先輩は、僕のもの

ゆおや@BL文庫

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颯の年越し:03

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その夜、縁側に腰を下ろし、颯は夜空を仰いだ。

冬の空は冴え冴えと澄み渡り
どこまでも星が瞬いている。

指先でカップを持ち上げ
ブラックコーヒーを口に含む。

「……にがっ」

小さく顔をしかめて
ふっと苦笑した。

「よく先輩、こんな苦いの飲んでるなあ」

湯気の消えたカップを膝の横に置き
そっと手元の本を開く。

本のページの間に挟まれ
大切にフィルムで守られた一通の手紙。

懐かしい紙の匂いが
胸の奥を強く締めつけた。

封を切ることはない。
ただ、その文字を読むだけで、胸の奥が震える。

――ありがとう。
 君と出会えたことが
 僕の人生でいちばんの幸せでした。

 だって僕にとっての初恋だったから。

 大好きな颯へ。
 僕の分まで、生きて
 素敵な大人になってください。

 さようなら。

紙面に踊る懐かしい筆跡を
指で何度もなぞる。

一度なぞると
心が過去に引き戻される。

二度なぞると……
胸の奥から熱いものが込み上げてくる。

やがて、目尻にじわりと滲む涙が
今にも零れ落ちそうになった。

颯は星空を仰ぎ直す。

声にならない想いを
ただ、夜風に溶かしていく。

颯は、じっと手紙を見つめていた。
だけど胸の奥のもやもやは消えない。

気づけば、手元のスマホを握りしめていた。
考えるより先に、指が画面を滑り――
柊の名前をタップしていた。

「……出なかったら、それでいいや」
小さく呟いた矢先。

ワンコール目で、通話が繋がった。

「あっ……もしもし?颯?」

電話口から聞こえた声に、心臓が跳ねる。

(うそ……出るなんて思ってなかったのに)
胸がざわついて、言葉が出てこない。

沈黙が続き、お互いの動揺だけが
受話器越しに伝わっていく。

「あっ、先輩……? 起きてました?」
吃りながら口を開く颯。

「ちっちょうどスマホいじってたからさ」

受話器の向こうで
柊も少し動揺しているのがわかる。

「ご、ごめんなさい。
 用は……特に、なくて……」

声が小さくなっていく。

柊は一瞬の間を置いてから
静かに問いかけた。

「颯……? どうしたの?大丈夫?」

その声音は、いつものように
落ち着いていて、優しさを含んでいた。

だからこそ、颯は隠しきれなかった。

「……なんか、その……
 中々眠れなくて。かけちゃいました」

素直にそう吐き出すと
受話器の向こうから
小さな笑い声が返ってくる。

「……そっか。まあ久しぶりの
 実家だもんね」

まるで包み込むように。
柊が優しく笑った気配が
電話越しにも伝わってきた。

「先輩って……やっぱ優しいですよね」
ふっと、颯が口にする。

「ん? 急にどうした」

「そういうとこあるから……
 クライアントの女性に口説かれるんですよ」

少し拗ねたように笑いながら言う。

「なんだそれ。褒めてんのか
 嫌味言ってんのかわかんないな」

柊も思わず笑って返す。

すると颯もつられて笑い声を漏らした。

「えへへ……。でも、ほんとは……
 ワンコくん、寂しくしてないかな?
 って思って……かけたんですよ」

受話器の向こうから聞こえる
少し照れたような柊の笑い声。

その響きに、颯の胸は
じんわりと温まっていく。

張りつめていた心がほどけて
いつもの自分を少しずつ取り戻せた。

柊は、ふっと笑いを混ぜて言った。

「なんかその感じだとさ……
 実は寂しいのは颯の方なんじゃないの?
 って思っちゃうけど」

「ひどい……心外です!もういいです!」
拗ねたように言い返す颯。

「うそうそ、ごめんごめん」
柊も慌てて笑いながら続けた。

「でも……正直に言うと、少し寂しかった。
 急にいつもの颯がいないとなると
 ちょっとぽっかり穴が空いたみたいでさ」

その言葉に、颯は息をのむ。
一瞬、言葉を返せずに黙り込んだ。

「……颯?」
心配そうに呼ぶ柊の声。

その声が胸に触れた瞬間
颯の目には熱いものが滲んでいた。

なんで泣きそうになるのか
自分でもよくわからない。

ただ、受話器越しに届く柊の声が
いつもよりずっと優しく感じられて……
心の奥がじんわりと温まっていく。

張りつめていた気持ちがほどけ
安心に包まれていくのがわかった。

颯は、涙声を悟られないように、
少しふざけた調子で言った。

「……よく言えましたね。いい子です、先輩」

わざとらしく誤魔化す
その言葉に柊はくすっと笑って。

「あはは。いつも通りだな。安心したよ。
 ……さっきまで、ちょっと本当に
 寂しそうな声だったからさ。」

「まさか颯がそんなふうに
 思ってるとは思えないけどね』

「えへへ……。なんか、先輩の声
 聞いたら少し眠くなりました。
 ……ありがとうございました」

最後は照れ隠しみたいに笑ってみせる。
電話の向こうでも
柊が同じように笑う声が聞こえて

「おやすみ」
「おやすみなさい」

胸の奥に温かな余韻が残ったまま
2人は静かに電話を切った。

夜の部屋には
切れたばかりの通話の温度と、
まだ耳に残る柊の声が漂っていた。

電話を切ったあと
堰を切ったように涙があふれた。
声を殺しても、止められない。

震える指先からすべり落ちた涙が、
大事にフィルムで包んだ優真の手紙を濡らす。

「……優真くん、ごめんね」

ぽつりとつぶやいた声は
夜の静けさに吸い込まれていく。

「僕、思い出したよ」
失っていたはずの感情。

触れることさえ怖かった
恋や愛の記憶。

それが今、胸の奥から
確かに溢れ出していた。

「……やっぱり、恋してる」

その人を思い出すだけで
胸があたたかくなる。

声を聞くだけで
眠れない夜がやさしくほどけていく。

涙はまだ止まらなかったけれど、
その涙の中には、悲しみだけじゃなく
小さな光のような希望も混じっていた。
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