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第二章

豚の生姜焼きと、大澤の心情③

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「私、今日で会社を辞めるんです。いや、辞めたんです。なのかな」

会社前で偶然遭遇し、山田さんの言葉を聞いて心底驚いた。そのせいでつい酷い言い方をして、すぐにそれを後悔した。

足早に去っていく山田さんを追いかけ、理由を聞く。

彼女は「頑張れなくなった」とあくまで自分の責任のようなスタンスで俺に説明したけど、十中八九庶務課で嫌がらせか辛辣な扱いをされていたんだと思う。

辛そうに泣いてる姿がどうしようもなく不憫で、何かしてやれることはないかと本気で思った。

半分は、勢い。

山田さんが会社を辞めれば、俺達に接点はなくなる。

それに焦って、つい彼女の弱みに漬け込むような提案をした。

山田さんの弁当が、驚くほど俺の舌に馴染む味だったという理由も、手料理に飢えていたという個人的事情も、なくはないけど。

とにかく放っておけなかった。

ぼろぼろに傷ついている、彼女を。





「不束者ですが、よろしくお願いします」

山田さんがそう言って頭を下げた時、思わずガッツポーズしそうになる手を理性でなんとか押さえつけた。

他部署の大して知りもしない年上の男からのこんな提案を受けるなんて、とかちょっと心配にはなったけど。

彼女は多分、流されやすいタイプだ。俺に対して気遣ってるっていうのもかなりあると思うし、今の精神状態が弱ってるせいもあるだろう。

我ながら卑怯だとは思うが、背に腹は変えられないってヤツ。

山田さんが、別に俺に対して恋愛感情的なものが発生しているわけではないのは一目瞭然。

俺も、この子が本気で好きかと言われると微妙なところではある。

確実に、好意はある。山田さんから告白されたら、速攻で受ける。

でも今俺が好きだの付き合おうだの言ったとして、断られるのは目に見えている。

それどころじゃないだろうし、今の彼女は自尊心が傷ついていて自分に自信が持てていないはず。

こんな囲うようなやり方ずるい?知るか、俺だっていい歳だ。正攻法だけでいくつもりはない。
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