きみは優しくて嘘つきな、

こすもす

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◇第1章◇優しくて冷たいひと

13 甘やかしてよ

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 洗面所に付いていくと、新品の歯ブラシを渡された。
 言われるがままに歯磨きをして、清潔なタオルで口を拭う。

「千紘はベッドで寝て」

 案内された部屋は寝室らしく、ベッドの他に服がかかった什器やチェストが置いてあった。

「律はどこで寝るの?」
「俺はソファーで寝ます」
「えっ、いいよ、どう考えても僕がソファーだろ」
「あんなところで寝れるんですか。潔癖なんでしょう」
「律のだったら全然平気だし」
「……」
「それか、ベッドで一緒に寝る?」

 驚いたように目を見開いて固まった律は、すぐに険しい表情になって前髪をかきあげた。

「馬鹿ですね」
「な、何……」

 次の瞬間、僕の体がふわりと浮く。

 律は僕を軽々と抱き抱え、肩に担いでしまった。

「わ、わ、落ち……っ」

 見下ろす床があまりに遠くて、ヒュッとすくみ上がった。

 反射的に律の服をギュッと掴んでしがみつく。

 広い背中と律の体温。
 久しぶりに触れられたその手のぬくもり。


 うわ────……。
 頭がフワフワとした。


「軽すぎる。普段ちゃんと食べてるんですか」
「く、食ってるよ」
「嘘つきですね、相変わらず細い腰して」
「ぅわ……っ」

 怪しい手つきで脇腹をスルッと撫でられて肌が粟だった。

 変な声も漏れそうになってしまい、慌てて口を塞ぐ。


 なんだよ、僕のことを迷惑に思うなら、あの時を思い出させるようなことするなよ。


 ゆっくりと僕をベッドに転がすと、律は強引に布団を被せてしまう。

 フカフカの枕からは柔軟剤のいい香りがした。

 まるで子供を寝かしつけるお父さんみたいな律に、僕は物理的に上目遣いになった。

「律は明日、仕事?」
「昼から出掛けます。千紘は?」
「僕は1限からあるけど、やす……」

 休んじゃおうかな、と言おうとしたら、目を細められた。

「……行くから、起こして」
「はい」
「キスで起こして」
「殴りますよ」

 冗談半分、本気半分。

 電気を消して、部屋から出ていこうとする律を僕は引き止めた。

「待って。まだ眠くないから、もっと話そうよ」
「俺は眠いです」
「じゃあ、僕が眠るまで手を握るのは?……海行った時、みたいに」

 そう言うと、僅かに動揺の色を宿した目がこちらを向いた。

 そのことは話題に出すなと言いたげだ。


 律がゆっくりと、近付いてくる。
 僕が手を差し出そうとしたその時──

「いてっ」
「はやく寝て」

 デコピンをされてしまい、手が繋がることはなかった。

 僕はついに不貞腐れ、むぅぅと口を尖らせて瞼を閉じた。


 つれない。
 なんだよ律、せっかく会えたのに。

 あの時は、僕をちゃんと甘やかしてくれたのに。


 僕が5年間どんな想いでいたのか分かってないんでしょ。

 律が食いついた話題といえば、じいちゃんのことと僕の恋愛対象が男性だということぐらいだ。


 そういえば猫のチーの姿を見ていない。
 まだまだ律と話し足りない。
 寝るなんて勿体無い。

 それなのに、僕の意識はあっという間に曖昧になっていた。

「おやすみなさい」

 柔らかくて優しい低音が、僕の耳を癒した。

 波が寄せては返す音と、風鈴の高い音が聴こえた気がした。
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