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第38話 反省

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 よい目覚めだ。朝のお茶がおいしい。

 宿屋の食堂は朝は泊り客だけなので余裕がある。早めに来てゆっくりお茶を飲むことぐらいは楽勝だ。

 そして俺はお茶を飲みながら昨日のことを考える。

 気を失ったあと、目を覚ましたら太陽の位置が結構動いていて二、三時間は気を失っていたようだ。
 あるいは寝ていたようだ。

 目覚めたときの体調は良好だった。
 疲労感も抜けていたし、けがの痕跡もなくなっていた。
 魔力回路というのはすごいと思う。

 これがあることは俺の大きなアドバンテージだろう。

 しかし昨日の戦闘は課題が浮き彫りになる戦闘だったのも事実。

 俺の現在の能力というのは弱者に対する大量殺戮と大規模殺傷に偏っている。別に好んでそうしたわけではなく、魔法や武器の装備がそうなってしまったのだ。

 つまり昨日のようにある程度強い敵とのガチの戦闘は苦手なのだとおもう。
 そして戦闘の効率が悪いというのも確かだ。

 となると課題が見えてくる。
 まず魔法を何とかしてそういう戦闘に使えるようにする。
 それ用の武器を用意する。
 戦闘技術を身に着ける。

 この世界にきて結構強くなったような気がしていたが全然足りてないようだ。

 まず魔法だ。もっといろいろな魔法をコレクションしないとだめだ。

 だが昨日、かまいたちと砂塵の槍を解析できたのは運がよかった。
 この魔法は役に立つ。
 特に砂塵の槍…そうだな、改めて『風塵蛇槍』と名付けるか…あれは使い勝手がいいと思う。
 練習して確実に起動できるようにしないとな。

 武器に関しては…武器屋でも覗くか…これは望み薄だろう。
 話に聞く魔剣とか聖剣とか手に入ればいいが…どう考えても無理かな。むしろ力場を攻撃に応用できないだろうか?
 これも魔法か…

 武術に関してはネムちゃんに頼むか…
 かなりの使うという話だし、どのぐらい一緒に行動できるらわからないが…何とか基礎だけでも教えてもらえれば…と思う。

 では頼んでみよう。

 そのネムちゃんだが現在俺の腕をガジガジかじっている。
 なして?

「マーキングね。所有権を主張しているのよ」

 と、ミルテアさんは言う。

 獣族の女性は気に入っている男に他の女のにおいつくと、自分をにおいをつけようとする性質があるのだそうだ。
 つまり昨日またリリアが部屋に来たためにこうなっていると。

 まあ、好意を持たれていることは間違いないだろう。
 それにそういう感情が根底にあると考えるとなかなかにかわいらしい。
 ネムちゃんも聞けば十六才。この世界では成人する年齢だそうだ。
 大人の階段をのぼり始めるころだね。
 ここは年長者として温かく見守ってやるところだろう。

 武術を教えてほしいとお願いしたら途端に機嫌が直ってニコニコしている所も…まあ、愛らしいといえる。

「魔族だ! 魔族が出たぞ!」

 そんなほのぼのした空気を食堂に飛び込んできた男の声が引き裂いた。

 ◆・◆・◆

 一瞬で水を打ったように静まりかえる食堂。
 そして次の瞬間。

「魔族だって!」
「うそ、なんで」
「ひー、逃げなきゃ」
「おたすけー」
「ひでぶ」

 最後のは逃げようとしたおっさんが転んで後から来たヤツにふまれた時のものだ。

 ものの分かったおっさんである。
 だが食堂はパニックになった。

 ネムちゃん、ミルテアさんはさすがに落ち着いていたが、腰を浮かせて飛び込んだ男の方に意識を集中している。

 男はまだなにか話しているが、回りが騒がしくて聞き取れない。
 半分は訳も分からずパニックになっているが半分はさすがに冷静で、男にかけよって情報収集に努めている。
 まあそれも慌てているせいか収拾が付いていなくて、これで正しく情報が聞き取れるのは聖徳太子か獣族ぐらいでしょう。俺も…行けるかな? 意識的に聴覚を強化してみる。

 件の男が『落ち着け』『もう討伐された』といっているのが聞こえてきた。

 そんなときに

 バカーン!

 と言う音が響いた。

「落ち付けっていってんだろうがこのタマナシども!」

 宿の女将さんの一喝だった。
 ちなみにバカーンは鍋と鍋を思い切りたたき合わせた音。
 いやー、凄い音だった。耳が痛いよ。ネムちゃんもケモミミを抑えてペタリとしている。

 で、結局男の話は魔族がでたが、その場にいたハンター達の連携で討伐されたという物だった。

 なんでも森の中でハンターチームが複数集まって居たキャンプがあったそうな。
 そこを魔族が襲撃。
 ハンター達は偶々ベテランが多く。連合してこれに対処、多くのけが人と死者まで出したがこれを打ち倒すことに成功した。という話だ。

「うおぉぉぉぉぉぉっ、すげえ、魔族をたおすのかよ!」
「勇者か勇者が出たのか!」
「どんなやつらだ魔族をたおしたのは…」

 一転、食堂はお祭り騒ぎになった。

 誰もが皆興奮している。
 ネムちゃんでさえも。

「凄いですね、魔族をたおすなんて…」
「ほんとうねえ、大金星だわ~」

 大金星なのか…だがどうしても言わないといけない事がある。

「なんですか?」

 俺は小さい声で言った。

「魔族って何です?」

 ◆・◆・◆

 ネムちゃんは苦笑して、「仕方ないですねえ」と宣った。
 ミルテアさん律儀にテーブルに頭突きをかましてくれた。
 ありがとう。

「魔物というのは進化するんです。先日のゴブリンもそうです。
 ゴブリンがホブになってホブがエルダーになります」

 〔ゴブリン〕⇒〔ホブゴブリン〕⇒〔エルダーゴブリン〕⇒〔ゴブリンジェネラル〕⇒〔ゴブリンキング〕
 といった具合だ。

 この中で面白いのがエルダーゴブリンかな。ホブが進化した個体だが進化の方向は複数でエルダーゴブリン・パワードとかヴィザードとかアサシンとかに分岐していろいろな種類があるそうな。

 まあこのようにゴブリンに限らず魔物というのは進化していくらしい。勿論全てではなく希な現象だ。

「そんなのぽこぽこ進化されたら人類種族なんて滅亡しちゃいますよ~」

 と、ミルテアさんは言う。ごもっとも。進化できるのはまあ選ばれしものなんだろう。
 で、魔物というのは進化すると能力が跳ね上がる。一角ラビも進化すれば随分つよくなるらしい。
 その進化の果てに人間並みの知能を保有するに到った個体がいる。
 例えばゴブリンであればキングゴブリンとかだな。

 魔物というのは基本的に人間の脅威になるような存在だ。しかも魔力をつかった特殊な攻撃力を持っている。

 人間がスキルや加護などの能力を使ってなんとか対抗できるレベルなのだ。
 そんな強いものが人間並みの知能を持ち、その能力、魔法を十全に使ったどうなるのか。
 その答えが『魔族』という存在だ。

 人類種族にとっての脅威の代名詞。
 危険度で言えば九以上の超危険生物。
 絶対数が少ないのか唯一の救いらしい。

 ひとたび人里を襲えば町ひとつ壊滅することすらあるという。
 その魔族が討伐された。
 なるほど。お祭り騒ぎにもなろうというものだ。

「でもこれが原因だったんでしようか?」

「そうかもしれないね…魔族がうろちょろしていたからゴブリンなんかが下りてきてたのかも…なんて間の悪い」

 だとするならば彼女たちの仲間の死もこの魔族の所為ということになる。
 なんとなくだが二人の様子はほっとしたものに見えた。
 気分的にもひと段落したような気持ちなんだろう。
 そのせいでもないだろうがネムちゃんがにっこり笑って話しかけてきた。

「ときにマリオンさん。先ほどの話ですが、マリオンさんは私の弟子…みたいなものですよね」

「え? ええ、そうですね」

「実は私たち、明日の朝いちばんで西にあるベクトンという町に移動することになりました。
 もともとはその町が私たちのホームグラウンドなんです」

 むむ、となると武術を教わるのは今日だけという感じか…あと、情報収集も今日中にできるだけ…
 俺はそう考えた。女の子二人の道中についていきたいとかいうのは変態さんだろう。しかしネムちゃんの話は逆だった。

「マリオンさんもそのつもりで準備してくださいね」

「そうですね、約束もありますからある程度はちゃんとしないとだめですね」

 ① ネムちゃんに戦闘技能を教わる約束をした。
 ② ネムちゃんたちは明日旅に出る。
 ③ だから俺もいっしょに旅に出る。

 三段論法か!

 ネムちゃんの判断でミルテアさんはちょっと苦笑しているが…まあ反対ではないらしい。
 年長者としてネムちゃんを応援しているつもりなのかもしれない。

 だが現実問題助かる。
 そのベクトンまでどのぐらいかかるかわからないが、その間はガイドが確保できたということだ。
 俺は了解の意を伝え、今日は武器などを見て回ることにした。
 旅に必要なものは他にもあるだろう。

「じゃあ私がご一緒します」

 助かります。

「じゃぁ~あ、私はギルドに行って少し情報を仕入れてくるわね、ネムちゃんはついでに旅の準備をお願いね。
 マリオンさんも旅に必要な物は買ってこなくてはダメですよ~
 女の子にばかりお金を使うのは感心しません」

 口笛吹いても…だめだろうね。

 それでは~と良いながらギルドに向かうミルテアさんを見送って、俺達は買い物に行く。
 ネムちゃんは楽しそうに笑っていた。

 ◆・◆・◆

 マリオン達が買い物に出た後食堂に残った人達の会話。

「それで魔族ってのはどんなんだったんだ」
「なんでもウインザルだそうだぜ」
「ああっ…あれだ、カラス頭の猿。って、ちょっと待てや、魔族の中でも凶悪なのじゃねえか」
「おうよ、それを討伐したからスゲエって話だろ? まあ何人か犠牲者も出たらしいがよ、大したもんさ」
「新しい英雄の誕生だな」
「んだな」

 そんな会話がマリオンの耳に入ることはなかった。

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一話だけぽちっと投稿・これは37話と一緒に出すべきだった。
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