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課金令嬢はしかし傍観者でいたい

接触1

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「姫様!おはようございます!」

「今日も変わらずお美しい!」

 学園の廊下を歩く私をそんな風に呼ぶのは、あの二人しかいない。

「ごきげんよう、レイビー、イリス」

 振り向けば、朝とは思えぬキラキラ──いや、ギラギラの瞳で駆け寄るレイビーとイリス。なぜ朝から肉食獣に狙われるような目で見られなくてはならないのだ。

 自分の場所だと言わんばかりに堂々と両サイドに並ぶ二人に違和感を感じることはない。それほどまでに、この三人横並びスタイルは日常と化していた。

 がしかし、私は知っている。
 両サイドを我が物顔で陣取っているこの二人。私に対して【おはよう】という言葉は間違っているのだ。

「あんた達、おはようからおやすみまでストーカーしてるくせに、今日初めて会いましたわーって雰囲気作るのはなんでなの」

「へ?」

「今更とぼけんな」

 そう。2人からの視線は24時間続いている。先ほどの言葉通り、おはようからおやすみまで、ずっとだ。なんなら夢の中でも二人の気配に追われるほど、うんざりな案件である。

「夏の蚊くらいうざいんだけど」

 気だるい声で訴えれば、レイビーがちらりと私を見た。心なしか唇は尖っている。

「ストーカーじゃなくて護衛ですって。姫様の護衛なんだから、24時間見守るのは当然でしょう。姫様を感じられない時間なんて毛ほどの価値もありませんよ。そこに関しては、俺達一切譲るつもりありませんから」

「それは分かるんだけどさ、もう少し気配消せないの?アサシンなんだから」

「姫様が敏感すぎるんですよぅ。私達、これでもかなり消してるんですから。姫様以外の人間は絶対に気付かないですよ」
  
 腕に絡み付くイリスが頬を寄せる。確かに私も気配に敏感なのかもしれない。マナリエルの体質なのか、マナとしての体質なのかは分からないが。確かに、護衛に対して「見るな」と言うのは可笑しいだろう。

「それなら、別にわざわざ学園で初めて会ったフリする必要ないよね?」

 隠しているならまだしも、護衛ストーカーされている私も気配で気付いているのだから、演技をする意味がないのではないか──這うような手つきで腰を撫でるイリスの手をつねりながら、そう考える。

「いやいや、せっかく同じ学園に通えたんだから、少しはこういう友情的なのも堪能したいじゃないですか──あ、姫様、寝る時はブラは外した方がいいですよ」

「ストーカーじゃねぇか」

「いや、だから護衛ですって。あと、入浴後のボディークリーム、太ももは裏側までしっかり塗った方がいいですよ」

「ストーカーじゃねぇか」

「護衛ですって」

「ロイに言いつけてやる」

「お、望むところですね」

 ………暖簾に腕押しとは、このことを言うのだろうか。  

 レイビーとイリスが人間ではない以上、この感覚をどれだけ伝えても届かないのだろう。それでも、少なからず人と共に生きていけるくらいの常識は身に付けさせて学園を卒業させようと決意した。

「あーあ、婚約なんてとっとと破棄して、全部俺のものになればいいのに」

「ちょ、近いってば!」

 レイビーの囁く声が耳を撫でる。

「大切に、この世の誰よりも大事に扱いますよ」

 ゾクリと腰が疼く感覚に襲われ、慌てて距離を取った。必然的に反対側のイリスに密着する形となるが、体当たりした私を嫌がることなく、むしろ喜ぶように全身で受け止められる。ウェルカム♥️なんて声は聞こえなかったことにしよう。

 レイビーは、乙女ゲームで言えば完全なるセクシー担当だ。無意識に──いや、レイビーの場合は意識的にか?声や仕草で周囲にフェロモンをぶちまけるタイプだろう。少し離れたところから事の成り行きを覗いていたレイビーのファンらしき生徒も、悶えるように床に座り込んでいる。それも一人や二人ではない。私以外の生徒と関わったことはないはずなのに、いつの間にファンが増えたのか。

「これが対象キャラの力か……恐ろしい」

「ん?姫様何か言いました?」

「あ、ううん!何でもない!早く教室に移動しましょう!」

 前世やこの世界のことなど、一通り説明はしたものの、やはりベラベラと話していいものではないだろう。誰かに聞かれてもいけない。やんわりとイリスからすり抜け、早足で目的地へ向かった。


 ドン!!


「きゃっ」

 突然微かな衝撃と共に、小さな悲鳴が聞こえた。誰かとぶつかったのか。私は咄嗟にバランスを保ち、倒れたのは相手だけである。

「大丈夫で、すか……?」

 慌てて声をかけ、そしてそれはすぐに消える。

 私の目の前に転がっているのは、小柄で愛らしい小動物のような女の子。桃色の甘い髪に、向日葵のような大きな瞳。小さく震える肩は細く、不安からか大きな瞳は潤んでいた。まさしく庇護欲に駆られる典型的なタイプ。

 アイーシャだ。

 こんなに近くで彼女を見て、もはや確信に近いものを感じた。

 ああ、やっぱりこの世界のヒロインはこの子だ。
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