロリロ鳴って、立木○彦さんの声で変身フォームを叫んだり、串○アキラさんの歌声がして変身できるわけなんですよ。んでね、ミサキちゃんはどのガジェットがいい? やっぱりメモリ? それともメダル? 王道の各種カード? 笛にスイッチに錠前じょうまえにミニカーにゲームカセットに指輪にボトルに判子ハンコに……』

 選り取り見取りですよお客さん! とジンは勧めてきた。

『全部却下だバカ野郎』

 オールパクリじゃねえか、とミサキは叱りつけた。

 そもそもまだアスタロトモードという一形態にしか変身できないのだから、たくさんガジェットを用意されても使い道がない。

 幼少期、ミサキもそういう仮面を付けたライダーに変身するヒーローには憧れたが、さすがにジンのオススメは露骨すぎた。

 許諾という意味ならば、そちら方面も完全に無許可である。

 いずれはガジェットが要るくらいになりたいけどもだ。

 それくらい強化変身フォームを増やしてドヤ顔を決めてみたい今日この頃だが、そういう意味では既に先駆者せんくしゃがいる。

『変身ならツバサさんのが多いんだ、ツバサさんに作ってあげろよ』
『ミサキちゃん、それ……ナイスアイディア!』

 ミサキにそそのかされたジンは、さっそくツバサさんの元へとさんじた。

 数分後――フルボッコのジンが強制送還されてきた。

『……お、大きなお世話だバカ野郎、って怒られました……ガクン』

 そりゃそうだ、とミサキは頷いてしまった。

 変身ベルトや付属ガジェットはこれで有耶無耶うやむやとなった。

 しかし、もう一人のお節介からは逃げられない。

 ミサキの恋人(本人曰く婚約者フィアンセ)で服飾師ドレスメイカーのハルカだ。

『私のミサキ君がセクシー&バイオレンスに変身すると聞いて! 婚約者として何もしないなんて不作法ぶさほうは許されないわ! ここで指をくわえたまま何もしないなんて服飾師ドレスメイカーの名折れ! 待っててミサキ君!』

 すぐ新衣装を作るから! とハルカを奮起ふんきさせてしまった。

 こちらは迂闊うかつに制することができない。

 真性マゾのジンならばいくら踏みつけて喜ぶからいいのだが(当人もイジメられるためのネタに振ってくるし)、ハルカの気持ちは無下にできなかった。

 なんだかんだでミサキは彼女に弱いのだ。

 惚れた弱みというより他にない。

 女体化彼氏をエロカッコ良く着飾らせることに、服飾師であるハルカは無上の喜びを見出すらしい。ミサキは大して構わないのだが時折ときおり、ツバサさんにまで被害が及ぶことがあるのは申し訳なく思っている。

『はい、出来上がり! ハルカが夜なべして一晩でやってやりました!』

 ミサキが変身すると、力の上昇に感応するコスチューム。

 そんなものを一晩で作ってくれた。

 デザイン的には普段から着用している戦闘用スーツとあまり変わらない。細部は多少なりとも刷新さっしんされているが、基本的なデザインは踏襲とうしゅうされていた。

 徹夜てつやで目の下にくまを作ったハルカは意味いみ深長しんちょうなしたり顔で言っていた。

『――変身すると劇的に変わるわよ』

 なるほど、変身後のデザインに注力したらしい。

 ハルカは最新の自信作について熱弁ねつべんふるってくれたものだ。

『戦闘力の向上に合わせて防御力や耐久性が上がるのはもちろん、伸縮性とか剛性ごうせい靱性じんせいとか諸々もろもろの性能も強化されるようにしといたから』

 柔軟性や着心地も高品質になっているという。

 多少エロティシズムが増したかも知れないが、愛しい彼女の力作なのでありがたく着させてもらっている。前より質がいいなら尚更だ。

 掛け声を口にして――これまでの出来事が駆け抜けるようによぎる。

 我ながら余裕が出てきたものだ、とミサキは苦笑した。

 過大能力オーバードゥーイング――【無限のインフィニット龍脈の・ドラゴン魂源】・ソウル

 森羅万象に巡る“気”マナの流れ。

 霊脈や地脈あるいは龍脈と呼ばれる、世界中に流れる“気”マナ奔流ほんりゅう。その根源となって無限のエネルギーを湧かす能力だ。

 過大能力オーバードゥーイング――【完璧に完オール・成された完全なパーフェクトる肉体】・ボディ

 永遠に近い不老不死を約束された神族の肉体。

 そんな神族の身体能力を更なる完成形へとのし上げ、常にすべての機能を万全に整えることができ、望むならまだまだ強化向上できる能力だ。

 このふたつの過大能力オーバードゥーイングを――重ね合わせる。

 あるいは前者の力と後者の力を循環じゅんかんさせていく、と言ってもいい。

 龍脈とは膨大な“気”マナの流れだ。

 その根源となる能力を暴走するまでたかぶらせて莫大な“気”を湧かし、ミサキの血管、神経、気の経絡チャクラに乗せて全身に行き渡らせる。

 龍脈の力は、ミサキの体内でエネルギーへと変換されていく。

 それはもう身体が弾け飛ぶほど爆発的にだ。

 これをもうひとつの過大能力、いつも肉体を万全にして更に強化させる過大能力で受け止め、肉体を超常的に賦活化ふかつかするよう仕向けていく。絶大な“気”の力に応えるため、こちらの過大能力も暴走させるつもりでいい。

 どちらの過大能力も自らが壊れる寸前まで力を引き上げていく。

 暴走した負荷ふかの先にある――未知の安定領域。

 そこへ辿り着くための手段なのだ。

 たとえば、物質にはいくつもの状態がある。

 固体である氷が溶けて水という液体となり、熱せられた水が沸騰ふっとうして蒸気という気体になる。その蒸気に数千度を加えればプラズマと化す。

 ――これを相転移そうてんいと呼ぶ。

 内在異性具現化者アニマ・アニムスの変身はプラズマに相当するだろう。

 気体を何千度も熱した先にプラズマがあるように、凄まじい負荷をかけた先にある、畏怖すべき力を意のままとできる未知の安定した状態だ。

 限界の向こう側にある――絶大な力。

 2つ以上の過大能力オーバードゥーイングを有する内在異性具現化者アニマ・アニムスのみに許された、極限を越えた末に辿り着ける、他の追随ついずいを許さない特殊な強化バフだった。



 超過加熱オーバーヒート超過運転オーバードライブ超過運動オーバーワーク超過酷使オーバーユーズ超過負荷オーバーロード



 五段階の暴走過程を経ることで、過大能力に超絶的な負荷をかける。

 その果てに肉体的変化を伴うパワーアップを引き起こす。

 この五段階の暴走から、誰ともなく“5つの超過”ファイブ・オーバーと呼んでいる。

 純粋なエネルギーである“気”マナ

 それが魔力も理力も体力も生命力も……ミサキに宿ったあらゆる力をかつてないほど激増させた。本当に肉体がはち切れそうだ。

 この身に収まりきらない“気”は、濃厚な闘気オーラとなって噴き上がる。

 闘技場とうぎじょうを囲む封印結界がたわんで破れそうだった。

『俺ちゃんの作った闘技場、また壊されちゃうの……?』

 思わずジンの泣き顔を想像してしまうが、それほどアスタロトモードの力が膨大だというあかしでもある。ミサキは少しだけ誇らしかった。

 そして――ミサキの変貌へんぼうが始まる。

 過剰に引き出した力が肉体にも影響を及ぼすのか、神として別の側面が現れるように姿が変わるのだ。これは地母神ツバサさんを初め、獣王神アハウさん冥府神クロウさんにも現れることから、二つの過大能力を連動した際に起こる共通の現象らしい。

 ミサキの場合、悪魔的な美貌が加えられた。

 魔界の大公爵アスタロトの名を冠するだけはあるのだ。

 獣王神アハウさんは怪獣になるし冥府神クロウさんは巨大ロボットみたいに激変するが、ミサキは体型的な変化はほとんどない。筋肉の密度がほんの少し膨張するくらいだ。

 地母神ツバサさんはバージョンによって異なる。

 殺戮の女神セクメトだと「メスゴリラ」と陰で揶揄やゆされているし、魔法の女神イシスならば女性らしさが増してバストとヒップが最大化するらしい。

 彼らと比べたら、ミサキの変化はインパクトがやや薄かった。

 全体的なカラーリングが紫から黒へ塗り変わる。

 髪の毛質が癖ひとつないまっすぐなストレートヘアに変わるとともに、紫金しきんの色が闇よりも濃い漆黒しっこくに染まっていく。

 足下どころか全身を覆い隠すくらい髪の量も増える。

 顔には歌舞伎かぶき隈取くまどりめいた戦化粧いくさげしょうが走り、唇もブラックの口紅を塗ったかのように黒色で誇張こちょうされた。ゴシックながら女性らしさが加味されていた。

 そして、身体を覆うように黒いマントが追加される。

 何本もの帯状に切り分けられたローブのようなそれは、ミサキの身の内に収まりきらない龍脈が具現化したものだ。帯のひとつひとうが荒れ狂わんばかりに力を増した龍脈、それが極限までコンパクトにまとめられていた。

 帯の先端は龍のアギトとなって吠える。

 ローブをまとう悪魔の大公爵――と畏怖いふすべき容姿だろう。

 今回からはハルカが仕立て直してくれた新コスチュームも反応するためか、ここからもうちょっと変わるらしい。

 身体を包み隠すローブ形式のような帯を束ねたマント。

 その帯がすべて背中へと回る。空飛ぶヒーローが背中につけているマントのような案配あんばいになった。留め具のつもりか、肩周りの装飾が強調されて、肩章けんしょう(軍服の肩についている階級を示す飾り)みたいになっていた。

 そして、戦闘用ボディスーツも変形する。

 全身タイツよろしく全身を包むように覆っていた布地が、あちこち縫製ほうせいがほどけるように分割していく。すると肌が覗けるようになってきた。

 両腕は瑞々みずみずしい二の腕が剥き出しになる。

 ちょうどロンググローブをはめたかのようなデザインだ。

 両脚は健康的にむっちりした太ももがあらわわになる。

 残された部分はストッキングみたいになり、ガーターベルトのようなベルト上にもので吊り下げられるように繋がるデザインになっていた。

 必然的に、胴体はレオタードみたいな形状に変わっていく。

 しかも股間部分はやたら鋭角なハイレグカットとなり、胸や腰回りを主張するかのようにバストアップやヒップアップと持ち上げ効果が現れていた。

 体型的にはそれほど変化していないとの自覚がある。

 なのに、スリーサイズの凹凸がやたら目立つようにされてしまった。

 おへそ周辺も切り抜かれてしまう

 胸元まで露骨にオープンし、寄せて上げた谷間が覗けている。

 ミサキは変化を確認して――顔を真っ赤にした。

『なにこれ……試着ん時よりエロくなってるうううぅぅぅーーーッ!?』

 声にこそ出さないが心の中で絶叫した。

 ガーターベルトとかバストアップとか聞いてないんだけど!? あと防御力が上がるって話なのに被覆率ひふくりつ下がって露出度ろしゅつどマシマシってなんだよ!?

『大丈夫! ビキニアーマーと同じ原理だから!』

 脳内のハルカが親指を立て、グッドサインで返してきた。

『ビキニアーマー……なら仕方ないな』

 説得力がありすぎて男子高校生ミサキは反論できない。

 魔力が硬い皮膜ひまくとなって見えない鎧を形成するらしいが、わざわざ肌を出す意味がわからない。ただでさえミサキはファッションにうといのだ。

 ここまでセンシティブなのは如何いかがかと思う。

 動画配信サイトとかなら一発であかバンされるのではなかろうか?

 割とセクシー系の女装でも違和感なく着こなし、恥じらうことがないミサキでもこれには羞恥心しゅうちしんを揺れ動かされてしまった。

 目玉がグルグル回り、真っ赤に逆上のぼせた顔から変な汗がダラダラ流れる。

 この時ばかりはツバサさんと気持ちを共感できた。

 ミサキは自分の肉体は魅力的な女性になったのだと改めて痛感させられる。赤面した顔で真一文字に閉じた口が波打っていた。

 叫びたい気持ちを抑えるべく、栗鼠リスみたいに頬が膨らむ。

 このエロス全振りな格好――好敵手アダマスの眼にはどう映るのだろうか?

 口笛でも吹かれた日には、恥ずかしさのあまり憤死ふんししてしまいそうだ。女の子みたいな悲鳴を上げて、渾身の鉄拳で殴り飛ばすかも知れない。

 いや、倒すべき敵だからそれでいいのだが……。

 これから真剣勝負を始めるつもりなのに調子が狂いそうだ。

 ミサキは恥ずかしさから伏せていた目元を上げると、アダマスの様子をチラリと盗み見た。変な目で見られていないことを祈るばかりである。

 アダマスは――ノーリアクションだった。

 脚の筋を伸ばしたり肩を回したり、彼なりの準備運動に余念よねんがない。

 変身中という隙だらけの瞬間に攻撃を叩き込む、なんてセオリーを無視する無粋ぶすいな真似をするつもりはないらしい。考える頭もないのかも知れない。

 良くも悪くも卑怯ひきょうとは縁のない男だった。

 変身が完了すると、見計らったように声をかけてくる。

「よぉーし、最強モードに変身したな! 明日太郎あすたろうだったかアスナロだったか? そいつとりたかったんだ、待ちかねたぜ俺の友達マイ・フレンド!」

 野太い豪腕ごうわんを力いっぱい反対側の脇へ振り込み、「カポーン!」と音が鳴るまで打ち鳴らしている。あの動作、ストレッチ効果があるのだろうか?

 とにかく、パワーアップしたことには好感触こうかんしょくだった。

 だが、エロ衣装についてはノータッチである。無視しているのか見なかったことにしてくれているのか……あ、多分これは違うな。

 興味がないのだ――全然。

 キレイな包装紙ほうそうしよりも美味しそうな中身に注目しているのだ。

 衣装のエロスが限界突破しても「お、なんか変わったな」ぐらいにしか捉えていない。推測だが、アダマスは性的な魅了チャームへの耐性がハンパない気がする。

 喧嘩屋けんかやなアダマスらしいリアクションだった。

 ミサキは何故かホッとしてしまい、豊かな胸を撫で下ろしてしまった。

 しかし、頭の中のガールフレンドは憤慨している。

『ガッデムッ! 限界突破までエロ格好良さを追求した私のミサキ君に無反応なんて万死に値するわ! ミサキ君、あのウドの大木をやっちゃいなさい!』

 脳内のハルカがスゴい形相で急かしてきた。

 親指で首をかっきるジェスチャーをした後、それを地獄へと突き落とすように下げるおまけ付きだ。ミロちゃんの影響か、下品なことを覚えたものだ。

 ミサキは脳内のハルカに尋ねてみる。

『……もしもこのエロ衣装コスにアダマスが反応してたら?』

『私のミサキ君に色目使うなんて許されないわ! 制裁しちゃって!』

 即答されたが結果は同じである。

 ハルカの手でエロ格好良くされたミサキをいやらしい眼で見ようが見まいが、アダマスをることに変わりないようだ。

「ほら、アレだ。変身してパワーアップすんの」

 いいよなうん、とアダマスはあごをさすりながら感慨深かんがいぶかげに頷いた。

 準備運動は終わったのか、懐からダイヤモンド製のくしを取り出したアダマスはせっせと自慢のリーゼントを整えていく。

 あれだけ運動したのに、まったく乱れてないのだけれど……。

 髪をく手を止めずアダマスは話を続ける。

「ヒーローに限った話じゃねえ。ヴィランだって変身すると何倍にも強くなる奴はゴロゴロいたからな。おまえみたいにコスチュームチェンジするのもカッコいいが、俺的にゃあ超サイヤ人みたいなパワーアップも捨てがたい……」

 ズンッ! と途轍とてつもない重圧が闘技場を襲う。

 アダマスから発せられたものだが、気迫によるプレシャーではない。

 勿論もちろんおとこの迫力も物理的威力を感じるほど高まっているのだが、それ以上の圧力が本当にのし掛かってきているのだ。これは重力か?

 しかし足下から引っ張る力ではない。

 どちらかと言えば上空から無制限に降りかかってくる重圧だ。

 まさか――気圧?

 アダマスはぶっとい人差し指を櫛に添えて立てた。

「そこでだ、俺もひとつ俺の親友マイ・フレンドを見習って編み出してみた」

「編み出したって……まさか!?」

 驚愕を隠せないミサキに、男臭い笑みでアダマスは答える。

「そうだよ――変身パワーアップってやつさ」

 アダマスが愛用の品であるダイヤモンドの櫛を懐に戻した途端、重圧が加速度的に強くなった。一分の隙もなく押し潰されるような感覚だ。

 気圧が尋常ではない勢いで圧力を増していた。

 地上にあるものを見境なく押し潰すくらいの重みだ。大気圧が限界を超えてなおも圧縮され、天井知らずの過重かじゅうとなって襲いかかってくる。

 闘技場が悲鳴のようなきしみを上げていた。

 アスタロト・モードのミサキでさえ揺らぐほどの圧力だ。

 大気圧が急激に高くなっているらしい。

 高気圧に低気圧……大気は絶えず変動するものだが、地表に生きる生物は常におおよそ1気圧の重みを受けている。この1気圧は想像よりもずっと重い。

 1㎡につき約10トンにもなるという。

 では、どうして人間は大気でぺちゃんこに潰れないのか?

 人間に限らず地球上の生物はそもそも1気圧の元で生まれ育ち、その体内に空気や体液といったものを満たしている。これらが身体の内側から気圧と同じ圧力で押し返しているため、釣り合いが取れているというわけだ。

 だから、1気圧(10t)では潰れない。

 そもそも気圧とは空気。固体や液体のようにのし掛かるものではなく、全方位から一定の圧力がかかる。上から潰してくる力ではない。

 多少気圧が上下しても生物に影響はない。

 その分、体内の圧力も変動して慣れようとするからだ。

(※むしろ気圧の過度かどな変化で危惧きぐすべきは、酸素や二酸化炭素などの濃度変化。気圧とは気体の重さに他ならない。例えば酸素の場合、気圧が低くなれば酸素が薄くなるので酸素欠乏症、気圧が高くなれば過剰かじょうな酸素が猛毒となる)

 ゆっくりした推移すいいなら、数十気圧まで耐えられるという。

 ……ここまでは化学の授業のおさらい・・・・だ。

 しかし、一気に100000気圧とか上げられたら、世界と生命に及ぼす影響は破滅的なものになるだろう。順応や適応するどころの話ではない。

 現在アダマスがやっているのがそれだ。

 アダマスを中心に、凄まじい勢いで気圧が下がっている。

 彼自身が強大な台風の目となって真空のうずを作り出し、中心気圧が底無しのマイナスを記録するまで引き下げている。その反動で周囲の大気圧が急上昇しており、それを威圧として使っているらしい。

 気圧で威圧とか笑えない。しかも、致命的な威力があるから恐ろしい。

 局所的ながら、すべてを押し潰す大気の重圧をかけていた。

 気流も乱れてきて、風速数百mの激風が吹き荒れる。

 敷き詰めた何トンもある石畳も動き出す。

 風の威勢は留まるところを知らず、ついにはキラキラと目映まばゆい光を帯び、触れただけで皮が破れて肉が焦げるような破壊力を宿していた。

 この攻撃的な風――プラズマでできたものだ。

「嘘だろ……プラズマの台風だと?」

 超特級ちょうとっきゅうの災害じゃないか、とミサキは半笑いのまま度肝どぎもを抜かれた。

「封印結界タイプの闘技場にして正解だったな……」

 ミサキは呻きながらジンの仕事に感謝する。

 闘技場の結界はミサキのパワーアップで溢れた闘気オーラにより膨れていたが、そこにアダマスの台風も加わり、辛うじて持ち堪えている状態だった。

『試合開始前のウォーミングアップで弾けそうなんて……』

 どんだけーッ!? と脳内の工作者ジンが喚いていた。

 それはもう、アメコミ風マスクがグシャグシャに濡れるほどだ。

 だが――ないよりマシだ。

 たとえ封印結界が破れたとしても、空間歪曲で作り出した直径150㎞の闘技場があれば、周辺地域への被害はかなり抑えられる。

 もしもこれが大自然で行われていたら、一帯の生態系は再起することすら許されない壊滅的状況まで追い込まれたことだろう。

 生身の生物ならば、プラズマの風に触れる間もなく御陀仏おだぶつだ。

 極端な気圧差で体内の圧力を狂わされて誘爆する。神族や魔族でも推奨すいしょうLVは990以上、それ以下は身動きもろくに取れまい。

「……弱者はお断りってところかな」

 さすがは暴嵐神ぼうらんしんにして破壊神――面目躍如の暴虐ぼうぎゃく振りだ。

 過大能力――【天変地異のカラミティ・厄災は我が声をディザスター傾聴すべし・オーダー

 アダマスの過大能力オーバードゥーイングはミサキのそれとよく似ている。

 ミサキの過大能力が龍脈の根源になれるとしたら、アダマスの過大能力は天災を引き起こす暴力的な自然現象、その大元おおもととなれる能力だ。

 これらの過大能力は、エネルギーの無限増殖炉になれるもの。

 たとえば――炎の根源になれる過大能力があるとしよう。

 火を操るのではなく、火そのものになるのでもない。当人が無限に火を起こす源となれるのだ。無尽蔵の火力を湧き上がらせることができる。

 強力かつ強大な過大能力の部類だ。

 ミロちゃんや剣豪セイメイさんは「自然系ロギアだろ」とか言っていた。

 アダマスは自らの過大能力で暴嵐神に相応しい超爆弾低気圧を引き起こしつつ、周囲にとんでもない重さの大気圧を振りまいているらしい。

 嵐、地震、竜巻、噴火、台風、洪水、津波……。

「……すぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッッ!」

 ありとあらゆる天変地異のエネルギーを極限まで暴走させると、それを凝縮させながら深呼吸でもするかのように吸い込んでいく。

 普通なら――自殺行為である。

 いくら自らが発生させたエネルギーであろうと、身に余る力を取り込めば破裂してしまう。神族にもちゃんと許容量キャパシティというものが設定されている。

 過大能力の暴走なんて我が身を滅ぼすだけだ。

 肉体への自爆を促すに等しい。

 ミサキたち内在異性具現化者アニマ・アニムスは二つの過大能力を暴走させ、並列へいれつ励起れいきという状態に持ち込んでいき、そこから新しい安定状態へと導いていた。

 わかりやすく例えるならば――。

『超高速で自転する2つのエネルギーを繋ぎ、互いの遠心力を釣り合わせつつ公転させていき、連動させることで更なる回転力を生み出す』

 ――といった感じである。

 超過加熱オーバーヒート超過運転オーバードライブ超過運動オーバーワーク超過酷使オーバーユーズ超過負荷オーバーロード

 5つの超過ファイブ・オーバーをかけることで、過大能力オーバードゥーイングをこの上なく暴走させていくのだ。

 過大能力がひとつでは、この方法が使えない。

 暴走させた力を自身で受け止めきれず、肉体が壊れて終わるのみ。

「…………いや、待てよ?」

 ふとミサキはアダマスのとんでもない特性を思い出した。

 ――有り得ないタフネスを宿した剛体ごうたい

 アスタロトモードに変身したミサキが、たっぷり龍脈を乗せた一撃滅殺のパンチを幾度いくどとなく食らわしたにも関わらず、秒で復活する異常っぷりだ。

 あれは天性のもの、恐らく固有技能オリジナルスキルになっている。

 ミロちゃんの直観&直感もそうだが、個人の資質が物を言う固有技能には、時として過大能力に勝るとも劣らない効力を示すものがある。

 あのタフネスさならば、過大能力の暴走も受け止めきれるのではないか?

 不意にミサキはそんな考えに至った。

 まるで答え合わせでもするかの如く、アダマスは自らの起こしたプラズマの嵐をすべて吸収し、鋼の肉体を強化させるためのかてとして還元かんげんする。

 3m越えの恵まれた身長が更に大きくなる。

 ただでさえ極端きょくたんなくらい隆々りゅうりゅうとした巨躯きょくが、4m近くまで大きくなると筋肉まで限界を知らないかのように増量していく。

 ギリシャ神話の神々を思わせるゆったりした上着。

 これもキツくなったのか、無造作に掴んでビリビリに引き千切る。

 上半身がパンプアップしすぎなので、チキンレッグのようになるかと心配したが無用のようだ。比例するように下半身も全体的にグレードアップした。

 変化は体格だけに留まらない。

 太さを増した豪腕は浴びただけで肉を弾き飛ばす強風を発しており、風をモティーフにしたかのような紋様もんようが浮かび上がる。紋様は顔にも及び、ミサキと同じように歌舞伎の隈取にも似た戦化粧となっていた。

 盛り上がった両肩には、雷鳴を帯びる黒雲で編んだ羽衣はごろもをまとう。

 漢の誇りであるリーゼントは、プラズマ化して逆立っている。

 ――雷神や風神を思い起こす出で立ちだ。

 肉体的な変化はこれで打ち止めだが、オプション的なものが追加される。それは巨体の周りに浮かぶ、いくつもの一つ目だった。

 小型だが猛々しく巡る風、その中心に睫毛まつげの目立つ独眼どくがんがひとつ。

 竜巻や嵐――台風の力が具現化したものらしい。

 ミサキの身に収まらぬ龍脈が黒い帯状のマントになって現れたように、アダマスの図体に入りきらなかった暴嵐の力があふれ出たものなのだろう。

 無数の小型兵器を操るロボット。

 ファンネルとかビットとかいう、オールレンジ攻撃ができるという無線式兵器を思い出させるオプションだ。こういうのはダイン君が詳しいと思う。

 暴嵐神として天候災害を象徴してもいるらしい。

 プラズマの嵐を吸収したアダマス。

 天災は収まったが、それを凝り固めた存在ができあがった。

 そこにいるだけで生命の危機を覚える威圧感。

 人型をしているにも関わらず、大自然の脅威が止め処なく吹き荒れさせる。いつまでも膨張を続ける力場が、執拗なまでに圧迫感を叩きつけてくる。

 世界を滅ぼす大嵐の前にして無力感が込み上げそうだ。

 濃い煙みたいな息を吐いてアダマスは呟く。

極闘体フォルム――超破滅積乱雲ウルトラセル形態・モード

 ……ってリードが名付けた、とアダマスは自己紹介する。

 ちょっとミサキのアスタロトモードをパクった節があるものの、別の神魔の名前を使うのではなく気象現象のアレンジだった。

 とんでもなく激しい嵐のことをスーパーセルという。

 日本語だと超巨大積乱雲なんて漢字を振られるそうだが、その上を行く災害をもたらすことから超破滅積乱雲という造語を作ったらしい。

 世界を滅ぼす暴嵐神に相応しい姿だ。

 極端な気圧変化による重圧こそ消えたが、脅威度は段違いとなっていた。

 発する迫力も異次元レベルである。

「やりやがった……本当に、変身しやがったな!」

 悪態あくたいめいた台詞をミサキは口走る。

内在異性具現化者アニマ・アニムスじゃないのに、5つの超過ファイブ・オーバーを達成するなんて!」

 言葉とは裏腹に、その口調は歓迎を兼ねた褒め言葉だった。

 大きく目を見開いて食いしばった歯を剥いたミサキは、背筋を駆け上るゾクゾクした昂揚感に耐えながら、かつてない笑顔を浮かべていた。

 ――これほどの強敵と戦えるなんて!

 ワクワクが止まらない。興奮する鼓動に胸がはち切れそうだだった。

 ミサキの闘争本能が歓喜に打ち震えている。これほどの身を焦がすような喜びは二度に渡るツバサさんとの試合以来だ。

 暴走させた過大能力オーバードゥーイングをアダマスは完璧に我が物とした。

 五つの超過ファイブ・オーバーをやり遂げ、未知の安定領域に到達することで内在異性具現化者アニマ・アニムスだけしかできないはずの変身パワーアップを成し遂げたのだ。

 このおとこ――やはり規格外きかくがいである。

 個人としての戦闘能力ならば、バッドデッドエンズでも三指に入るはずだ。天賦てんぷの才ともいうべき無敵の肉体は何者をもひれ伏せさせるだろう。

 圧倒的とはアダマスのためにある言葉だ。

 逆にいえば、この漢に勝利できたら最高のほまれである。

 格闘家として武道家として――おとことしてだ。

 それを思うとミサキの胸は高鳴って仕方がなかった。

 戦争中なのを忘れて、目の前の漢とのバトルで夢中になりそうだ。いけないいけない、とにやけた顔を振って理性を取り戻す。

 ミサキの心はいい意味でザワついて落ち着かない。

 こればっかりは――役得だ。

 世界を護るための大義ある戦いとはいえど、これほどの強敵と相見えて、余人を挟むことなく覇を競える機会なんて、滅多にあることじゃない。アシュラストリート時代を思い出して、戦闘バトル中毒者ジャンキーの血が騒いでしまう。

 重圧にも等しい威圧感もミサキには心地いい。

 ゴキ、ゴキ、とアダマスは巨木の切り株みたいな首を鳴らす。

「最初はほら、アレだ……ストーカー・モードとか名付けたんだけどな。仲間にネーミングセンスにこだわる奴がいてよ」

 ストーカー・モード? とミサキは首を傾げる。

 嵐の神としてパワーアップした状態を、追いかけ回す者ストーカーと名付ける関連性が窺えなかった。だが、アダマスの性格を思い出したので聞き返してみる。

「もしかして――ストーム・モード?」

 それだそれ、とアダマスは言い間違えの指摘してきを笑って流した。

 確かに大嵐ストームならまだわかる。少々安直だが。

「んでな、ストームじゃインパクトが足りないってんでな。仲間たちがあれこれ考えてくれた挙げ句、リードって仲間の案でこんな名前になったんだよ」

 その威力はハナガミ・・・・付きだぜ、とアダマスは威張る。

 一歩前に踏み締めただけで、石畳がグズグズになるまで踏み砕かれる。雷を混ぜた猛風となる威圧感は、封印結界に致命的なダメージを与えていた。

 アダマスはズンズンと重厚な歩みを進めてくる。

 これにミサキは物怖じせず、むしろ嬉々として踏み出した。

 激しい風と雷で染まるプレッシャーを正面から浴びてもビクともせず、好戦的な微笑みをたたえたままズカズカと近付いていった。羽織る龍脈のマントは風に棚引きながらも、鎌首をもたげて威嚇の泣き声を忘れない。

 距離が狭まる途中、ミサキは念のため訂正しておこうと思った。

「……それを言うなら折り紙おりがみ付きだろ」

「おお、それだそれ。毎度悪いな、訂正ありがとよ俺の友達マイ・フレンド

 言い間違いを指摘されてもアダマスは気を悪くせず、言い直したことを感謝するように片手を上げた。気の知れた友達のような仕草だ。

 そういえば――いつの間にか好敵手ライバル俺の友達マイ・フレンドになっている。

 呼び方がまた変わったことにミサキは気付かされる。

「いいってことさ――俺の友達マイ・フレンド

 茶目っ気を出したミサキがそう返すと、アダマスは嬉しそうに笑う。

「よし、そんじゃあろうか」

「ああ、ろう。そうしよう」

 ――そういうことになった。

 意気投合した両者は一足飛びに間合いを詰める。

 持てる力を出し惜しみすることなく突き出した互いの拳が激突し、無数の台風の目と踊り狂う龍脈の群れも主人を護るように衝突した。

 次の瞬間――大爆発が起こる。

「雄ぉぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉ雄ぉぉぉぉぉぉーーーッ!」
「ほらほらほらほらほらほらあああああっほらよぉぉおーーーッ!」

 両者の雄叫びが爆音を越えて轟いた。

 純粋な力と力の激突によってもたらされた爆発は、混じりけのない閃光となって闘技場を吹き飛ばし、幾重にも重なる強固な封印結界をぶち破る。

 直径150㎞にもなる即席の闘技場。

 爆発はそのきわギリギリで踏み止まり、辛うじて自然破壊は免れた。

 しかし被害を抑えるための封印結界は跡形もなく消え去り、足場となるべき石畳はひとつ残らず粉砕されてしまった。

 それでも、150㎞に渡る空間歪曲は残っている。

 荒れ地となった場で、ミサキとアダマスは限界バトルを始めていた。

 遙か上空――空の彼方にひとつの顔が浮かぶ。
 
『俺ちゃんの闘技場……また役立たずで終わっちゃったなぁ……』
(※第148話参照)

 工作の変態――ジン・グランドラック。

 大空に泣いた笑顔を決めたジンは、そんな感想をポツリと漏らした。

   ~~~~~~~~~~~~

 イシュタル女王国に進軍したバッドデッドエンズは合計四人。

 陣頭指揮じんとうしきるのは頭脳役ブレーンことマッコウ・モート。

 かつて異相いそうに亡命した現地国家の殲滅作戦を進めていた彼女は、水聖国家オクトアードを巡る戦いで、その作戦を中止させられてしまった。

 ――四神ししん同盟どうめいに介入されたからだ。

 ここでロンド様とツバサ氏の間で開戦までの停戦条約が結ばれ、亡命国家の殲滅を取り止めるという約束が盛り込まれたらしい。

 この条約にマッコウは少なからず不満を持っていたようだ。

 その後、オクトアードは真なる世界ファンタジアに復活する。

 場所は中央大陸の東方、イシュタル女王国付近の隣国として再建されていた。

『今回は意趣いしゅがえしも兼ねてるのよ』

 マッコウは遠慮なく本音をぶちまけていた。

 オクトアードでの戦いでマッコウはヌンと争い、老獪ろうかいかえるの王様によって手玉に取られたらしい。そのことを根に持っているのは明らかだった。

 水聖国家への意趣返し――ヌンへの復讐。

 マッコウがイシュタル女王国への侵攻を選んだ理由がこれである。

 そのマッコウと彼女が率いる餓鬼がきの軍勢は、第一次防衛ラインで待ち構えていた蛙の王様ヌンの操る水の軍団によって足止めされていた。

 ある意味、リベンジマッチが成立したと言える。

 突撃隊長として選ばれたのは、アダマス・テュポーンだった。

 アダマスは内在異性具現化者アニマ・アニムスであるミサキを好敵手ライバルと定めていたため、「あの子は強そうだからアダマスあんたが相手しときなさい」とマッコウに命じられていた。

 言われずともアダマスはミサキに夢中である。

 アダマスは第一次防衛ラインに到着するや否やキョトキョトと見渡し、ミサキの姿を発見すると「ヒャッハーッ!」なんて滅多に聞けない珍妙な歓声を上げて、少年みたいな美少女に躍りかかったのだ。

 並外れた大男が満面の笑みで少女に襲い掛かる。

 ……現実世界なら通報案件レベルの危ない絵面えづらでした。

 ここまではマッコウの思惑通りだ。

 イシュタル女王国を護るために控えるLV999スリーナインの中では、内在異性具現化者アニマ・アニムスにして代表を務めるミサキが最も強いはずだ。その動きをアダマスが封じれば、防衛ラインに大きな穴が開くのは必定ひつじょう

 そこに生じたすきを突くという作戦である。

 しかし前述ぜんじゅつの通り、マッコウはヌンと好カードを組んでしまった。

 ――残るバッドデッドエンズは二人。

 アダマスによってミサキの動きは封じられた。そこに開いた穴をこの二人が潜り抜け、イシュタル女王国まで攻め込んで破壊と殺戮の限りを尽くす。

 ミサキやヌンを倒せば、アダマスやマッコウもそれに追随ついずいすればいい。

 マッコウの作戦はこのような概要がいようで進められていた。

 だが、何事も思い通りに行かないものだ。

 端的に言えば――もう失敗している。

 残る二人のバッドデッドエンズは、このすきを活かせなかった。

 一人はマッコウの命令など聞いてなかったのか聞く気もなかったのか、フラッとどこかへ姿をくらましてしまった。

 だが彼は生粋の殺人鬼シリアルキラー――殺戮快楽主義者だ。

 どこかで殺戮に勤しんでいることは疑いようのない事実なので、バッドデッドエンズとしての役目は最低限果たしていると思われる。

 マッコウの怒りを買うことは確定だが……。

 そして、もう一人は魔女医まじょいの異名を持つネムレス・ランダである。

 最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉エンズ20人の終焉者トゥエンティ

 №04 業病ごうびょうのフラグ ネムレス・ランダ。

 ネムレスはマッコウの意をんで、アダマスがもうけてくれた穴からミサキたちの第一次防衛ラインを抜け、イシュタル女王国へ向かうつもりだった。

 しかし、行く手を阻まれてしまった。

 隙を突いて攻め込むどころの話ではない。

 ネムレスは敵の第一次防衛ラインに着いた途端とたん、出会いがしらに絨毯爆撃のようなとんでもない高威力の魔法攻撃を連発で浴びせられたのだ。

 あまりの勢いに防御と回避で手一杯。

 アダマスの開いてくれた防衛網の穴へ飛び込む余裕などなかった。

 攻撃は休むことなく続けられ、ネムレスは反撃する間もなく一方的に追い立てられてしまい、防戦に徹しつつ逃げることを余儀よぎなくされていた。

「こういう時、自身の役回り・・・・・・を思い知らされますね……」

 ネムレスは我が身の至らなさをうめいた。

 高層ビルを超える高さで木々が立ち並ぶ深い森の中、ネムレスは掻い潜るように空を飛んでいく。生い茂った枝葉に身を隠しながらだ。

 森の緑に紛れながら逃げの一手である。

 イシュタル女王国へ攻め込むどころではない。

 彼らの守る第一次防衛ラインからも遠ざけられ、どちらかといえば大陸中央にある帰らずの都方面へと追いやられるように動かされていた。

 見る人が見れば女医――あるいは看護婦ナース

 どちらとも見て取れるように仕立てられた、医療系コスプレ風ドレスとも言うべき衣服で装っている。現実世界で曲がりなりにも医療を志した者の残滓ざんし、その名残みたいなものだと思ってもらえればいい。

 魔女医なんて肩書きにも表れている。

 上半身はタイトな作りなので、大きな胸元を盛り上げて細いウェストのシルエットが目立つ。ネムレスは割とスタイルのいい巨乳だった。

 下半身はたけの長いスカートなので、ワンピースドレスに近い感じだ。

 それらの衣装を樹木の枝や葉で汚すことはない。

 天女のように空を舞い飛び、深い森を器用にすり抜けていく。

 切り揃えられた黒髪のロングヘアをなびかせ、その頭部にはナースキャップを意識した逆十字の紋章を刻むティアラで飾っていた。

 美人だが異様な眼力、おかげで軟派なんぱな男には嫌われたものだ。

 顔の下半分は薄いフェイスベールで隠しており、鼻が高いことと口元がなんとなく動いているということしかわからない。

 医療系コスプレドレスで統一している中、このベールだけがどうしても馴染まずに浮いていた。アラビアの踊り子が使いそうなデザインだからだろう。

 だが、今では魔女医まじょいネムレスのトレードマークだ。

「そう、私はあくまでも魔女にして医者……どちらも最前線で戦うこととは縁遠い職種であり、どちらかと言いえば後方支援やサポートの花形はながた……」

 出しゃばりが過ぎましたね、とネムレスは反省した。

 彼女が通り過ぎた場所に光が落ちてくる。

 それは直径数十mはあろうかという光の柱となるが、光に触れた木々に変化は現れない。ただしネムレスが触れた場合、手痛いダメージを発生させた。

 ――識別しきべつした対象にのみ負傷させる。

 原理はわからないが、敵と認識した者のみ攻撃する魔法のようだ。

 直撃ならば超弩級ちょうどきゅうのレーザー砲を喰らうのと変わらない。

 迂闊うかつにもネムレスは左腕を掠めるくらいの光を浴びてしまい、その威力を実体験させられていた。左腕のそでは引き裂かれており、光を受けた二の腕の側面は炭化するまで焼け落ちていた。

 回復と修復のダブル魔法で応急処置をしたが治りが悪い。

 治るのを阻害そがいする効果も含まれているらしい。

 そんなえげつないレーザー攻撃が立て続けに降り注いでくる。

 立ち並ぶ光の柱を幻視してしまう。

 我を忘れて逃げていると、いつしか森を抜けてしまっていた。

 そこは森や林がまばらに点在する原野だった。

 今まで隠れ潜んでいたものと同じ規模の森や林はそこかしこにあるのだが、それぞれの距離が離れている。隠れる遮蔽物しゃへいぶつのない原野を無防備に飛んでいくのは愚策ぐさくだとわかっているが、手近なところにはなにもなかった。

 それが狙いで森からあぶされたのだろう。

 ネムレスはめげずに一番近いところにある森へ全速力で飛んだ。

「――させるわけないです」

 冷淡な少女の声、直後に光の柱が隙間なく立ち塞がった。

 こうなると光の壁だ。

 逃げ込もうとした森を先読みしたのか、その行く手をさえぎるべくレーザー砲みたいな攻撃魔法が降り注ぐ。あれを避けながら進める勇気はない。

 立ちすくむネムレスは頭上を仰ぎ見る。

 そこにいたのは――年端としはもいかない幼女の姿をした魔女だった。

 和洋わよう折衷せっちゅうとも言い難い格好である。

 走査スキャンで調べた限り、肉体年齢は16歳前後らしい。しかし、ネムレスの目だけではなく、誰の視点からでも年相応には見えないはずだ。

 14、いや13……小学生でも通じるかも知れない。

 それほど小柄な体格で低身長にも関わらず、乳房やお尻に太ももといった箇所かしょの発育は大変よろしい。かなりアンバランスな成長ぶりである。

 ロリ巨乳なんて俗な言葉がピッタリだ。

 常にまぶたを半分くらい下げたような眼、いわゆる半眼がデフォルト。

 常時ジト眼なことに眼をつむれば、目鼻立ちのラインや顔立ちといったフェイスラインは最上級。大層な美少女だと太鼓判を押せる。

 少々表情に乏しいが寡黙かもくではない。むしろ饒舌じょうぜつ部類ぶるいだろう。

 ネムレスを抹殺するために追い立ててる間でも、こうして会話をする機会が巡ってくると向こうから話し掛けてくるほどだ。

 性格的には朗らかで闊達かったつ、社交性にも長けている。

 明度の高い黒髪は魔女らしくたっぷりのロングヘアになるまで伸ばし、顔の左右に垂らした髪の先端のみリボンを結んでいる。前髪は両眼のラインギリギリに合わせて切り揃えられ、大きな丸眼鏡をかけていた。

 身に帯びる衣装は着物をアレンジした和装である。

 大胆な仕立て直しが施されており、両肩や胸元を露わにして脇も覗けるほどだ。足回りははかまのようなものを穿いて反比例するようにガードが堅い。

 履き物は女性用の高下駄たかげた――まるで花魁おいらん道中どうちゅうだ。

 全体的に和風でまとめているにも関わらず、頭に被った大きな帽子だけは西洋の魔女っぽい。よくある「とんがり帽子」というやつだった。

 魔女――モミジ・タキヤシャ。

 こう見えてLV999スリーナインに到達した神族プレイヤーである。

 水聖国家オクトアードに客将きゃくしょうとして身を寄せている少女だ。もう一人エンオウと呼ばれる武道家の青年がいるのだが、彼のことを「若旦那わかだんな」と呼んで慕っているそうで、従者よろしく彼に付き従っていた。

 ネムレスはモミジとちょっとした因縁があった。

 それはヌンに意趣返しを目論もくろむマッコウを笑えたものではない。

 水聖国家攻略にはネムレスも参加していた。

 ネムレスは戦闘力の低い一般市民の殺戮さつりくに勤しみ、これを一網打尽にするべく国民の避難地に急襲を仕掛けたのだ。

 これをはばんだのが他でもない――モミジである。

 モミジはエンオウの指示により、国民を守ることに専念した。

 ネムレスと彼女の付き添いをしていた暴食童子オセロットは、モミジごと一般市民を皆殺しにしようと襲い掛かったのだが、強固なまでに防戦へと徹した彼女の護りを破ることができず、結果的には失敗に終わってしまった。

 途中、鉄拳を奮う少年カズトラにも乱入された。

 ここからは乱戦になってしまう。

 その後、殴り込んできたツバサ氏と事態を察して駆けつけたロンド様が停戦条約を交わされたことにより、明確な決着はつけられなかったのだ。

 だが――ネムレスは彼女の悔し涙を垣間見た。

 水聖国家オクトアードの国民を守るためとはいえ、ネムレスとオセロットにやられっぱなしで何もできず、反撃すらままならないモミジは叫んでいた。

『…………もどかしいです、若旦那ぁッ!』

 涙目で悲痛に叫ぶ彼女の表情をネムレスはよく覚えていた。

 モミジの瞳は雄弁に語っている。

『――雪辱戦せつじょくせんなのです』

 まさに目は口ほどにものを言う。あの時とは一転、ネムレスを見下ろすモミジの視線は力強く物語っていた。

 モミジは思ったより好戦的な性格らしい。

 もしくは「やられたらやり返す」というハムラビ法典な考えの持ち主なのかも知れない。そっくりそのままやり返してくるところが特にそう思う。

 前回、ネムレスはモミジに反撃を許さず攻め立てた。

 今回、モミジはネムレスを徹底的に防戦するよう追い詰めており、反撃するチャンスを一度たりとも与えてくれなかった。

 完全にやり返されている。仕返しされているのだ。

「ですが……いつまでもやられっぱなしというのは私もしょうに合いません」

 互いに目線を合わせたこの瞬間、ネムレスは反撃を試みる。

 過大能力――【髄までハード・掻き毟れスクラッチ・忘却せし心傷マインドスカー】。

 ネムレスから全方位へ放射される、不気味な青白い波動。

 この波動を浴びた生物は何であれ、不安や恐怖といった自身が脅かされる感情を増幅させられるのだが、この波動自体は目眩めくらましの要素が強い。

 本題は――ネムレスの総身から伸びる不可視ふかしの触手。

 相手が不安を煽る波動に気を取られている間に、恐怖を突き動かされることで心の隙間が生じたところへ、この見えない触手がそっと忍び込む。

 心の奥底、意識の深奥しんおうにまで触手は潜り込んでいく。

 そうして当人が忘れているような精神的障害トラウマを掘り起こし、身も心もむしりたくなるまで想起そうきさせてやる。それはもう強烈かつ猛烈に、心の傷が裏返って肉体をも破壊するほどに思い出させてやる。

 心を壊して体も殺せば、完全なる再起不能に追い込めるわけだ。

 これがネムレスの過大能力オーバードゥーイング真骨頂しんこっちょうである。

 応用としては他者の精神をネムレスの思いのままに改造することもでき、意識の側から肉体改造なども施すことができる。

 勿論、ネムレスの言いなりになるよう洗脳も可能だ。

 オセロットをあのように・・・・・改造したのもネムレスの手腕しゅわんだった。

 青白い波動に何百もの見えない触手を乗せて、モミジに襲い掛からせる。わずかな隙も見逃すことなく、彼女の深層心理へ潜り込もうとする。

 しかし、一本たりともモミジに辿り着けない。

 フェイスベールの下でネムレスは唇を歪ませていた。

 思わず舌打ちも漏れそうになる。

「先日の戦いでも悩まされましたけど……厄介ですわね、その結界」

「モミジは攻守ともにデキる女なのです」

 十重とえ二十重はたえに取り巻くは――金色に輝く何本もの巻物スクロール

 忍者が口にくわえていそうな、妖術などを記した怪しい巻物である。

 巻物の総数は30を超えるだろう。

 一見すると何本もの羽衣がモミジを取り囲んでいるように見えるが、よくよく眼を凝らせば細かい呪文が高密度で描かれた巻物であり、そこから莫大な魔力が発散されていた。その魔力が分厚い防御膜を形成しているのだ。

 これが積層型せきそうがたの防御結界となり、ネムレスの触手を妨げていた。

 触手が心に辿り着けば、何者もネムレスにあらがすべはない。

 それほどの強制力を持つ不可視の触手だが、そちらに過大能力としてのパワーを振っているためか結界などを突破する力は弱かった。

 モミジが結界術に長けているのも相性が悪いと言っていいだろう。

 おまけに――モミジは攻撃系の魔法まで超一流だった。

 巻物で構成された結界に護られるモミジ。

 そんな彼女の背後には、黄金に彩られた巨大な曼荼羅まんだらが浮かんでいた。その面積はグラウンド数十面分になるかわからない。

 つぶさに観察すると、無数の魔法陣で構成されているのが判別できた。

 先ほどからネムレスを狙ってくる光の柱。

 森を焼かずにネムレスのみを灰にするべく降り注ぐ超弩級レーザー光線は、モミジの背負う曼荼羅魔法陣から発せられていた。

 防御結界の頑丈さもることながら、あの曼荼羅の攻撃力も桁違いだ。

 なのでネムレスは安易にこんな考察をしてみた。

「……それが貴女の過大能力オーバードゥーイングですか?」

「違うです。この程度・・・・で過大能力のわけがないのです」

 あっけらかんとモミジに即答された。

 この程度? とネムレスの背中から嫌な汗がドッと噴き出した。

 彼女の魔法攻撃は下手な過大能力より高威力だ。

 これで通常技能スキル? いや、恐らくはいくつもの技能を複雑に掛け合わせることで編み出された高等技能ハイスキルの一種だと推測できるが……。

 ここまで手練れの魔法系専門職にはお目に掛かったことがない。

 ネムレスはかつてモミジが吐露とろした言葉を拾い上げる。

現実リアルであなたが魔女や鬼女と呼ばれた理由……なんとなくわかりますわね」

 現実世界でも霊能力や神通力を持つ者はいた。

 いわゆる異能というやつだ。

 絶対数は少ないと思うが、ネムレスも数人知り合った経験がある。だから、そのような非科学的な現象があることも理解していた。

 ロンド様から真なる世界ファンタジアという真実を教えられてからは尚更だ。

 そういった能力者は――得てして色眼鏡で見られる。

 フィクションで見られるような拝み屋や退魔師たいましなどと持ち上げられるのは珍しい例だろう。大抵、煙たがられてうとまれる。

 周囲の理解を得られなければ、人の和から外れることは間違いなしだ。

 彼女モミジがそうした思春期を送ったことは想像に難くない。

「生まれ付きの魔女なら、この威力も納得できますしね……」

 この一言は確実にモミジの機嫌を損ねた。

 表情が「ムスッ……」となっただけではなく、八つ当たりみたいな勢いで光の柱が降ってきたからだ。しかも直撃はせず甚振いたぶるようにかすめるばかり。

 失言でしたわね、とネムレスはちょっと反省した。

 同時に――これがモミジの心の隙間を突く弱点だと確信する

「女医のお姉さん、あなたは第三者だいさんしゃありきです」

 魔法陣の曼荼羅からの一斉掃射を一時的に止めたモミジは、力の格差を思い知らせるようにネムレスへ語りかけてきた。

「あなたの過大能力は他者の心をいじくりまわすものです。ですが私のように同格の者には通用しづらい。私に触手を伸ばしたければ、同格の仲間に攻撃させることで私を油断させるくらいしか方法がないはずです」

 はい正解――とネムレスは口が裂けても言えなかった。

 それを認めれば敗北宣言をしたも同然だ。

 モミジの考察はまだまだ続く。

「もしくは敵味方どっちでもいいから自分よりも格下の者を見繕みつくろって、その見えない触手で魔改造することで都合のいい兵隊にでも仕立てて、私に総攻撃をけしかけて隙を作らせるしかない……」

 あるいは人質を狙うことで動揺を誘うという手段もある。

 水聖国家オクトアードでの攻防はいい例だ。

 あの時はオセロットも手伝ってくれたので、後衛に専念することもできた。

 このように――ネムレスの能力は第三者がいないと成り立たない。

若旦那風わかだんなふうに言えば、一対一タイマンでは戦えないのです」

 悔しいが完全に見抜かれている。

 だからこそ、ネムレスは単独行動をしないよう心掛けていた。

 こうした理由から異相に逃れた亡命国家を殲滅する作戦では、懇意こんいにするサバエから大事な弟であるオセロットを借りたのだ。

 既に改造済みの彼を護衛役ボディーガードに見立てたのである。

 今回はマッコウから餓鬼の軍勢を借りて、彼らの何人かを改造することで自分の身辺しんぺんを守る近衛兵このえへいにしようと計画を立てていたのだ。
(※ちゃんとマッコウさんの了解は得てます)

 しかし、これもモミジには読まれていたらしい。

 ゆえにマッコウや餓鬼の軍勢から引き離されるように、こんなどこともわからない場所にまで連れてこられてしまった。

 餓鬼を部隊単位で借りる間もなく、モミジに追い立てられたのである。

 あるいは天然殺人鬼シリアルキラーに護衛を頼むつもりでいた。しかしだ。

「あの唐変木とうへんぼくは一体どこへ雲隠れしたのやら……」

 ネムレスは愛想を尽かしていた。

 あんまり期待していなかったが、第一次防衛ラインに到着する頃には姿をくらましていたので、風の吹くまま気の向くまま寄り道をしているのだろう。

 ロンド様も飼い慣らせないから放任主義、マッコウも手を焼く問題児だ。

 聞く耳を持つだけアダマス君が優等生に思えるほどである。

「……“獣”けだものは首輪を嫌がるから困りますわね」

 団体行動から外れた理由は至極単純、どこかに殺し甲斐のある生き物でも見つけたに違いない。あれはそういう殺しのさがに取り憑かれていた。

 決して猟犬にはなれない――死を食む狂獣である。

「それで……どうするですか?」

 モミジは選択肢を与えるような問い掛けをしてくる。

 しかし、その声色は「降参するです」と誘い促していた。

 この場にはネムレスの過大能力オーバードゥーイングで利用できる第三者がいない。まだ過大能力という切り札を切っておらず、技能スキルだけで圧倒するモミジに勝ち目はない。

 モミジは暗にそう言い含めているのだ。

 ネムレスは息を吸うと長めのため息をついた。

「ふぅ……あまり大人を侮ってはいけませんよ、お嬢さん」

 ネムレスはベール越しにほくそ笑む。

余念よねんなく準備をおこたらない……それがデキる大人というものです」

 亜空間にある道具箱インベントリたおやかな手を差し入れたネムレスは、そこから掌に収まりきらないほど何かを掴み出した。

 細い指では握りきれず、ポロポロと黒い粒がこぼれ落ちていく。

 小さな黒い豆に見えるそれ・・は――脈動していた。

 ドクンドクンと心音を響かせて急速に魔力を高めると、粒の内側で凄まじい細胞分裂を繰り返すことで瞬く間に膨張する。

 分析アナライズを走らせたモミジは、顔色を変えてすぐさま反応した。

「それってまさか……巨獣きょじゅうの卵!?」

 現在進行形で真なる世界ファンタジアを荒らし回る超大型の怪物ども。

 それを生み出す禍々しい受精卵だ。

「ロンド様から融通ゆうづうしていただいて正解でしたわね」

 ネムレスが巨獣の卵をばら撒くのと、モミジが曼荼羅魔法陣から超弩級レーザーの集中砲火を放つのは同じタイミングだった。

 乱立する光の柱の真っ只中へネムレスは飲まれていく。

 だが、集積しゅうせきする光の中に濃い影が生じる。

 それはいくつもの巨影を形作ると、巨獣の群れとなってモミジの放つ光の柱から飛び出してきた。空を飛びながらモミジに吠え立てている。

 巨獣たちは漏れなくネムレスの支配下にあった。

 彼らを盾にできたおかげで、今の集中砲火はノーダメージだ。

 巨獣には不可視ふかしの触手が行き届き、こちらの精神支配をすんなり受け入れてくれるので自由自在に改造することができた。

 心も体も――際限なく強化することを受け入れてくれる。

 モミジには飛行系技能で逃げられても困るので、すべての巨獣に空を飛べる器官を作っていく。そのせいか、みんな飛竜ワイバーンタイプになってしまった。

「……ま、兵士の見た目は統一しておきましょうか」

 どうせだから巨獣全員、ワイバーンになるよう肉体改造しておく。

 飛竜の群れは翼をはためかせてモミジに追い縋る。

 モミジは魔法陣から光を放って迎撃するが、その効果はかんばしくなかった。

「私の極光砲きょっこうほうに耐えるなんて……どんだけ強化したですか!?」

「それはもう可能な限りですわね」

 曼荼羅魔法陣から発射される超弩級レーザー砲。

 それは飛竜たちにダメージこそ与えるも、彼らは致命傷を受けても意に介そうとしない、即座に傷を修復してモミジに牙を剥いた。

 肉体強度、再生能力、攻撃能力、反応速度、運動能力――。

採算さいさん度外視どがいしでそれらを突き詰めました」

 この場合、度外視される採算とは生命体としての寿命や活動限界である。

 この戦いだけ保てばいい――長寿など望むべくもない。

 短気決戦を重視した、最強最悪の巨獣に仕立てたつもりだ。

 それくらいの勢いで改造を施した巨獣もとい飛竜の軍団を前衛に立たせることで、ネムレスは自身の過大能力に必要なものを成り立たせた。

 即ち――第三者である。

 巨獣たちに守られたネムレスは、ようやく余裕を取り戻せた。

「それにしても奇妙なえにしがつきまといますわね」

 思い返してみれば、イシュタル女王国へ攻め入った四人のバッドデッドエンズは、何かしら因縁を持った相手を対戦相手として求めていた。

 頭脳役ブレーンマッコウはかえるの王様ヌンを目の敵にして――。

 喧嘩屋けんかやアダマスはミサキという少年をライバル視して――。

ネムレスわたしモミジあなたと……魔女や鬼女と恐れられたあなたに興味を持ち、解剖してみたいと宣言した件もありますし……これもまた因縁でしょうか?」



 そういえば――あの殺人鬼・・・・・にも因縁の相手がいたはずだ。



「彼はそちらに向かったのかも知れませんね……」

 飛竜に襲われるモミジを見つめ、ネムレスは嗜虐的しぎゃくてきな笑みをこぼした。


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