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18.第四の試練『選択』

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 第三の試練を突破した私たちは、続く部屋へと向かっていた。
 今のところ順調だ。
 疑いたくなるほどに大した苦戦もしていない。
 黄色の炎が照らす廊下も、特に罠が設置されているわけじゃなかった。
 安全だとわかってから、自然と警戒心が薄れていく。

「次で四つ目の試練ですね。どんな内容かわかりませんが、この調子なら問題なく突破できそうですね」
「……」
「先生?」
「え、うん、そうだね」

 こんなものか。
 そう思ってしまう自分がいる。
 ドラゴンが生み出した迷宮、その試練に少なからず期待していた身としては、少々期待外れだ。
 元々の目的を考えれば、苦労なく突破できることはむしろ喜ばしいのに。

「ついに第四の試練までたどり着いたか!」

 部屋に入った途端、すぐに音声が流れた。
 私は四番目の部屋を見回す。
 第一の試練と同じ、殺風景で何もない、ただ一人だけの巨大空間。
 
「部屋の仕掛けはないようですね。また一つ目のような戦闘でしょうか?」
「そうかも。念のため戦うつもりでいよう」
「はい」

 アレクが腰の剣に触れ、私もいつでも魔法が使えるように注意する。
 さすがに四つ目の試練。
 もし戦闘なら、相手もそれなりの強敵を用意するはず。

「さすがワシのダンジョンに挑む覚悟を持つ者よ! じゃがその覚悟、今一度問うことになるぞ!」
「――え?」

 その言葉が聞こえた直後だった。
 私の視界は真っ黒になる。
 真っ暗ではなく、ただ黒い世界へと誘われる。
 何も見えない。
 隣にいたはずのアレクもいなくなっている。

「これは幻惑系の魔法? 部屋に施されていたの? でもいつの間に」

 発動のタイミングがわからなかった。
 道中の安全と、これまで順調すぎて警戒が甘かったから?
 ううん、違う。
 私が気付かない程に一瞬で、私たちを魔法で支配した。

「やっぱり油断もあったかな」

 ドラゴンの力を侮っていた自分を反省しよう。
 完全に術中に嵌ってしまったから、自力でこの幻惑魔法を解除することは難しい。
 おそらく何かの条件で抜けられる仕掛けだろうけど、一体どこに解決策があるのか。

「第四の試練は『選択』じゃ」
「声? それに選択?」

 暗闇の中でドラゴンの声は聞こえてきた。
 私に聞こえるということは、たぶんアレクも同じように試練の最中。
 なら大丈夫。
 離れ離れになったわけじゃなくてホッとする。

「選択の試練……」
「選択、生きておれば必ず選択を迫られる場面があるのじゃ。主もその経験はあるじゃろう? そして思ったことはないか? あの時こうしていれば、別の道があったんじゃないかと」
「――それは」
「思ったことがあるなら、夢の始まりじゃ」

 夢――
 真っ暗な視界が開けていく。
 懐かしい場所に、私は立っていた。

「ここは……」

 覚えているとも。
 鮮明に、どの景色もハッキリと。
 帝国の城、王座の間に続く廊下の途中だ。
 
 懐かしいな。
 私はここで働いていたんだ。
 三百年もの間……半生を過ごした場所。
 たくさん思い出が詰まっている。
 今となっては二度と踏み入れることのできなくなった……

「こんにちは! リザリー様」
「――!?」

 この声を、私は何度も聞かされた。
 今でもたまに夢に現れて、私を追い詰める。
 にこやかな笑顔が狂気に見えて、私は後ずさる。

「フレール……殿下」
「どうされたのですか? 顔色が優れないようですが」
「あ、貴方は――」

 違う。
 これは現実じゃない。
 私の記憶……それを元にしたまやかし、夢だ。
 
「リザリー様、父上とはどんなお話をされたんですか?」
「お仕事のお話ですよ」
「ああ、また無茶なお仕事をお願いされたのですね?」
「いえ、そんなわけでは」

 あの日のやり取りを忠実に再現している。
 そうだ。
 もし、私の選択に再考の余地があるとすればこの時だけ……


「リザリー様、私から相談があるのです聞いていただけませんか? 私と一緒に、父上から今すぐに帝王の座を奪いましょう」
「……」

 ああ、この時だ。
 私は殿下の誘いを断った。
 だから殿下は私を危険だと判断して、罪人にしたてあげることに決めた。
 今さらながら末恐ろしいことを考える。
 子供が思いつくようなことじゃないし、実行だって出来ないことを平然とやってしまう。
 計算高くて思慮深い。
 彼は私を追い出してから数年で王になり、世界中の国々すら統べる存在になった。
 その傍らには、私の代わりになった魔女たちがいるそうだ。

 もしも仮に、この問いに「はい」と答えていたらどうなっていたのだろう?
 逃走にかけた十年間はなくなって、幸せな未来が待っていたのかな?
 彼に従って、魔女たちを粛清して……

「ふざけるな」
「え?」
 
 そんな選択は間違ってる。
 今ここにいる私の選択は、何一つ間違っていない。

「殿下のお誘いには絶対に従いません! 貴方は間違っている! 貴方の隣にいても、私が望む幸せは絶対に来ないですから」
「……そうかい? 少なくとも、惨めな思いはしなくて済むよ?」
「ふふっ、まだまだ子供ですね? それよりも大切なことが、世の中にはいっぱいあるんですよ? 私を誘うならせめて、百年くらいかけて勉強し直してください」

 吹き飛べ!
 幻想も、後悔も。

 私は殿下のおでこをパチンと弾き、まやかしの空間ごと消し飛ばす。
 世界が戻っていく。
 夢の時間は終わりだ。
 こうして現実に戻されていく。

 私は改めて、あの日彼の誘いを断ったことを誇りに思う。
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