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しおりを挟む「縁談の話はいくつもあった」
彼は歩きながら語り始める。
自身の心情を。
「地位や権力は申し分ない相手ばかり。国王としては願うべくもない相手も多くいた。だが俺は、その全てを断った」
「……どうして?」
「周りの貴族たちにも同じことを聞かれたぞ。なぜ簡単に断ってしまうのですか、とな。理由は一つ、全員同じに見えてしまった」
「同じに? 顔が、とか?」
「まさか。この世に同じ顔の人間など、いたとしても一人か二人だろう」
ドッペルゲンガーだっけ?
この世に同じ顔の人間は三人いて、出会ったら不幸が訪れるとか。
そんなことを思い出しながら、今は関係ないだろうと忘れる。
「顔の造形はもちろん、身長も、体系も、声も、言葉遣いも、何もかも違う。別人だ」
それでも同じに見えてしまったと、グレン様は呆れながら続ける。
「視線だ」
「視線……?」
「そう。彼女たちが見ているものは俺じゃない。俺の持つ肩書、地位、権利……見据えているのさ。俺との未来ではなく、自分の輝かしい将来を」
そう語りながら、グレン様は少し寂しそうな顔をする。
誰も自分を見ていない。
身に着けている服や貴金属、年収や職業に目が行き、興味が湧くように。
誰一人として、彼自身を、人間としてのグレン様を見ていなかった。
彼が言いたいことは、そういうことだ。
それは……。
「悲しい、ですね」
「そう思ってくれるか?」
「な、生意気だったでしょうか?」
「いいや、嬉しく思うさ」
グレン様は無邪気な笑みを見せる。
その笑顔は魔王という肩書には似合わない、子供のような安心感に染まる。
「やはりお前を選んで正解だったな。お前なら、俺だけを見てくれる。そんな気がする」
「……私は……」
「いい。わかっている」
「……」
グレン様が、魔王と呼ばれた偉大な人が、私のことを認めてくれている。
求めてくれている。
それは素直に嬉しい。
嬉しいのだけど、それ以上の感情は湧かない。
たとえば一目ぼれをして、ここから恋に落ちるとか。
私にはわからない。
思えば前世でも、他人に恋をすることは一度もなくて、そのトキメキを知らぬまま、私は短い生涯を終えた。
この世界に転生してからも、考えているのは剣のことばかり。
最近は仕事のことかな。
考える暇も、思いつくこともなかった。
私が誰かと、将来そういう関係になることを。
「お前が俺のことをどう思っているかなど想像がつく。だからこそ価値がある」
「――!」
唐突にグレン様は振り返り、私の手を引く。
軽い私はそのまま引っ張られて、グレン様の胸の中に納まった。
私は見上げる。
グレン様が見下ろす。
「近い将来、必ずお前を惚れさせてみせよう」
「ほ、惚れ!?」
顔が近い。
あと少し、ほんの少し近づけば、お互いの唇が重なるような距離。
胸の鼓動は早くなるのを感じた。
「婚約はあくまで予約だ。こいつは俺の獲物だから、誰も邪魔をするなという意味のな」
「え、獲物って……」
「例えだ。婚約と結婚は明確に違う。お前が自らの意思で、俺と共にありたいと思うようになった時、俺たちは夫婦になる」
こんな感覚は生まれて初めてだった。
初めて刃物に憧れた時と少し似ている。
ワクワクするような、ぞわぞわするような。
何かに、期待するように――
「覚悟しておけといったのは、そういう意味だ」
「……はい」
どうやら私は、とんでもない人に魅入られてしまったらしい。
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