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二年目の冬の話
七 12月25日の26時
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真夜中。
コンビニで余って叩き売りになったクリスマスケーキを入手してから、レンは帰宅した。
外は雪が降っており、積もりつつある。店で余った惣菜を持ち帰って、コタツで食べていたら、玄関ドアのチャイムが鳴った。
誰だろう、こんな夜更けに。
レンは不思議に思う。ルイスは今夜はまだ帰らない予定だ。だが玄関ドアのチャイムを鳴らせるのはルイスくらいしかいない。なぜなら、マンションの出入口自体、カードキーがないと入れない。時々、住人が入るのに合わせて入ってくる不届き者がいるが、その侵入も二十四時間、一階の管理人によって止められる。
モニターを見ようとすると、玄関の鍵が開いて、頭や肩に雪の積もったルイスが慌てて入ってきた。
とたんに冷気が入ってくる。本当に寒い。本格的に冷え込んでいる。
レンも慌てた。
「ルイスさん」
レンは駆け寄って、ルイスの雪を払おうと手を伸ばす。
ルイスはレンの両肩をつかんで、いきなり叱った。
「なぜ、誕生日だって言わないんですか!」
昨日、十二月二十五日はレンの誕生日だ。
「あ……」
バレた。
とレンは思った。いったいこのタイミングで、どこから。
コンビニで買ったクリスマスケーキの処分品は、レンにとって誕生日ケーキでもある。
ルイスの肩から雪がこぼれる。
「あの、タオル持ってきます」
「そんなことは後回しにしてください」
「でも」
「でもじゃないです」
ルイスはレンを見つめた。
ルイスは憤慨している。というか、情けない。二年も一緒にいるのに、誕生日を祝う機会を二度も逸している。
離してもらえそうにないので、レンは訊ねた。
「え、誰から聞いたんです?」
「クリスティナです」
「あ……じゃあ、仲直りしたんですね」
「まあ、はい」
クリスティナとは、和解して、ふたたび泣かせた。号泣するクリスティナとなだめるエマに近づいていったら、クリスティナが振り返って怒鳴ったのだ。
『じゃあ、なんで今日ここにいるわけ? なんで会いに行かないの!? ルイスってやっぱり全然わかってないし、前より最低!』
事情のわからないルイスが首を傾げていると、エマ伝いに、レンの誕生日が十二月二十五日だと知らされたというわけだ。クリスティナの優しさである。
そこから取るものも取り合えず出てきた。電車などを乗り継いだものの、非常に混み合っていてこの時間だ。すでに二十六日になっている。
経緯を聞いて、レンは申し訳なくなる。
「クリスさんを混乱させてしまったのではないでしょうか」
「今度ばかりは何回謝っても許してくれなさそうです。僕、永遠に嫌われる運命かもしれません」
「俺も謝ります。大切な叔父さんをとってしまいました」
「レン、顔が半笑いですけど」
ルイスはレンの両頬を軽くつねった。つねっているうちに、怒りを通り越して悲しくなってくる。
レンの肩に頭をのせる。
「……どうして、教えてくれなかったんですか?」
「すみません。言う機会がなかったんです」
「そうですかねえ……」
レンは本来的には、誕生日だからといって何かしてほしいとは思っていない。
祝われるのは単純に嬉しいとは思う。今日も、昔からのお客さんに、メリークリスマス&ハッピーバースデーと言われ、思いがけず嬉しかった。
ルイスとは、誕生日を伝え合う機会がなかった。そうは言っても恋人同士である。レンも、やはり誕生日くらいはお互いに祝う方がいいと思っている。
そろそろ日が近いことを言おうかと思っていた矢先、ルイスにはクリスマスに親族で集まるという予定があると知って、言いづらくなった。なんとなく、ルイスが自分を選ぶのではないかと考え、躊躇しているうちに当日が来て、そのままになったわけである。
そして結局、ルイスは予定を途中で抜けてまで、レンを選んでしまった。クリスティナにも、親族たちにも申し訳ないとレンは思う。
「それに、クリスマスですし。毎年ご予定があるでしょう」
「レンの馬鹿」
寂しいはずであるとルイスは思う。
日頃はあまり自分の心の中を吐きださないレンが、意外なことに寂しいと言ったのは、誕生日だからだ。切り出せなかったのだろう。サインがささやか過ぎて気づかなかった。
玄関に立ったまま、ルイスはレンを抱きしめる。レンもルイスを抱きしめた。外が寒かったので、ルイスは身体全体が冷たく、いまだ冷気をまとっている。雪が少しずつ溶けて、水に濡れている。
「冷たい。寒かったでしょう」
「外、大雪ですよ。ホワイトクリスマスですけど、視界がホワイト一色で怖かったです。横殴りで降ってます。タクシーも捕まらないし停まるしで……。レンは帰り道、大丈夫だったんですか」
「俺が帰ってくるときはまだそんなに。無事でよかったです」
ルイスの頬に雪の水滴が垂れる。レンはそれを唇で拭った。肌が冷たい。頬を寄せる。
「来年は、絶対にレンと一緒にいます」
「いいんですか。ご家族との集まりなのに」
集まりに参加しているといえるのかは謎である。大勢の中にいてやはり独りなのがルイスである。
「別にいいです。僕は信仰心が薄いし、僕のことなんか誰も相手にしてくれないし、結局クリスティナにもまた嫌われてしまうし。レンのところにしか僕の居場所はないです。来年こそ、0時から二十四時まで、レンが嫌がっても一緒にいます」
「嫌にはならないと思いますけど、平日の場合は仕事ですよ」
「生意気なことを。わかりました。わかりましたよ。お仕事にもついていきますからね。僕は。開店から閉店まで一席占拠します」
想像して、レンは吹き出した。
「それは困りますね」
笑うレンを見て、ルイスは泣きたくなる。
言ってほしかった。どうして言ってくれなかったのだろうと思う。いつまでも隠し通せやしない。だから遠慮なんかしないで欲しい。ひとりにさせたくなかったのに。
大切な日だ。もしかしたら、レン自身よりも、ルイスにとって大切な日だ。レンが生まれたから、いまここでこうして、ふたりでいられる。
レンをぎゅっと抱きしめる。
しばらく黙ったまま、そうしていた。
「……お誕生日おめでとうございます。生まれてきてくれて、ありがとう。二十七歳なんですね」
「ありがとうございます……。ルイスさんは、一月末ですよね。ちょっとの間だけ、六歳違いですね」
「なぜ僕の誕生日を知ってるんですか?」
「去年、エマさんに聞きました」
だが去年はルイスがしばらく海外にいたので、祝うことができなかった。自分の誕生日も知られた今、心置きなく祝えると思うとレンは嬉しい。
ルイスは本当に悲しい。自分の分だけ祝われても、嬉しくない。
「レンに対して、怒ってますよ、僕」
「はい。ごめんなさい」
「バカバカバカバカって思ってます」
「はい」
「僕がレンの誕生日を祝いたい気持ち、レンに想像できないはずないですよね。だから、言えなかったんですよね。……でも、道中、すごく辛かったです」
「はい」
「とはいえ、僕は僕で、クリスへの前科があるので、これ以上は強く言いません……」
レンは苦笑した。ルイスも笑う。
それから、濡れたコートなどを脱ぐルイスを手伝う。
レンは言った。
「実は、俺の中では、まだ、二十五日の二十六時です」
「ふふ。では、間に合いましたか」
「はい」
「おめでとう、レン」
「ありがとうございます。おかえりなさい」
「ただいま」
ルイスがいかに急いで戻って来てくれたかわかる。こんな悪天候で、無事に自分のもとに戻ってきてくれた。ただ、レンに伝えるために。
見つめ合って口づける。やっと温かくなる。
帰ってきてくれて嬉しいです、とレンは小さく呟いた。
コンビニで余って叩き売りになったクリスマスケーキを入手してから、レンは帰宅した。
外は雪が降っており、積もりつつある。店で余った惣菜を持ち帰って、コタツで食べていたら、玄関ドアのチャイムが鳴った。
誰だろう、こんな夜更けに。
レンは不思議に思う。ルイスは今夜はまだ帰らない予定だ。だが玄関ドアのチャイムを鳴らせるのはルイスくらいしかいない。なぜなら、マンションの出入口自体、カードキーがないと入れない。時々、住人が入るのに合わせて入ってくる不届き者がいるが、その侵入も二十四時間、一階の管理人によって止められる。
モニターを見ようとすると、玄関の鍵が開いて、頭や肩に雪の積もったルイスが慌てて入ってきた。
とたんに冷気が入ってくる。本当に寒い。本格的に冷え込んでいる。
レンも慌てた。
「ルイスさん」
レンは駆け寄って、ルイスの雪を払おうと手を伸ばす。
ルイスはレンの両肩をつかんで、いきなり叱った。
「なぜ、誕生日だって言わないんですか!」
昨日、十二月二十五日はレンの誕生日だ。
「あ……」
バレた。
とレンは思った。いったいこのタイミングで、どこから。
コンビニで買ったクリスマスケーキの処分品は、レンにとって誕生日ケーキでもある。
ルイスの肩から雪がこぼれる。
「あの、タオル持ってきます」
「そんなことは後回しにしてください」
「でも」
「でもじゃないです」
ルイスはレンを見つめた。
ルイスは憤慨している。というか、情けない。二年も一緒にいるのに、誕生日を祝う機会を二度も逸している。
離してもらえそうにないので、レンは訊ねた。
「え、誰から聞いたんです?」
「クリスティナです」
「あ……じゃあ、仲直りしたんですね」
「まあ、はい」
クリスティナとは、和解して、ふたたび泣かせた。号泣するクリスティナとなだめるエマに近づいていったら、クリスティナが振り返って怒鳴ったのだ。
『じゃあ、なんで今日ここにいるわけ? なんで会いに行かないの!? ルイスってやっぱり全然わかってないし、前より最低!』
事情のわからないルイスが首を傾げていると、エマ伝いに、レンの誕生日が十二月二十五日だと知らされたというわけだ。クリスティナの優しさである。
そこから取るものも取り合えず出てきた。電車などを乗り継いだものの、非常に混み合っていてこの時間だ。すでに二十六日になっている。
経緯を聞いて、レンは申し訳なくなる。
「クリスさんを混乱させてしまったのではないでしょうか」
「今度ばかりは何回謝っても許してくれなさそうです。僕、永遠に嫌われる運命かもしれません」
「俺も謝ります。大切な叔父さんをとってしまいました」
「レン、顔が半笑いですけど」
ルイスはレンの両頬を軽くつねった。つねっているうちに、怒りを通り越して悲しくなってくる。
レンの肩に頭をのせる。
「……どうして、教えてくれなかったんですか?」
「すみません。言う機会がなかったんです」
「そうですかねえ……」
レンは本来的には、誕生日だからといって何かしてほしいとは思っていない。
祝われるのは単純に嬉しいとは思う。今日も、昔からのお客さんに、メリークリスマス&ハッピーバースデーと言われ、思いがけず嬉しかった。
ルイスとは、誕生日を伝え合う機会がなかった。そうは言っても恋人同士である。レンも、やはり誕生日くらいはお互いに祝う方がいいと思っている。
そろそろ日が近いことを言おうかと思っていた矢先、ルイスにはクリスマスに親族で集まるという予定があると知って、言いづらくなった。なんとなく、ルイスが自分を選ぶのではないかと考え、躊躇しているうちに当日が来て、そのままになったわけである。
そして結局、ルイスは予定を途中で抜けてまで、レンを選んでしまった。クリスティナにも、親族たちにも申し訳ないとレンは思う。
「それに、クリスマスですし。毎年ご予定があるでしょう」
「レンの馬鹿」
寂しいはずであるとルイスは思う。
日頃はあまり自分の心の中を吐きださないレンが、意外なことに寂しいと言ったのは、誕生日だからだ。切り出せなかったのだろう。サインがささやか過ぎて気づかなかった。
玄関に立ったまま、ルイスはレンを抱きしめる。レンもルイスを抱きしめた。外が寒かったので、ルイスは身体全体が冷たく、いまだ冷気をまとっている。雪が少しずつ溶けて、水に濡れている。
「冷たい。寒かったでしょう」
「外、大雪ですよ。ホワイトクリスマスですけど、視界がホワイト一色で怖かったです。横殴りで降ってます。タクシーも捕まらないし停まるしで……。レンは帰り道、大丈夫だったんですか」
「俺が帰ってくるときはまだそんなに。無事でよかったです」
ルイスの頬に雪の水滴が垂れる。レンはそれを唇で拭った。肌が冷たい。頬を寄せる。
「来年は、絶対にレンと一緒にいます」
「いいんですか。ご家族との集まりなのに」
集まりに参加しているといえるのかは謎である。大勢の中にいてやはり独りなのがルイスである。
「別にいいです。僕は信仰心が薄いし、僕のことなんか誰も相手にしてくれないし、結局クリスティナにもまた嫌われてしまうし。レンのところにしか僕の居場所はないです。来年こそ、0時から二十四時まで、レンが嫌がっても一緒にいます」
「嫌にはならないと思いますけど、平日の場合は仕事ですよ」
「生意気なことを。わかりました。わかりましたよ。お仕事にもついていきますからね。僕は。開店から閉店まで一席占拠します」
想像して、レンは吹き出した。
「それは困りますね」
笑うレンを見て、ルイスは泣きたくなる。
言ってほしかった。どうして言ってくれなかったのだろうと思う。いつまでも隠し通せやしない。だから遠慮なんかしないで欲しい。ひとりにさせたくなかったのに。
大切な日だ。もしかしたら、レン自身よりも、ルイスにとって大切な日だ。レンが生まれたから、いまここでこうして、ふたりでいられる。
レンをぎゅっと抱きしめる。
しばらく黙ったまま、そうしていた。
「……お誕生日おめでとうございます。生まれてきてくれて、ありがとう。二十七歳なんですね」
「ありがとうございます……。ルイスさんは、一月末ですよね。ちょっとの間だけ、六歳違いですね」
「なぜ僕の誕生日を知ってるんですか?」
「去年、エマさんに聞きました」
だが去年はルイスがしばらく海外にいたので、祝うことができなかった。自分の誕生日も知られた今、心置きなく祝えると思うとレンは嬉しい。
ルイスは本当に悲しい。自分の分だけ祝われても、嬉しくない。
「レンに対して、怒ってますよ、僕」
「はい。ごめんなさい」
「バカバカバカバカって思ってます」
「はい」
「僕がレンの誕生日を祝いたい気持ち、レンに想像できないはずないですよね。だから、言えなかったんですよね。……でも、道中、すごく辛かったです」
「はい」
「とはいえ、僕は僕で、クリスへの前科があるので、これ以上は強く言いません……」
レンは苦笑した。ルイスも笑う。
それから、濡れたコートなどを脱ぐルイスを手伝う。
レンは言った。
「実は、俺の中では、まだ、二十五日の二十六時です」
「ふふ。では、間に合いましたか」
「はい」
「おめでとう、レン」
「ありがとうございます。おかえりなさい」
「ただいま」
ルイスがいかに急いで戻って来てくれたかわかる。こんな悪天候で、無事に自分のもとに戻ってきてくれた。ただ、レンに伝えるために。
見つめ合って口づける。やっと温かくなる。
帰ってきてくれて嬉しいです、とレンは小さく呟いた。
応援ありがとうございます!
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