桜の花弁が散る頃に

ユーリ(佐伯瑠璃)

文字の大きさ
29 / 57
二章 -勝沼・流川・会津編ー

痛み

しおりを挟む
 私は島田に縋るように助けを求めた。島田は土方の怪我を素早く確認すると、肩に土方を担いだ。

「大丈夫ですよ。腹や胸を撃たれたわけではい。副長は死にません」
「はい」

 神の助けかと思えた。居ないはずの島田が私達を探しに宇都宮城まで来てくれたことは、私にとっては奇跡だった。自分一人では土方を退避させることも出来なかった。あのまま夜が来て、朝日が登るのを黙って待つしかなかったのだから。

「島田さん、ありがとうございます」
「よく頑張りましたね。松本先生もおいでです。すぐに診てもらいましょう」
「お願いします」




 満福寺に戻るとすぐに土方を松本良順に診てもらった。命に別状はないとは言え銃弾を受けた脚の傷は浅くない。暫くは戦いからの離脱を余儀なくされるだろう。

「宇都宮は、もう駄目だ。島田くんと市村くんは、土方くんを連れて先に会津に行きなさい」
「松本先生は」
「私は一度、江戸に戻って薬を集めてくる。このまま進むと、もう江戸には戻れなくなるだろうからね」

 松本良順は医師でありながら武器や軍隊にとても詳しい。前線に立つことはないけれど、裏で武器を流したり偉い方に口聞きをしたりと支えてくれている。しかも、この新選組に勝沼の戦いでの資金と、兵士を集めてくれたのだ。

「松本先生……」

 その時、土方が目を覚ました。

「副長!」
「なんだ、声がでかいな。ちゃんと聞こえている」
「すみません」

 危うく飛び付きそうになった。あんなに苦しそうにしていた土方が、いつものような口を聞いたのが嬉しかった。

「松本先生と島田がここにいるという事は、もう決まったっということですか」
「……ああ。残念ながら、私の力も及ばなかったよ。申し訳ない」
「そうですか。ありがとうございました」

 一瞬、なんのことを話しているのか分からなかった。島田は何も言わずただ俯いて、松本良順は申し訳ないと頭を下げた。それに対して土方は、ありがとうございましたと礼を述べた。土方の怪我のことばかりが頭にあって、私は肝心な彼らのやり取りについていけない。

「決行は明後日みょうごにち、板橋にてとのことだ。私は明日江戸に戻り、可能や限り遺品を手に入れたいとは思っているが……それも叶わないかもしれない」
「副長、申し訳ありませんでしたっ」
「松本先生。最後まで申し訳ない。島田、お前は何も悪くない。俺はこんな体だ、先生が言うように明日ここを発つ」

 松本良順と島田は話し終えると部屋を出ていった。土方と二人残された部屋はなんの音もしなかった。土方は息もしていないように静かで、まるで全てが止まっているようだ。私は三人の会話を頭の中で整理した。なぜ松本良順と島田は会津ではなく、土方のいる宇都宮で合流したのか。なぜ二人は力が及ばなかったと頭を下げたのか。それの答えはたった一つだ。なのにその一つの答えをあの場で見つけることが出来なかった。その、たった一つの答え……それは。

(近藤勇、処刑)

「うっ」

 声を上げそうになり口を両手で塞いだ。腹のそこから込み上げる熱を押し返すのに必死だった。私が叫んでどうする。私が嘆いてどうする。一番ここで叫び、嘆きたいのは私ではない。土方だ。

「うっ、ひっ……っ、うっ」

 我慢も限界になり、私はこの場から去るため立ち上がった。

「テツ」
「ひっ、うっ」

 私は土方に背を向けたまま立ち止まる。

「座れ」
「で、でもっ」
「そんな顔で、外に出るつもりか」

 私の顔は鉄之助の顔を崩してしまっていた。土方はなんでもお見通しだ。結局のところ私は、土方に一番近くにおりながら何もできていない。土方の盾になり戦うことも許されず、負傷した土方を連れて逃げることもできなかった。挙句、このざま。鉄之助を通すことさえままならないなんて……。私は膝を折った。

「申し訳、ありません」
「なぜお前が謝る」

 私はただのお荷物だった。


『副長について行けぬなら、俺があんたを貰い受ける』


 山口二郎の言葉がなぜか、思い出された。

「おい、聞こえないのか。テツ」
「はいっ。あ、すみません」

 振り向くことも、何かを述べることもできない。私は土方にどう接したらよいのか見失ってしまった。

「なんか言え」

 私は慌てて振り向いた。

「だ、大丈夫ですか! その、お、お怪我は」
「足の先をやっちまっただけだ。大した傷じゃない」
「はい」
「おい、それだけか」
「いえ、あの……」

 土方は上半身を起こしかけ「いでっ」と顔を歪めた。私はすぐに側により、体を支える。

「起きては、なりません」
「お前がなんにも言わねえからだろうが」
「何にもって……言いましたよ。大丈夫ですかって」

 突然、土方は片腕で私の頭を引き寄せた。小声で「痛ぇんだよ」と呟きながら。その声があまりにも弱々しく、土方らしからぬ声に涙が溢れてきた。痛いのは撃たれた脚の傷ではない、新選組の頭である近藤を失うことが痛くてたまらないのだ。

「痛いですよね、すみませんっ。何もできなくてっ……すみません」

 私は土方の傷めた脚の、傷から遠く離れた太腿をさすった。どれほど痛いのか私には分からないけれど、少しでも和らいでくれたらいい。私には何ができるだろうかと無い頭を悩ませながら。

「テツ」
「はい」
「擽ったいんだよ」
「すみませ……っ、ん、ふっ」

 土方が私の顎を持ち上げたと思ったら、口を塞いできた。鼻がぶつかっても離れることはなく、カサついた土方の唇が容赦なく私の唇を食む。驚いたけれど不思議と逃げたいとは思わず、その求めに応えたいと思う自分がいた。息苦しければ息継ぎをすればいい、痛くても我慢すればいい。私は胸に添えた手を土方の首にそっと回した。押されて倒れないように、触れた唇が離れないように土方の首の後ろで指を重ね合わせた。

「はぁ、はぁ……ふくちょ」
「土方だ。もう副長は存在しない」
「ふくっ……土方さん」
「ああ」

 そしてまた唇が重なった。今度は土方からではなく、私から求めたのだ。なぜ……、分からない。分からないけれど今はこうしたかった。誰よりも側で土方の痛みや悲しみを感じたかったから。それは小姓、市村鉄之助としてではなく、常葉という一人の女として。

「土方さん、土方さん」

 そう呼べば抱きしめてくれる。抱く手に力を込めてくれる。それだけで私はこの人の側で生きているのだと感じることができた。どちらが慰め、どちらが慰められているのかなんてどうでもよくなっていた。

「泣きすぎだろう。塩っぺえんだよ、お前は」
「すみません。もう泣きませんからっ、だから置いて行かないでください」
「何度言えば分かる。手放しはしないと言っただろうが」
「すみません」

 私の瞬きをする毎に落ちる雫を見て、土方はため息をつきながら親指でそれを拭った。そしてまたその手で私を引き寄せる。顔をあげようとする私を力で捩じ込み、見るなと無言の命令をしていた。

(顔を、見られたくないってこと……)

「痛えな」
「どこが痛みますか!」
「痛いと呻きながら、あいつらは死んでいったんだろうな」

(あいつら……)

「知っているか、俺が何人の新選組隊士を殺してきたか」
「いえ」
「五十を超えている。京で切腹をさせた者の数の方が、敵を斬った数より多い。身内ばかりを殺して膨れ上がったんだよ俺たちは。そして、とうとう」
「違います! 新選組を武士として生かすためにそうしたんです。だから、違います!」

 私は土方の言葉を途中で切った。切ったのは、局長である近藤までも自分が殺したんだと言いかねなかったからだ。私の思いが通じたのかは分からないけれど、土方はそれ以上は何も言わなかった。

 その晩、私は土方の隣に布団を敷き眠った。本当は眠れなかった。それは土方が何処かに消えてしまうのではないかと不安になったからだ。近藤という新選組の大きな柱を失おうとしている。それがどれほど大事なことなのかは土方を見ればわかる。これから新選組はどうなるのだろう。どこへ向かうのだろう。そんな事が頭の中をぐるぐる回った。


「土方さん」

 土方は痛みを抑える薬で眠っている。ときどき眉をぎゅっと寄せ苦しそうにしている。私は手拭を水で濡らし固く絞った。そしてそれで土方の額の汗を拭ってやる。怪我でもしないと寝る時間もないなんて、かといって寝ても穏やかな眠りを得ることはできない。

「苦しいですか。悲しいですか……」

 答えぬと、分かっているときにしか問うことができない。




 翌朝、私達は会津に向けて出発した。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...