AnarchY-アナーキー-

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《第2章》

- UnexpecteD -

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 施設の治療室のひとつに医者と研究員が忙しなく出入りしているところがあった。ひとり化け物に襲われた、という連絡があり襲われた人物への治療におわれていた。
「……絶対死なせるな。俺の研究成果が全て水の泡になる。いいな、絶対に死なせるな」
 研究員……リンドウは周りの医者と研究員に釘を刺し、鋭い目付きで指示を出し続けている。
 治療を受けている人物はカルダーノだった。

 あの時、リンドウは扉に何かが叩きつけられる音を聞いて近くにいた部下からハンドガンを受け取ると急いでその扉の中へと入っていった。リンドウが目にした光景は意識を失い血塗れで倒れているカルダーノに群がる化け物達だった。幸い急所は狙われていなかった。
「これは……あぁ、あの薬品の効果か。……効力としては成功だが、対象が失敗作だ。こいつらは必要ない」
 リンドウはそう呟くと、カルダーノに群がる化け物を全員撃ち殺しカルダーノを担ぎあげた。カルダーノは首や腹部に致命傷となる傷はなかったものの腕や足、肩口の傷が深く緊急を要する状態だった。
 一時は危篤状態に陥っていたカルダーノだったが、今は安定し様子を見る状態にまで回復はした。
「兄さん、カルダーノさんの容態が安定しました。もう心配はないかと……思われます」
 カルダーノのカルテを持ってノアがリンドウにそう報告をした。
「ノア、カルダーノが目を覚ますまで『同室』としてその治療室にいろ。その後、再度観察を頼むぞ」
 ノアは静かに頷き、その反応を見たリンドウは部屋を後にした。

 カルダーノが治療室に運ばれてから1週間が経った。ノアは治療室の窓からカルダーノの様子を見ていた。
「全然起きないですね……」
 ノアは不安を隠すように部屋を歩き回り始めた。そうして暫くノアが動いていると、カルダーノが体を起こそうとするのが目に入った。
「あ、カルダーノさん!待ってください、起きちゃダメです。安静に!」
 ノアは急いでカルダーノに駆け寄ると彼の肩に手をおき、寝るように促した。
「ノア、か。……ところで、ここは?」
 カルダーノは部屋を見渡し、ノアに聞いた。
「ここは施設の治療室です。気分悪くないですか?」
 ノアの気遣いにカルダーノは優しく微笑んだ。
「あぁ、大丈夫だ。ありがとな。……この感じじゃ割と酷くやられたっぽいな……情けねぇ」
 ため息をつくカルダーノ。
 少しの沈黙の後、ノアが立ち上がった。
「あ、私一応リンドウさんに報告してきますね。カルダーノさんが目覚めた、と」
 ノアはそう言い残すと走り去って行った。
 ノアの姿が見えなくなると、カルダーノは自分があの時見たものについて考え始めた。
 目が白濁し、体の一部が蝋のように爛れている生物。人であって人でない。本能がままに襲ってくるあの生物……何故ああいうのが生まれたのか……と考え出したところでカルダーノは理解出来る範囲を超えると悟り、考えることをやめた。カルダーノは天井を見つめ、息を吐き出した。
 すると、扉の開く音が聞こえリンドウがカルダーノの横に立っていた。
「やっと起きたか」
 リンドウはそう言うとカルダーノの横に腰を下ろした。
「あぁ、手間をかけさせた。……どのくらい俺は寝てたんだ?」
 リンドウは手帳を取り出して、答えた。
「1週間だな」
 カルダーノはリンドウを見つめ、深々とため息をついた。
「マジかよ……」
 リンドウはカルダーノに手を差し出した。
「動けるか?とりあえずお前を部屋に戻さねぇと上から怒られるんだ」
 カルダーノは頷くとリンドウの手を取った。
 リンドウに支えられながらカルダーノは歩いていた。カルダーノは痛みに耐えるように歯を食いしばっていた。
 カルダーノは部屋に着くとベッドに座り込んだ。
「相当なやられ方したんだな……」
 カルダーノは額に滲んだ汗を拭うとそう独り言を呟き、自分の腕や足を確認した。
 綺麗に巻かれた包帯には所々血が滲んでおり、肩口の傷は少し腕を動かすだけでかなり痛むが、生活する上でギリギリ支障は出ない事が分かるとそのまま横になり、怪我が治るまでは大人しくしておくことにした。

 治療を始めてから約1ヶ月が経った。
 カルダーノの怪我は殆ど完治していた。自由に動けることを喜びつつ、表に出さないようにしていた。
「初めて怪我で1ヶ月休んだな……」
 カルダーノはそう小さく呟くと、ベッドから降りた。部屋に備え付けられているシャワールームへ向かった。
 しばらくしてカルダーノは部屋に戻ると、ノアと目が合った。ノアは直ぐにカルダーノから目を逸らした。
「ん?どうした?」
 カルダーノは首を傾げたが、自分の身なりを確認し苦笑しながら支給されたシャツを着た。
「あ、悪い。いつもの癖で」
 ノアは首を横に振った。
「いえ、お気になさらず。カルダーノさんって前から思ってましたけど女性が嫉妬するほど肌色綺麗ですよね。なんというか、雪みたいな」
 カルダーノは少し照れくさそうに笑った。
「そういう風に言ってくれるのはお前だけだ。……これは生まれつきの病気でな。眼皮膚白皮症、一般的には『アルビノ』って言えばわかりやすいかもな。こんな色のせいで周りの人からは化け物扱いされたもんだ……ま。もうそんな事はどうでもいい。今の俺が本当の俺だと思って生きているんだ」
そう言いながらカルダーノは軽く髪を縛った。
「なるほど。アルビノは知っています。人の場合は知りませんが……確か、動物の場合は突然変異とかでできるとか」
 ノアの言葉にカルダーノは頷いた。話し込んでいると、部屋の扉が開きリンドウでは無い別の男がたっていた。
「カルダーノだな?」
 カルダーノは男の問いに顔を上げた。
「だったらなんなんだ?用があるならさっさとしろ」
 男はため息をついた。
「貴方は……コレウスさん。どうしてここに?」
 ノアは男をそう呼んだ。
 コレウスはノアの方を見て、口を開いた。
「……お前には関係はないが……まあ同室なら仕方ない。カルダーノ、リンドウが攫った以外で迷惑かけてねぇかと思ってな」
 カルダーノは顎に手を当てて考える仕草をし、首を横に振った。
「特には。まあ、時々荒々しい所があるがそれは俺の仕事柄気にはならない。特に問題はねぇよ」
 コレウスは目を少し逸らしたが、苦笑しながら口を開いた。
「まあ、何かあったら言ってくれ。これでも一応ここの専務やってるからな……歯止めはきかせる」
 カルダーノは一瞬眉をひそめたが、直ぐに頷いた。コレウスはカルダーノの部屋を出ていった。
「コレウス……確か飛び級でこのヘルツォーク社に入社した天才じゃなかったか?」
 カルダーノはコレウスが出ていった扉を見つめながら呟いた。カルダーノは軍で勉強を教えて貰っている合間に地元の情報誌をよく読んでいた。その時にふと目が止まった記事を思い出した。
「俺久しぶりに行ける範囲で散歩でもしてくるわ」
 カルダーノは首を横に振ると、ノアにそう言い残し部屋を出た。


 カルダーノは部屋を出てから直ぐに射撃練習場まで歩いて行った。約1ヶ月も銃を触っておらず腕が落ちていないかが心配だった。
「こんなに触らなかったのはガキの時以来だ。ちょっと試し撃ちでもするか」
 カルダーノはそう言うと手始めにハンドガンを手に取り的に向けて構えた。
 弾倉を入れ替えようとした時、カルダーノは後ろから服を引っ張られ振り向いた。そこにはアザミ色の髪の青年がいた。カルダーノはその青年に見覚えがあった。
「……バルトか?久しぶりだな」
 カルダーノがそう声をかけると青年、バルトはパッと目を輝かせた。
「俺の事覚えてた?ありがとう、カルダーノ!忘れられてたらどうしようって思ったんだ」
 バルトはそう言いながらカルダーノの服から手を離した。
「カルダーノはこれから練習?練習なら俺、あっちで待ってる」
 バルトは射撃練習場の端にある椅子に腰を下ろした。カルダーノは的に向き直ると再び銃を構え、撃ち始めた。
 練習から約2時間。
 練習場の扉が勢いよく開き、リンドウが入ってきた。
「バルト。お前こんな所にいたのか。さっさと行くぞ」
 リンドウはバルトに近寄ると強く腕を引き連れていこうとしたが、バルトはその手を振り払った。
「嫌だ。俺、お前について行きたくない。何も面白くない!俺、カルダーノについて行くから」
 バルトはリンドウから逃げるようにカルダーノの後ろに隠れた。リンドウはそれでも尚、バルトを連れていこうとし、バルトはそれからずっと逃げていた。
 呆れたカルダーノはハンドガンの弾を抜き、1発空砲で撃った。
「うるせぇな、お前ら。リンドウ。嫌がってんなら無理やり連れてくな。……バルト、お前もあまり人に迷惑かけるな」
 リンドウは苛立ったようだったが、何かを言う前に部屋を出ていき、バルトは座っていた椅子に大人しく戻っていた。
「……あの時も言っただろ?人様に迷惑はかけるな、って」
 バルトはカルダーノの言葉に静かに頷いた。カルダーノはバルトに注意をしたあと銃を片付け始めた。
 カルダーノの片付けが終わるとバルトはそっと近寄り、また服を引っ張った。
「なんだ、バルト。用があるなら口で言え」
 バルトは押し黙ったまま口を開こうとしない。カルダーノは暫くバルトが話すのを待っていたが、埒が明かないと悟りカルダーノは口を開いた。
「はぁ……怒ったのは悪かったって。で、どうした?言いたいことがあるなら言わないと何も分からないぞ」
 そう言うとカルダーノはバルトの頭に手を乗せた。
「……ここにカルダーノは来てはいけなかった。頼むから早く、逃げろ」
 唐突にバルトから告げられた言葉にカルダーノは動揺した。
「逃げろったって……脱出路が分からなければ意味ないだろ?」
 バルトはカルダーノの言葉に首を振った。
「俺は、知ってる。それ……だから、逃げよう、カルダーノ」
 そう言うとバルトはカルダーノの手を引いて走り出した。バルトはカルダーノの手を引いたまま人気のない食堂に入って行った。食堂の隅でバルトは何かを探すためかしゃがみ込んだ。
 カルダーノはその様子を黙って見つめていた。
 待つこと5分。バルトは床板を外し、カルダーノを近くに引っ張ってきた。
 そこには地下へと続く階段が隠されていた。
「カルダーノ。ここから逃げられる。行こう、ここから出るんだ」
 バルトはカルダーノの手を引いて先に進もうとしたが、食堂の扉が開く音がした。カルダーノは急いで床板を戻しバルトと近くの椅子に腰を下ろした。入ってきたのは、コレウスとリンドウだった。コレウス達は何やら話しているようでカルダーノ達に気づいてはいなかった。話の内容はよく聞き取れなかった。そのままコレウス達は食堂を出ていった。
 カルダーノは扉の方を見つめていたが、戻ってくる気配がないのを察し、バルトの手を引いて食堂を出ていった。
「カルダーノ、なんで逃げないんだ?」
 カルダーノはバルトの方を見ずに答えた。
「俺がいなくなったことは恐らく仲間も知ってる。だから、助けに来る……入れ違いになるのだけは嫌なんだ。アイツらの行動が無駄になっちまうから。俺はどれだけ時間がかかろうが関係ない。ただ、仲間を待つだけだ」
 カルダーノの言葉を聞いたバルトは手を離し、どこか寂しそうな表情で彼を見つめ立ち去った。
 カルダーノは自室に戻ると、バルトから『逃げろ』そう言われた事が頭の中を埋めつくしていた。
「バルトのやつ……いきなりどうしたんだ……逃げろだなんて。いつも慎重なあいつらしくない」
 カルダーノは首を傾げたが、自分がなにか考えたところで解決できる問題ではないと思い、その日は休むことにした。

 翌朝。
 カルダーノは誰も起きない時間帯に起き出した。部屋の格子が嵌められた窓からはまだ星が見えた。カルダーノはベッドから体を起こすと床に何かが落ちる音がした。カルダーノは音の方を見たが、暗くてよく見えなかった。
「ん?なんだ……?まあ、いいか」
 カルダーノは着替えると食堂で昨日バルトに案内された場所へと向かった。手探りで外せる床板を見つけると、外そうと手をかけたが昨日は簡単に外せたはずの床板がびくともしなかった。
「嘘だろ……どこに通じてるか調べようと思ったのに……」
 カルダーノは何とかして外そうと考えたが、食堂の外に人の気配を感じ咄嗟に近くの戸棚の影に身を潜めた。床板からも扉からも少し離れた位置だった。少しして、扉から2つの影が入ってきた。
「……あれは……リンドウとコレウスか?」
 カルダーノはそう小さく呟いた。彼の予想通り、リンドウとコレウスだった。
「なあ、リンドウ。所長は……に気づいて……のか?」
 コレウスはリンドウに何か確認しているようだった。
「少し聞き取りにくいな。でも、これ以上近づくとバレるな……」
 カルダーノは何とか聞き取ろうとふたりの会話に集中した。
「いや、まだ……の事は……てない。だが、時間……だろう」
 リンドウ達が食堂奥の扉に入って言ったのを確認するとカルダーノは物陰から出た。
「あいつらは何を話してたんだ……?気づいているのかないのかの話をしていたみたいだが、そんなにバレたらやばいものでも隠しているのか?」
 カルダーノは暫く扉を見つめていたが軽く息を吐き出すと、再び床板を外そうと試みた。
 1時間程、試行錯誤していたが全く動く気配がない為、カルダーノは諦めて食堂を後にした。
 部屋に戻る頃には空が少し明るくなり始めていた。カルダーノが部屋の扉を開けるとベッドの近くに支給されていないはずのナイフが落ちていた。
「なんでこんなものが」
 カルダーノはナイフを拾い上げると机の引き出しに仕舞った。
「いざと言う時に使おう。もし、何かと戦う必要が増えるなら、の話だが……」
 カルダーノは不思議に思いつつも無意識のうちに持ってきたのだろうと、ナイフの件を片付けた。カルダーノはそのまま、ベッドに戻ると目を閉じた。
 どれくらい経ったのか。カルダーノは体を揺さぶられ目を覚ました。
 そこにはバルトがいた。
「いつまで寝てんだよ、カルダーノ?」
 カルダーノは布団を頭まで被った。
「バルトか……あと1時間……」
 バルトはカルダーノの言葉を聞くとベッドの端を叩いた。
「1時間とか10時になっちゃうだろー、俺腹減ったんだよぉ……めぇしぃー」
 カルダーノはバルトが諦めるまで潜っているつもりだったが数分待ったがやめる気配がなく、渋々体を起こした。
「わかったから、やめろって。行くから!」
 カルダーノは簡単に髪を縛り、着替えを済ませるとバルトに腕を引っ張られながら歩いていた。
 食堂に着くとカルダーノは欠伸を噛み殺しながら朝食を摂るバルトを見ていた。
「お前さぁ、前から思ってたけど本当に偏食だよな……」
 バルトは食事をする手を止めて、カルダーノを見た。
「偏食?」
 カルダーノは頷くと、バルトの前に置かれている皿を指さした。その皿にはパンと野菜、果物しか盛られていなかった。
「ほら、お前肉とか魚食わねぇじゃん。しかも赤い色の野菜とかも」
 バルトは気まずそうに口を開いた。
「仕事柄、そう言うのは食べる気になれないんだ。そうしたら、食べれなくなっちゃってさ」
 そんな話をしているとカルダーノの食事が運ばれてきた。お盆にはクロワッサンとコーヒーが乗っていた。
「カルダーノ、その量で足りるの?」
 カルダーノはコーヒーを1口飲むと、頷いた。
「あぁ。俺、朝はそんな食わねぇから」
「軍人のくせに、変なの」
 バルトはそう言うと再びフォークを手に取った。カルダーノは食事をしつつ、今日は何を調べるかと頭の中で計画をしていた。カルダーノがコーヒーを飲み干す頃にバルトは既に食事を終えカルダーノが食べ終わるのを待っていた。
「待たせた。さて、俺は今日何をしようか……バルト、お前この後は?」
 カルダーノにそう聞かれたバルトは壁にかけられている時計を見ると、慌てて立ち上がった。
「俺、これから仕事があったんだ。先に行く」
 そう言うとバルトは急ぎ足で食堂を出ていった。
 カルダーノはバルトが出ていったのを確認すると、食堂を見渡した。自分以外いないことを確認すると、再度床板を確認しに向かった。
 床板に手をかけると今度は簡単に外れた。
「え?今朝は全く外れなかったのに……何故だ?」
 カルダーノは静かに床板を戻すと、食堂を後にした。部屋に戻ると机の引き出しを開け、ナイフの存在がバレていないことを確認した。カルダーノはナイフを手に取ると、カバーを外した。
「このナイフ……メーカーが分からない。何故俺の部屋に……?」
 暫くナイフを見つめていたが、扉の外から足音が近づいてくるのに気づき、彼は急いでナイフを仕舞った。
 足音は扉の前で止まり、扉が開いた。そこにはリンドウが立っていた。
「リンドウ、何の用だ」
 カルダーノはため息をついた。
「いや、この前の事故……あれからどうしてるかと思ってな。あんな風になっちまった奴らは今後同じ事故に会う人が居ないようにと処分させてもらった。安心しろ」
 カルダーノは頬杖をついた。
「そうか。で、他に用はあんのか?」
 カルダーノの質問にリンドウは首を横に振った。
「ないなら仕事に戻ったらどうだ?遊んでないで」
 リンドウはため息をつくと部屋を出る間際にカルダーノに一言残していった。
「あぁ、そうだな。真面目に仕事してくるか。……そうだ。アドラー・ウェストという奴に十分注意しろ。詳細は言えないが……とにかく気をつけろ」
 リンドウの言葉にカルダーノは首を傾げた。
「アドラー・ウェスト……確かそいつはシュラハトに多額の支援金を入れてくれてるという研究者だったはずだ……何故……気をつける必要が?」
 カルダーノは少ししてから部屋を出た。外部との連絡手段を探す為だった。
「アイツらと何とかコンタクトさえ取れれば……」
 カルダーノは行動許可されている範囲で暫く連絡手段を探したが、見つからず廊下に設置されているベンチに座っていた。
「……あの床板の先が、もしバルトが言うように本当に脱出路だったら……施設内の地下通路にでも繋がっているのかもしれない……そうだったらアイツらとも合流出来るかもしれない……?まあ、こっちに来ているのであれば、の話だが」
 カルダーノは食堂に向かおうと立ち上がり、少し歩いたところで不意に服を引っ張られ、振り向いた。
「なんだ。お前か、バルト」
 バルトはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「うん、仕事終わって部屋に戻る途中でカルダーノ見つけたから来た。ところで、カルダーノはどこ行くところだったのさ?」
 カルダーノは行き先を偽った。
「特にどこか行こうとは考えてなかったな。暇だから散歩していたところだ」
 カルダーノはそう言うと、再び歩き始めた。バルトはカルダーノの横に並んで歩き始め、カルダーノはどうやって食堂に行こうかと悩んでいたが、隣を歩くバルトから微かに鉄のような臭いがすることに気づいた。
「なぁ、バルト。お前、ここでなんの仕事してんの?」
 バルトはカルダーノの質問に俯いて少し考えた末、口を開いた。
「相変わらずだよ。あの頃と何ら変わらない仕事してる」
 カルダーノははっきり言うか悩んだが、口を開いた。
「という事は『処刑人』か」
 カルダーノの言葉にバルトは頷いた。
「そのせいで俺は殺されかけたというのに……結局は逃れられない仕事なんだよ」
 バルトは悔しそうにそう口にした。
 それを聞いたカルダーノは足を止め、バルトの方を向いた。
「わかった。俺が今背負っている問題が全て片付いたら……罪を全て贖うことができたら、その時は絶対にお前が二度と人を殺さなくてもいい様な環境を整えてやる。だから今は暫く耐えてくれ」
 バルトは頷いた。
「わかった。待ってる、その日が来るまで」
 それを聞いたカルダーノは再び歩き出した。そして、暫く歩き続けるとコレウスが歩いてくるのが見えた。
「カルダーノ、ちょうどいいところに。バルト、悪いが席を外して欲しい。どうしても彼に聞きたいことがあるんだ」
 コレウスはカルダーノの隣に立っているバルトにそう一言断ると、小部屋へとカルダーノを連れて行った。
「なんだ、聞きたいことって」
 カルダーノは扉が閉まるや否やそう口にした。
「お前、バルトに何か言われなかったか?『一緒に逃げよう』とか『来るべきじゃない』とか」
 カルダーノは答えをはぐらかそうと思ったが、なにか重要な手がかりを得られるかもしれないと思い、素直に答えることにした。
「あぁ、言われたな。『ここは危ない。俺が逃げ道知ってるから行こう』って」
 コレウスはそれを聞くと深々とため息をついた。
「やっぱりか……あいつはそこまでして『チカラ』が欲しいのか……。いいか、よく聞け。今のバルトに何を言われようとも逃げるためについて行かないことだ」
 カルダーノは近くにあった椅子に座ると何を言っているのかすぐには理解出来ていない様な表情でコレウスを見た。
「俄には信じ難いと思う。だが、本当に今のバルトに何を唆されてもついて行くな。悪いが、この施設に居る以上理由は話せない。俺も事情があるからな……ただ、言えるのは『自分の身を守りたければついて行くな』ってことだけだ」
 カルダーノは腕を組み、考えた。
「何故、バルトが危険なんだ?処刑人だからか?」
 コレウスは首を横に振った。
「今は……とある人の操り人形、としか言えない」
 カルダーノは軽く頷いた。
「なるほどな。要するに、あいつは今誰かから依頼を受けて俺をその誰かの元に連れていかなきゃ行けない、ってことだな」
 コレウスは頷いた。
「お前もいつか『チカラ』というものに気づけるといいな。そうすればここに攫われた理由もわかるさ」
 コレウスはそう言い残すと、部屋を出ていった。取り残されたカルダーノはコレウスの出ていった扉を暫く無言で見つめていた。
「チカラ……?明日から、それについて調べてみるか……」
 コレウスの残した謎の言葉『チカラ』……それが何なのか明らかにしようと心に決め、部屋を出た。その後、自室の近くにある地図でとある場所を探した。
「あった……ここならあるかもしれない」
 カルダーノは『Data Storage(資料保管室)』と書いてある部屋を見つけた。
 なんの資料があるのかは分からなかったが、とにかく情報のひとつはあるだろうと思い、明日入れるかの確認をしようと決め、カルダーノは静かに部屋へと戻った。

 その日の夜。
 地下室の一室に2人の男がなにやら話していた。
 2人は机を挟み、向かい合って座っていた。1人は赤毛の男で、もう1人はアザミ色の髪……バルトだった。
「ねぇ、俺リンドウさんの言った通りに動いてるよ。でもね、カルダーノがついてきてくれないんだ……」
 バルトはそう言いながら椅子の上に足を乗せた。
 リンドウと呼ばれた男はため息をついた。
「なかなか手強いな。なんとかなるか?バルト」
 バルトは首を傾げた。
「分からない。でも、やれるだけやってみる。もし、しばらく試してダメなら、俺寝てる間にでもここに連れてくるよ。だから、もう少し待ってて欲しいんだ」
 バルトの言葉にリンドウは頷いた。
「でもさ、本当にカルダーノ連れてきたら、俺施設の外の世界で生活できるの?」
 バルトは膝の上に頬を乗せ、リンドウに聞いた。その言葉にリンドウは頷き、それを確認したバルトは満足そうに頷くと部屋を後にした。
 バルトが部屋を出ていくとリンドウはため息をついた。
「いつまで時間をかけるつもりだ。やはり、施設内……明るいところでも上手く動かせるようにすべきか……」
 リンドウは煙草に火をつけると頭を抱えたが、なにかに気づき鏡の前に歩いていき何かを外した。それから10分後、地下室の扉が開いた。
「失礼します、所長」
 そこに立っていたのは、コレウスだった。
「夜分遅く、申し訳ございません。例の経過を報告に参りました」
 コレウスは男の前に立つと、持っていた資料を開いた。
「お前たちの方はどうだ。早く進捗を」
 コレウスはリンドウにバレないように、小さく息を吐くと口を開いた。
「例の件ですが……第1対象者は昨夜変異し、自我を失った為、失敗となりました。……処刑人により本日昼頃粛清されました。第2から第18までは少々傾向が見られるようになりましたが、まだ経過観察が必要です」
 リンドウの様子を伺いつつ、報告を進めるコレウス。リンドウは結果を聴きながら明らかにイラついた様子で足を組んだ。 
「それから?俺が知りたいのは第44だが」
 コレウスは資料のページを幾つかめくると口を開いた。
「第44は特に変化は見られません。まだここに来てから2ヶ月ほどです。それに、先週あの失敗作たちに襲われたのでその時にアレの投与が止まっております。気長に待つしかないかと思われます。その件に関しては私もリンドウも全力を尽くしています。全ては貴方の……アドラー所長の研究のために」
 アドラーと呼ばれたリンドウに似た男は大きくため息をついた。
「あれさえなければ多少なりと何とかなったかもしれねぇってか?」
 コレウスはその言葉に頷いた。
「あと、俺が雇った情報屋がここの情報を素知らぬやつに漏らしたと連絡があったんだが?その件は何か分かるか?」
 コレウスはハッとし顔を上げた。
「情報屋って、あのワルデンが、ですか?それなりに報酬は弾んだのではなかったのですか?」
 アドラーは軽く頷いた。それを見たコレウスはなにやら考える仕草をすると、顔を上げ口を開いた。
「真相は確認します。もし、裏切りが本当であればバルトに伝え、ここに連れてくるように言っておきます」
 アドラーはその言葉に満足そうに頷いた。
「では、私はこれで」
 コレウスは資料を机に置き、腕時計を確認した。なにやら小さく呟いたかと思うと足早に部屋を後にした。

 地下室を出たコレウスは施設の廊下に戻ると舌打ちをした。
「チッ……ワルデンの奴、早々に気づかれやがって……だが、アドラーの耳にそれが入ったということはあいつの仲間が来た、ということか。思ったより早く来てくれたな……何とか接触を図りたいんだが」
 コレウスは急いで自室に戻って行った。
 しかし、この時アドラーは先手を打ちバルトを再度呼び出していた。
「何?リンドウさん」
 アドラーはため息をついて、バルトに依頼をした。
「悪いがバルト。もうひとつ仕事を受けてくれないか?簡単なことだ」
 バルトは頷いた。
「うん、いいよ。俺で良ければなんでも言ってよ」
 アドラーはその言葉に薄ら笑いを浮かべると、1枚の写真を取りだした。そこにはワルデンが写っていた。
「この男を見つけたら捕まえて連れてこい。地下水路あたりにいるはずだ」
 バルトは写真を受け取るとアドラーを見つめた。
「この人、連れてくるだけでいいの?俺が殺さなくていいの?」
 アドラーは頷いた。
「あぁ。連れてくるだけでいい。殺す必要は無い」
 バルトは頷くと足早に部屋を出ていった。それを確認したアドラーは煙草を消した。アドラーはコレウスの置いていった資料を手に取ると資料に書いてある番号の44と28、37、16以外をゴミ箱に捨てた。
「こいつらさえいれば問題は無いさ。あとは殺してしまっても関係はない……」
 アドラーは立ち上がると、資料を掴み部屋の奥へと消えた。
 アドラーが部屋を出てから15分。地下室の扉が開き、再びコレウスが顔を出した。
「よし、戻ったか……って、やばいな。資料置いてったと思ったら捨てられて……ん?」
 コレウスは資料を手に取り、数を数えていた。
「やばい、足りない。まさか、アドラーが……クソッ……あの4枚だけは取られたらいけなかったのに」
 コレウスは頭を抱え、机に拳を叩きつけた。
「とにかく、リンドウに相談しないと」
 コレウスは資料を持ち走り去った。
 コレウスは部屋に着くと、扉を勢いよく開けた。リンドウは資料の整理をしており、扉の開く音に驚き資料を落としてしまった。
「おい、コレウス!また整理し直しだろうが!ふざけ……」
 扉の方へ振り返ったリンドウは途中で言葉を失った。いつもは冷静なコレウスが取り乱していたからだった。
「待て待て、一旦落ち着け、コレウス」
 リンドウはコレウスの肩に手を置くと、椅子に座らせ水を持ってきた。コレウスは受け取るとそれを一息に飲み干し、口を開いた。
「リンドウ、まずいことになった。アドラーの手にあいつらの資料が渡った。何とかならないか?番号変えるとか何とか」
 リンドウは首を横に振った。
「それはお前がよくわかってるだろ、何ともならない。こっちに寄せられた情報は名前だけで何とかなったが、あの資料に写真が付いている。もうなんともならない……唯一の希望は……お前の研究だけだ」
 コレウスは悔しそうに顔を背け、口を開いた。
「まだ終わらない。……全て試作段階だ。成功した試しがない……何がダメなのか全くもって検討がつかない」
 リンドウは身を投げ出すように椅子に座ると窓の外に視線を投げた。
「チッ、仕方ねぇな俺も協力してやる。じゃないとあいつらが危ねぇし、アドラーを止めることすら出来ねぇ。絶対に完成さるぞ」
 リンドウは整理途中の資料を部屋の片隅に寄せるとパソコンを開いた。それを見たコレウスも自分のパソコンを起動させ今までの資料をリンドウに見せた。
 約3時間。リンドウは資料を見ていたが、何やら紙に書き始めコレウスに手渡した。
「このとおりに1回配合を変えてみてくれ、恐らくそれが足りなかったんだ。俺が見た限りだとお前の配合は途中までは完璧だった」
 コレウスは頷くと、リンドウと共に研究室へと走って行った。
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