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颯のマーキング
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それでも、声は出なかった。沈黙を颯は、肯定と受け取ったらしい。ゆっくりと指先が手のひらをなぞり始める。
「昨日より、あったかいですね」
その声音が、どこか嬉しそうだった。眠ろうとすればするほど、その手の熱が皮膚に染み込んでくる。声を出せば終わるのに。逃げれば届かないのに。――なぜ、しなかったんだろう。
けれど、俺は思っていた。――これ以上、踏み込まれたら。俺は。きっともう戻れない。
優しく、ためらいがちに指先が動いて、そのまま下半身に伸びてきたとき俺は静かに目を開けた。
次の瞬間。そっと、だが確かな力でその手を掴む。
「……神城、やめとこ」
短く告げた。声音は冷たくしたつもりはないが、はっきりと拒絶の意志を含んでいた。
沈黙。
そのあと、微かに布団が揺れる。かすれるような声が漏れた。
「……っ、すみません……」
「僕……そんなつもりじゃ……嫌われたく……ないです……っ」
掠れた声とともに布団越しに小さな嗚咽が聞こえる。泣いていた。声を押し殺しながら必死に感情を堪えていた。
「ほんとに、ごめんなさい…………っ、最低だ……僕……」
震える声に俺は不意を突かれたように目を伏せた。
「……泣かせるつもりはなかった。ごめん」
そっと掴んでいた手を離す。その手は、少しだけ震えていた。颯は掴まれた手を見下ろしながらぽろぽろと涙を落としていた。
「……嫌いになりましたか?」
震えた声で、呟くように。
「気持ち悪いって……思いますよね」
俺は、すぐに首を横に振った。
「いやっ……そんなふうに思ってない。ただ、びっくりしただけだよ。俺も……ごめん。悪かった」
言葉を重ねる。ゆっくり、真っ直ぐに。
「嫌いになんてなってないよ。泣くほどのことじゃないよ。これは」
それでも、颯の涙は止まらなかった。
「……ほんとに? 嫌じゃないですか……?」
「ほんとだよ。俺は……」
言いかけて、言葉を探す。
「……俺はただ、まだ状況をうまく理解できてないだけで……」
「拒絶とか、嫌悪感とかそういうのじゃない」
頬を濡らしながら颯はわずかに眉を寄せた。そのまま俯きまた小さく震えた声でつぶやく。
「……じゃあ……今日だけ、一つだけお願いを聞いてもらえませんか?」
颯の声は、震えていた。けれどそれ以上にどこか甘く湿っていた。俺は、一拍置いてから小さく答える。
「……内容によるけど」
その瞬間、颯がゆっくりと顔を上げる。濡れた睫毛。涙の跡。そして、俺の目を真っ直ぐに見つめる瞳。
「キス、してほしいです……」
ほとんど囁くような声。声が喉の奥で揺れ湿った吐息が俺の頬に触れる距離。
「僕……なんか……その。今日だけ、お願いです……どうしても……」
その上目遣いのまなざしとか細い呼吸が、すぐそこにある。俺は息をのんだ。心臓が、ひとつ、強く跳ねた。いつもの颯と違う艶っぽい顔つきに、心が揺さぶられて気づいた時には……
「…………わかった」
そんな顔でお願いされてしまったら……断れないし、また泣かれちゃうと……心が痛くなるから。そう答えた俺の声もまた、かすかに掠れていた。
その言葉と同時に――颯が一気に身を寄せるとすぐに唇が重なり柔らかな熱が俺の口元を包み込んだ。
ふっと近づく呼吸。吐息が混ざり合うほど近くで颯の体温が肌をくすぐった。
「……ん、っ」
唇が少しだけ動いたとき颯の浅い息が漏れた。ふたりの間にはもう空気さえ入り込めない。しばらくして、唇がゆっくりと離れる。俺の喉からも、ごく小さく吐息がこぼれた。
「……嬉しいです」
吐き出すように囁く颯の息が首筋をかすめる。
「だから……先輩、僕のものになってください」
「……えっ?」
「キスしてくれたってことは、僕のこと許したってことですよね?」
「じゃあ、ちゃんと……責任、取ってください」
吐息混じりの声は、かすかに甘くけれどその奥に
確かな熱を持っていた。耳元に唇が触れるほどの距離でさらに言葉が落とされる。
「……ちゃんと最後まで……あげますから」
俺は、思わず呼吸を止めた。状況が全く飲み込めない。どうしてそうなる? 静かな部屋にふたりの熱と息だけが残っていた。颯の囁きが耳を掠めた直後、俺は身じろぎした。心臓がうるさいほど鳴っている。
「……冗談だろ?」
かろうじて声にした言葉に笑って返されることを期待していた。だが。
「冗談で、こんなこと……言えないですよ」
すぐそばから届く声。吐息が頬をなで、背筋が粟立つ。
「だって先輩。僕に触れられて……動けなくなってるじゃないですか」
颯の手が、俺の手首にそっと触れた。優しいふりをしているが、しっかりと掴まれる。
「ちょ、神城っ、やめ……」
反射的に身を引こうとする。だが、颯の手が背後からまわり込んで、俺の両手首をネクタイで縛り始めた。
「……はっ、待て。神城っ? 本当に……っ」
「静かにしてください。逃げられないようにちゃんとするので」
淡々とした声なのにひどく甘く響いた。目の前の彼はまだ泣き顔の名残をまとっているのに、その瞳の奥は、もう完全に切り替わっていた。
「……っ、離せって冗談きついって……!」
「だから……冗談じゃないんです」
すぐ近くで囁かれる。吐息が耳にかかる。
「ねえ先輩。今どんな顔してるんですか?」
「怒ってますか? 怯えてますか? それとも、少しだけ――期待してますか?」
縛られた手を引き寄せられ、背後から身体を寄せられる。耳元にかかる颯の呼吸が、くすぐるように熱い。
「全部、見せてください。確かめたいんです」
「先輩が、どんな風に壊れていくのか……僕に全部教えてください」
「……ね?」
静かな声は命令と同じだった。
「……神城……」
その名前を呼ばれた瞬間颯の目がわずかに揺れた。俺の声は、かすかに震えていた。
「いつもと違うトーンで……呼ばれると、ゾクゾクします」
そう言って、颯はわずかに笑う。けれどその笑みは普段のものとはどこか違った。
「やめて、って言われると……もっと、したくなるんです」
俺は息を呑む。その言葉の重みを真正面からぶつけられる。
「先輩の反応、声、目……全部、僕をおかしくする。触れたいって思うと、止まらなくなる」
俺は何も言えずにただ視線を彷徨わせた。手首にはまだネクタイが巻かれたままで逃げることは、できない。
「僕……先輩を支配したいんです」
ぽつりと、颯が言った。
「他の誰にも見せない顔を、僕だけに見せてほしいです。全部、僕だけのものにしたいんです」
その声は熱を含み、押し殺した欲が滲んでいた。俺の瞳が、そのまま釘付けになる。
「……どうして、俺なんだよ」
息を吐くように問うと颯はまっすぐ応える。
「だって、先輩……かっこいいから」
その目が、心の奥を抉ってくる。照れて笑うでもなく見下すでもなくただ真っすぐに――
「こんなふうに……無防備な先輩が僕の目の前にあると」
「興奮、しちゃうんです」
その言葉と共に颯はスッと距離を詰める。視線が、絡みつく。体温が、ふわりと上がった気がした。押し殺すように息を吐く。逃げられない。それ以上に、今、自分の中で揺らいでいるものが――怖かった。
「昨日より、あったかいですね」
その声音が、どこか嬉しそうだった。眠ろうとすればするほど、その手の熱が皮膚に染み込んでくる。声を出せば終わるのに。逃げれば届かないのに。――なぜ、しなかったんだろう。
けれど、俺は思っていた。――これ以上、踏み込まれたら。俺は。きっともう戻れない。
優しく、ためらいがちに指先が動いて、そのまま下半身に伸びてきたとき俺は静かに目を開けた。
次の瞬間。そっと、だが確かな力でその手を掴む。
「……神城、やめとこ」
短く告げた。声音は冷たくしたつもりはないが、はっきりと拒絶の意志を含んでいた。
沈黙。
そのあと、微かに布団が揺れる。かすれるような声が漏れた。
「……っ、すみません……」
「僕……そんなつもりじゃ……嫌われたく……ないです……っ」
掠れた声とともに布団越しに小さな嗚咽が聞こえる。泣いていた。声を押し殺しながら必死に感情を堪えていた。
「ほんとに、ごめんなさい…………っ、最低だ……僕……」
震える声に俺は不意を突かれたように目を伏せた。
「……泣かせるつもりはなかった。ごめん」
そっと掴んでいた手を離す。その手は、少しだけ震えていた。颯は掴まれた手を見下ろしながらぽろぽろと涙を落としていた。
「……嫌いになりましたか?」
震えた声で、呟くように。
「気持ち悪いって……思いますよね」
俺は、すぐに首を横に振った。
「いやっ……そんなふうに思ってない。ただ、びっくりしただけだよ。俺も……ごめん。悪かった」
言葉を重ねる。ゆっくり、真っ直ぐに。
「嫌いになんてなってないよ。泣くほどのことじゃないよ。これは」
それでも、颯の涙は止まらなかった。
「……ほんとに? 嫌じゃないですか……?」
「ほんとだよ。俺は……」
言いかけて、言葉を探す。
「……俺はただ、まだ状況をうまく理解できてないだけで……」
「拒絶とか、嫌悪感とかそういうのじゃない」
頬を濡らしながら颯はわずかに眉を寄せた。そのまま俯きまた小さく震えた声でつぶやく。
「……じゃあ……今日だけ、一つだけお願いを聞いてもらえませんか?」
颯の声は、震えていた。けれどそれ以上にどこか甘く湿っていた。俺は、一拍置いてから小さく答える。
「……内容によるけど」
その瞬間、颯がゆっくりと顔を上げる。濡れた睫毛。涙の跡。そして、俺の目を真っ直ぐに見つめる瞳。
「キス、してほしいです……」
ほとんど囁くような声。声が喉の奥で揺れ湿った吐息が俺の頬に触れる距離。
「僕……なんか……その。今日だけ、お願いです……どうしても……」
その上目遣いのまなざしとか細い呼吸が、すぐそこにある。俺は息をのんだ。心臓が、ひとつ、強く跳ねた。いつもの颯と違う艶っぽい顔つきに、心が揺さぶられて気づいた時には……
「…………わかった」
そんな顔でお願いされてしまったら……断れないし、また泣かれちゃうと……心が痛くなるから。そう答えた俺の声もまた、かすかに掠れていた。
その言葉と同時に――颯が一気に身を寄せるとすぐに唇が重なり柔らかな熱が俺の口元を包み込んだ。
ふっと近づく呼吸。吐息が混ざり合うほど近くで颯の体温が肌をくすぐった。
「……ん、っ」
唇が少しだけ動いたとき颯の浅い息が漏れた。ふたりの間にはもう空気さえ入り込めない。しばらくして、唇がゆっくりと離れる。俺の喉からも、ごく小さく吐息がこぼれた。
「……嬉しいです」
吐き出すように囁く颯の息が首筋をかすめる。
「だから……先輩、僕のものになってください」
「……えっ?」
「キスしてくれたってことは、僕のこと許したってことですよね?」
「じゃあ、ちゃんと……責任、取ってください」
吐息混じりの声は、かすかに甘くけれどその奥に
確かな熱を持っていた。耳元に唇が触れるほどの距離でさらに言葉が落とされる。
「……ちゃんと最後まで……あげますから」
俺は、思わず呼吸を止めた。状況が全く飲み込めない。どうしてそうなる? 静かな部屋にふたりの熱と息だけが残っていた。颯の囁きが耳を掠めた直後、俺は身じろぎした。心臓がうるさいほど鳴っている。
「……冗談だろ?」
かろうじて声にした言葉に笑って返されることを期待していた。だが。
「冗談で、こんなこと……言えないですよ」
すぐそばから届く声。吐息が頬をなで、背筋が粟立つ。
「だって先輩。僕に触れられて……動けなくなってるじゃないですか」
颯の手が、俺の手首にそっと触れた。優しいふりをしているが、しっかりと掴まれる。
「ちょ、神城っ、やめ……」
反射的に身を引こうとする。だが、颯の手が背後からまわり込んで、俺の両手首をネクタイで縛り始めた。
「……はっ、待て。神城っ? 本当に……っ」
「静かにしてください。逃げられないようにちゃんとするので」
淡々とした声なのにひどく甘く響いた。目の前の彼はまだ泣き顔の名残をまとっているのに、その瞳の奥は、もう完全に切り替わっていた。
「……っ、離せって冗談きついって……!」
「だから……冗談じゃないんです」
すぐ近くで囁かれる。吐息が耳にかかる。
「ねえ先輩。今どんな顔してるんですか?」
「怒ってますか? 怯えてますか? それとも、少しだけ――期待してますか?」
縛られた手を引き寄せられ、背後から身体を寄せられる。耳元にかかる颯の呼吸が、くすぐるように熱い。
「全部、見せてください。確かめたいんです」
「先輩が、どんな風に壊れていくのか……僕に全部教えてください」
「……ね?」
静かな声は命令と同じだった。
「……神城……」
その名前を呼ばれた瞬間颯の目がわずかに揺れた。俺の声は、かすかに震えていた。
「いつもと違うトーンで……呼ばれると、ゾクゾクします」
そう言って、颯はわずかに笑う。けれどその笑みは普段のものとはどこか違った。
「やめて、って言われると……もっと、したくなるんです」
俺は息を呑む。その言葉の重みを真正面からぶつけられる。
「先輩の反応、声、目……全部、僕をおかしくする。触れたいって思うと、止まらなくなる」
俺は何も言えずにただ視線を彷徨わせた。手首にはまだネクタイが巻かれたままで逃げることは、できない。
「僕……先輩を支配したいんです」
ぽつりと、颯が言った。
「他の誰にも見せない顔を、僕だけに見せてほしいです。全部、僕だけのものにしたいんです」
その声は熱を含み、押し殺した欲が滲んでいた。俺の瞳が、そのまま釘付けになる。
「……どうして、俺なんだよ」
息を吐くように問うと颯はまっすぐ応える。
「だって、先輩……かっこいいから」
その目が、心の奥を抉ってくる。照れて笑うでもなく見下すでもなくただ真っすぐに――
「こんなふうに……無防備な先輩が僕の目の前にあると」
「興奮、しちゃうんです」
その言葉と共に颯はスッと距離を詰める。視線が、絡みつく。体温が、ふわりと上がった気がした。押し殺すように息を吐く。逃げられない。それ以上に、今、自分の中で揺らいでいるものが――怖かった。
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