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課金令嬢はしかし傍観者でいたい
儀式当日
しおりを挟むそして迎えた当日。
世界のあらゆる刃物をもってしても、決して切れることはないと言われるコッコーンから作られた糸を使用して作られた制服は、新しく支給されたものである。コッコーンとは恐らく繭のことだろう。創造主がバカだとこうなるのか。しかもそれを言うならシルクだバカ。しかしこの生地はシルクとはまた違う肌触りなので、恐らくソウシが独自で生み出した素材なのだろう。
名前は恥ずかしいが生地はとても良い。袖を通せばそれは体に馴染み、私のために作られたものであることは疑う余地はない。頑丈な性質からは予想できないほどの伸縮性、けれど息苦しさは感じない。スカート丈は変わらず長いが、不思議と足さばきは良好だ。
うん、悪くない。動作確認をしながら頷いた。
「とてもお似合いです、マナリエル様」
支度を手伝ってくれたナディアが微笑む。
「ありがとう、ナディア。あなたもこれを着たの?」
これには首を横に降った。
「いいえ、私にはそのような高貴な色が着られるはずもありません。私は風の属性でしたので、緑でございました」
「あぁ、うん……色ね」
その言葉に心は曇る。と同時に、何かが肩に乗ったかのように重く感じた。
制服の色。ロイの宣言通り、私の制服は白となった。上級生が着ていた服を見ていたから分かる。これが特別なものなのだと。
通常の制服は黒がベースにあり、それぞれ属性のカラーを用いたアレンジが施されている。ちなみに、私は水属性の制服が気に入っていた。漆黒のマーメイドライン、広がる裾は美しいブルー、それはまるで波打つようで、それなりにスタイルの良いこの体ならよく似合っていただろう。
支給された制服に不満があるわけではない。むしろこんなに凝る必要ありました?と聞きたくなるようなデザインである。パールホワイトの生地はとても滑らかで、袖口、裾にはそれぞれ金色の糸を使い丁寧な刺繍が施されている。スカートであることと、レースやフリルが施されている点が、ロイやクイラックスが着ているものより華やかに見える理由だろう。それでも毳毳しい印象を与えないのは、この洗練されたデザインのおかげなのだと思う。
『私はあなた達とは違う。特別な人間なのよ』
そう言わんばかりの風貌が完成したと、我ながら感心した。またこの威圧感が人を遠ざけるのだろう。ため息が出てしまうのは許してほしい。
この素晴らしく誉れ高い制服を身に纏いながらも浮かない顔をする私が理解できないようで、ナディアは首を傾げていた。着たくない、とは言えまい。とりあえず愛想笑いで誤魔化しておく。
「マナリエル様は白いお召し物は喜ばれるかと」
意外そうに言うが、正にその通り。鍛練の日々が始まってからは避けていたが、私は白い服が好きだ。すぐに汚すけど。
「そうね、白は好きよ。でもこの学園では白は特別でしょう?ちょっとめんど━━荷が思いかなぁ」
面倒なことは避けたい、なんて怠惰な発言をすれば長い小言が始まることは目に見えている。言わぬが仏よ。
するとナディアは真剣な面持ちで私の身に付けている制服を丁寧に整えながら口を開いた。
「マナリエル様は、この世界の至宝でございます」
スカートの裾が整えられる。ここからでは、ナディアの顔は見えない。
「聖獣が従う相手は世界にただ一人のみ。そして全ての聖獣が、マナリエル様をお選びになった」
背後に周り、ウエスト周りが整えられる。キュッと締まり背筋が伸びた。苦しくはなく、幾分か呼吸がしやすくなるのを感じた。
「聖獣はそれぞれ属性を司っています。火の不死鳥、風の麒麟、空のドラゴン、地のケルベロス、水の人魚。彼らがその力の源であり、聖獣に選ばれた者はその力を有することになる」
胸元のリボンが整えられる。顔を上げるナディアの瞳が正面から射抜いた。強張り、真剣に、どこか苛立っているような、けれど泣きそうな。どのような表現も当てはまり、そしてどれも違うようだ。
「あなた様はこの世の女神なのです」
女神。そういえばレイビーとイリスも言ってたな。女神を守るために生まれたって。基本的に聖獣を召喚できる者は聖女と呼ばれるそうだが、私のように全ての聖獣を召喚できる者は女神と呼ぶようだ。
これには特に反応せず、ただ理解していると伝わるよう、視線をそらすことなく見つめ返した。
ほんの少し沈黙が訪れたあと、ナディアは軽く息を吐いた。それは諦めのようで、やはり悲しみや不安にも聞こえた。
「ルルティコとサウリオの不和についてはもうご存知ですよね」
「うん、赤髪の話ね。だからミカエラは私の弟にするの」
「その話は一旦聞かなかったことにさせていただきますね。そうです、サウリオとルルティコの因縁は赤色が象徴とされています。しかしもう一つ、マナリエル様には知っていただきたいのです」
もう一つ。繰り返せば頷くナディア。
「史実によると200年前の争いは、サウリオという国がシルベニアにあるルルティコという地を奪うために起こったとされております。しかし、実はもう一つ、学園ではあまり大きく扱わない真実があるのです。余計な不安を与えてしまうだけかもしれないという考えもありましたが、私としては、マナリエル様にはご自身を守るためにも知っておいていただきたいのです」
「な、なに」
主人であろうと容赦なくストレートな発言をすることの多いナディアにしては、えらく煮え切らない。沈黙は、そう長くは続かなかった。
「200年前の争いは、土の聖獣ケルベロスの召喚に成功した聖女様が起因とされています」
聖女。なるほど。つまりナディアは私が200年前の聖女のように争いの火種にならないか心配しているのか。
「剣は好きだけど、争いは求めないから安心して」
剣は好きだ。剣を振るのは楽しいし、試合だってしたい。けれどそれは命を懸けるものではないし、ましてや戦争となれば関係のない人々の命までも危うくさせてしまうことは理解している。それは私の望む剣ではない。
そう伝えるも、ナディアの表情は曇ったままだった。
「いいえ、違うのです。地の聖女様は、争いを求めたのではありません。ただ、巻き込まれただけでございます」
眉をしかめて視線を落とすナディア。
「私も詳細は存じ上げませんが、聖女様を欲したサウリオが仕掛けたと言われております。マナリエル様は女神の力を持つだけでなく、公爵家のご令嬢であり、シルベニアの次期王妃であり、僭越ながら聖女様よりとても高貴な存在でございます」
「そ、そうね。聖女様を巡って国が争うなら、私を巡ったら世界戦争にでもなるかしら?」
冗談のつもりが、自分で発言してみると妙にリアリティで部屋の空気が重くなる。
「マナリエル様……私にとってマナリエル様は、何よりも大切な存在です。かけ替えのない唯一の宝です。マナリエル様が今後どのようなご身分になろうと、この気持ちは決して揺らぐことはありません」
だからこそ━━その声は、絞り出すように発せられた。
「つい、思ってしまうのです。私はマナリエル様が何者でも構わない。それならば、これ以上身分も名誉も何も与えられない方が、マナリエル様は何かに巻き込まれることなく、穏やかに生きていけるのでは、と」
「ナディア……」
あぁ、こんなに心配してくれる人がいるって、なんて温かいのだろう。細く震え俯くナディアの肩に、そっと手を置く。
「大丈夫よナディア。知ってるでしょ?私の強さ。何かに巻き込まれる?この私が?笑わせないで。むしろ私がみんなを巻き込んでやるわよ!誰かのペースになんて乗せられないわ!」
「はい、それでこそマナリエル様です。お支度整いました」
「え、あれ?」
ケロリと普段の様子に戻るナディアは、私から離れ、出口へ案内をした。あれ?あれ?あの辛そうな顔は?まさか演技?
「マナリエル様の強さは私が誰よりも知っています。そして不満は多々あれど、アサシンの力は絶大であり信用に値します。私もこの命がある限り、お守りいたします。マナリエル様は安心して普段通り元気にお過ごしくださいませ」
元気って、そんな幼稚園児みたいに。
でもまぁ、いっか。
「私は付き添うことはできませんが、披露目の儀の成功をお祈りしております」
後ろには丁寧に頭を下げるナディア。前には廊下へ繋がるドア。圧を感じる。ウダウダ言ってないでさっさと行け、と。
「はぁ、行きますよ。その代わり、絶対疲れるから戻ったらお風呂入りながらティータイムするからね!」
こちらの世界では行儀が悪いようだが、私の現世のリラックス方法であり、ビールじゃないだけ許してほしい。何だかんだ私に甘いナディアは、子供のワガママを愛しく思う母親のように笑った。
「ふふ、畏まりました。ご用意しておきますね」
よし、今日はそれを楽しみに乗り切ろう。
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