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◇第1章◇優しくて冷たいひと
5 覚悟とお金
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「呼び名はお好きにどうぞ」と律が呟いて、僕の手をじっと見つめてくる。
何も言わないが、潔癖になった理由を教えろと目が訴えてくる。
たぶん、そうなるきっかけを作ったのは自分なのではないかと疑っている。
「別に、何かのせいでなった訳じゃないよ。清潔な環境にいてアルコール消毒をちゃんとしてる医療従事者でも、ものすごい数の菌がついてるんだってネットで読んだんだ。それからなんとなく、除菌するのが癖になっちゃって」
「そうですか」
律がほんの少し安堵したように一息吐いてすぐ、大学生とおぼしきアルバイトの女の子が、ビールと烏龍茶を持ってきた。
じゃあ、2人の感動の再会にカンパーイ、という雰囲気ではない。
女の子が出ていったあと、律は無言でビールを半分ほど一気に飲み干して、少しゆるんでいた眉間の皺をまた濃くした。
「バカ野郎ですね」
それは潔癖症のことに対してではないのは分かっている。
律はいよいよ、説教をすることにしたらしい。
僕は烏龍茶には手を付けずに、居住まいを正した。
「あなたはあの人と何をしようとしていたんですか」
「何って……別に、お喋りしたり」
「あんな道具を使いながら?」
僕はうつ向けていた顔をはね上げた。
「見てたの?!」
「今日はたまたま仕事でこの街に来ていました。あなたの姿を見かけて、様子が少し変だったので後を付けさせてもらいました」
仕事のわりにはスーツではなく、とてもラフな格好だ。
そういえば耳にはいくつかのピアス穴。
気になるけれど、何の仕事してるの?と今聞くのはイレギュラーである。
「僕を見つけた時、どう思った?」
5年振りに会えて、嬉しくてたまらなかったよね?
──僕に会いたくないって言っていたのは、嘘でしょ?
そう訊きたいのも、ぐっと堪える。
律は顔色ひとつ変えずに淡々と話を続けた。
「他人の空似かと思いました。あの頃と違って、随分と雰囲気が変わったみたいだから」
「あ、ほんと? 嬉しいなぁ、あの頃は流行りとか全然知らなかったけど、最近は結構研究してるんだ! 髪型とかもね、知らない人に髪をいじられるのはちょっと嫌なんだけど我慢して……」
ますます目を細めて僕を見てくる律に、はしゃいでいる場合ではなかったと自分を戒めた。
「けれどその声と歩き方でわかりました。様子がおかしいなとは思っていましたが、あの人が鼻息を荒くした時から、俺は腹が立って仕方なかった」
「う、うん、僕も話が違うじゃんって思ったよ」
「俺が腹が立ったのはあの人にじゃなくてきみにです」
「え、僕?」
「何の覚悟も出来てないくせに、一体何を考えてるんですか。行きずりの男とするなとは言わないですが、あんな風に怖がるんだったら初めからしようとしないで下さい。もっと自分の体を大切にして──」
律は頑固ジジィみたいにガミガミ言ってくる。
死にたいかもって言った時、そんなことを言う僕を決して否定しなかったくせに。
「しょうがないだろ、事情があったんだから」
「事情って? お金に困っていたんですか?」
「うー……うん」
まさか頷かれると思わなかったのか、律は驚いた表情をする。
律の言いたいことは分かる。
お前が金に困るわけがないだろと言いたいのだ。
律の家ほどではないけど、僕の家もそこそこ裕福なのは律も分かっている。
家が隣だったから、最低限の付き合いも昔はあった。
親同士は会えば挨拶する程度の関係だったが、今となってはもう修復は不可能と言い切ってもいいだろう。
何も言わないが、潔癖になった理由を教えろと目が訴えてくる。
たぶん、そうなるきっかけを作ったのは自分なのではないかと疑っている。
「別に、何かのせいでなった訳じゃないよ。清潔な環境にいてアルコール消毒をちゃんとしてる医療従事者でも、ものすごい数の菌がついてるんだってネットで読んだんだ。それからなんとなく、除菌するのが癖になっちゃって」
「そうですか」
律がほんの少し安堵したように一息吐いてすぐ、大学生とおぼしきアルバイトの女の子が、ビールと烏龍茶を持ってきた。
じゃあ、2人の感動の再会にカンパーイ、という雰囲気ではない。
女の子が出ていったあと、律は無言でビールを半分ほど一気に飲み干して、少しゆるんでいた眉間の皺をまた濃くした。
「バカ野郎ですね」
それは潔癖症のことに対してではないのは分かっている。
律はいよいよ、説教をすることにしたらしい。
僕は烏龍茶には手を付けずに、居住まいを正した。
「あなたはあの人と何をしようとしていたんですか」
「何って……別に、お喋りしたり」
「あんな道具を使いながら?」
僕はうつ向けていた顔をはね上げた。
「見てたの?!」
「今日はたまたま仕事でこの街に来ていました。あなたの姿を見かけて、様子が少し変だったので後を付けさせてもらいました」
仕事のわりにはスーツではなく、とてもラフな格好だ。
そういえば耳にはいくつかのピアス穴。
気になるけれど、何の仕事してるの?と今聞くのはイレギュラーである。
「僕を見つけた時、どう思った?」
5年振りに会えて、嬉しくてたまらなかったよね?
──僕に会いたくないって言っていたのは、嘘でしょ?
そう訊きたいのも、ぐっと堪える。
律は顔色ひとつ変えずに淡々と話を続けた。
「他人の空似かと思いました。あの頃と違って、随分と雰囲気が変わったみたいだから」
「あ、ほんと? 嬉しいなぁ、あの頃は流行りとか全然知らなかったけど、最近は結構研究してるんだ! 髪型とかもね、知らない人に髪をいじられるのはちょっと嫌なんだけど我慢して……」
ますます目を細めて僕を見てくる律に、はしゃいでいる場合ではなかったと自分を戒めた。
「けれどその声と歩き方でわかりました。様子がおかしいなとは思っていましたが、あの人が鼻息を荒くした時から、俺は腹が立って仕方なかった」
「う、うん、僕も話が違うじゃんって思ったよ」
「俺が腹が立ったのはあの人にじゃなくてきみにです」
「え、僕?」
「何の覚悟も出来てないくせに、一体何を考えてるんですか。行きずりの男とするなとは言わないですが、あんな風に怖がるんだったら初めからしようとしないで下さい。もっと自分の体を大切にして──」
律は頑固ジジィみたいにガミガミ言ってくる。
死にたいかもって言った時、そんなことを言う僕を決して否定しなかったくせに。
「しょうがないだろ、事情があったんだから」
「事情って? お金に困っていたんですか?」
「うー……うん」
まさか頷かれると思わなかったのか、律は驚いた表情をする。
律の言いたいことは分かる。
お前が金に困るわけがないだろと言いたいのだ。
律の家ほどではないけど、僕の家もそこそこ裕福なのは律も分かっている。
家が隣だったから、最低限の付き合いも昔はあった。
親同士は会えば挨拶する程度の関係だったが、今となってはもう修復は不可能と言い切ってもいいだろう。
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