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家庭的な颯:01
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電車に揺られて駅を降りると
年末の街はどこか浮き立っていた。
颯の住む東区は、おしゃれなカフェや
古着屋など、若者が集う学生街で
いつ駅を降りても賑わっている。
買い出し袋をぶら下げた人たちが行き交い
スーパーの前は軽く行列ができている。
「先輩、ちょっと寄って
いいですか?夕飯の買い出し」
「もちろん」
店の中は混雑していたが
颯はなんでもないような顔で
するすると人の波をすり抜けていく。
その背中を見ながら柊もついていった。
「今夜、鍋にしません?
あったまるし」
「なんか、腹減ってくるな」
柊が小さく頷くと
颯は嬉しそうにカゴを手に取った。
「何鍋がいいですか?
キムチとか、豆乳とか、寄せ鍋とか」
「寄せ鍋かな?シンプルなので」
「了解です。じゃあ、白菜とネギと
……豆腐は外せないですね」
颯は慣れた手つきで売り場を巡り
野菜を次々とカゴに入れていく。
その横顔は穏やかで、どこか嬉しそうだった。
「ポン酢派です? ごまだれ派?」
「ポン酢で」
「じゃあ僕はごまだれで対抗しときます」
そう言ってふっと笑った颯を見て
柊の表情にも自然と笑みが浮かぶ。
気づけば、頬のあたりが少しだけ緩んでいた。
颯がふと、振り返る。
「……先輩の笑顔、久々です。」
「え?」
「ううん、なんでもないです。
あっ。白菜多めに入れよ」
そう言って立ち去る後ろ姿は、いつもの颯。
でもその笑顔にほんの少しだけ──
胸の奥がじんと熱くなるような
不思議な感覚が残っていた。
▶︎
部屋に戻ると休む間もなく
颯はエプロンを腰に巻き
台所で手際よく鍋の準備を始めた。
野菜を刻む音、出汁を温める音
ふわりと広がる昆布の香り──
どこか落ち着かなかった。
柊はリビングのソファに
腰を下ろしながら視線をふらつかせる。
自然と──いや、無意識に──
あの引き出しに目がいく。
本棚の横、壁に馴染むように
置かれたチェスト。その一番下の段。
初めて泊まった夜。
そこからほんの少し覗いていた
手錠と拘束具。
見間違いだったのか、それとも……
それきり、閉じている引き出しを
確かめようがなかった。
ただ、今もその場所だけは
どこか空気が違うように感じた。
「……先輩?」
不意に名前を呼ばれ
肩がわずかに跳ねる。
台所から、颯がこちらを見ていた。
「ぼーっとして、どうしたんですか?」
「……いや、何でもないよ」
ごまかすように微笑むと
颯はくすっと笑って
また鍋に向き直った。
エプロン姿で材料を運ぶ颯の背中は
いつものように可愛らしく、
けれど──その奥にある“何か”を思い出して
柊の胸はざわついていた。
あの夜から、まだ何も起きていない。
だけど、何かが
どこかで静かに動いている──
そんな予感が香り立つ出汁の
湯気の向こうに揺れていた
▶︎
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年末の街はどこか浮き立っていた。
颯の住む東区は、おしゃれなカフェや
古着屋など、若者が集う学生街で
いつ駅を降りても賑わっている。
買い出し袋をぶら下げた人たちが行き交い
スーパーの前は軽く行列ができている。
「先輩、ちょっと寄って
いいですか?夕飯の買い出し」
「もちろん」
店の中は混雑していたが
颯はなんでもないような顔で
するすると人の波をすり抜けていく。
その背中を見ながら柊もついていった。
「今夜、鍋にしません?
あったまるし」
「なんか、腹減ってくるな」
柊が小さく頷くと
颯は嬉しそうにカゴを手に取った。
「何鍋がいいですか?
キムチとか、豆乳とか、寄せ鍋とか」
「寄せ鍋かな?シンプルなので」
「了解です。じゃあ、白菜とネギと
……豆腐は外せないですね」
颯は慣れた手つきで売り場を巡り
野菜を次々とカゴに入れていく。
その横顔は穏やかで、どこか嬉しそうだった。
「ポン酢派です? ごまだれ派?」
「ポン酢で」
「じゃあ僕はごまだれで対抗しときます」
そう言ってふっと笑った颯を見て
柊の表情にも自然と笑みが浮かぶ。
気づけば、頬のあたりが少しだけ緩んでいた。
颯がふと、振り返る。
「……先輩の笑顔、久々です。」
「え?」
「ううん、なんでもないです。
あっ。白菜多めに入れよ」
そう言って立ち去る後ろ姿は、いつもの颯。
でもその笑顔にほんの少しだけ──
胸の奥がじんと熱くなるような
不思議な感覚が残っていた。
▶︎
部屋に戻ると休む間もなく
颯はエプロンを腰に巻き
台所で手際よく鍋の準備を始めた。
野菜を刻む音、出汁を温める音
ふわりと広がる昆布の香り──
どこか落ち着かなかった。
柊はリビングのソファに
腰を下ろしながら視線をふらつかせる。
自然と──いや、無意識に──
あの引き出しに目がいく。
本棚の横、壁に馴染むように
置かれたチェスト。その一番下の段。
初めて泊まった夜。
そこからほんの少し覗いていた
手錠と拘束具。
見間違いだったのか、それとも……
それきり、閉じている引き出しを
確かめようがなかった。
ただ、今もその場所だけは
どこか空気が違うように感じた。
「……先輩?」
不意に名前を呼ばれ
肩がわずかに跳ねる。
台所から、颯がこちらを見ていた。
「ぼーっとして、どうしたんですか?」
「……いや、何でもないよ」
ごまかすように微笑むと
颯はくすっと笑って
また鍋に向き直った。
エプロン姿で材料を運ぶ颯の背中は
いつものように可愛らしく、
けれど──その奥にある“何か”を思い出して
柊の胸はざわついていた。
あの夜から、まだ何も起きていない。
だけど、何かが
どこかで静かに動いている──
そんな予感が香り立つ出汁の
湯気の向こうに揺れていた
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