92 / 136
番外編3
一 14歳の夏の話①(淳弥視点)
しおりを挟む「レン、そうだったかー」
誰かの声が聞こえる。
たぶん、渡辺だ。なべ。他にも何人かいるらしい。よくわからない。
ベンチに寝転がって、意識が遠のいている。ぐるぐるする。飲みすぎた。頭上には夜空が広がっている。夏だから公園で寝たって平気だろ。
はあ。気持ち悪い。
「気づいてた?」
「んー、まあ、そういわれてみれば……って感じ」
「モテるわりに女っ気なかったもんな」
まず、レンが女の子に興味がないのは、周知の事実だ。レンは、男女問わずみんなとそれなりに仲が良い。線引きしていて、踏み込ませない。だからある意味、誰とも真に仲良くはない。俺以外は。
女の子を性の対象としていなさそうなのは顕著だった。人畜無害な雰囲気が、かえってモテていた。
かといって、男にも興味なさそうに見えた。
何もかもどうでもよさそうというか。
「そういや、レンって、中学んとき、体育の先生に狙われてなかったっけ」
「覚えてる。あのときやばかったな。追いかけ回されてて」
「そうそう。あれ、レンめっちゃ逃げてたよなあ」
「可哀相だったけど、なんだろ。先生、レンに感じるものがあったんかね」
「まあでも、いうて中学生男子だからな。あれに追い回されるとか恐怖だよな」
ああ、懐かしいな。
中学一年生のとき、レンときたら、赴任してきたばかりの体育の男性教師に付け狙われて、怯えて、どこに行くにも俺についてきてた。
一人になりたくないと言って常に俺といたのは、一人が苦手なのではなくて、俺といるのが好きなのでもなくて、一人になると身が危険だったせいだ。
男なのに連れションかよって笑ってたけど、レンはへらへら笑いながらも、切実だったんだろうな。何も言わなかったけど。
なにせものすごい巨躯で色黒のスポーツ選手みたいな男だったし。体育教師だし。いくら実は男が好きっていってもあれは中学生向けじゃない。
ベンチから少し離れた場所で、友達が好き勝手喋ってる。
「淳弥、レンとヤったことあんのか……」
「まあ、もうそれ、忘れてやったほうがいいんじゃない。あいつらのためにも」
「つーか、淳弥なんかヤリチンなんだから、かなりの数の女子とヤりまくってたろ。レンとヤっててもおかしくないわな。レンといた時間が一番長そうだし。淳弥は俺様だし、レンは流されやすいし」
「言えてるわ」
「おい、淳弥、起きてんのー?」
声を掛けられて、不機嫌に返事をする。
「うるせえよ」
「あ、起きてやがる。なあ、花火しねえ?」
「いいね」
「おー、じゃあ俺買ってくるわ」
すぐそこに二十四時間営業のスーパーがある。そこに売ってるだろう。ただし、交番も近くにあるので、騒いでいるとすぐに来る。
残った面子は、煙草を吸いながら思い思いに話す。
「レン、面食いだな。淳弥もツラだけはイケメンだもんな」
「すごかったなー、レンの、婚約者? びびったわ。なにあれ」
「あんな正統派の王子様、存在するのか~」
「しかも会社社長とか玉の輿じゃん」
「あれがレン一筋って。周りが放っておかないだろ。どんな美女でも侍らすことできそうなのに、もったいねえよ」
「世の中わからんもんだな……」
胡散臭えよ。あんなのありかよ。
お前らは知らないだろうけど、米国でも有数の企業の御曹司なんだぞ。もらった名刺、検索してみろよ。桁違いのエリートだぞ。
どうしてそんなのが日本にいて、レンの婚約者だなんて抜け抜けといってんだよ。
おかしいだろ。どう考えても騙されてるだろ。レン、判断能力失ってるだろ。冷静になれよ。
ハーバード卒で、大手コンサルファーム出身で、MBAホルダーで、若手実業家って、実在するのかよ。ありえねえだろ。芸能人よりも遭遇しないだろ。
レンとは、生まれたときから一緒に過ごしてたんだ。ただの食堂の息子だよ。生まれも育ちも下町商店街の、生粋の地元民だよ。両親は商売人で、どっちのじいさんもばあさんも百姓だよ。
レンは一人っ子で、俺は兄貴と弟がいて、そのへんの水路で遊んで落ちたこともあるし、秘密基地だって作ったし、中学のときは煙草吸って警察に叱られたし、高校でピアス開けたときは両親に雷落とされたっけ。保育園から高校まで全部近所の公立だし。
アルバムのほとんどで、隣にレンがいる。そういう関係だったのに、いつの間に友達じゃなくなったんだろう。
「花火買ってきたー」
「おー、サンキュー」
「おい、淳弥。酔い覚ましに、ほら、ビール」
「迎え酒じゃん」
「ほら。反省しろよ。もうレンに絡んでやるなよ。あの王子様に任せとけよ」
気怠く受け取って、身を起こして口をつける。脳が痺れる。はあ。少しだけ気分がマシになってくる。麻痺してるだけだ。
なんだっけ。
「レンのほうは大丈夫なんかなー」
「大丈夫っしょ。王子様いるし」
「レン、わりと立ち直り早いしな」
「言えてるー」
そうなんだよ。繊細そうな見かけのくせに結構大胆で、図太いんだよな、レン。
そうだ、あれは中学二年生のときのことだ――。
応援ありがとうございます!
13
お気に入りに追加
1,108
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる