桜の花弁が散る頃に

ユーリ(佐伯瑠璃)

文字の大きさ
30 / 57
二章 -勝沼・流川・会津編ー

傷を癒やすために

しおりを挟む
 会津入りした私達は、先に入っていた山口と合流し会津藩へその報告に行った。鳥羽伏見から負け続けでここまで来たにも関わらず、会津藩の反応はとても良かった。これまでの戦いを労うような言葉もいただき、その上、土方の傷を見て治療に専念するようにと療養する宿まで紹介してくれたのだ。

「山口先生、お久しぶりです!」
「鉄之助ご苦労であったな。背も伸びたのではないか」
「本当ですか。だったら嬉しいです。少しは大きくなってお役に立てるようになりたい」
「あんたは相変わらずだな。まあ、そこが良いのだが」

 会津では山口二郎が新選組を率いている。藩との関係も良好なようで、藩が抱える若い兵士たちに稽古をつけたりしているようだ。

「テツ」
「土方さん。お話は終わりましたか」
「ああ」

 傷によく効くという東山温泉を紹介され、そこに移動するのだが、話を終えた土方の顔色が思わしくない。

「土方さん。何か、ありましたか」
「俺はいらねえって言ったんだが……」

 後ろから荷物を抱えた女がやって来た。

「お待たせしました。では、参りましょうか土方さん」

 自然な素振りでその女は土方の腕に絡まった。私も山口もぽかんとした顔でその女を見る。あまりにも馴れ馴れしい素振りに驚いたのが正直なところだ。

「土方さん。そちらの女子おなごは」

 山口が怪訝な顔をして問いかけた。

「会津藩から世話役をつけると言われてな。その、断りきれなかった」
「ああ」

 山口はそれだけで納得したようだが、私には意味がわからない。なぜ土方の世話役に女をつけるのだと。

「私では、役不足ということでしょうか」
「テツ。そういう意味じゃねえんだ」
「では、どういう意味でしょうか」

 なんだか腹の虫のいどころが悪い。女はにこにこと嬉しそうに土方にくっついている。それを見ると益々具合が悪い。この湧き上がる苛立ちはいったいなんだろう。すると女がようやく口を開いた。

「お小姓さんには出来ないこともあります。大人の女がいた方がなにかと、ねえ。男性の事情もおありでしょうし、それにお小姓さんはまだ子供のようですし」
「子供ではありませんっ」
「テツ。決まったことだ、控えろ」
「っ……」

 なんだかとても悔しい気持ちになった。子供のお前にはできない事があるのだと言われた気がするからだ。しかし、会津藩が手配したことなら何も言えない。土方も従うしかなかったのは分かる。そんなとき、山口が私の顔を見てニヤリと笑った。

「鉄之助。むくれるな」
「むくれていませんよ」

 山口はまたも笑いながら「横恋慕は面倒だな」と言い去っていった。妙なことは言わないでもらいたい。

「では参りましょう。お小姓さん、荷物はこれとこれです。お願いしますね」
「……はい」

 いろいろな女の人に会ったけれど、私はこの女が嫌いだ! 荷物を背負い二人の後ろをついてくだけだなんて、なんだかとても腑に落ちない。

「なんなんだ……寄り添いすぎだ。土方さんの歩みの邪魔になるじゃないかっ」

 こんな情けない独り言を吐き出してやり過ごすしかないなんて、長くなるであろう療養生活を思うと気が重くなった。



 
 宿につくと女は甲斐甲斐しく土方の身の回りを整え始めた。まるで女房気取りだ。

「テツ、ちょっと付き合え」
「あら、わたくしが」
「いや、厠で用をたしたいだけだ。遠慮願いたい」
「失礼しました。こちらでお待ちしております」

 私は土方に肩を貸し部屋を出た。背の低い私の肩を支えにひょっこり、ひょっこりと歩く土方を見ていると申し訳なく思えてきた。女と歩いているときの方が、なんなく歩いていた気がしたからだ。

「すみません、歩きにくいですよね」
「何言っている。怪我をしてるんだから当たり前だろう」
「でも、あの女の人……えっと」
「お梅とか言っていたな」
「お梅さんと歩いているときは、こんな感じではなかったですよ。私の背が低いから支えになってないのですよね」
「テツ」

 不甲斐なさがこみ上げてくる。こんな嫌味のような言い方なんてしたくなかった。土方のためを思えば、世話人が付いたほうがいいに決まっている。土方の側に置いてもらえるだけで感謝しなくてはならないのに、今の私の心は曇っている。

「すみません。私、頑張りますから……土方さんのお役に立てるようしっかりします」

 口に出せばそういう気持ちが湧いてくる。私はそう、信じている。

「はぁ。まったくお前というやつは。まだまだ分かっちゃいねえな」
「え」
「俺がお梅の前でこんな痛々しい動きをしてみろ、どうなる。四六時中つき纏われるだろう。俺はあの手の女は苦手なんだ。しかし会津藩からの申し出だからな、無下にできやしねえ」
「はい」
「お前っ、まだ分かってねえだろう。いいか、俺はな、お前だからこうして痛いときは痛いと言えるんだ。お前にしか、弱音を吐かないんだぞ」
「はい……えっ。私、だけ」
「おう。もう言わないからな、覚えておけ。よし、ここで待っていろ。用をたしてくる」

 今、土方は私にだけだと言った。他の者には痛くても痛いとは言わないと。私はとても簡単な人間だと思う。その言葉を聞いたら、曇っていた心があっという間に晴れていった。私しか知らない土方がある。それがとても嬉しかった。

「なんだテツその顔は」
「まさか顔が戻っていますか!」
「違う。顔がだらしなくニヤけている、しっかりしろ」

 そう言って土方は私の頭をガシガシと撫でた。その少し乱暴に触れる手が、土方の励ましであり優しさだと私は知っている。そう、私だけが知っていること。



 それからはお梅さんがどんなに土方に近づいても、着替えの手伝いをしようとも、食事の介助をしようとも気にならなかった。風に当たりたいとき、厠に行くときは私を呼んで何でもない話をしてくれる。緑が濃くなったとか、虫の鳴き声が煩いとかそんな事だ。いつも神経を尖らせていたのを知っているから、不謹慎にも土方が怪我をしてよかったと思ってしまった。

 そんなある日、そろそろ湯に浸かっていい頃だと会津藩の医者が土方に告げる。

「昔からこの東山温泉は傷に効くと言われています。多くの武士や殿様がこの湯で癒やしました。体を温めるのはいいことです。二日に一度入るといいでしょう。それに、いい鍛錬になりますよ」
「そうですか。ありがとうございます」

 土方の傷も殆ど塞がり、本人も暇だとぼやいていたのでそれを聞いて嬉しそうだ。さっそく湯に浸かると言うのでお供をすることになった。最初はお梅さんが付き添うと言い出して大変だった。背中を流すのも私の仕事だと引かないし、それには流石の土方も頭を抱えた。

「お梅さん。土方さんの風呂の世話は小姓である私の仕事です。女のあなたが入るより、私の方が都合が良いと思います」

 勢いで、そんなことを言ってしまった。するとお梅さんはふんっと鼻で笑いこう言ったのだ。

「でも、お小姓さんでは下のお世話はできませんでしょう。男の事情を鎮めるのは女の仕事です。まだお小姓さんには分からないかもしれませんけど」
「おっ、男の事情は男同士でなんとか」
「テツ!」

 土方が慌てて仲裁に入ってきた。

「お梅さん。悪いがその必要はない。こんな大変な時にそんな気にはなれん」
「しかし、健康な男ならば」
「必要ないと言っている。テツ、行くぞ。日が暮れる」
「はい」

 お梅さんの苦虫を噛み潰したような顔を私は忘れない。なんて顔をしているのだ。土方はどこの男よりも男前なのは誰が見ても思うことだろう。それが女なら、あわよくば良い仲になりたいと思うのは仕方がない。

(だけどっ、駄目だから。お梅さんにはこれ以上、土方さんに触れさせない)

 そして私は肝心な男の事情を知らないと言うことに、気づかない振りをして蓋をした。温泉地まで一刻はかかる。まだ本調子ではない土方の足だと半日近くかかるかもしれない。ゆっくりと確かめるように私と土方は山道を登った。暫く歩いていると、土方の足が止まる。

「休憩しますか、土方さん」
「なあテツ、ここからの眺めはどうだ」
「ええ、とても良いと思います。春は桜が咲きますし、秋には紅葉が見られます」
「此処に近藤さんの墓を建てようと思う。この近くに寺があるんだ。近藤さんにはゆっくりと眠ってもらいたい。それぐらいしか、俺にはできない」
「はい」

 近藤が斬首刑となり、噂ではその首を京の街で晒していると聞かされた。なぜそこまで恨まれなければならないのか、そこまで罪人扱いされなければならないのか、悔しさとやるせなさだけが残った。土方がどんな思いで此処に墓を建てると言ったのか、側にいる私にも計り知れない。彼らの中にある強い絆を簡単に断ち切ることはできないし、他人が入り込めるものではない。

「よし、行くか」
「はい」

 土方が近藤の死を乗り越えたのだと、私は思った。少しずつゆっくりと過去になっていく。私達はそれを胸に生きていくのだと思っていた。


「テツは入らなくていいのか」
「女湯に入って驚かれても困りますし、かと言って男湯でかち合うのもまずいですから」
「俺が先に上がって見張ってやるぞ」
「見張りを土方さんきさせるなんて! バチが当たったら困ります」
「なんだそりゃ」
「とにかく、お気になさらずに。背中は流しに行きますからっ」

 温泉に入ってみたい気持ちはあるけれど、今の身分ではいろいろと面倒だから諦めている。温泉の湯で手足だけ洗わせてもらい、私はそれで満足した。

 こうして土方の温泉治療が始まった。夏がすぐそこまで迫った皐月の頃だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...