先輩は、僕のもの

ゆおや@BL文庫

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颯の策略:04

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ある日の朝。
社内の空気はいつも通りで
キーボードを叩く音と
電話の呼び出し音が
静かに混ざり合っていた。

柊は、何事もなかったかのように颯を見た。
颯も同じように
変わらぬ笑顔で軽く会釈を返してくる。

「先輩、今日のプレゼン
よろしくお願いしますね」

「……ああ。こっちこそ頼りにしてるよ」

一言、交わす会話も自然で
誰が見てもただの上司と部下だった。

*  *  *

電車に乗り込むと
混雑には巻き込まれず、2人並んで立つ。

颯はつり革に手を伸ばし
柊はそのすぐ隣で無言を貫いていた。

ふと、目に入る。颯の半袖シャツの隙間。

わずかに開いた布の奥
白い肌がちらりと覗く。

その奥に――あの夜
確かに顔を埋めさせられた場所がある。

電車の揺れに合わせて
颯の身体が小さく動くたび
布が浮き、また沈んでいく。

そこから香ってくるわけではない。
清潔感のあるこの青年の
その秘められた場所からは
到底、考えられないから。

けれど、頭の奥が勝手に匂いを思い出す。
記憶が濃く蘇って、喉が鳴った。

汗ばんだ肌の香り。

甘くて、むせかえるようで

「嗅ぎたい」

その衝動が、喉元まで込み上げてくる。

「……どうしました?」

不意に、隣の颯が振り返る。
あどけない笑顔と
少し汗をにじませた額。

声は、いつもより少し高めで
子供のように無邪気だった。

「暑いですね。大丈夫ですか?
 顔、赤いように見えますけど……」

心配そうな表情。
けれど、その目の奥には――
わずかに、満足げな揺らぎがあった。

柊の視線に気づいていた。
ずっと、最初から
分かっていたような顔だった。

視線を逸らすこともできずに
柊は静かに息をつく。
何でもないふりをしながら
胸の奥に押し込んだ衝動は
もう形を変えて膨らみはじめていた。



プレゼンは無事に終わった。
クライアントの反応も上々で手応えもある。
肩の力が抜けて自然と
柊も小さく息を吐いた。

その横で、颯がスマホを確認してから
嬉しそうに顔を上げた。

「先輩、お疲れさまでした。
 次の打ち合わせまで時間ありますね。
 ……あ、あそこにカフェありますよ」

そう言って、颯が指差したのは
駅ビルの中にある小さな喫茶店だった。

「少し、休みましょう」

自然すぎる誘導。
柊は断る理由もなく、黙ってうなずいた。

2人が腰掛けたのは
窓際のテーブル。

向かい合わせではなく
横並びのソファ席だった。

運ばれてきたアイスコーヒーを前に
颯がストローを咥えた。
小さな音で氷がカラカラと鳴る。

「ふぅ。やっぱり、汗かいちゃいますね」

そう言いながら
颯はシャツの襟元を指でつまんで
首筋を扇いだ。

その仕草があまりに自然で――
それでいて、無防備すぎた。

一瞬、視線がそちらに吸い寄せられる。

すぐに逸らす。

すると、すかさず。

「……先輩?」

颯がのぞき込んでくる。
距離が近い。肌が
香りが――ふわりと寄ってくる。

「さっきから、ぼーっとしてませんか?」

あどけない笑顔と目が合う。

でも、その目の奥だけは、知っている。
全部、知っている目だった。

「……寝不足ですか?
 肩とか……貸しましょうか?」

冗談めかして
颯は自分の肩をすっと差し出す。

「さっきから、先輩……。
 ちょっとだけ……苦しそうに見えます」

笑っているのに、声はやけに静かだった。


知らないふりをしているのは
自分の方だと――思い知らされる。

颯の仕掛けは、静かで、甘い。

そして、抜け出せないほど、巧妙だった。
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