2 / 3
第2話:完璧なデートと、計算高すぎる俺の誤算
しおりを挟む
日曜日の午前九時五十分。駅前の時計台広場。
俺は自販機の陰で、本日の「防衛プラン」を最終確認していた。
作戦名:『虚無(モブ)化』。
相手は管理・飼育の化け物・天宮愛リスだ。彼女が求める「最適化」と「成長」の逆を与え、愛想を尽かされようという作戦だ。
服装も完璧だ。量販店の無地パーカーに、色落ちしたチノパン。
背景(モブ)に溶け込むための光学迷彩。すれ違う通行人はおろか、自動ドアのセンサーにすら認識されない自信がある。
「お待たせ、篠崎くん!」
だが、その自信は三秒で崩壊した。
人混みを割って現れた天宮愛リスの輝きの前では、俺の迷彩など全裸同然だった。
オフホワイトのニットに、ミントグリーンのスカート。
そして、右耳には真珠のヘアピン。
俺の脳内データベースが警報を鳴らす。
『星空のイリス』第8話デート回コーデ。俺の「性癖」の完全再現だ。
狙撃(スナイプ)だ。彼女は俺の過去を掘り、弱点をピンポイントで撃ち抜いてきた。
普通のオタクなら「あ! それ!」と食いつき、即死していただろう。
だが、俺は表情筋を殺して耐えた。
「その服、似合ってるね。春っぽくて」
「本当? よかったぁ。篠崎くん、こういう色好きかなって思って」
よし、反応は「50点」。防御成功だ。
彼女は嬉しそうに微笑んだが、その直後。
「あっ」
小さな段差につまづき、彼女がよろけた。俺が支えるより早く、彼女は体勢を立て直す。
……今の、わざとか?
いや、耳が少し赤くなっている。あれは素だ。
完璧超人の「ドジ」という隙。計算外の可愛さに、俺の防御壁(ファイアウォール)が1%削られる。
映画館までの移動も、地獄のような心理戦だった。
俺は「歩きにくい男」を演じるため、歩調をランダムに変えた。早歩き、急停止、ジグザグ走行。
だが、彼女は全てに対応してきた。
早歩きすれば小走りで袖を掴まれ、止まれば「何かあった?」と覗き込まれる。
俺の「嫌がらせ」が、全て「イチャイチャイベント」に変換されていく。
この女、強い。
映画館についても、誤算は続いた。
席はカップルシートを回避したが、ポップコーンという魔物が待っていた。
「ハーフ&ハーフにしよ?」
巨大なバケツが二人の膝に乗る。
上映中、俺はスクリーンではなく、バケツの中の「彼女の指の位置」を軍事衛星レベルで監視し続けた。
あ、今キャラメル取った。次は塩か? 来るか? 接触(コンタクト)来るか?
緊張のあまり、俺は自分の指がキャラメル味を掴んだことに気づかず、一度だけ彼女の手の甲に触れてしまった。
「あ」
暗闇で目が合う。
彼女は一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに目を細めた。
俺は無言でポップコーンを口に放り込んだ。味がしなかった。
映画の内容? 地球が爆発した気がするが、俺のメンタルの方が先に爆発しそうだった。
カフェでの休憩中、俺のSAN値は限界近かったが、まだ「つまらない男」の演技は崩していない……はずだった。
ホットティーを飲んだ彼女が、「あつっ」と小さく舌を出して涙目になるまでは。
「……猫舌?」
「う、ううん、違うよ! 油断しただけ!」
強がる彼女があまりに無防備で、俺はつい口元を緩めてしまった。
その瞬間だ。
彼女が、スッと真顔に戻り、俺の顔を覗き込んだのは。
「……ねえ。篠崎くん」
甘い匂いが鼻孔をくすぐる。心臓が跳ねる。
「なんで待ち合わせの時、『ヘアピン』から見たの?」
時が止まった。
ラテアートの泡が消える音が聞こえるくらいの静寂。
「……え?」
「普通の男子なら、まず脚とか服を見るでしょ? でも篠崎くんの視線、真っ先に右耳のヘアピンに動いたよね。コンマ数秒」
彼女はにっこりと微笑んだ。
その目は笑っていない。顕微鏡で検体を覗くような、冷徹な観察眼。
「『星空のイリス』のヒロインは、感情が高ぶるとヘアピンが光る設定だもんね。ファンなら、まずそこを確認しちゃうよね?」
バレていた。
俺の視線の動き(サッカード)まで、全て監視されていたのか。
俺が「反応しないように努力した」こと自体が、彼女にとっては「知っている」という自供(エビデンス)になってしまったのだ。
「……なんの話かな。知らないアニメだ」
「ふふ、まだ隠すんだ。そういう用心深いところも、野生動物みたいで可愛い」
彼女は俺の腕にギュッと抱きついた。
柔らかい感触。
だが、俺が感じたのは、捕食者に喉笛を噛まれたような戦慄だけだった。
「篠崎くんって、ただの『つまらない人』かと思ってたけど……意外と演技派なんだね」
彼女の声が弾む。
瞳の奥に、新しい光が宿る。
それは、退屈なおもちゃを捨てようとしていた子供が、隠しコマンドを見つけた時の目。
誤算だ。最大の誤算だ。
俺が駆使した「知性」が、逆に彼女にとっての「攻略難易度(やりがい)」を跳ね上げてしまった。
ただのモブだと思っていたら、実はAI搭載のレアモンスターだと認識されたようなものだ。
『ターゲットの知能レベルを再設定。難易度EからAへ。抵抗する獲物ほど、壊しがいがあります』
そんなログが見えるようだ。
逃げられない。
今日から、俺の「飼育」レベルが一段階上がったことを、俺は悟った。
(つづく)
俺は自販機の陰で、本日の「防衛プラン」を最終確認していた。
作戦名:『虚無(モブ)化』。
相手は管理・飼育の化け物・天宮愛リスだ。彼女が求める「最適化」と「成長」の逆を与え、愛想を尽かされようという作戦だ。
服装も完璧だ。量販店の無地パーカーに、色落ちしたチノパン。
背景(モブ)に溶け込むための光学迷彩。すれ違う通行人はおろか、自動ドアのセンサーにすら認識されない自信がある。
「お待たせ、篠崎くん!」
だが、その自信は三秒で崩壊した。
人混みを割って現れた天宮愛リスの輝きの前では、俺の迷彩など全裸同然だった。
オフホワイトのニットに、ミントグリーンのスカート。
そして、右耳には真珠のヘアピン。
俺の脳内データベースが警報を鳴らす。
『星空のイリス』第8話デート回コーデ。俺の「性癖」の完全再現だ。
狙撃(スナイプ)だ。彼女は俺の過去を掘り、弱点をピンポイントで撃ち抜いてきた。
普通のオタクなら「あ! それ!」と食いつき、即死していただろう。
だが、俺は表情筋を殺して耐えた。
「その服、似合ってるね。春っぽくて」
「本当? よかったぁ。篠崎くん、こういう色好きかなって思って」
よし、反応は「50点」。防御成功だ。
彼女は嬉しそうに微笑んだが、その直後。
「あっ」
小さな段差につまづき、彼女がよろけた。俺が支えるより早く、彼女は体勢を立て直す。
……今の、わざとか?
いや、耳が少し赤くなっている。あれは素だ。
完璧超人の「ドジ」という隙。計算外の可愛さに、俺の防御壁(ファイアウォール)が1%削られる。
映画館までの移動も、地獄のような心理戦だった。
俺は「歩きにくい男」を演じるため、歩調をランダムに変えた。早歩き、急停止、ジグザグ走行。
だが、彼女は全てに対応してきた。
早歩きすれば小走りで袖を掴まれ、止まれば「何かあった?」と覗き込まれる。
俺の「嫌がらせ」が、全て「イチャイチャイベント」に変換されていく。
この女、強い。
映画館についても、誤算は続いた。
席はカップルシートを回避したが、ポップコーンという魔物が待っていた。
「ハーフ&ハーフにしよ?」
巨大なバケツが二人の膝に乗る。
上映中、俺はスクリーンではなく、バケツの中の「彼女の指の位置」を軍事衛星レベルで監視し続けた。
あ、今キャラメル取った。次は塩か? 来るか? 接触(コンタクト)来るか?
緊張のあまり、俺は自分の指がキャラメル味を掴んだことに気づかず、一度だけ彼女の手の甲に触れてしまった。
「あ」
暗闇で目が合う。
彼女は一瞬きょとんとして、それから嬉しそうに目を細めた。
俺は無言でポップコーンを口に放り込んだ。味がしなかった。
映画の内容? 地球が爆発した気がするが、俺のメンタルの方が先に爆発しそうだった。
カフェでの休憩中、俺のSAN値は限界近かったが、まだ「つまらない男」の演技は崩していない……はずだった。
ホットティーを飲んだ彼女が、「あつっ」と小さく舌を出して涙目になるまでは。
「……猫舌?」
「う、ううん、違うよ! 油断しただけ!」
強がる彼女があまりに無防備で、俺はつい口元を緩めてしまった。
その瞬間だ。
彼女が、スッと真顔に戻り、俺の顔を覗き込んだのは。
「……ねえ。篠崎くん」
甘い匂いが鼻孔をくすぐる。心臓が跳ねる。
「なんで待ち合わせの時、『ヘアピン』から見たの?」
時が止まった。
ラテアートの泡が消える音が聞こえるくらいの静寂。
「……え?」
「普通の男子なら、まず脚とか服を見るでしょ? でも篠崎くんの視線、真っ先に右耳のヘアピンに動いたよね。コンマ数秒」
彼女はにっこりと微笑んだ。
その目は笑っていない。顕微鏡で検体を覗くような、冷徹な観察眼。
「『星空のイリス』のヒロインは、感情が高ぶるとヘアピンが光る設定だもんね。ファンなら、まずそこを確認しちゃうよね?」
バレていた。
俺の視線の動き(サッカード)まで、全て監視されていたのか。
俺が「反応しないように努力した」こと自体が、彼女にとっては「知っている」という自供(エビデンス)になってしまったのだ。
「……なんの話かな。知らないアニメだ」
「ふふ、まだ隠すんだ。そういう用心深いところも、野生動物みたいで可愛い」
彼女は俺の腕にギュッと抱きついた。
柔らかい感触。
だが、俺が感じたのは、捕食者に喉笛を噛まれたような戦慄だけだった。
「篠崎くんって、ただの『つまらない人』かと思ってたけど……意外と演技派なんだね」
彼女の声が弾む。
瞳の奥に、新しい光が宿る。
それは、退屈なおもちゃを捨てようとしていた子供が、隠しコマンドを見つけた時の目。
誤算だ。最大の誤算だ。
俺が駆使した「知性」が、逆に彼女にとっての「攻略難易度(やりがい)」を跳ね上げてしまった。
ただのモブだと思っていたら、実はAI搭載のレアモンスターだと認識されたようなものだ。
『ターゲットの知能レベルを再設定。難易度EからAへ。抵抗する獲物ほど、壊しがいがあります』
そんなログが見えるようだ。
逃げられない。
今日から、俺の「飼育」レベルが一段階上がったことを、俺は悟った。
(つづく)
0
あなたにおすすめの小説
5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!
158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・
2話完結を目指してます!
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる