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◇403 バレンタインが近くなってきたらしい

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「そんなことがあったんだよね」
「なるほどな。それが事の顛末か」

 アキラの話に耳を傾けるNightはコクコクと首を縦に振っていた。
 机には肘を突き、マグカップに入ったストレートティーを飲みながら返答する。

「それで響姫は来るのか?」
「うーん、まだちょっとかかりそうだけどね」
「そうか。まあ来年度には来るだろ。変に根に持たれていなければいいがな」
「そうだね。でもそれは大丈夫だと思うよ」
「根拠は?」
「私の勘。それとこの目と口で見て来た証だよ。そう言えば伝わるでしょ?」
「ならば問題は無いな」

 改めてストレートティーを一口啜る。
 口の中一杯に温もりが広がり、穏やかな目になった。
 この一瞬を切り取りたいと思ったのも束の間。アキラは「それでさ」と話を続ける。

「ソウラさんが言ってたんだけど、アクア・カカオ豆って言うのが欲しいんだって」
「はぁ? またソウラの持ち込みか。興味無いな」
「興味ないは酷くない?」
「本当のことだ。それに何故今時カカオ豆……ああ、バレンタインか」

 Nightは季節感を加味したことで全てを察した。
 如何やら今の季節限定のアイテムのようで、店で取り扱いたいらしい。
 とは言えそんなもの簡単には用意できない。
 アキラもそれが分かった上で依頼を断って来た。

「今回は断ったよ。そんなの手には入らないからね」
「……」

 アキラがのほほんと顎に手を置いていると、自然とNightの顔が真向かいにあるので表情の変化を読み取れた。
 何故か急に無言になってしまい、意外そうな顔をする。
 アキラは怖くなったのでNightに尋ねた。

「なに? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「いや、意外だったからな」
「意外? なにが意外なの?」
「お前が断ってきたことだ。いつもなら全力で受けるだろ」
「あはは、そんなにお人好しじゃないよ。今回は私たちにメリット無いでしょ?」

 本当にメリットの欠片もなかった。
 この間も大変だったのに、流石に今回もは人数や時間の都合で無理なのだ。
 おまけに依頼の報酬もこの世界の通貨な上に、女子のアキラたちが必死になってカカオ豆を採りに行く絵面を想像しただけで、アキラのやる気は失せてしまった。
 どのみち贈る相手もいないのに、わざわざ卸すために採りに行くのは少し気が引けたのだ。

「いや、確かにそうだが……」
「どうしたの、Night? もしかして欲しかったの?」
「……まあな」

 あまりに意外過ぎて言葉を失った。
 Nightはカカオ豆が欲しいタイプの人間だったなんて、どんな気まぐれだろうか。
 瞬きを何度もして確認を取ったが、Nightは本気らしくその詳細を教えてくれない。

「もしかして好きな人とか居るの?」
「はっ?」
「あれ、そっち系じゃないんだ」

 アキラは直球で質問を投げかけた。確信を突いたと思ったからだ。
 しかしNightは眉根を寄せてアキラのことを見つめる。
 それだけで恋愛感情じゃないことは容易に想像ができ、まさかこっちかなと第二のルートが開拓される。

「まさかとは思うけど、自分でチョコを作って食べるとか、そんな寂しい答えじゃないよね?」
「いや、自分で食べるんだが」
「うっ……嘘でしょ」

 言葉を失ってしまった。
 まさかそんな悲しくて寂しいバレンタインを決行しようとしているなんて想像したくなかった。
 確かにNightはコミュ力低いから恋愛は絶対に無いと踏めた。けれど友チョコでもなく、自分用という回答がスパッと出て来るのがNightらしくもありじゃないでいて欲しかった。

「と言うことだ。だから私は欲しいが」
「自分で食べるために採りに行くんだ。うーん、Nightらしいかも」
「らしいってなんだ。私は頭を使うんだ。好んでチョコレートは食べるが、この世界の味は知らない。もしも私が知らない味なら燃えて来るだろ」
「どんな化学料理人かは知らないけど……まあいっか。私も食べたくなってきちゃった」

 色々考えているとアキラもチョコレートが食べたくなってきた。
 そこで今回は依頼は蹴ったものの、そのカカオ豆は採りに行ってみることにした。
 期間はバレンタインデー前日まで。まだ三日ほど時間があるので、今から行けば何とかなりそうだった。

「それでアクア・カカオ豆だったか」
「うん。ってもう調べてる」

 Nightは現代人らしく早速ネットを使って調べていた。
 カタカタとキーを打つ音が聴こえた。しかしピタッと指が止まった。
 困り顔を浮かべているので、ダメだったらしい。

「出なかったの?」
「検索してもヒットしない。もう少し調べてみるか」

 Nightは諦めずにさらに深いところまで調べてみる。
 けれどいくら調べても全然ヒットしない。
 膨大なネットの海を捜索してなにも出て来ないのは不自然だと感じたNightは調べることを止めた。

「仕方ない」
「諦めるんだ。珍しいね」
「そんな訳が無いだろ。前時代的だが、足を使うぞ」
「あ、足?」

 刑事や探偵もののドラマでしか滅多に聞かないようなセリフを吐いた。
 こうなったNightは本気だ。気になったことは隅々まで調べ上げると腹をくくっているようで、アキラもそれに続くしかなくなった。
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