牧草地の白馬

蓬屋 月餅

文字の大きさ
28 / 47

エピローグ

しおりを挟む
「ととさま、おとうさま…」

 牧草地の神の屋敷の庭。
 その庭に面した縁側で寄り添いながら座っている牧草地の神と銀白のもとに、可愛らしい声をした子供が走り寄って来た。
 牧草地の神が「うん?どうしたの、あけび」と声をかけると、その子供はうっすらと涙目になりながらか細い声で「おとうさま…かりん が…かりん が…」と言いかける。

「あけび!こっち来て!もっと遊ぼ!!」
「あっ…か、かりん……」

 涙目だった子供の後ろから飛びつかんばかりに顔を出したもう1人の子供。
 さらにその後ろにも「ねぇ、ねぇねぇ」とやけに にこにこ とした子供がいる。
 この子供達は幼い人間の子供の姿をしているが、牧草地の神と銀白が生み出した魄達、『かりん』『やまもも』『あけび』だ。

ーーーーーーーー

「相性の良い神力同士が生み出した魄は少し特別なようでね…僕達のように周りに分け与えられるような神力は持ち合わせていないけど、『器』を自分で保ち続ける事はできるらしい。この魄のことは『精霊』と呼ぶことにしたよ。そして不思議なことにね、『器』を完全に自らのものにした精霊達は人の姿にも変われるようになるんだ」

 それは『器』に魄を移した後も3匹が一向に目を覚まさないことを心配した牧草地の神が、森の神を屋敷に招いて話を聞いた時のことだ。
 森の神は目の前でそれぞれ丸まって眠っている3匹に向けて柔らかく微笑みながら言う。

「この子達は神々のように長く存在することができみたい。それでもやっぱり僕達とは違うから、毎日一定時間眠ることが必要なようだけどね…おそらくそれは屋敷に漂う神力を自身の中へ吸収するためなんだろう。今はまだ眠っているけど、それはこの魄が器に結びついている途中だからだよ。そのうち目を醒まして元気に走り回ると思う」

 さらに、森の神はその『精霊』が『器』に入っている姿のことを『霊獣』または『霊鳥』とも呼んだ。


 牧草地の神は銀白と共にこれでもかというほど閨で絡み合って過ごした後、【地界】の『あの丘』から『あけび』『やまもも』『かりん』の以前の『器』に宿っていた神力を集めて帰り、その神力を元にして生み出したそれぞれの魄が入るための新たな『器』を3つ創り出した。
 その『器』は牧草地の神に混ざった銀白の神力による影響なのか、元の動物である『猫』『鴨』『犬』とは少々違ったような姿になっていた。
 
 『かりん』と『あけび』の尾はまるで馬のように長くサラサラとしていて、『やまもも』は馬体のような短い毛に覆われた足をしている。
 そして以前はどの『器』もほぼ全身が牧草地の神の髪と同じこげ茶色をしていたのだが、新たに創り出した『器』は牧草地の神がまったく意図していなかったにも関わらず、ほとんどが真っ白な姿をしていた。
 さらにその上、『かりん』と『あけび』の長い尾の毛先や『やまもも』の翼の先の方はそれぞれ牧草地の神の衣と同じような薄い黄緑色に染まっていた。
 牧草地の神と銀白の特徴を受け継いだような姿となった3匹は、実際、その性格もそれぞれ異なっている。

 明るく闊達な『かりん』
 ただ単に賑やかなのが好きな『やまもも』
 大人しく控えめな『あけび』

 初めて創り出された『器』は『あけび』だが、精霊として初めに生まれたのは『かりん』であり、霊鳥(霊獣)として1番先に目を醒ましたのは『やまもも』だった。
 そんな特殊な関係性もあってか、あまり兄弟間での上下などもなく、『あけび』はいつも『かりん』や『やまもも』によくまとわりつかれ、遊ぼうとしつこくせがまれている。

ーーーーーーーーーー

 牧草地の神は自らの膝に手を置いて眉を八の字にしている『あけび』の頭を撫でてやりながら言う。

「あけび、霊獣の姿になればきっと上手く逃げられると思うよ。あけびは ととさま によく似て足がとても疾いでしょ、この姿よりも良いんじゃないかな」
「あっ…そ、そっか、それじゃ…」

 子供の姿をしていた『あけび』は牧草地の神の言葉に従って犬のような霊獣の姿になると、『かりん』から逃げ出そうと走り出す。
 だが、もちろん『かりん』もそれを逃そうとはせず、「あっ、あけび!!」と不満気に言ってから霊獣の姿になってその後を追い始めた。
 『やまもも』は霊獣の姿になると追いつけないためか、子供の姿をしたまま、ただただ楽しそうに笑いながらその後ろを追いかけていく。
 2匹と1人がその場をぐるぐると走り回る様子は非常に賑やかだ。
 それを眺めていた牧草地の神も、思わず苦笑しながら「本当に賑やかだね」と隣の銀白の肩に頭を預ける。

「私1人だった頃の静かな日々がまるで嘘のようだよ。君がここへ戻ってきたのだけでも屋敷が華やぐようだったのに…その上、こんなにも可愛らしい子が3人もいるなんて」

 すると銀白も牧草地の神の腕を擦りながら「私達、突然3人の子持ちになりましたね」と微笑んだ。

「あの子達にまた会いたいと、【地界】にいた時の私はよく思っていたものです。まさかそれがこんな形で叶うだなんて…」
「うん、本当にね」
「…蒼様、もう2度と蒼様に寂しい思いをさせません。私達がそばにいます」
「うん……」
「何があっても、蒼様のおそばに」

 銀白は牧草地の神の髪に口づけながら、少し抱きしめる力を強める。
 牧草地の神がそれに応えるように頬を擦り寄せると、さらにそれに応えるように銀白がちゅっ、ちゅっと口づける。
 その口づけの仕方に関してなにやら心当たりがあるらしい牧草地の神は「…ちょっと待って?」と言いながら銀白の右手を取ると、その手のひらを見てクスクスと笑った。

「ハク……だめだよ、今はだめ」
「…分かっています」
「ふふっ…この『紋様』があると、全部バレちゃうね」

 銀白の手のひらにはうっすらと『紋様』が浮き出ている。
 今やその『紋様』が示しているものをきちんと理解している牧草地の神と銀白。
 銀白は「分かっています、分かっていますとも」と言いながらため息をつく。

「もうじき森の神様や風の神様、水の神様方がいらっしゃいます」
「うん、花の神もね…それから皆の夫神とその子供達も……」
「はい」
「私達の時間はまだまだ先だ」
「…待ち遠しいです」
「そうだね…子供達も眠って、2人きりになって、そうしたら……」

 その言葉を遮るように、銀白は牧草地の神の頬に、それも耳元に近いところへそっと唇を近づける。
 すると間髪入れずに「あっ!ととさま、おとうさまに『ちゅっ』てしてる!」という『かりん』の元気な声が飛んできた。

「ととさま、かりん にも!かりんにも!」

 霊獣の姿のまま銀白の元へ駆け寄ってきた『かりん』は尾を振って「かりんにも!」と口づけをねだる。
 銀白がそんな『かりん』を抱き上げて膝に乗せると、『あけび』もおずおずとそばに寄ってきて「あの…ととさま、あけびも…」と控えめな声を出した。
 銀白が2匹を撫でながらその額に軽く口づけをする中、牧草地の神はその2匹の後ろにいる子供の姿をした『やまもも』に「おいで、やまもも」と声をかけて両腕を広げる。
 すると『やまもも』は明るい笑顔のまま「おとうさま~!!」とその腕の中に飛び込んできた。

 それから間もなく、気配を感じた牧草地の神は「…ハク、森の神達が来たみたいだ」と銀白に言う。

「出迎えに行かなくてはね」
「はい、蒼様。皆で行きましょうか?」
「うん、そうしよう」

 牧草地の神は「かりん、やまもも、あけび もおいで」と子供達を呼び寄せると、銀白と並んで屋敷の門の方へと向かっていった。

ーーーーーーーーーーーー

【天界】にある牧草地の神の屋敷。
 そこでは牧草地の神と銀白、そしてその子供である霊獣達が日々賑やかに暮らしながら陸国に加護をもたらしている。
 そして陸国の人々が眠りにつく頃になると、親しい神々が集まり、思い思いに茶などを楽しむ一時が始まるのだ。
 神と側仕えと、その子供達。
 たとえどれだけの時が経ったとしても、その賑やかさは変わらず、話が尽きることもないだろう。
 
 これは陸国という国を加護する、愛に溢れた神々の物語だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 透夜×ロロァのお話です。 本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけを更新するかもです。 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑) 大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑) 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...