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鈴之助:Q

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香々見鈴之助27歳。独身。ベータ。
中堅企業の会社員で業績はそこそこ。愛想はぼちぼち。
職場から五駅ほど離れたアパートで一人暮らし。

今しがた一人暮らしに、なった。

僕は普段の仏頂面を崩すことなく、淡々とゴミ袋にゴミを詰めこんでいく。枕代わりに使われていたクッション、なんだかよくわからない観光地のお土産、冬用のスリッパ、柑橘系のヘアオイル、マグカップ、歯ブラシ、などなど。

“どうして”だとか“なんで”なんて、何者にもなれなかった僕には考えるだけ無駄なことだった。

「………運命、だってさ」

ぽつりと零れた声は、部屋に虚しく落ちた。

好きな人がいた。
高校からの同級生で、アルファにしては気安くて、空気みたいにいるのが当たり前の存在で。職場が近いからなんて理由で勝手に居座って、これからもずっとそうなのだと思っていた。

崩れたのは一瞬。

連れてきた青年を、彼は運命だと言った。
アルファでもオメガでもない自分には分からない絶対の結びつきが、運命の番、というものらしい。繋いでいる気でいた手はいとも簡単にほどけて、彼は青年を選んだ。なぜか視界がゆがんで、何も見えなくなった僕はその場から背を向けた。それだけ。

たったそれだけの、恋の話。



「…あーあ」

何度もぶり返す黒歴史に苦笑いしていると、ゴムを片手で器用に取り付けていた相手は訝しげな顔をした。同居人だった彼とは似ても似つかない。筋肉質で、のしかかられると結構重い。

「なあに?」
「なんでも」

惜しむべくは、キスの一つもしなかったこと。

どうせなら当たって砕ければ良かった。そうすれば、今こうして未練たらたらに今更男同士のアレソレの実績解除なんて挑まなかったかもしれないのに。

「余裕だね、お兄さん」
「経験の差じゃない?ああでも、痛いのはあまり好きじゃないから。ごめんね」
「SMは俺もパス。しっかし意外だな、あんまスレてなさそうなのに」

初対面の相手にお互い耳元で睦み合って冗談を言う。このくらいの距離感が、丁度いい。

「処女じゃなきゃ嫌だった?」
「全然。だーいすき」

たったそれだけの、話。
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