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◇376 死の味を知ってしまった

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 世界が真っ暗闇に覆われる。
 何も見えない。何も聴こえない。
 無限に広がる宇宙空間の、熱くもなく、寒くもない、そんな世界だけが全身を痛感させる。

 残っているのは何なのか。
 一体自分の身に何が起きたのか。
 それすら理解してしまおうとするが、理解ができていない。
 まるで自分が自分ではないかのようだ。

 駆け抜けていく電子の世界。
 宇宙を作っているのは、人間の脳と別種の世界を繋ぐワームホール。
 その中で明輝は不思議な白いものを見つけたが、今はそんなこと如何でも良かった。
 嬉しくもない、悲しくもない、不安定で今にも崩れてしまいそうな感情の中を揺蕩い、行ったり来たりしながら、光りを求めるのだった。

「うわぁ!?」

 ㇵッとなって目を開けた。
 明輝の頬をゆっくりと滲んだ汗が伝う。
 これは一体何? 理解も何もない。
 ジッとして、ゾッとした、まさに死の味をこの身を以って体感したようだ。

「はぁはぁ……もしかしてじゃなくて、私、死んだ?」

 ポツポツと言葉を紡ぐ。
 一体何を意味しているのか。モチツキンと言うモンスターによって無情にも敗北を喫した。ただそれだけの話だ。
 けれどそれが記憶の裏側に死の味を教え込む。
 頭を押さえて、「マジかー」と変な溜息が出た。

「勝てなかった……それにしてもこれが負けるってことなんだ。うえっ、気持ち悪い」

 明輝は吐き気を催す……訳ではなく、頭を押さえた。
 こんなにもリアルな情景が広がるなんて、明輝は嫌な気分になった。
 もう二度と味わいたくないと、精神的にも強く唸る。

「あっ、そうだ! みんなは……みんなは如何なったの!」

 明輝はスマホを取り出す。
 急いでBIRDを開くと、グループに入って、烈火と蒼伊に連絡を取る。
 もちろんテレビ電話だ。

「みんな出てくれるかな……あっ、繋がった!」

 烈火は待機していたのか、すぐに出てくれた。
 蒼伊もほぼノータイムで駆けつける。
 如何やら全員同じ事を思っていたらしい。

「みんな大丈夫?」
『大丈夫だよー』
『そうでなかったら、この通話に参加していない』
「そ、そうだよね。でもみんな無事で良かったぁー」

 とりあえず顔色の方は悪くない。
 だけど負けたという記録は残り、全員苦い表情にはなる。

「強かったね、モチツキン」
『あんなの最強すぎるよー。勝てるわけないって』
「そんなことは……無いとは言えないよね」
『でしょー、ああ、悔しいなー』

 烈火は頭の上で腕を組む。
 相当悔しいのか、唇を噛んでいた。

「でも負けちゃったね」
『それは言わないでよー』
「私たちも勝てなかったから。ねっ、蒼伊」
『そうだな。だが、モチツキン相手に悔しがる必要は無い』
「それは……まあ、ねっ」

 明輝も反応に困ってしまった。
 確かに蒼伊の言う通り、勝てるような相手ではなかった。
 まともにやったって、杵に潰される。臼の中は深く、餅も粘着性が高い。あんなものに捕まったらひとたまりもない。

「如何しよう。もう一回行く?」
『いいや、それは止めておけ』

 待っ先に止めたのは蒼伊だった。
 と言うのも蒼伊の目線からすれば、今の私たちが挑んでも勝てるような相手ではないことを強く示していた。

「やっぱりそう思う?」
『当たり前だ。モチツキンは舐めていたら勝てる相手じゃない。少なくとも、私たちはログインできないだろ』
「『あっ!』」

 明輝も烈火も声を上げた。
 確かに一度やられた以上、しばらくの間ログインはできない。
 脳への負荷や肉体的精神的なダメージの回復には時間を要するのだ。
 それくらい、負けた時のデメリットは大きい。

「今度は全員で行くしかないのかな?」
『雷斬のスピードとベルの援護があれば……行けるかなー?』
『如何だろうな。少なくとも、あれ以上杵のスピードが速くなるようなら難しいとは思うが?』
「『うーん』」
 
 確かにけみーたちの話では、あれより速くなるそうだ。
 そうなれば、いくらスピード特化にした所で、逃げるのは困難を極める。
 それならもっと防御力を上げるべきか? いいや、それも難しいと明輝たちは悟った。
 今の装備だと、それも難しいので、ここに来て武器と防具の大事さを痛感する。

「私たち、防御力ペラペラだもんね」
『でもさー、それって私たちのスタンスとは真逆じゃないのー?』
『そうだな。今の私たちは、身を軽くして、機動力を重視している。それに武器類をここまで多用するパーティーも珍しいだろ』
「そうかもだけど、それじゃあモチツキンには勝てないよ?」
『『うーん』』

 二人共唸り声を上げる。
 やはり難しい、相手なのだろう。
 勝てそうで勝てない。そんな相手に違いない。

「今年は止めた方が良いのかな?」
『『そう思う』』
「それじゃあ、やっぱりまた来年再挑戦しよ。今度こそ勝ちたいよ」
『如何してそこまでこだわるんだ』
「だって、私たちが初めて負けた相手だよ。面白いよね」

 明輝は意識を書き換えていた。
 達成感とか、死を求めているのではない、何となく勝ちたいと、そんな漠然とした感情の一辺がふつりと沸き上がる程度で、それ以上のことを思うことはなかった。
 もしかして、如何してしまった?
 胸の奥でモヤモヤしたものがなじるので、明輝は首を捻るのだった。
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