桜の花弁が散る頃に

ユーリ(佐伯瑠璃)

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二章 -勝沼・流川・会津編ー

孤高の剣士、遥かなる夢よ

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 私たちは横浜という大きな港町に到着した。歩いて半月ほどの道のりがたったの四日で日本の中心部までやってきたことに皆、驚きを隠せなかった。

「新選組はこれより二手に別れて品川へ移動する」

 副長である土方が隊を二十数名づつに振り分けた。

「それから、近藤さんと総司は神田の医学所に寄ってくれ。数名の護衛を付ける」
「すまんなトシ。後から追いかけるよ」
「はい。それまできちんと屯所を構えますので、医者の言うように無理はしないでください。それから、総司」
「はい、なんでしょう」

 土方は硬い表情のまま沖田と向き合った。沖田は船の揺れがきつかったようで、顔は蒼白していた。それでも真っ直ぐに立って何食わぬ顔をしている。

「鉄之助を、置いていく。必ず呼んでやるから、それまでしっかり養生しろ。これからが一番激しい戦いになる」
「いいんですか。鉄之助くんを置いていって。遊び呆けて隊に復帰しないかもしれませんよ」

 沖田がそう言うと、土方は少しだけ口元を緩めふんと鼻で笑って見せた。

「遊び呆けてみろ。首根っこ引っ掴んで連れて行くだけだ」
「さすが鬼の副長だ。お呼びがかかるまで遊んでいます。ねえ、鉄之助くん」
「は、はい」

 横浜に着く少し前に土方から言われていた。次の出動が沖田が参加できる最後の戦いになるだろうと。だから、少しでも沖田の気力が保てるように側についてやれと言われた。

『あいつが珍しく他人に懐いている。お前には特別な何かを感じているのだろう』

 そう言いながら土方は私の頭に手を置いた。あれから土方は二人きりのときは、こうして私の何処かに触れてくる。もしかして土方も私の事をと勘違いしてしまいそうだ。一度意識してしまうとこんなに気持ちが変わるものなのかと戸惑う。

『分かっているな。お前は男だ、いいな』

 何度も何度も、港につくまで呪文のように言われた。そう言う土方が、私は女であることを思い出させているのではないかと思ったけれど、それは口に出さずに呑み込んだ。
 それから、松本良順という蘭方医から呼ばれて沖田の対応を教わる。それは沖田の治療に関することではなく、自分に感染しないよう振る舞う手段だった。

『同じ皿の飯は食うな。接触したらよく手を洗い、口をすすげ。できるだけ近寄るな。もしも不可能なら手拭いで口を覆え。一応、本人にも告げてある』

 もう、何をしても沖田の病気の治療の手助けにはならないと知らされた。労咳とはそういうやまいなんだと言われた。今の医学では治すことができないのだと、残念そうに呟いた。



「では、新選組。出発する!」

 生き残った新選組隊士たちは希望を胸に出発した。残された私たちは神田にある和泉橋医学所へ向かう。

「私たちも参りますか」
「そうするか」
「近藤さんに鉄之助くん。のんびり行こうよ。病人は病人らしく、ってね」

 沖田の全て受け入れているという振る舞いと、和ませようとだらけてみせる姿がとても見ていて苦しかった。それは多分、局長の近藤も同じだろう。わははと笑って作ったそのシワも、すぐに消えてしまうのだから。

「では、のんびり行きましょう。なんだかまだ体が揺れている気がするのですよ」

 そう私が言うと、沖田は「まったく修行が足りないね」とおかしそうに笑いながら言った。ずっと、その顔を見せてほしい。戦争なんて無ければいいのに、あれがなければもう少し寿命は伸びるのに。でも、土方はあいつの場合は違うんだと言った。新選組の近藤の為に戦いたいから、生きているのだと。

「お腹が空くね。近藤さん、団子屋があったらご馳走してください」
「そうだな。トシには内緒でな」

 沖田が少し前を歩くのは、万が一他の者に伝染うつさないようにだ。笑顔だって歯を見せて笑いはしない。袖で口元を覆いながらおどけて見せるのは、こっそり咳を出しているから。目は笑っているけれど、眼は笑っていない。私は知っている、知ってしまったから苦しくて切なくて歯痒い。でも、一番そう思っているのは、沖田自身だ。だから私も笑って返すのだ。この眼に沖田総司を焼き付けながら。







 
 和泉橋の医学所につくと、口元を布で覆った医者とその助手が現れた。見たことのない白い布の着物を身に纏っている。これも、もしかしたら洋装なのかもしれない。船に乗っていたとき土方が言っていた。艦隊を率いる榎本という男が、袴の時代は終わりだと言ったそうだ。陸軍歩兵隊を率いる大鳥という男も袴や草履で戦争はできないと言ったと。二人の男は異国で戦争の仕方を学んだそうだ。伏見での戦いは初めから負けていたと、言い放ったと。

「鉄之助くん。呆けてないで」
「すみません沖田先生」
「あ、僕は皆と離れた部屋に行くんだ。君は近藤さんについて。妙な輩に狙われたなんてないようにね」
「はい。ではまた、後ほど」

 沖田に悟られないようにしなければ。刀の時代がもうすぐ終わると知ればなんと思うか。

 そして一通り診察が終わり、私たちは少し離れた建物に移った。相変わらず沖田だけは別棟だ。聞くところによると、同じ病を患ったもの同士で纏められているのだとか。

「局長、お疲れ様でした。お荷物をこちらに」
「うむ」

 近藤の肩は随分と回復したようだ。暫くすれば刀も持てるだろうと診断された。きっと、椿さんの手当がよかったのだろうと思う。そういえば山崎さんは目を開けただろうか、それだけが心残りだ。

「なあ、鉄之助」
「はい」
「次の戦はどうなるかね」
「え」

 近藤が突然、そんなことを聞いてきた。次の戦がいつなのか、どこで戦うのかまるで検討の付かない私に。

「総司に……。総司にも隊を率いてもらいたくてね。我ら一番組の組長だろう。そろそろ前線に立ってもらいたくてな」
「副長も、そのような事を仰っておりました」
「そうか」

 近藤はなぜか穏やかに笑ったのだ。沖田に隊を率いて戦わせたいのは、勝つためなのかそれとも。

「そう遠くはない将来に、出動命令が出るはずだ。それまでしっかり養生するように伝えてくれ」
「はい。承知しました」

 私は一礼をして障子まで下がった。そして、部屋を出ようと手を掛けたとき近藤が独り言のように呟く。

「小さかった総司がこんなに立派な剣士になり、我が新選組の為に尽くしてくれている。それ故に申し訳がたたぬ」

 私は聞こえないふりをしてその場を離れた。近藤も分かっているのだ。次が最後になると。沖田の武士としての最後の餞別が、近くに起きる戦だという事を。

「はぁ」

 吐いた息は真白で、夕闇に溶けていく。それを遮るものもなく、気のままに散っていく。私がどんなに気を病もうと変わることはなく、引き留めることもできない。ならば、その命、思うがままに使うべきだ。たとえ逝く時が早まろうとも、望むがままに逝かせてあげたい。

「う、ううっ」

 中庭で立ち止まり、木の陰で涙を流した。私だって、明日も生きているとは限らないのだ。沖田だけが特別じゃない。そう言い聞かせながら泣いた。沖田に会う前に、涙は全て出しておかなければならない。それでも沖田は気づくのだろう。そして、兄さんが恋しいのかい子供だねと言って、笑うのだ。それが沖田という男だ。私は知ってしまった……。

(私に務まるでしょうか。沖田という男の相手が)

 空を見上げれば、冬の夜空の澄んだ空に丸い月が浮かんでいた。そこに思い浮かぶのは土方の顔だった。「弱音を吐くやつは連れて行けねえ」そんな言葉が耳に届いた。

「待っていてください。必ず、沖田先生を連れて合流いたします」

 答えるはずのない空に向かって決意した。そして私は沖田の部屋に向かう。医者から渡された布で鼻から下を覆って、奥歯を噛み締めた。沖田はどんな顔をして私を迎えるだろうか。何か悪戯な仕掛けをしていないだろうか。そんな事を考えながら廊下を進んだ。




「沖田先生、鉄之助です。入りますよ」
「どうぞ」

 障子を開けると、居るはずの他の患者は見当たらなかった。畳の上にぽつんと沖田が座っているだけだ。そして沖田も口元を布で覆っていた。

「お一人、ですか」
「うん。家族が引き取りに来たんだよ。もう、長くはもたないと言われたらしい」
「そう、ですか」

 私が少し離れた場所に腰を下ろすと、待っていたかのように質問が飛んできた。近藤の腕の具合はどうだ、いつ隊に復帰するのか、稽古はできるのかなど。私はもう少ししたらどれも可能になるので、それまでは医者に従って大人しくしていましょうと伝えた。

「それから局長が、次の出動は沖田先生にも隊を率いてもらうので十分に養生するようにとのことです」
「近藤さんが、そう言ったのかい」
「はい。先ほど、言伝ことづてを賜りました」
「ありがとう」

 沖田は嬉しそうに目尻を下げていた。互いに顔の半分を布で覆っているけど、その沖田の笑った顔は容易に想像できた。沖田の中にある命が光ったように感じられた。

「ですから、これをお返しします。やっとあるじの元にお返しできます」
「うん。鉄之助くん、確かに受け取ったよ」

 カチャ、とつかが鳴りその刀身が現れた。船の中で山口に教わりながら手入れをしたので、間違いはないはずだ。

「僕の刀だ」
「はい。沖田先生の刀です」

 愛おしそうに見つめるその姿に、私は耐えかねて、また明日の朝来ると告げ部屋をあとにした。沖田はどこまでも孤高の戦士であると確認した夜だった。
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