【短編】学園の聖女は、俺を「人間」として扱ってくれない。~完璧な管理システム下で、家畜のように愛される幸福~

月下花音

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第2話:完璧なデートと、計算高すぎる俺の誤算

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 日曜日の午前九時五十分。駅前の時計台広場。
 俺は自販機の陰で、本日の「防衛プラン」を最終確認していた。

 作戦名:『虚無(モブ)化』。
 
 相手は管理・飼育の化け物・天宮愛リスだ。彼女が求める「最適化」と「成長」の逆を与え、愛想を尽かされようという作戦だ。
 服装も完璧だ。量販店の無地パーカーに、色落ちしたチノパン。
 背景(モブ)に溶け込むための光学迷彩。すれ違う通行人はおろか、自動ドアのセンサーにすら認識されない自信がある。

「お待たせ、篠崎くん!」

 だが、その自信は三秒で崩壊した。
 人混みを割って現れた天宮愛リスの輝きの前では、俺の迷彩など全裸同然だった。

 オフホワイトのニットに、ミントグリーンのスカート。
 そして、右耳には真珠のヘアピン。
 俺の脳内データベースが警報を鳴らす。
 『星空のイリス』第8話デート回コーデ。俺の「性癖」の完全再現だ。

 狙撃(スナイプ)だ。彼女は俺の過去を掘り、弱点をピンポイントで撃ち抜いてきた。
 普通のオタクなら「あ! それ!」と食いつき、即死していただろう。
 だが、俺は表情筋を殺して耐えた。

「その服、似合ってるね。春っぽくて」
「本当? よかったぁ。篠崎くん、こういう色好きかなって思って」

 よし、反応は「50点」。防御成功だ。
 彼女は嬉しそうに微笑んだが、その直後。
「あっ」
 小さな段差につまづき、彼女がよろけた。俺が支えるより早く、彼女は体勢を立て直す。
 ……今の、わざとか?
 いや、耳が少し赤くなっている。あれは素だ。
 完璧超人の「ドジ」という隙。計算外の可愛さに、俺の防御壁(ファイアウォール)が1%削られる。

 映画館までの移動も、地獄のような心理戦だった。
 俺は「歩きにくい男」を演じるため、歩調をランダムに変えた。早歩き、急停止、ジグザグ走行。
 だが、彼女は全てに対応してきた。
 早歩きすれば小走りで袖を掴まれ、止まれば「何かあった?」と覗き込まれる。
 俺の「嫌がらせ」が、全て「イチャイチャイベント」に変換されていく。
 この女、強い。

 映画館についても、誤算は続いた。
 席はカップルシートを回避したが、ポップコーンという魔物が待っていた。
「ハーフ&ハーフにしよ?」
 巨大なバケツが二人の膝に乗る。
 上映中、俺はスクリーンではなく、バケツの中の「彼女の指の位置」を軍事衛星レベルで監視し続けた。
 あ、今キャラメル取った。次は塩か? 来るか? 接触(コンタクト)来るか?
 
 緊張のあまり、俺は自分の指がキャラメル味を掴んだことに気づかず、一度だけ彼女の手の甲に触れてしまった。
「あ」
 暗闇で目が合う。
 彼女は一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに目を細めた。
 俺は無言でポップコーンを口に放り込んだ。味がしなかった。
 映画の内容? 地球が爆発した気がするが、俺のメンタルの方が先に爆発しそうだった。

 カフェでの休憩中、俺のSAN値は限界近かったが、まだ「つまらない男」の演技は崩していない……はずだった。
 ホットティーを飲んだ彼女が、「あつっ」と小さく舌を出して涙目になるまでは。
「……猫舌?」
「う、ううん、違うよ! 油断しただけ!」
 強がる彼女があまりに無防備で、俺はつい口元を緩めてしまった。
 
 その瞬間だ。
 彼女が、スッと真顔に戻り、俺の顔を覗き込んだのは。

「……ねえ。篠崎くん」

 甘い匂いが鼻孔をくすぐる。心臓が跳ねる。

「なんで待ち合わせの時、『ヘアピン』から見たの?」

 時が止まった。
 ラテアートの泡が消える音が聞こえるくらいの静寂。

「……え?」
「普通の男子なら、まず脚とか服を見るでしょ? でも篠崎くんの視線、真っ先に右耳のヘアピンに動いたよね。コンマ数秒」

 彼女はにっこりと微笑んだ。
 その目は笑っていない。顕微鏡で検体を覗くような、冷徹な観察眼。

「『星空のイリス』のヒロインは、感情が高ぶるとヘアピンが光る設定だもんね。ファンなら、まずそこを確認しちゃうよね?」

 バレていた。
 俺の視線の動き(サッカード)まで、全て監視されていたのか。
 俺が「反応しないように努力した」こと自体が、彼女にとっては「知っている」という自供(エビデンス)になってしまったのだ。

「……なんの話かな。知らないアニメだ」
「ふふ、まだ隠すんだ。そういう用心深いところも、野生動物みたいで可愛い」

 彼女は俺の腕にギュッと抱きついた。
 柔らかい感触。
 だが、俺が感じたのは、捕食者に喉笛を噛まれたような戦慄だけだった。

「篠崎くんって、ただの『つまらない人』かと思ってたけど……意外と演技派なんだね」

 彼女の声が弾む。
 瞳の奥に、新しい光が宿る。
 それは、退屈なおもちゃを捨てようとしていた子供が、隠しコマンドを見つけた時の目。

 誤算だ。最大の誤算だ。
 俺が駆使した「知性」が、逆に彼女にとっての「攻略難易度(やりがい)」を跳ね上げてしまった。
 ただのモブだと思っていたら、実はAI搭載のレアモンスターだと認識されたようなものだ。
 
 『ターゲットの知能レベルを再設定。難易度EからAへ。抵抗する獲物ほど、壊しがいがあります』

 そんなログが見えるようだ。
 逃げられない。
 今日から、俺の「飼育」レベルが一段階上がったことを、俺は悟った。

(つづく)
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